ノクとエル
入団試験が終わった後日。
僕たちは正式に宿舎へ移ることになった。
聖王騎士団の宿舎は、所属部隊ごとに割り振られているらしい。
だが、新設されたばかりの特殊遊撃部隊に与えられた建物は、正直かなり古かった。
王都外れ。
石造りではあるが、壁には細かなひびが入り、窓枠も少し歪んでいる。
廊下を歩けば床板が軋み、どこか乾いた木の匂いが漂っていた。
「……年季入ってるねぇ」
ノエルさんが苦笑する。
周囲を見回す。
ジークの屋敷ほど豪華でなくてもいいと思っていた。
けれど、ここはそれ以前の問題な気がした。
「……すごいですね」
「うん、まあ……“新設部隊”って感じかな」
ノエルさんは肩を竦める。
部屋数自体はあるらしい。
ただ、長く使われていなかったせいで、半分ほどは物置になっていた。
壊れた机。
古い鎧。
使われなくなった訓練器具。
まともに使える部屋が少なく、その結果──。
「悪いけど、君たちは相部屋ね」
案内役の団員さんが、申し訳なさそうに言った。
「はい、大丈夫です」
ノクスは素直に頷く。
ノエルも「あー、うん。僕も別に問題ないかな」と苦笑していた。
案内された部屋は狭かった。
机が一つ。
小さな棚が一つ。
そして壁際に置かれた古い二段ベッド。
「……これ、現役なんだ」
ノエルが若干引き気味に呟く。
マットも何もないベッドを軽く押してみた。
ぎし、と嫌な音が鳴る。
「一応使えるみたいです」
「いや、その“一応”が怖いんだけど……」
そう言いながらも、ノエルさんは上段へ手をかけた。
「じゃ、僕上ねー」
軽い調子で身体を乗せる。
──次の瞬間。
バキィッ!!
「うわっ!?」
凄まじい音と共に、上段の板が完全に抜けた。
ノエルの身体がそのまま下へ落ちる。
ノクスは反射的に手を伸ばし、途中で受け止めた。
「大丈夫ですか!?」
「いったぁ…けほっ!…えほっ…っ!」
埃が舞う。
崩れた木板が床へ散乱する。
しばらく沈黙。
「……これ、駄目じゃない?」
「駄目ですね」
二人で壊れたベッドを見下ろした。
その後、一応宿舎管理者へ報告はした。
『あー……工兵に修理させるから、しばらく待ってくれ』
とのことだった。
だが、“しばらく”がいつになるかは誰も教えてくれない。
結局、その日の夜までには清掃を終え、屋敷から最低限の荷物を持ってくる。
ノエルさんも宿屋から送られてきた荷物をほどいたりしていた。
「さて、どっちがベッドで寝る?」
「自分が床で寝ます」
すでに毛布は床に敷いてある。
「え、いやいや。ノクス、結果として僕が壊したんだから、僕が床で寝るよ?」
「いえ、自分は平気です」
「いやいやいや、平気じゃないでしょ」
「大丈夫です」
本当に気にしていなかった。
確かに屋敷でのふかふかのベッドで寝るのに慣れてはいたものの。
疲れて自室の床で気絶してそのまま朝を迎える。なんてこともザラにあったのだ。
「いーや、こればっかりは譲らないよ!」
「わかりました。ありがとうございます」
正直マットの無いベッドも床も大して変わらないような気がした。
ちゃんと寝れる……。
けれど、ノエルさんはそうはいかなかったみたいだった。
「……うぅ、身体痛い……」
翌朝。
ノエルさんは死んだ目で机に突っ伏していた。
「大丈夫ですか?」
「全然大丈夫じゃない……なんでノクス平然としてるの……」
「慣れてるので」
「その“慣れ”絶対よくないよ……」
ノエルさんはしばらく呻いた後、諦めたようにため息を吐いた。
「……今夜から、一緒に寝よっか」
「?」
「下段ならまだ壊れてないし、二人くらいならいけるでしょ、多分」
少し考える。
二人分の毛布や布地があればもう少し柔らかくなるだろう。
確かに、その方が合理的だ。
「分かりました」
「うん、決まりね」
その日の夜から、同じベッドで眠るようになった。
最初は少し狭かった。
ぎゅうぎゅうになりながら身体を押し込み、互いに落ちないよう気を遣い支えあう。
「……近いね」
「すみません」
「いや、別に嫌じゃないけど」
そんなやり取りをしながら、少しずつ距離感が変わっていく。
夜更けに小さく会話をしたり。
訓練の愚痴を聞いたり。
地方のことを聞いたり。
おいしい料理の作り方を話したり。
気付けば、互いを名前で呼ぶことも増えていた。
敬語もやめさせられた。
『友達に敬語はいらないよ』と。
「おはよ、ノク」
「おはよう、エル」
最初はぎこちなかった呼び方も、いつの間にか自然になる。
僕にとって、同性の友人というものは初めてだった。
一緒に飯を食べて。
一緒に訓練して。
一緒に雑務をして。
そして夜は、狭いベッドで眠る。
そんな当たり前の日々が、少しずつ自分の中に積み重なっていくのを感じた。




