第73話:再会、そして逃走へ
先頭をラピスが飛び、ジャスパー、シレン、ホルンの順で後に続く。
移動しながら、名前だけの自己紹介をする。
人間がいること。さらには魔物と行動を共にしていることに、内心ラピスは驚いたが、すぐにリヨンとミラが既に人と魔物の組み合わせだと思い出し、納得した。
森の中には既に濃厚な焦げ臭さが満ちていた。木々の隙間からは炎の光と、ゴウゴウという火勢の唸りが聞こえてくる。
「あれだよ!あそこの、あの太い枝に白い布が巻いてある木の上。」
母や祖母が何故そんな目印をしたのか。今ならその理由もわかる。これからミラとリヨンを捕らえに来る王国軍への目印なのだろう。
「あれか!」
ジャズパーがそう答え、目標を確認したことを伝えてくる。ラピスはそこで加速すると、いち早く巣の中へと飛び込んだ。
リヨンとミラは、ラピスたちが出て行った時のまま、部屋の隅に転がされていた。
ラピスはそこに駆け寄ると、すぐさま猿ぐつわと手足の縛めをほどきにかかる。
「リヨンさん。ミラ。起きて!!」
薬と歌の効き目か。2人は目を覚まさない。ラピスは少し考えた後で【呪歌・目覚めの歌】を歌いだす。
未熟な自分の唄ではどれほどの効果も見込めないとは思っていたが、何もしないよりはマシだろうと判断したのだ。
歌いながらも、懸命に結び目をほどいていると、おもいのほか早くジャスパーが巣へと入ってきた。
ミラとリヨンのそばに膝をつくと、2人の状況を確かめる。
「こりゃ、眠らされてるのか。人頭鳥の歌だけじゃないな。なにか薬を盛られたか?」
ラピスが肯くと、ジャスパーは荷物の中から石でできた瓶を取り出した。
「お前さんは、その歌を続けてくれ。」
そう言いながら栓を外す。もの問いたげなラピスの視線に気が付いたのか。作業をしながら、独り言じみた解説をつけてくれる。
「コイツは緑の聖水だ。薬が植物由来なら、大抵は効果がある。本当は一刻も早くズラかりたいが、流石に2人とも意識不明じゃ荷が重いからな。」
緑の聖水を少しずつ、交互にミラとリヨンの口に含ませていく。
しばらくすると、ミラとリヨンの表情に変化があった。
眉間に僅かにしわが寄り、まぶたが震える。
目覚めの兆候を見て取ったジャスパーは「しめた」とつぶやいた。荷物から新たに革の小袋を取り出すと、黒い粉を二人の口へ一つまみずつ放り込んだ。
「それは、なに?」
呪歌を切り上げたラピスが尋ねると、ジャスパーは2人の様子を見守りながら言う。
「ラクトンの実の粉だ。ひどい味だが、気付けにはいい。それより、2人の荷物を知らないか。杖や石剣があったはずだが」
「あ、そうだった。ちょっと待って。出してくる。」
言われて思い出したらしいラピスが隣の部屋へ飛びこんだ。
そのあいだにも、リヨンとミラにさらなる変化があった。眉間の皺がこれでもかとばかりに深くなったかと思うと、次の瞬間、猛烈にせき込んだ。
そのまま、恥じらいも一緒に捨て去る勢いで口の中のものを吐きだそうとする。
ゲーゲー、ペッペと大騒ぎする2人にジャスパーは水筒が手渡した。
「おう、気が付いたか。無事で何より。ほれ、水だ。」
リヨンとミラが先を争うように水筒をつかみ取り、口の中を洗う。2,3度うがいしてから、ようやくソコにいるのが聖樹の森で別れた火蜥蜴だと気が付いた。
「あれ、ジャスパー!?」
「あ、本当だ。ジャスパーさん。それにラピスも、どうしてここに」
リヨンとミラの台詞にジャスパーはニヤリと笑う。
「カハハハハ。まあ、話はあとだ。なにせ今ここには王国軍が迫ってる。さっさと逃げるぞ。立てるか?」
それだけで、おおよそ状況が分かったのか。二人が肯き、立ち上がる。
と、そこで大きくよろめいた。
「おい、大丈夫か。」
とっさに二人を支えたジャスパー。問いかけながら、2人の状況を改めて見極めている。
「盛られたのが、単なる眠り薬じゃなかったらしいな。ドリさんの聖水でも打ち消しきれんとは、かなり強い薬だ。時間が経てばよくなるだろうが、どうだいけるか?」
