魔法訓練 3
そうやって積み重ねた日々が、確かに身体の中へ残っていた。
春はまだ遠い。
けれど、冬の終わりは少しずつ近づいていた。
朝の冷え込みは相変わらず厳しいが、吐く息の向こうに差す陽の色が、ほんの少しだけ柔らかくなっている。
その日も、まだ薄暗い時間から訓練は始まった。
中庭へ出ると、石畳が白く凍っている。
踏みしめるたび、靴底が小さく鳴った。
「今日は俺とだ」
ジークさんが木剣を放ってよこす。
受け取る。
右に長剣。
左に短剣。
ランカスター。
そこへ、意識を沈める。
左手側へ水を流す。
薄く、刃へ沿わせるように。
「構えろ」
踏み込んできた。
重い。相変わらず、一撃一撃が鈍器みたいだった。
左で受ける。そして、水を滑らせる。
衝撃を逸らす。
完全には殺せない。
だが、以前より腕が持っていかれない。
「遅い」
二撃目。
横薙ぎ。
身体を捻る。
流す。
そのまま前へ。
右を打ち込む。
受け止められる。
だが、止まらない。
左の水を相手の木剣へ絡ませるように流す。
軌道がわずかにぶれる。
そこへ踏み込む。
ジークさんの目が細くなった。
次の瞬間、強引に押し返される。
「っ……!」
数歩下がる。
石畳を踏みしめ、なんとか体勢を保った。
「前よりはましだ」
短い言葉。
確かに、最初の頃なら今ので吹き飛ばされていた。
息を整える。
冷たい空気が肺へ入る。
なのに、身体の奥は熱かった。
早朝訓練の後半には、テッサさんも加わった。
「今日は負けませんからね!」
そう言って木剣を構える。
剣先にはには小さな火が灯っていた。
まだ不安定だが、以前よりずっと安定している気がする。
素速い踏み込み。
木剣の軌道に沿って赤い軌跡が走る。
相変わらず動きが軽い。
右から来る。
左で流す。
火の熱が近づく。
その瞬間、頭の奥で音を感じた。
暖かな日差しのような音。
テッサさんの魔法は、そういう風に感じる。
どこから来るか。
どこへ流れるか。
反射的に身体が動く。
振りぬいた木剣の後から一息遅れて火の軌跡が通る。
身を捻り火を避ける。
そのまま踏み込む。
右を振る。
受けられる。
だが、そのまま水を滑らせる。
火と水がぶつかり、蒸気が散った。
「っ!?」
テッサさんが目を丸くする。
一瞬だけ視界が白く曇る。
その隙へ踏み込む。
左で流し、右を滑り込ませる。
乾いた音。
木剣がテッサさんの肩へ触れていた。
「あぁー! また負けた!」
テッサさんが大げさに肩を落とす。
僕は息を吐きながら木剣を下ろした。
「ふぅ…」
「ああ~!さっきの頑張って使えるようにしてきたのに!初めてで避けられると思わなかったよ~!」
「さっきのは何ですか?剣先に灯っている火とは別で後から来ましたけど」
「ノクス君に勝つために編み出した【後だし剣】だよ。切っ先の火はブラフ」
悔しそうに説明するテッサさんを見て、リラさんが小さく笑う。
「ふふ…でも、今の連携は良かったわ」
そう言いながらこちらを見る。
「二人とも、ちゃんと剣と魔法が繋がってきてる」
その言葉に、胸の奥が少し熱くなる。
魔法を覚え始めた頃は、剣と一緒に使う余裕なんてなかった。
だが今は違う。
流れの中へ混ぜられるようになってきている。
休憩を告げられると、テッサさんが石段へ座り込んだ。
「はー……疲れた……」
額の汗を拭っている。
冬なのに湯気が立ちそうだった。
僕も壁へ背を預ける。
テッサさんが汗を拭いながら話しかけてくる。
「ねえ、ノクス君」
「はい」
「ノクス君はさ、騎士団に入るの?」
「……わかりません」
正直、生きるために強くなる。
そしていつかリラさんを守りたい。今は自分の方が弱いけれど。
それだけの原動力でここまでの訓練に耐えてきた。
耐えられてしまった。
騎士団に入れば、この願い、思いは叶えられるのだろうか。
__________
午後は氷魔法の訓練になった。
水を凍らせる。
それだけだった。
以前水魔法を使った時の凍った感覚で、音を変化させる。
あっさりとできてしまった。
更に様々な形状で氷を生み出す。
水は形を意識し続けないと崩れてしまうが、氷は作ってしまえば簡単だった。
「ノクスなら簡単にできると思ってたわ」
リラさんにも褒めてもらえた。
更に訓練の延長で、適性外の魔法を使ってみることとなる。
一応、誰でも魔力さえあれば全属性を使えるとリラさんは言う。
様々な属性の魔法を見せてもらう。
ただ、唯一リラさんが使えないのが月魔法。
月魔法は特殊らしく、月魔法自体も三種あるそう。
一通り魔法を試す。
火魔法を試した時に服が燃えそうになった時は焦った。
テッサさんが大笑いしている。
「笑ってる場合か」
ジークさんの一言で、テッサさんが黙った。
そんなやり取りを繰り返しながら、冬の日は過ぎていく。
家事をこなす。
剣を振る。
魔法を使う。
勉強をする。
食べる。
寝る。
その繰り返し。
でも、不思議と嫌ではなかった。
前へ進んでいる感覚があったからだ。
そして、ある日の夕方。
訓練を終えた帰り道で、テッサさんがふいに言った。
「やっぱり騎士団、一緒に受けようよ」
夕暮れの光が、白い息の向こうで揺れていた。




