新米騎士のおしごと 庶務雑務
入団試験から幾日か。
団内規則の説明や宿舎への引っ越しなどを済ませ、晴れて騎士として体裁が整った。
といっても正式な騎士ではなく、本来は騎士に付く従騎士として騎士の何たるかを1、2年学んでから難しい現場などを任されるそう。
本来なら。
今回僕らは付くべき騎士が居ない為、総じてリラさんの預かりとなっている。
リズさんや、眼鏡さんはそれぞれ一人ずつ従騎士がいるらしいけど、リラさんは居なかった。
理由は、扱う剣技がランカスター流ではなかったからだそう。
もちろんリラさんはアーネスト流も修めてはいるけど、本職のリズさんや眼鏡さんには一歩及ばないと言っていた。
そう言った理由から、僕たち4人は従騎士ではなく新米騎士として働くこととなった。
ただ、仕事内容は従騎士と同じだった。
所謂庶務雑務。
僕たちはようやく、“新人騎士の日常”というものを理解し始めていた。
「新人ー! 鎧倉庫の整理終わったかー!」
「次、訓練場の掃除な!」
「誰だ油瓶倒したの!?」
朝から怒号が飛び交っている。
騎士というより、なんだか大きな職場みたいだった。
「つっかれたぁ……」
木箱へ突っ伏しながらテッサさんが呻く。
今日は朝から武器庫整理だった。
木剣や槍を運び、並べ、訓練場へ戻し、終われば今度は鎧磨き。
思っていたよりずっと地味で、体力を使う。
「騎士ってもっとこう……華やかな感じかと思ってた……」
「新人なんてこんなものだよ~」
近くを通ったリズさんが笑う。
「偉くなると今度は書類地獄だし」
「夢がないですぅ!?」
そんな会話を聞きながら、僕は黙々と鎧を磨く。
布を滑らせ、金具の隙間の汚れを落とす。
油を薄く伸ばす。
気が付けば、自然と身体が動いていた。
「……ノク、妙に慣れてない?」
隣で同じように鎧を磨いていたエルが目を丸くする。
「そうかな?」
「うん。僕らよりずっと手際がいいよ?」
言われてもよく分からない。
ただ、先輩に教わった通りにやっているだけ。
だと思う。
考えなくても手が勝手に動くような気もするけど。
その時。
「……なぜだ」
低い声。
振り向くと、少し離れた場所でユリクレアさんが険しい顔をしていた。
目の前には、曇ったままの胸当て。
「なぜ磨いているのに汚れていく……?」
「逆にすごいね!?」
テッサさんが驚いている。
ユリクレアさんは真剣そのものだった。
かなり力を入れて磨いている。
たぶん入れすぎている。
「ヴァルグレイ様、それ布が逆です」
「……なに?」
エルが指差す。
油拭き用ではなく、汚れ落とし用の布だった。
数秒の沈黙。
「…………」
ユリクレアさんが静かに布を持ち替える。
「ユリクレア様って実はこういうの得意じゃないです?」
テッサさんが素朴な疑問を口にする。
「……ああ」
「えっと…その…」
聞いてしまってからまずいと思ったのか、テッサさんが口ごもる。
「こういうことをする必要がなかった」
少しだけ悔しそうだった。
でも投げ出さない。
黙って再び鎧を磨き始める。
その様子を見ながら、テッサさんが小声で呟く。
「なんか思ってたよりちゃんとしてる人だね……」
「聞こえているぞ」
「ひゃっ!?」
地獄耳だった。
午後は宿舎周りの清掃だった。
廊下を磨き、窓を拭き、大樽を運ぶ。
大人二人が入れそうな大樽を持ち上げた瞬間。
「えっ」
エルが変な声を出した。
「ノク、それ…持てるの?」
「?」
言われてみれば、他の三人は転がして運んでいる。
ユリクレアさんの視線も驚きと好奇心で揺れている。
「重くないの?」
「普通かな…」
「ノク、君の普通って……?」
エルが遠い目をした。
テッサさんは屋敷で見慣れている光景だったので気にせず大樽を転がしている。
「あの強さはそもそもの肉体の強靭さ故か…」
ユリクレアさんが僕の全身をじっと見る。
あの屋敷でジークさんにはたくさん鍛えてもらった。
特に筋肉は付きすぎると柔軟さが失われてしまう。
だから。
増やすというより、引き締めつつ密度を高めていく訓練だった。
そのため、服を着てしまえば見た目にはあまり出ない。
いつの間にか触れそうな距離のユリクレアさん。
ほのかに甘い香りと、木の実のような香りがした。
「……?」
「……」
何も言わず樽運びに戻るユリクレアさん。
もう一人の方を見やると、エルは何やら考え込んでいた。
その様子を見ていると、急に険しくなったり、赤くなったりしてる。
なんだか屋敷でのオリビアさんを見ているようで懐かしくなった。
屋敷には行くことはあっても、帰るということはなくなった。
そう考えたら、少し寂しくなった。




