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騎士に拾われた僕  作者: liege


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魔法訓練 2

 テッサさんが屋敷へ駆け戻っていったあとの中庭には冬の風の音だけが残っていた。


 冷えた空気の中で、僕の前には凍りかけの水球がいくつも浮かんでいる。

 集中が揺らぐたび、表面の結晶化が進む。


「維持しろ」


 ジークさんの低い声。


「……はい」


 意識を向ける。

 音がしている。僕の発する音。

 リラさんの水魔法の時とは違う音。

 その音が変わりつつある。それに呼応するように水球が凍り付いていく。


 意識を集中して音を戻すように歌う、声ではなく魔力で。


 すると、水球はその氷を溶かし、水へと戻っていく。

 ゆっくり呼吸する。

 水球に落ち着いた。


 その瞬間だった。


 ぞわり、と妙な感覚が背筋を走る。

 同時に音が聞こえた。リラさんの音だった。

 僕の音と混ざり合い、共鳴し、別の音になる。

 すると、先ほど落ち着いた水球が完全に凍り付く。


「っ」


 動揺していると、リラさんが僕のすぐ後ろまで来ていた。


「その感覚」


 リラさんが静かに言った。


「今、見えた?」


「……え?」


「魔力の流れ。ちなみに今は魔力で干渉したの」


 僕は少し黙る。

 何も見えなかった。

 でも、何かが近づいたのが分かった。

 そして、リラさんの音も。

 水に温度が伝わるみたいに、空気が触れた感覚。


「何も見えませんでした…ですが、音がしました」


 そう答えると、リラさんは少しだけ考えるような顔をした。


「音?感応型なのかしら」


「感応型?」


「普通は元から見えたり、術式で見えるようにするか、探ったりするの。それが捕捉型」


 そこで言葉を切り、僕を見る。


「逆に、あなたのように視界外からの魔力にも反応するのが感応型。楽器を使うエルフに多いタイプね」


 「楽器」と言われた瞬間、胸の奥がざわついた。

 ほんの一瞬だけ。


 紫色の煙の甘ったるい匂い。

 銀のフラスコと誰かの指先。


 そんな断片が頭の奥をかすめる。


「だからっ……ノクス?聞いてる?」


 リラさんの声で我に返った。


「…はい」


「大丈夫?なんだか顔色がよくないわ」


 少し心配そうな表情のリラさんを見ながら、また思考に落ちる。

 今のは何だったんだろう。

 分からない。

 記憶喪失になる前の、自分だろうか。

 ただ、嫌な感じだけが残った。


 ジークさんがこちらを見ていた。

 鋭い目。

 何かを観察するみたいな視線だった。

 でも何も言わない。


「続けろ」


 それだけだった。

 僕はもう一度水球を作る。

 今度はさっきより少しだけ滑らかに形になった。

 音もさっきよりも澄んでいる気がする

 リラさんが小さく頷く。


「いいわ。そのまま循環を意識して」


「循環?」


「魔力を流しっぱなしにしないの。なんというか…戻す感覚?」


 戻すとは何だろう。ひとまず、音の響き方を絞ってみる。

 すると、不思議なことに何かの消耗が減った気がした。これが魔力だろうか。

 次に音の鳴らし方を変えてみる。

 響き続けていた音が、リズムに乗るかのようにはねては自分に帰ってくる。


 それを見ていたリラさんが驚きの声を上げる。


「そう!それよ!まさか一度でできてしまうなんて…末恐ろしいわね…」


「才能だけではあるまい」


「お爺様。私もそう思う。ノクス君の過去がますますわからなくなったわ…」


 いつも厳めしい表情のジークさん。

 それが今はリラさんと同じような顔をしている。

 そのあきれ顔に血筋を改めて感じた。



 そこからしばらく水球を先ほどの最大まで出し、余裕があったので更に倍出す。

 それを凍らないように維持し続ける。


 そこへ、着替えたテッサさんが戻ってきた。


「ただいま戻りましたー!」


 今度は厚手の上着を羽織っている。

 髪は少しだけ濡れていた。


「もう冷たいのほんとやですよ……」


「なら避けられるようになりなさい」


 リラさんが即座に返す。


「うぅ、はい……あれ?ノクス君も被ってなかった?いつの間に着替えたの?」


 テッサさんが不思議がる。

 確かに、気が付けば乾いていた。

 というより、水球を作る際に素材として吸い取られたのかもしれない。

 なんにせよ寒い思いはしないで済んでいる。

 

 リラさんも予想がついているのか何も言わない。

 ただただ困惑するテッサさんだった。



 昼食をはさむ。

 午後の訓練は、魔法を混ぜた組太刀になった。

 意識するのは木剣だけじゃない。

 動きながら魔力音を流す。

 木剣を覆うように水が現れる。

 それだけで訓練の難易度が跳ね上がった。


「遅い!」


 テッサさんの木剣が迫る。

 左で受け流しつつ纏った水で木剣を絡め、崩す。

 同時に右で打ち込む。

 だが集中が散る。

 水が霧みたいに弾けた。


「うわっ!?」


 今度は自分にだけかかった。

 冷たい。

 テッサさんが動きを止めて吹き出す。


「ノクス君、自爆してる!」


「……っ」


 イラッ。たぶん悔しい。

 リラさんは腕を組みながら言った。


「剣と魔法を別々に考えすぎなの」


「別々……」


「繋げるのよ」


 そう言うと、リラさんは片手を軽く振った。

 水が生まれる。

 細い流れ。

 それが彼女の木剣へ絡みついた。


 次の瞬間。

 踏み込む。

 斬撃。

 水が軌道に沿って流れ、まるで刃が伸びたみたいに空気を切り裂く。

 更にその先の起立している丸太をも両断する。


「これは昔からの魔法技で【ハイドジット】というものよ」


「ふぁあ……」


 テッサさんの放心。

 午後の陽光。

 水が通った軌道上。

 水滴たちのキラキラとした輝き。

 その中央で。

 かけがえのないものを見た気がした。

 胸が熱くなる。

 今までもあった。

 原因はわからない。

 でも、こぼさないように。

 ぎゅっと抱きしめる。

 しかし、あふれる。

 

「……綺麗だ」


 リラさんが少しだけ目を丸くする。


「え?」


「あ……」


 気づいて口を閉じる。

 でも、もう遅かった。

 テッサさんがにやにやし始める。


「へぇ〜?」


「違います」


「何が?」


「……何でもないです」


 耳の奥が熱い。

 鼓動がうるさい。

 リラさんは数秒黙っていたが、ふいに視線を逸らした。

 白い息が揺れる。


「……訓練続けるわよ」


 少しだけ声が硬かった。

 でも、その耳がほんのり赤い気がした。




 空が夕暮れ色に染まり始める頃に、訓練は終わった。

 身体は疲れている。

 腕も重い。

 でも、不思議と嫌じゃなかった。

 木剣を握る感覚。

 魔力の流れ。

 誰かと打ち合う音。

 少しずつ、自分の中に何かが積み上がっていく。

 そんな感覚があった。


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