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騎士に拾われた僕  作者: liege


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訓練編 ランカスター 2

 冬も半ばに差しかかっていた。


 空気は鋭く、朝の風は肌を刺すように冷たい。夜明け前の中庭には薄く霜が降り、踏みしめるたびに細かな音が鳴った。


 けれど訓練場に立つ頃には、もう寒さを意識することは少なくなっていた。

 走ればすぐに体が熱を持つ。

 木剣を振れば汗が滲む。

 息は白いのに、体の奥は熱かった。


 木剣を構える。


 右。

 左。


 二本の剣が以前よりずっと自然に手に馴染んでいた。


「行くよっ!」


 テッサさんが踏み込んでくる。

 速い。

 でも見える。


 右からの打ち込みを左で流す。


 すぐに返しが飛んでくる。


 半歩引きながら逸らす。


 以前の僕なら、そこから距離を取っていた。

 だが今は違う。


 流した勢いのまま前へ出る。


 右を振る。


 テッサさんが防ぐ。


 その瞬間、左で木剣を押し流す。


 体勢が崩れる。


 踏み込む。


 乾いた音が響いた。


「まっ――」


 木剣がテッサさんの肩へ当たる。


 一瞬止まって、それから彼女は大げさに後ろへ倒れ込んだ。


「また負けたぁ……」


 地面に寝転がったまま空を見る。

 僕は息を整えながら木剣を下ろした。

 肺は熱く、腕は重い。

 でもまだ動ける。


「ノクス君強くなるの早すぎるって……」


 テッサさんが恨めしそうにこちらを見る。


「ちょっと前までは私の全勝だったのに……」


「……すみません」


「そこで謝る!?」


 思わず口元が緩む。

 するとテッサさんが指をさして叫んだ。


「あ!笑ったな!姉弟子を笑うとは、しつけの無い弟弟子だ!」


テッサさんは僕の頭を抱き込み、髪の毛を荒らす。

 特に抵抗もせず考える。少し前まで、自分が笑うことなんてほとんどなかった気がするな。と。

 でも最近は違った。


 訓練の合間にテッサさんが騒いでいるのを見たり、リラさんが呆れたように笑ったりするだけで、自然と口元が動くことがある。

 自分でも不思議だった。

 ただ、自分が笑うとリラさんやテッサさんが笑ってくれる。それが心地よかった。



 リラさんとの組太刀は、まだ厳しかった。

 テッサさん相手なら読める動きも、リラさんには通じない。

 流し、崩し、踏み込む。


 そこまではいける。

 だがその先で止められる。

 気づけば逆に崩されている。


「甘い」


 木剣が弾かれる。

 直後、短剣が喉元へ添えられた。


「……負けです」


「今のは惜しかったわ」


 リラさんが木剣を下ろす。

 額にはうっすら汗が滲んでいた。


「でも踏み込みが少し大きかった。あれだと返される」


「はい」


「あと、右に意識が寄りすぎ。左をもっと使って」


 そう言って僕の左手ごと木剣を握る。

 すると、妙に胸がざわつく。感情が揺らぐ。

 何の感情なのかは、まだよくわからない。


 ただ、リラさんに褒められると嬉しい。

 逆に、ため息をつかれると少し落ち込む。

 それだけはわかった。



______



 訓練後、リラさんが苦笑しながら言った。


「成長早すぎるのよ」


「……そうでしょうか」


「そうよ。普通、こんな短期間でここまで来ないもの」


 テッサさんが地面に座ったまま頷く。


「ほんとそれ。私、ジーク様に何年しごかれたと思ってるの……」


「まだ甘い」


 後ろからジークさんの声が飛ぶ。


「うぅ……」


 テッサさんが肩を落とす。

 そのやり取りを見て、また少しだけ笑ってしまった。



________



 冬はさらに深まっていく。


 朝は暗い。

 風は冷たい。


 だが訓練は止まらない。


 走る。

 振る。

 打ち合う。


 そして少しずつ、自分でも変化がわかるようになっていた。

 受けるだけじゃない。

 前へ出られる。

 怖くても踏み込める。


 ある日の午後。


 僕はジークさんと向かい合っていた。

 周囲でテッサさんとリラさんが見ている。

 冷たい風が吹き抜けた。


「構えろ」


 低い声。いつもの合図。

 次の瞬間、ジークさんが強く踏み込んでくる。

 まるで大きな城壁そのものが動き、迫ってくるような錯覚に陥る。


 重い。木剣とは思えない圧力だった。

 左で流そうとするが、完全には流し切れない。


 腕が痺れる。

 右を振る。

 防がれる。

 返し。

 速い。


 咄嗟に身を捻る。

 頬の横を木剣が通り過ぎた。


「遅い」


 さらに踏み込まれる。

 押される。

 苦しい。

 それでも下がらない。

 昔の僕なら、とっくに距離を取っていた。


 でも今は違う。


 踏みとどまる。

 左で逸らす。

 右で返す。

 また弾かれる。


 呼吸が熱い。

 腕が痛い。

 木剣がぶつかるたび痺れが広がる。


 それでも。

 前へ。


 その瞬間だった。

 ジークさんの踏み込みが、ほんの少しだけ深い。


 前へ出すぎている。

 そう感じた瞬間、体が勝手に動いた。


 左で流す。

 完全に受けない。

 逸らして開く。


 その隙へ、右を滑り込ませた。


 乾いた音、静かになる中庭。


 木剣の先が、ジークさんの胸へ触れていた。


 テッサさんとリラさんが目を見開いている。


「ノクス…あなた…」

「うそ…ジーク様に、一太刀、入れるなんて…」


 僕自身も信じられなかった。


 一本取った。

 今、本当に。


 ジークさんはしばらく無言だったが、やがてゆっくりと木剣を下ろす。


「……悪くない」


 それだけだった。

 だが、その一言がとても嬉しかった。

 いつも以上の口元の弛みを感じた。


 その日の夕食で、テッサさんはずっと騒いでいた。


「ジーク様から一本取るとか意味わかんないんだけど!?」


「一回だけです」


「それでもおかしいって!」


 リラさんは少し黙っていたが、やがて小さく笑った。


「でも、ちゃんとランカスターに近づいてきたわね。自分の事のようにうれしいわ」


「ランカスター……」


「受け止めず。流して、前へ出る。しっかりできていたからこそね」


 ランカスターに近づく。その言葉に、また胸が熱くなった。

 そして数日後には、ジークさんと引き分けることもできるようになった。


 もちろん本気ではないのだろう。

 それでも、以前よりずっと長く立っていられる。

 以前よりずっと、前へ出られる。


____


 更に数日後。


 訓練場に現れたジークさんの手には、見慣れない道具があった。


 黒い金属の台座。

 その中央に、透明な球体が埋め込まれている。

 冷たい朝日を受けて、球体の奥が淡く光っていた。


 僕がそれを見ると、ジークさんは短く言った。


「魔法適性を見る」


 それは本当の意味で、僕がランカスターになれるかどうか。それを測る為のものであった。

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