第75話:悪鬼の群れ・見覚えのある男
荒野は今、猥雑なざわめきで満ちていた。
獣のごとき唸り、怒声。金属の触れ合うガチャつき。
乾いた地面の上には、砂礫とともに砕けた骨が散らばっている。風雨にさらされ既に元の姿は分からない。
ひしめき合っているのは鬼だ。
身の丈2mを優に超え、中には3mに達そうというモノもいる。その巨躯を強靭な筋肉の鎧で覆い、その手には大剣、戦斧などの無骨な獲物を握っている。
荒々しく使われ、かえりみられることの少ないそれらの多くは、欠けるか、あるいは折れていた。中にはまだ乾いていない血のりが付いているものもある。
しかし、ろくに手入れもされていない醜悪さは、かえって持ち主の残虐さや野蛮さを雄弁に物語っていた。
悪鬼たちの最前。
祭壇上に据えられた玉座。
哀れな獲物たちの骨と皮を積み上げただけのそこに、一頭の雄が腰かけていた。
黒ずんだ赤銅色の肌。枯れた藁のような茫々たる髪。額からは二本の角がねじれながら天へと伸び、その下では金色の瞳がギラリギラリと光っている。
悪鬼としては小柄な雄だった。
しかし、胸も腕も張り裂けんばかりに分厚い。まるで、その雄がやがてもたらす暴威が圧縮されギュウギュウと詰め込まれているかのようだ。
雄が腕組みを解き、左手をわずかに掲げる。
それだけで、広場が静まり返った。
太い手首に巻かれた、不釣り合いに細い金鎖が揺れるかすかな音さえ聞こえるほどの静寂、そして緊張感が瞬時に到来した。
悪鬼たちは知っていた。
目の前の雄が、この場の誰より強いことを。この場の誰より冷酷で、残忍で、イかれていることを。
それゆえに、悪鬼たちはその雄に心酔していた。
配下の従順な態度に満足したのか。
玉座の主は口角をつりあげ、立ち上がる。
強さが全てである悪鬼に多くの言葉は必要ない。命令は、ごく短かった。
『楽しめ。俺も、そうする。』
地鳴りのような歓声が轟き、進軍が開始される。
楽しめ?なにを?
愚問だ。悪鬼にできることなど、そう多くはないのだから。
すなわち、奪うこと。壊すこと。犯すこと。そして、殺すこと。
………。
どこかで見た男だな。ソイツの顔を見ながら俺はそんなことを考えていた。
もう少しよく見ようと、まじまじと相手の顔を見つめていると、相手の方もこちらをジロジロと見ていた。
着古したつなぎの作業着に、ボサボサの髪の毛と無精ひげ。痩せた体に目の下の濃い隈。
思い出した。前に夢に出て来た男だ。と、言うことは俺は今、夢を見ているのだろうか。
思えば不思議なことに、周囲は真っ暗なのに男の姿だけはくっきりを見える。夢だとすれば納得だ。
「ずいぶん、久しぶりだな。まあ、会わないで済むなら、それで別に問題ないんだが。」
男は薄っぺらな笑みを浮かべて話しかけて来た。面白いことなんて何一つないのに、無理やり口角をあげたって表情だ。
俺は何と応じるべきかわからずに沈黙したが、男はそんなことは一向に構わないようだった。
「さっきの立ち回り、見させてもらった。まあまあの手際だったんじゃないか。俺の言えたことじゃないかもしれないが、お前にしちゃ上出来だろう。とにもかくにも、ミラとリヨンは死地を脱した。ミラは傷を負ったが、リヨンはあれで中々頼りになる。お前がいなくても、何とかするさ。」
男の言葉をきっかけに、俺の頭にスサノ砦での出来事がフラッシュバックする。何故忘れていたのか、自分でもわからない。
だが、思い出した途端、俺は俄然焦り出した。逆に、男は俺の様子を見てかえって落ち着きを増していくようだった。
肩をすくめて、見透かしたようなことを言う。
「そう、焦るなよ。生きちゃいるが、今のお前は動けるような状態じゃないんだ。なんせ、勇者様にコテンパンにされたんだからな。それよりも、ミラとリヨンの話を聞かせてくれないか。」
「そんな場合じゃないんだよ。のんびりとなんかしてられるか。」とは、言えなかった。理由は2つ。
1つは、動けるような状態ではないという言葉が本当の事だと、自分でも分かってしまったから。スサノ砦で身体をバラバラにされたのだから、考えるまでもない。
もう1つは、ミラとリヨンの話を求めた男の表情が、台詞の軽さと裏腹にひどく真剣だったからだ。そこには縋りつくような凄みさえ感じられた。
「分かったよ。ミラと、リヨンの話だな。」
俺がそう言って胡坐をかくと、あわせるように男も座った。
「ああ、頼む。話しているうちに、動けるくらいには回復するから心配はするな。それと、どんな話でも文句はないが、出来れば楽しい話が聞きたい。」
「そうか。それじゃあ、どうするか。」
少しの間、記憶を探ってから、俺はおもむろに話し始めた。
「あれは、去年の秋のことだったんだが……、」
………。
どれくらい、話をしていただろうか。ほんの短い間の気もするし、随分と長い時間が経った気もする。
俺は周囲がほんのわずかに変化していることに気が付いた。
完全に光の射さない暗闇だったはずが、ほんのわずかに明るくなってきているのだ。
それまで、ひどく生真面目な顔で俺の言葉に耳を傾けていた男も、改めて周囲の変化に気が付いた様子だった。
口の端に現れた笑みは、幾分自然なものになっていた。
「どうやら、ボチボチ時間らしい。名残惜しいが、のんびりできる状況でもないしな。」
「時間?」
「お前が、多少は動けるようになったってことさ。」
あたりは加速度的に明るさを増していく。光は俺の背後からやってくるようだった。
俺と向かい合う男の背後では、夜明けの西の空のように暗闇が最後の抵抗を試みている。
男の身体はその暗闇に付き従う様に輪郭がぼやけていく。
「なあ、次来るときは覚悟をして来いよ。なにせ、ここに来るごとに」
台詞の最後がよく聞き取れない。
何を言っているんだ。そう聞き返す前に男は消え去り、辺りは白い光に埋め尽くされた。
久々にロクの一人称に戻りました。




