第71話:火の手
彼らは身軽で、素早く、さらには冷徹さを兼ね備えていた。
つまり、選りすぐりの精鋭。
誰に見とがめられることもなく台地の上に到達すると、慎重だが淀みのない動きで風上、集落の西側へ向かって移動を開始する。
周囲の状況と事前の情報に食い違いがないことを確認しながら歩を進め、やがて集落のほど近くまで到達する。ここまで来れば残す仕事はわずかだ。
男たちは肯きあうと無言で散開した。
………。
クレイドルに住まう人頭鳥の中で最初に異変を察知したのは見張りに立っていた若い雌だった。
台地の端に生えた高い木の上から、北側に広がる荒れ地とその先の森を眺めていたのだ。
と、言っても夜間の事。荒れ地も森も黒々とした影の中に沈み込んでいる。
そして、相手は明かりも持たず、ただ月と星のみを頼りにゆっくりと、静かに接近していた。
だから、気が付くのが遅れた。
森から這い出し、台地を目指して迫りくる人とコルダの群れ。
それらは既にほど近くに迫っていた。
かつてない大軍。初めての事態に若い雌はかたわらにいたもう一羽に慌てて声をかける。
先日、仲間が囚われてから見張りが増員されたのだ。
声をかけられた側もすぐに異変に気が付く。
2羽は戸惑い、狼狽えながらもすぐさま警告音を響かせた。
その後で、1羽が見張りとして残り、もう1羽が危機を知らせるべく集落へと向かう。
1羽が集落に向けて羽根を広げたその時。
パパパ、と集落の一角が瞬いた。
遅れて響く重低音。西端に位置する巣のいくつかが突如として炎を吹きあげた。
現象に頭の動きが追い付かず、茫然とする2羽の前でさらに3つの炎が生まれる。
その時になって、ようやく耳が同胞の悲鳴を捉えた。
その声に、ことの急迫さを悟ったのか。
残るはずだった1羽もとびたち、2羽はそろって集落へ舞い戻った。
………。
「よし、策はなった。全軍、松明に火を点せ。全速前進。これより先は相手の目を忍ぶこともない。」
台地の頂点に光が灯ることを確認し、シリウスはそう下知する。
手始めに王子を囲む本隊が明かりをともすと、それを合図に全軍が松明を手にして進軍の速度を上げた。
完全に予定通り。
台地の守りさえなければ相手は100羽余りの人頭鳥と魔法使いの小娘1人に過ぎない。
シリウスの目に勝利の確信が宿る。
「第1隊前へ。目標は台地上、集落南東部。狙いは“統べる者”とその配下のみ。人頭鳥などにかまわず前進せよ。」
王子直下、近衛騎士団を中心とした部隊が号令の下、さらに速度をあげる。
自身もコルダに跨って台地へと突き進もうとするシリウスに、追いすがる者が1騎。
王宮騎士・コナーズだ。
「失礼いたします。シリウス殿下、人頭鳥の集落へ自ら乗り込むとのこと。ぜひ、私にもお供させていただきたく、参上しました。」
そう直訴するコナーズ。
シリウスは不快な気持ちを隠そうともしない。吐き捨てるように言う。
「貴様の配置は既に伝えてあったはず。それを守らずに勝手なふるまいに及ぶとは、王宮騎士の程度が知れるな。それとも、勇者の一行だからと身の程を忘れたか。」
無論、コナーズもそんなことは分かっている。分っているが、軍議の席上ではそもそもろくに発言すら許されなかった。
一方で、彼は“統べる者”の脅威を王子たちよりも高く見積もっている。正確にはその配下たる魔物の力と配下に容易に命を捨てさせる“統べる者”の統率力を。
念頭にあったのは、スサノの砦で“統べる者”を逃がすために迷うことなく我が身を白刃の下にさらした岩石精の姿だ。
ゆえに、コナーズは万が一の危険を感じ、このタイミングでの直訴に及んだのだ。
そんな騎士の内心を知ることもなく、なおも叱責を加えようとするシリウスだったが、ここで思わぬところから声が上がった。
「殿下、心中お察ししますが、ここはコナーズ殿を手勢に加えるべきかと。」
声の主は近衛騎士団団長のアスト・ゴウト。
普段、シリウスのいうことであれば白でも黒とする側近の言葉にコナーズだけでなく、シリウスすらも驚いている様だった。
虚を突かれたのせいか、アストを問いただすシリウスの声は思いのほか率直だった。
「この男を連れて行けと、そう言ったか?」
アストの表情も普段と変わりない。
「はい、今からでは元隊への復帰は困難です。しかし、遊ばせておくにはもったいない戦力。活かさない理由はありませんし、何より、一刻が惜しいこの時に言い争いこそ愚の骨頂かと。」
腹心に諭され、改めてシリウスが口を開く。表情は面白くなさそうではあるが、怒りは半ば過ぎ去っているらしい。
「分かった。今回は貴様の顔を立てよう。コナーズは貴様の下につける。何かあればすぐさま切り捨ててかまわん。」
むしろ、なにか理由をつけて切り捨てろと言わんばかりにも聞こえるが、そこは歴戦。アストもコナーズも涼しい顔をしている。
シリウスは一層、冷ややかな視線をコナーズに投げかけながら言う。
「今回限り、命令違反を見逃す。次はないぞ。」
「訴えをお聞きくださり、ありがとうございます。」
コナーズを隊へと加え、シリウスは台地へと向かい発進した。
………。
放火と思しき火災に、クレイドルに迫る軍勢。人頭鳥のコロニーはまさに阿鼻叫喚の大騒ぎだった。