「大丈夫。今のはちょっとよろけただけよ。」
「わ、私もだいじょうぶ、です。」
二人ともそう答えたが、かなり怪しい。
リヨンの方がマシだが、どことなく足元がおぼつかない。ミラについては明らかにふらついている。
それでもジャスパーの表情に深刻さはない。
「まあ、元々2人にはお嬢に乗ってもらう気でいたから、問題はない。とりあえず俺に捕まってくれ。」
「え、お姉ちゃんも来てるの」
ミラの言葉に頷き返すと、リヨンともども担ぐようにして巣の縁まで移動する。
そこに荷物を引きづり出してきたラピスが加わる。
「あの、これ。ゴメンなさい。杖とかはあるんだけど、薬草とか聖水はおバアちゃん達が持ってちゃったみたい。」
「まあ、そういうこともあるさ。それより、ラピス。ここからミラを下におろしてくれ。リヨンは一人で降りれるか?」
ジャスパーが尋ねると、2人とも肯いた。
「下ろすだけなら、大丈夫」
と、気を取り直したように言うラピス。
「私もそれぐらいならいけるわ。」
こちらはリヨン。
まだ子供のラピスに人一人は運べない。しかし、ゆっくり下ろすだけなら大丈夫だ。ミラの腕の付け根を掴むと下降をはじめる。
つづいて、リヨンが1人で慎重に下降する。
木の下で3人を出迎えて歓声をあげたのはホルンだ。
『まあ、ミラ!!会いたかった。無事なようで何よりよ。速く背中に乗って。ああ、久しぶりに貴方を乗せられると思うと嬉しくてたまらないわ。そうよ、この香り。そして、この温もり。もう、何も怖くない。』
キマッてる。
一人、木の幹を伝って降りて来たジャスパーに声をかけたのはシレンだ。
「ジャスパー、はやく行こう。火が迫ってる。」
ジャスパーも肯く。
「シレン、2人に手を貸してお嬢に乗せてやれ。薬の影響で本調子じゃない。ミラちゃんが前、リヨンはミラちゃんが落ちないように後ろからしっかり支えてやってくれ。」
言われた通り、シレンが手を貸してやり、ホルンの背中にミラ、リヨンの順で乗る。
「よし、行くぞ。急げ、時間がない。」
ジャスパーは地面に降り立ち、一同に号令する。
ミラとリヨンを乗せたホルンが歩き出す。【轟く蹄】を発動させているのだろう。乱れのない足取りが頼もしい。シレンも続く。それを見ながら、ジャスパーはラピスに問いかけた。
「ラピス、お前さんはどうする。」
ラピスは迷った。出来るなら、群れの仲間を助けたい。しかし、それを許す状況でないのは確実だった。
それでも、何かを言おうと口を開きかけた時。方角にして北。樹木の影からコルダのいななきが耳に届いた。
一行に緊張が走り、ホルンとシレンが足を速める。ジャズパーも移動を開始しながら、ラピスに言う。
「すまない。時間切れだ。手伝ってくれたアンタをみすみす死なせるわけにはいかない。悪いが、一緒に退いてくれ。」
異論はないが、内心に忸怩たる思いがあるのだろう。奥歯を噛みしめた表情で、地面を軽く蹴り、ホルンたちの後に続く。
その時、ラピスめがけて矢が飛んだ。
「チィッ!!」
間一髪、ジャスパーが手にした杖で打ち払う。
同時に響く呼子の笛。甲高い音が森の空気を裂いた。
「大丈夫か?」
「あ、はいッ。大丈夫です!」
「見つかる前に離れたかったが、そうもいかないらしい。急ごう。」
駆け出しながらジャスパーは指示を飛ばす。
まずはシレンに魔法石の入った革袋を渡して言う。
「使い方は覚えているな。荒れ地に出ると視界が開ける。遮蔽物もなくなってコルダに乗ってる奴らの方が有利だ。ソイツで火の壁を作るんだ。」
シレンが強張った顔で袋を受け取る。
「お嬢、お前は何があっても足を止めるな。いいか、何があってもだぞ。道は俺が用意してやる。」
『分かりました。何があっても、ですね。』
2人を背負っての戦闘はまだ若いホルンには荷が重い。それに乗っている二人も本調子でないのだ。それが分かっているからだろう。
ホルンは決意のこもった顔で肯いた。
「ラピス、お前さんだけならまだ簡単に逃げられる。俺たちにかまわず行ってくれ。」
この言葉にラピスは首を横に振る。
