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騎士に拾われた僕  作者: liege


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20/42

前日

リズさん 騎士 ベリーショート おおきい

ドリルさん 従騎士 貴族


 冬を忘れた王都の朝は、思っていたよりも静かだった。

 暖かな陽気からはポカポカと音がしそうだ。


「暖かいですね」


「もう春ねぇ」


 人の数は多く、活気がある。道も広く、店も並び、行き交う声も絶えない。それでも、どこか整っている。雑然としていない流れがある。


 石畳は均一に敷かれ、水路は透き通っていた。汚水の臭いはほとんどしない。通りの脇を流れる水は澄んでいて、時折、子供が覗き込んでいるのが見えた。


「この辺りは、特に整備されているのよ」


 隣を歩くオリビアさんが、少し誇らしげに言った。


「例の“賢者”の功績ってやつね。上下水道を整えたとか」


「……そうなんですね」


 短く返しながら、僕は周囲を見渡す。

 活気はあるが、荒れてはいない。叫び声や怒号はない。少なくとも表通りは、平和そのものだった。


「さて、と。まずは食材ね」


 オリビアが軽く手を叩く。


「うちにも寄りたいし、あまり遅くならないようにしましょう」


「はい」


 二人で並んで歩き出す。


 市場の通りは賑やかだった。野菜を並べる店、肉を吊るす店、焼きたての香りを漂わせる屋台。人々はそれぞれの目的を持って行き交い、時折足を止めては品物を見定めている。


 オリビアさんは慣れた様子で店を回り、必要なものを手際よく選んでいく。値段を見て、質を見て、迷いなく決める。


「これと、あと……あ、こっちも安いわね」


 自然な動きだった。

 僕は荷物を受け取りながら、その様子を見ていた。


「どうかした?」


「……いえ。慣れているなと」


「そりゃあね。毎日のことだもの」


 少しだけ笑う。


「ノクスも、そのうち覚えるわよ」


「そう、ですね」


 そう言いながらも、慣れることはなさそうと思った。

 買い物を終え、次の通りへ向かう途中。

 教会の前を通りかかった。

 白い石造りの建物。広場に面して大きな扉が開かれており、中には人の出入りが見える。

 その入口付近で、ひときわ目立つやり取りがあった。


「お願いします……! どうか、一度だけでも……!」


 女性の声だった。

 見やると、一人の女性が神官に頭を下げている。腕には幼い子供を抱えていた。

 子供はぐったりとしている。顔色も悪い。


「規則ですので」


 神官は困ったように眉を寄せながらも、はっきりと首を振った。


「お布施がなければ、正式な治療は受けられません」


「後で必ず……必ず払いますから……!」


「それを許せば、きりがなくなりますので…」


 なんだかもやもやするやり取りだった。

 周囲には何人か人がいるが、誰も口を出さない。ただ様子を見ているだけだった。

 女性の声が震える。

 子供の呼吸は浅い。

 胸のもやもやが大きくなった。

 足が止まる。


「ノクス?」


 オリビアさんがこちらを見る。

 少しだけ迷った。

 けれど、それは長くは続かなかった。


「……少し、行ってきます」


「え、ちょっと――」


 呼び止める声を背に、歩み寄る。

 女性の前で膝をつく。


「失礼します」


 短く言って、子供の肩に触れる。

 体温は高い。呼吸は乱れている。

 難しいことは考えない。

 ただ、整える。

 手のひらから、ゆっくりと魔力を流す。

 強くもなく、弱くもなく。

 流れに沿わせるように。

 子供の呼吸が、少しずつ落ちついていく。

 顔色も、わずかに戻った。


「……あ……?」


 女性が目を見開く。

 神官が慌てた様子で近寄ってくる。


「き、君!所属はどこです⁉見たところ教会関係者には見えませんが⁉」


「教会…?」


「む、やはり無所属ですか!分かっているのですか⁉」


 言われて思い出す。いつぞやのオリビアさんとの勉強で教わった。

 教会や神殿、騎士団は複雑な事情があるそうで、それぞれに所属していない者の回復魔法は規律違反となるらしかった。


「あ…」