西端の巣が、そこを棲み処としていた人頭鳥諸共に次々と火を噴く。
炎に包まれた雌の断末魔。火傷を負いながら死にきれずのたうち回る者、煙に巻かれながら逃げ惑う者の悲鳴が森にこだまする。
混乱の極致たる場にあって、セレネとレヴェは流石に派閥の頭領で、群れの幹部だった。
側近たる自分の娘たちを素早くとりまとめ、行動を開始する。
集落の中心近くの巣から騒動の現場へと駆け付けると、その手前で2羽は鉢合わせた。
未曽有の緊急事態。互いに確執を棚上げし、素早く言葉を交わす。
「私たちは逃げ遅れた者の救助を行います。アナタ達は炎がこれ以上集落へ向かわぬように食い止めながら、皆の避難を」
セレネがそう言い、レヴェも肯く。
「任せなさい。付け火を行ったものが潜んでいるかもしれないわ。お互い用心しましょう。」
それで話は決まった。
【軽やかなる風の精霊よ。我がもとに立ち寄りて、慈悲なきものより護りたまえ。風精の抱擁を】
セレネたちが炎熱を防ぐ風の衣をまとって、火中の救助作業へ向かう。
【呪歌合唱・風呼び】
レヴェたちが声を合わせ東風を呼び、炎を押し返し始める。
そこに一足遅れてロードピスが、長女であるリジータとともに到着する。
彼女の巣は集落の南東にある。その分、遅くなったのだと思われた。
人手はいくらあっても足りない状況だ。すぐさまレヴェが指示をとばす。
「負傷者と子供。皆の避難をお願い。」
言われたロードピスの反応も速かった。
「分かったわ。南東の岩場に抜けるから、アナタ達もできるだけ早く来てちょうだい。」
そいうとすぐに仕事にかかる。まだ年若い娘たちを呼び集め、負傷者に手を貸して移動を開始した。
放火と足元に迫る軍。これを踏まえて、セレネとレヴェの頭にはクレイドルの放棄があった。
軍勢の規模、これは台地の地の利を生かしたところで太刀打ちできるものではない。加えて火災による混乱。
故郷は惜しいが、命あっての物種。
幹部2羽が逃げるしかないと判断するのは当たり前だと言えた。
素早く、この地を去らなければならない。しかし、仲間を見捨てることは出来ない。
できる限りの救助を、できる限りの速度で。
自慢の肌を、髪を、羽根を焦がす熱風をものともせずに、2羽は陣頭に立ち娘たちを鼓舞し続けた。
時間にすれば、半時間にも満たなかっただろう。しかし、救えるものは救い出した。
「そろそろ、行きましょう。これ以上は無意味だわ。」
セレネがそういうと、レヴェも肯く。
「ええ、早くいかなくては。軍勢に追いつかれるわけにはいかない。」
ともに煤に汚れ、普段の装いの面影もない。肉体的にも精神的にも疲労は積み重なっていたが、それでも2羽は背筋を伸ばし毅然とした姿勢を崩していなかった。
確執が解けたわけではないが、奇妙な連帯感もある。
2羽は周囲の娘たちに撤収の号令をかける。
「さあ、引き上げるわよ。」
娘たちが飛び立つのを見届けてから、最後にセレネとレヴェが同時に空中へと身を躍らせる。
次の瞬間、セレネが墜ちた。
胸から赤い血を引いて。
「姉さん!!」
言葉と動作が、レヴェの思考を置き去りにして表に出た。
考えるよりも先に姉の体を捕まえ、支えていた。1羽分の重さにレヴェの高度ががくりと下がる。
セレネの胸には深々と矢が突き刺さっている。
(マズイッ!!)
危険を察知し、回避行動をとるが時すでに遅し。うなりを上げて飛来した矢が2本、レヴェの胴を深々とえぐる。
「グゥッ!」
姉妹はまるで抱き合うような姿勢で落下した。
同時に他のハルピュイアにも矢が襲い掛かった。
ある者はそれを体に受け墜落し、あるものは逃げ散る。
凶行はものの数分で終了した。
「アゥ、……っぐぁ」
矢が急所をはずれ、姉の体がクッションになったのか。レヴェは地上でうめき声を上げた。
そんな彼女のもとに歩み寄る足音がある。
「おい、まだ息があるじゃねえか。もっとしっかり狙えよ。面倒だろう。」
姿を隠す工夫だろう。体中に小枝や木の葉などを纏っていて姿は判然としないが、残虐な興奮を押し殺すように潜められた声は男のものだった。
男は抜き身の剣を手にしていた。
その剣の用途を理解しながらも、すでにレヴェに反抗の力はない。
「ぅ、…ぁ」
ただ。口からうめきが漏れた。
男が振り上げ、振り下ろす。
最後の一瞬。レヴェの目には同じようにとどめを刺される娘たちの姿が映っていた。
………。
折り重なるレヴェとセレネの死骸を囲むように男たちが集まって来る。
一様につる草や小枝を体中につけており、その様は奇怪なものだった。
全員が集まるのを見計らい、そのうちの1人が口を開く。
「目的は達した。引き上げるぞ。」
短くも、明確な言葉だ。
「何羽も逃がしちまいましたが、よかったんですか。」
別の1人が尋ねると、男は足元の2羽にちらりと視線を向けた。
「火を点け、この群れの首領格である2羽を狩った。あとは所詮烏合の衆。俺たちの役目もこれまでだ。」
もとより、本気の反論ではなかったのだろう。問いを発したものにも異存はないようだった。
あとの仕事は、本隊が片付ける。男たちは来た時と同様に、無言かつ無駄のない動きでその場を立ち去った。




