新米騎士のおしごと シ線
ガガガガガガガガガガガガッ!!
「ッ……!」
木片が頬を掠め、反射的に盾を斜めに構えた。
次の瞬間、甲高い音と共に葉形盾の表面が抉れ飛ぶが、何とか別の大木の陰に逃げ込めた。
…この嵐の中では数瞬しか持たないだろけど。
「っ、はは……ほんっと、洒落になんないねぇ……!」
息が荒い、肺が焼けるみたいだ。
混成種は木々の合間を六本脚で駆け回りながら、周囲に絶え間なく礫をばら撒いてくる。
あの巨体でどうしてあんな速度が出るのか。
敵を知れば知るほど絶望が深くなる。
礫の嵐が止む。
混成種を覗き込むとあの異形の腕か真っ赤に熱を帯びていた。
そして、奴の目が光りを強め、あの甲高い音が始まる。
「またっ!?」
咄嗟に横へ跳ぶ。
直後、背後の大樹が盾に真っ二つに焼き切れる。
熱が背中を撫で、鎧が熱くなる。
痛み止めのポーションがもう切れてきたのか、熱された鎧が肌を焼く痛みを感じる。
動こうとすると、鎧にくっ付いてた皮膚が裂けたのか、新しい血が垂れてきた。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
もう盾も鎧も穴だらけ、ボロボロで限界だ。
足も重いし、全身の出血も止まりきっていない。
痛みまで、戻ってきた。
「…満身創痍。ってやつだねぇ」
鉛のように重い体を起こす。
鎧の下からブチブチとした音と痛みが来る。
自然と顔が歪むが、無視して動く。
半分に溶断された剣と、穴だらけの盾、折れそうな心。
でも、頭の中にはあの子たちの姿。
自分が連れ出してきてしまった、新米たち。
「大人が!責任取らなきゃ!恥ずかしいよねぇ!」
自身を鼓舞する為に吼える。
死ぬ為じゃ無い。
生きるために前へ進む。
ズル…ジャラ…ズル…ジャラ…
あの音だ。さっきから聞こえてくる何かが這いずるような音。
「蛇…?」
奴の後ろには、人一人吞み込めそうな程の大きさの蛇が二匹、這っていた。
微動だにしない奴へゆっくりと進んでいる。
あれはまずい。
何がとはわからないが、この状況でのアレはあまりに異質で、あまりに奴との異様さが合っていた。
痛む体を無理やり動かし、短くなった剣で蛇に切りつける。
ギャリリィィィン
剣が半ばまで達した時、金属音と手がしびれる感触に剣が弾かれる。
両断できなかったが、蛇の腹からは大量の尖った礫がジャラジャラと血のように流れてきた。
「補充って事かねぇ…!」
光明が見えた気がした。
おそらく奴はこれがなければあの礫の嵐を起こせない。
ならばもう一匹も仕留めれば、あるいは。
急いでもう一匹に視線を向ける。
ちょうど奴を挟んで向こう側。
奴はまだ動かない。
好機。
痛みを無視して踏み込む。
肺が悲鳴を上げ、視界が赤く染まっていく。
それでも。
もう一匹を潰せば。
「――っ!」
背筋が、ゾクリとした。
全身やけどで熱いはずの背筋が、氷に触れたかのように冷える感覚。
ふと顔を上げると、動かなかった奴の、赤い目が。
こちらを、見ていた。
「……え?」
視線が合う。
奴の硝子玉のような、真っ赤な瞳には、絶望した私が映っている気がした。
次の瞬間。
異形の腕が、振り抜かれた。
「ッ――!」
反射で盾を差し込む。が、構えることはできなかった。
轟音と衝撃が同時に来る。
踏ん張りの効かない私は面白いように飛んだだろう。
世界が目まぐるしく動いていく。
衝撃、また衝撃。
見れば私は何本もの木々をなぎ倒しながら飛ばされたみたいだった。
「ッ、ぁ……!」
体を横に丸めたまま、地面のひんやりとした冷たさを、頬に感じる。
肺から空気が全部抜けたのか、呼吸ができない。
視界が白く明滅している。
遅れて、腹の底から何かが込み上げてきた。
「……ぉ、ぇ」
内容物を吐く。
酸っぱい臭いが鼻を焼き、喉がひりつく。
その吐瀉物の中には、赤黒い血が混ざっていた。
「っ、は…は……」
たぶん肋骨も何本かやってる。
立ち上がろうにも腕も脚も、もう感覚が無い。
ただ頬に感じる冷たさだけが、痛みで焼けそうな全身を冷やしてくれてるようで、心地いい。
グチィィン!!
「……?」
視線だけ動かすと、奴の腕に蛇が噛みつきバタバタと暴れていた。
そのうちに蛇は大人しくなり、奴の腕が脈打つ。
そのままこちらに構える。
もう、睨むことも難しい。
奴の顔を見ると、悲しんでるノクスが浮かぶ。
「 … … ぇ……っ 」
「間に合いました。リズさん」
「ぇ……」
私の視界いっぱいに、彼の顔が見える。
「リ……ィン…?」
私の前から居なくなったあなた。
頬に地面の冷たさと、暖かいものが伝う感覚だけを感じて。
私は目を閉じた。
懐かしい匂い。
あったかい手。
――あぁ。
迎えに来てくれたんだ。