 周囲の空気がざわついた。

 その時だった。


「はいストップ~」


 軽い声が横から入る。

 顔を上げると、髪の短い女性が立っていた。

 騎士だ。

 軽装の鎧に剣を下げているが、どこか気の抜けた雰囲気だった。


「無所属無許可の回復魔法。本来は規則違反ね」


 さらりと言う。

 場の空気が一瞬で固まった。

 オリビアが慌てて近づいてくる。


「すみません、この子は――」


「うんうん、わかってるよ」


 女騎士は軽く手を振った。

 そして僕に顔を近づけ小声で話す。


「話合わせて」


「……え?」


「いいから」


 こちらの反応は無視して話を進める。


「あー!よく見たらウチの従騎士(スクワイア)ちゃんじゃん!」


「え?」


「あーあ。いくら市民に交じって人助けしろって言ったって、無断魔法はよくないぜ~。あ、この子は私の従騎士だから気にしないでね」


「き、騎士様?一体…?」


 僕の頭を抱き寄せ頭をグリグリと撫でる。柔らかい。オリビアさんが睨む。

 戸惑う神官。


「そゆこと。それに助かってるんだからいいでしょ。ね?わかった?」


 にこりと笑う。

 その笑顔には、妙に押しの強さがあった。

 神官は少しだけ迷い、やがて小さく頷いた。


「……今回のみです」


「はい決定ー。解散」


 ぱん、と手を叩く。

 それだけで、周囲の空気はほどけた。

 女性は何度も頭を下げ、子供を抱えたまま立ち去っていく。

 神官たちは面倒ごとはごめんなのか教会の中に入っていった。

 騎士はその様子を軽く見送り、僕に向き直った。


「次から気をつけなさいよ~」


「……はい」


「助けるのはいいけど、それぞれの界隈にはやり方ってもんがあるからね」


 軽い口調だった。

 責めているというより、注意しているだけだった。


「ありがとうございます」


「礼はいらないって。たまたまよ」


 肩をすくめる。


「じゃ、私はこれで――」


「見つけましたわ!リズ様!」


 別の声が割り込んだ。

 振り向くと、ドリル型の髪型をした少女が立っていた。

 年は僕と同じくらいか、少し下。

 整った服装と、まっすぐな立ち姿。絵にかいたような貴族だった。


「……げ。従騎士(ホンモノ)が来た」


 女騎士が露骨に嫌な顔をする。


「げとはなんですの⁉げとは⁉…それより今勤務中ですわよね?」


「し、してるしてる、ほら巡回」


「違いますわよね⁉」


 なんだか苦労人の気配がする。


「今日の業務は明日の試験の準備ですわ‼」


「はい逃げる!」


 騎士は踵を返して走り出した。


「お待ちなさい!」


 少女もすぐに追いかける。

 二人はあっという間に人混みに消えた。

 残されたのは、僕とオリビアさんだけだった。


「……騎士って、ああいう人もいるのね」


 オリビアさんが少し呆れたように言う。


「……みたいですね」


 僕も小さく頷いた。


 広場には、元の静けさが戻っていた。


「……行きましょうか。まだ寄るところがあるし」


「はい」


 再び歩き出す。

 王都の喧騒は、変わらず続いていた。






 教会前を離れて、再び通りへ戻る。

 人は行き交い、店は賑わい、呼び込みの声が飛び交う。


「……大丈夫?」


 オリビアさんが少しだけ顔を覗き込んできた。


「さっきの」


「あの、先ほどはすみませんでした。考えなしに――」


「いいのよ。結果だけ見れば丸く収まったわけだし。ただ、今度はちゃんと私に言ってからにして欲しいわ。二人なら何とかなる状況だってあるもの」


 かぶせるように言ってきたオリビアさんは優しく頭をなでてくれた。

 さっきの出来事は、もう終わったというように。


「それに、ああいうのは珍しくないわ」


「……お布施ですね?」


「ええ。規則は規則だから。特に教会は厳しいの」


 歩きながら、オリビアさんは淡々と続ける。


「回復魔法は“神の奇跡”って扱いだから、管理されてる。勝手に使うと、こうやって怒られる」


「……さっきの人は」


「運が良かっただけね」


 少しだけ肩をすくめる。


「さっきの騎士様みたいな人がいたから」


 あの軽い調子の女性を思い出す。

 規則を破ったはずなのに、場を丸く収めてしまった。

 ああいう人もいるのか、と改めて思う。


