魔法訓練 4
夕暮れの光が、白い息の向こうで揺れていた。
僕は少しだけ足を止める。
「……一緒に、ですか?」
「うん」
テッサさんは当然みたいに頷いた。
「だって今のノクス君、普通に強いもん」
「でも、まだリラさんには負けます」
「リラ様と比べるのがおかしいんだって」
即答だった。
少し前を歩いていたリラさんが、こちらを振り返る。
「聞こえてるわよ」
「事実じゃないですかー」
テッサさんは悪びれもせず言う。
リラさんは小さく息を吐く。
「私は騎士団でも古株側なの。それと比べないで」
その言葉に、少しだけ驚く。
そういえば、リラさんのことを詳しく聞いたことがなかった。
強い。
それは分かる。
でも、年齢はオリビアさんよりも下な気がする。
僕の視線に気づいたのか、テッサさんが身を乗り出してきた。
「リラ様、12歳の時に特別入団試験で試験官倒したんですよ」
「テッサ」
「え、本当のことじゃないですか」
リラさんが額を押さえる。
少し困った顔だった。
「……半分事故よ」
「試験官が10人まとめて伸びたって聞きました!」
「話を盛らないの」
そんなやり取りを見ながら、僕は少し考える。
騎士団。
まだ実感は薄い。
だが、テッサさんは本気でそこを目指している。
「騎士団って、どんなところなんですか」
そう聞くと、テッサさんが「あっ」と顔を上げた。
「そういえば説明してなかった!」
「あなたね……」
リラさんが呆れたように言う。
テッサさんは気にせず話し始めた。
「えっとね、まず騎士団は大きく三つに分かれてるんです!」
指を三本立てる。
「近衛騎士団、辺境騎士団、聖王騎士団!」
夕暮れの道を歩きながら、説明は続いた。
「近衛騎士団は王都直属のエリートです。王族とか上級貴族の護衛とかやる感じですね」
「少数精鋭よ」
リラさんが補足する。
「実力だけじゃなく、家柄も重視されるわ」
なるほど。
つまり、僕には縁が薄そうだ。
「辺境騎士団は国境を守る人たちです!」
テッサさんが続ける。
「魔生討伐とか、他国との小競り合いとか、かなり危険らしいです」
「実戦経験は一番積めるわね」
今度はリラさんが言った。
「私も昔は辺境にいたわ」
少し意外だった。
リラさんは淡々と続ける。
「帝国軍とぶつかったこともある。冬の国境線は酷いものよ。敵より先に寒さで死ぬ人もいる」
その声音は静かだった。
でも、ただ話を聞くだけで、そこが命のやり取りをする場所なのだと分かる。
「リラ様、その時はほぼ一人で数で砦の門守ったんですよ!」
「一人って、尾ひれが付きすぎね。あの時は地元の義勇軍も居たわ」
「でも、残って戦った騎士はリラ様だけって聞きました!」
リラさんは小さくため息を吐く。
「その時の私は殿の指揮を担当してたのよ。武功も立てたかったから、ちょうどよかったわ」
さらりと言う。
でもテッサさんは興奮したままだった。
「しかもその後、援軍が来る前に残存兵だけで侵攻軍を追い返しちゃったんですよ!? だから今では【不落の聖女騎士】と有名なんです!」
僕はリラさんを見る。
細い。
けれど、剣を握る姿を思い出すと納得してしまう自分がいた。
「今は聖王騎士団に所属してるわ」
リラさんが言う。
「立場としては貴族騎士になる」
確か、以前一代爵位を受け賜わっていると。
「でも教会騎士から勧誘来てるんですよね!」
またテッサさんだった。
「テッサ、あなた本当に口が軽いわね」
「だってすごいことじゃないですか」
教会騎士。
さっき話に出たばかりだ。
「回復魔法の使い手が多いところでしたよね」
「ええ」
リラさんは頷く。
「母譲りの魔法だからか、何度か誘われてるわ。でも断ってる」
「なんでですか?」
思わず聞いてしまった。
リラさんは少しだけ前を向いたまま歩く。
「……教会騎士は悪くないわ。でも、あそこは守る場所が決まってるし、聖女様もいらっしゃる」
静かな声だった。
「私は、もっと前に出る方が性に合ってるの」
その言葉が妙にしっくりきた。
確かにリラさんは、後ろで守られる側には見えなかった。
「で、一番人数が多いのが聖王騎士団です!」
テッサさんが話を戻す。
「街の警備とか、巡回とか、治安維持とか!」
「新人の多くはまずそこへ入るわね」
リラさんが言う。
「そこから功績を積んで別の騎士団へ移る人もいる」
僕は少し考える。
街を守る騎士。
まだ想像は曖昧だ。
だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「あと、聖王騎士団の中でも分かれてるんですよ」
テッサさんが続ける。
「一般騎士、教会騎士、貴族騎士」
「一般騎士は平民出身が多いわ」
リラさんがこちらを見る。
「あなたが入るならそこね」
「……身分がないからですか」
「ええ」
言葉は淡々としていた。
でも、見下すような響きはなかった。
ただ事実を言っているだけだった。
「教会騎士は神殿側の騎士です!」
「回復魔法の使い手が多いわね」
リラさんが言う。
「貴族騎士はそのまま。貴族出身者よ」
僕は頷きながら聞く。
知らないことばかりだった。
その時、テッサさんが急に「あ」と声を上げた。
「でも試験、座学あるんですよね」
ぴたり、と僕の足が止まる。
「……座学」
「はい!」
以前からオリビアさんとテッサさんの勉強会に参加してはいるが、参加するたびに知らない知識を得ていた。
おそらく、僕の知らない知識や、忘れている常識があるだろう。
「文字とか計算とか、法律とか、最低限は出るって聞きました!」
僕は無言になる。
文字や計算はともかく、法律なんて全然知らなかった。
今日、オリビアさんには申し訳ないけど、寝かせられないかもしれない。
テッサさんが「あっ」と顔を引きつらせた。
「だ、大丈夫です!裏技ありますし!」
「……裏技?」
「テッサ…?」
試験に不正をするのだろうか。
テッサさんがこそこそ声になる。
「試験官倒すと、だいたい何とかなるらしいです」
「あなたね……」
リラさんが深いため息をつく。
だが否定はしない。
僕はそちらを見る。
「本当に?」
「……過去に、そういう例もあったわ」
視線を逸らしながら言う。
つまり。
「リラ様それやったんですよ!」
「テッサ!」
「いたっ」
軽く頭を叩かれていた。
でもテッサさんは笑っている。
「まあ、とにかく!」
気を取り直すように続ける。
「ノクス君なら絶対いけますって!」
夕暮れの風が吹く。
冷たい。
でも、テッサさんの言葉は温かく感じた。
屋敷の中に入る。
今日の夕食を作る。
常識を学ぶ。
そして明日も訓練。
剣を振る。
魔法を磨く。
知識を重ねる。
そうして積み重ねた日々は、確かに自分を変えていた。
騎士団。
まだ遠いようで、でも以前よりは少しだけ近く感じられた。




