番外:傭兵頭・ヤグラ
カーマイン家の屋敷は小高い丘の中腹に位置しており、眼下に治める領地とそこに住まう者たちの生活を見渡している。
その丘のちょうど反対側、控えめに木々が立ち並ぶ林の中に、息を潜めて機を窺う傭兵の一団があった。
特に決まった名前はない。一団を率いる頭の名まえをとって「ヤグラの傭兵団」、「ヤグラたち」、あるいは単に「奴ら」と呼ばれたりする。
キルミツ伯爵家御用達の傭兵団。(もっとも、汚れ仕事をもいとわぬ彼らの事。「御用達」などとは決して公言されないものだったが。)
年経た木の根元に腰を下ろし、夜半の仕事に向けて体を休めているように見える頭領・ヤグラの下へ配下の一人が駆け寄った。
見張りに出していた配下の一人、ゴウロッツだ。
「どうした。なにかあったか。」
尋ねつつ、ヤグラはすでに異変を確信している。何もなければ、こんな風に慌てて報告に来ることもない。
状況を察して、副長のツウジもそばに寄って来ている。
ゴウロッツは日に焼けたスキンヘッドを汗で黒光りさせ、息を整えることもせず報告をはじめる。
「ヘイ、例の貴族の屋敷からコルダ車が一台、出て行きやした。粗末な造りでしたが、幌付きで中までは見えませんで。一応、バシリとアシハガに後をつけさせやした。」
ヤグラの目がわずかに細められる。
急な買い付けや、届け物。穏便な言い訳はいくらも考えられたが、熟練の傭兵頭はこの手の仕事にトラブルがつきものであることをよくよく知っていた。
「ツウジ、何人か見繕って後を追え。東か南に向かうようなら、多少手荒くでもいい、中を検めろ。」
予期していた命令なのだろう。副長は平静な顔で肯いた。
「それ以外なら?」
「東と南以外は、進むほどに人家が減る。仕掛けるにしても、人目が完全に消えてからでいい。場合によっては、俺たちも後を追うが、いざとなったら手前の判断で仕事に当たれ。」
「承知」
くだんのコルダ車に目当ての“赤ん坊”がいる前提で二人は言葉を交わす。
いないのであれば、問題ない。ならば、問題のある前提で話すに限る。
腰を上げ、出立しようとするツウジに向けて、ヤグラはもう一つ言葉をかけた。
「今回の“仕事”をこなした奴には特別の褒美を出す。それでもやり手がいなけりゃ、俺がやるから攫ってこい。」
「そんときゃ、俺がやるさ。代わりに褒美は弾んでくれ。」
いかに、汚れ仕事もこなす傭兵とは言え、赤子を殺すことは一等嫌な仕事だった。
だからこそ、実際に手を汚した奴には褒美を弾むし、いよいよとなれば自分が泥をかぶる。
そう言った頭領に対し、古馴染みの副長は苦笑で応えた。
面倒を下に押し付けて、楽をしたがる頭領についてくる部下は少ない。アンタはそれを分かっている良い頭領だが、少々、損な役回りを引き受けすぎる。
そのぐらいのからかいだったが、ヤグラにも十全に伝わったらしい。
傭兵頭はうるさそうに手を振って、ツウジとゴウロッツをさがらせた。




