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騎士に拾われた僕  作者: liege


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21/42

試験前


 まだ夜の名残が残る時間だった。


 外は薄暗く、空気はひんやりと冷たい。

 頭はすでに起きていた。


 身体を起こし、いつも通りの動作で家事を始める。水を汲み、火を入れ、朝食の支度を進める。包丁を握る手も、鍋を扱う動きも、すべてが慣れたものだった。昨日と変わらない。

 今日が試験当日であること以外は。


 食堂で準備をしていると、開いた扉の向こうから控えめな足音が聞こえてくる。


「……おはよノクス君」


 顔を出したのはテッサさんだった。いつもより早いが、その分、どこか落ち着きがなくそわそわしている。


「おはようございます」


 僕が返すと、テッサさんは少しだけ苦笑した。


「寝れた?」


「はい」


 正直な返答だった。


「テッサさんは」


「あんまり寝れてない……」


 肩を落としながら答える。

 よく見ると目の下に隈がみえる。

 続いて、もう一人の足音がする。


「二人ともおはよう。テッサは早いわね。大丈夫?」


 オリビアさんが階段を降りてきた。声も表情もいつも通りで、特に気負った様子はない。

 リラさんは入団試験の為に宿舎に泊っているらしい。


「うう”緊張で、あんまり寝れなかったあ…」


「まあ、そうなるわね」


 軽く言って席につく。


 三人で食卓を囲む。会話は自然と少なくなる。緊張しているのはテッサさんが一番分かりやすいが、空気そのものがわずかに張り詰めている。


「時間は問題ないわね」


 オリビアさんが確認する。


「はい」


「だ、大丈夫」


 短い返答が重なる。


「じゃあ食べたらすぐ出ましょう。遅れるのが一番くだらない失敗だから」


 その言い方は淡々としているが、的確だった。


 


 食事を終え、支度を整え、外へ出る。


 春の陽気に包まれた王都の朝はすでに動き始めていたが、普段とは明らかに様子が違った。同じ方向へ向かう人の数が多い。年齢も服装もばらばらだが、共通しているのはどこか硬い表情だった。


 騎士団の入団試験を受ける者たちだ。


「……こんなにいるんだ…」


 テッサさんが小さく呟く。


「毎年こんなものよ」


 オリビアさんは歩きながら答える。


「まあ、最後まで残るのは半分くらいって聞くけど」


 あっさりとした言い方だったが、その言葉にテッサさんの背筋がわずかに伸びた。それにしても、オリビアさん騎士団の事情に妙に明るい。今度聞いてみよう。


 やがて、目的地が見えてくる。

 騎士団の訓練場。高い石壁に囲まれた広大な敷地で、門の前にはすでに人の列ができていた。

 ざわめきはあるが、騒がしいというよりは、抑えられた緊張が滲んでいる。


「受付はあそこね」


 オリビアさんが指し示す先に列が伸びている。

 三人でその列に並ぶ。

 前後から、断片的な会話が聞こえてくる。


「これ通らなかったらどうする?」


「別の働き口探すしかねえべ……」


「年齢的に今年で最後なんだよな……」


 どれも軽い調子ではない。生活や将来に直結していることが、そのまま言葉に出ている。

 テッサさんは視線を落とし気味にして、無意識に手を握りしめていた。


「……大丈夫…」


 誰に言うでもなく、小さく呟く。

 とっさにその小さな手を握る。

 手の中の小さな震えが止まった気がした。

 列はゆっくりと進む。

 やがて順番が回ってくる。

 簡素な机の向こうに、記録係の騎士が座っていた。


「次」


 短い声。

 一歩前に出る。


「名前」


「ノクスです」


 紙に記され、確認が入る。

 騎士は無駄のない動きで手続きを進めると、小さな札を差し出した。


「受験番号317。首から掛けろ」


「はい」


 受け取って確認する。

 次にテッサさん。


「名前」


「テッサです」


「受験番号318」


 同じように札を渡される。

 すべてが事務的に進む。そこに特別扱いは一切ない。


「中に入れ。指示があるまで待機」


「はい」


 短く返し、二人で中へ進む。

 オリビアさんは門の外で軽く手を振った。


「終わったらそこで待ってるわ。気負いすぎないで頑張って」


 それだけ言って送り出す。


 


 訓練場の中は、さらに広かった。

 すでに多くの受験者が集められており、それぞれが静かに、あるいは落ち着かない様子で立っている。

 周囲には鎧姿の騎士たちが配置されており、場の空気は一段と引き締まっていた。


 テッサさんが小さく息を吸う。


「……すごいね」


「はい」


 短く返す。

 余計な言葉は出てこない。

 やがて、一人の騎士が前に出る。

 装飾の少ない実用的な鎧。声を張り上げるでもなく、しかしはっきりと全体に通る声で言った。


「受験者、整列」


 その一言で空気が変わる。

 ざわめきが止まり、人が一斉に動き出す。


「番号順に並べ。私語は控えろ」


 淡々とした指示。

 自分の札を確認し、指定された位置へ移動する。テッサさんはすぐ後ろだった。

 並び終える頃には、場は完全に静まり返っていた。

 誰も無駄な音を立てない。

 ただ、緊張だけが残る。

 試験官が全体を見渡す。


「これより騎士団入団試験を開始する。各自、指示に従え。違反者はその時点で失格とする」


 簡潔だった。

 説明も、鼓舞もない。


 前を見たまま、わずかに息を整える。

 ここから先は、もう準備ではない。


 本番だった。


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