「……騎士って、色々なんですね」


「まあね」


 オリビアさんは小さく笑った。


「真面目な人もいれば、ああいう人もいるし……さっきの貴族の子みたいなのもいる」


「追いかけてましたね」


「多分、あれお目付け役か何かじゃないかしら」


「……そうなんですか?」


「じゃないとあそこまで堂々と怒らないわよ」


 確かに、言われてみればそんな気もする。

 少しだけ、騎士団というものの輪郭が見えた気がした。

 厳格な規律があって、その中で動く人間がいて、でも全員が同じではない。

 統一されているようで、ばらつきがある。

 それが、妙に現実的だった。


「さて」


 オリビアさんが足を止める。


「次はこっちね」


 細い通りへと入っていく。

 表通りほどの賑やかさはないが、その分落ち着いている。店も少し小さく、常連客が多そうな雰囲気だった。


「ここ、安くて質がいいのよ」


 そう言って入った店は、乾物や保存食を扱っているらしかった。

 オリビアさんは迷いなく品物を手に取り、次々と選んでいく。

 その動きには全く無駄がない。


「……目利きがすごいですね」


 思わず口に出る。


「そう?ありがと。でも慣れよ、慣れ。失敗もしてるしね」


 少しだけ照れたように笑う。

 そんなオリビアさんの姿に胸が少しざわつく。

 最近、こんなことが増えてきたように思う。

 不快ではないこの感覚、いったい何なのだろう。


 買い物を終えて店を出る。

 荷物は少し増えたが、持てないほどではない。


「これで大体揃ったかしら」


「後は何でしょうか?」


「あとはパンかな。うちに寄るから」


 そう言って歩き出す。

 来た道を少し戻り、別の通りへ入る。

 パンの香りが、遠くからでも分かった。


「……いい匂いですね」


「でしょ?」


 オリビアさんが嬉しそうに笑う。


「あれがうちよ」


 指さした先には、小さなパン屋があった。

 表にはすでに「完売」の札が出ている。


「やっぱり今日も売り切れね」


「人気なんですね」


「まあね」


 オリビアさんは少し自慢げだ。

 扉を開ける。

 店中には誰もおらず、奥で物音が聞こえる。

 マーサさんが作業をしているみたいだ。


「あら、オリビア」


 顔を上げて気づく。


「もう終わったの?」


「うん、今日はこれでおしまい」


 軽く手を振る。


「ノクスも一緒よ」


「いらっしゃい」


「こんにちは」


 優しく笑う。


「買い出し?」


「そう。色々揃えてきたわ」


 少しだけ会話が続く。

 その間、僕は店内を見回していた。

 派手ではないが、どこか温かい空間だった。

 パンの残り香のする棚、落ち着いた色合い。

 ここには、あの教会前のような緊張感はない。

 ただ、人が生活している空気がある。


「……どうしたの?」


 話が済んだのか、オリビアさんが声をかけてくる。


「いえ」


 首を振る。


「いい場所だな、と」


「でしょ」


 少しだけ誇らしげだった。

 マーサさんがこちらを見る。


「お昼、食べていく?」


「いいの?」


「もちろんよ」


 オリビアさんがこちらを見る。

 断る理由もない。


「……お願いします」


 そう言うと、マーサさんは満足そうに頷いた。

 そのやり取りを見ながら、少しだけ思う。

 さっきの教会前の光景。

 あれも、この街の一部。

 今ここにある、この穏やかな空気も、この街の一部。

 どちらも同じ場所にある。

 それだけのことなのに、妙に引っかかる。

 でも、その違和感は、まだ形にならない。

 言葉にもならない。

 ただ、胸の奥に少しだけ残る。


「ノクス?」


「……はい」


「大丈夫?ぼーっとしてるわよ」


「すみません」


 小さく返す。

 マーサが笑う。


「疲れてるのね。座ってなさい、すぐ用意するから」


「ありがとうございます」


 椅子に腰を下ろす。

 温かい匂いが漂ってくる。

 それだけで、少しだけ気が緩んだ。

 さっきまでのことが、少し遠くなる。

 ここは、安全だと思える場所だった。


 理由は分からないけれど、そう感じた。

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