「私にできることがあるなら、手伝わせて。」
ジャスパーは一瞬、逡巡してから返事を返す。
「それじゃあ、リヨンと一緒に矢避けの魔法を使ってくれ。今はいいがじきに視界が通る。追手が射かけてくるはずだ。リヨンも、頼む。」
「分かりました。」
「ええ、私も大丈夫。」
ラピスとリヨンも肯く。
最後にミラだ。
「ミラは誰かが傷ついたときに魔法で治療してくれ。頼んだぞ。」
「はい、頑張ります。」
話をしている間にも、蹄の音は確実に近づいてくる。接触に備えて魔物たちはそれぞれに魔法を発動させる。
【岩砕く角】
既に発動している【轟く蹄】とあわせてホルンが一層肉体を強化する。
【いと猛き炎の精霊よ。我が力に呼応して、燃え盛る強き力をこの身に宿せ。心火発輝】
充実した火の魔力がジャスパーの身中に満ちていく。
【軽やかなる風の精霊よ。我がもとに立ち寄りて、災いそらす護りを与えたまえ。気まぐれな護り】
ラピスとリヨンが声を合わせて唱えると。6人を乱気流の膜が包み込む。
準備が整ったのを見計らったかのように森が途切れた。
荒れ地を飛び出した6人を森から吹きあがる炎が照らし出す。いつの間にか現れた雲に遮られ月や星は見られなかった。
高低差はあるものの、障害物の少ないこの場所はコルダに騎乗した王国軍が圧倒的に有利。
しかし、目指す南東の降り口まではほんの数百メートルの距離だ。ミラたちは果敢に前進する。
その背後、遅れること数分のうちに森から王国軍の騎兵部隊が姿を現した。
そこには大将であるシリウス王子。腹心のアスト・ゴウト。勇者の仲間たる騎士コナーズ・エアの姿もあった。
「速度も兵力もこちらに分がある。逃すな。」
シリウスの号令のもと、騎士たちが駆けだし、矢が放たれる。
「リヨン、ラピス!!」
ジャスパーが声をかける。リヨンとラピスが風のヴェールに一層の力をこめると、不可視の腕に払われるように矢が地面に叩き落とされた。
シレンも革袋から魔石を掴みだすと宙に放る。
【力ある石よ。なされた刻印に従い、今こそその力を示せ。点火】
トリガーとなる言葉によって魔法が発動し。騎士との間で激しい火炎を生み出す。
突如、現れた火炎の壁に先頭を走っていたコルダがおびえて暴れ出す。
「うわぁあああああ!!」
バランスを崩し、落下した騎士。その後方の1頭も巻き込まれる形で転倒した。
「よっしゃー!」
思わず快哉を叫ぶシレン。
「よし、よくやった。その調子でドンドン投げろ。」
ジャスパーも気勢をあげた。
しかし、それでも王国軍全体の足は止まらない、鈍りこそすれ。
「当たらずともよい。射かけ続け、威圧し続け、追い込め。」
シリウスが発破をかける。
【気まぐれな護り】のような魔法は維持にも力が必要になる。また、一時的に強度を上げるときも同様だ。矢での攻勢は当たらずとも着実にミラとラピスを消耗させる。
魔法石による火炎も、隙間のない壁になるわけでもなければ、燃えるものの少ない荒れ地でずっと燃え盛るわけでもない。
進軍のスピードが下がるものの、慎重によく見ていれば大した脅威ではないのだ。
ジリジリと追い詰められていく感覚を肌に感じつつ、それでもジャスパーは皆を鼓舞し続ける。
「シレン、良い調子だ。リヨンとラピスはもう少しだ。じきに相手の矢も尽きる。頑張ってくれ。」
声を張り上げ、勇気づけながら、風の障壁をすり抜けて来た矢を打ち払う。
ホルンと並んで丘を越え、そこで足が止まった。
「おい、どうしたん…」
後ろから来たシレンの言葉がそこで途切れた。
前方、なだらかな勾配の先。荒れ地の東側は海へとせり出し垂直な崖になっている。そして、南東側の方向に一行の目指す下降口がある。
しかし、そこにはずらりと並ぶ王国軍の姿があった。
徒歩に槍を備えた歩兵が台地を縁取るように隊列を組み、今しもミラたちを包囲しようと待ち構えている。
「追跡が甘いと思っていたら、追い込まれてただけか。」
ジャスパーが忌々し気に吐き捨てる。
「これでお終いだ、圧しつぶせ」
一行の後方で、シリウスが勝ち誇った。




