第68話:同族を殺すモノ
その日、報告を聞き終えたシリウス王子は上機嫌だった。
報告を終えた騎士を簡単にねぎらった後、下がらせる。
天幕の中に置かれた椅子に腰を下ろした時には、この男にしては邪気のない笑みを浮かべていた。
室内には、王子の他に腹心の騎士アスト・ゴウトが控えていた。
「いよいよ、お目当てに近づいてきた。最初ははずれくじを押し付けられたかと思ったが、どうやら取り越し苦労だったようだな。」
そういう声も、心なしか軽い。
主君の意を汲んでアストが口を開く。
「ええ、魔物を狙った傭兵が返り討ちに遭うのはよくあることですが、狙った獲物が人頭鳥。そして、眠らされるだけで命が助かるなど通常ではあり得ません。その上、緑の魔法である【幻惑乱】がかけられた形跡があるとなれば、間違いないでしょう。
以前にも、東周公配下の兵などが緑の魔法で撃退されたことがあったと聞いています。」
ニィ、とシリウスの口角が上がる。
「“統べる者”め、慢心か。それとも甘いだけか。まあ、どちらでも構うものか。その傭兵たちが標的とした人頭鳥の棲み処は判明しているのだろう?」
アストがもちろん、と肯きを返す。
「すでに斥候を出しております。明日には詳しい状況が分かるかと。」
「御苦労。明日が楽しみだな。」
テーブルの上に置かれた酒瓶へシリウスが丸っこい手を伸ばしたその時、不意に天幕の中に声が響いた。
「もうし、……もうし」
女の声。
しかし、奇妙だった。天幕の外に誰かいるのならば、見張りが見逃すはずもない。そもそも、声は天幕の中からしている。しかし、当然ながら天幕の中にシリウスとアスト以外の姿はない。
「なんだ、何者だ?」
シリウスは思わず立ち上がり声を上げた。アストも腰に佩いた剣に手を伸ばす。
「申し訳ございません。夜分に突然お尋ねする無礼お許しください。しかし、貴方様がお探しになっている娘と人頭鳥の事でお知らせしたいことがあって参りました。なにとぞ、お聞き届けくださいませ」
哀願するような相手の口調にシリウスも若干冷静さを取り戻す。もとより、目下の者や下手に出る者へは強いのだ。
よく聞けば、相手の声に心地よい艶があることも、シリウスの恐れを打ち消す一因だった。
「姿を見せぬ者の話など聞くに値せぬ。話があるというのなら、怪しい術など使わずに姿を現したらどうだ。」
言われた相手、謎の声の主はわずかの間、逡巡したようだった。
どうするか考える様な一拍、その後に媚びるような口調が続く。
「それでは、そちらに参ります。しかし、その前にこれだけはお願いいたします。私は貴方様方に決して害を加えるものではございません。ですから、そちらも危害などお加えにならないようにお願いします。」
今度はシリウスとアストが視線を交わした。アストの目は主に自制を求めるようにわずかにしかめられている。
しかし、シリウスはかまわず声に応じた。
「分かった。約束してやろうではないか。お前が怪しいふるまいをしなければ、こちらも危害を加えたりしない。」
「ありがとうございます。それでは、これからそちらに参ります。」
その言葉を最後に、ふつりと声が途切れる。代わりに響いてきたのは羽音だ。
「これは」
アストがシリウスの前に立ち警戒をする。
やおら、天幕の中に風が吹きこみ、入り口を大きくはためかせる。
同時に、天幕の中に飛び込んできた1つの影があった。
「なっ」
思わず声を上げるシリウス。
視線の先、天幕の床にまるで跪くような姿勢で着地した者。
「お初にお目にかかります。」
年の頃、20といくつか。と言ったところだろうか。肌も露な衣装をまとい、黒、青そして黄に彩られ夜空を思わせる翼をもった、1羽の人頭鳥。
彼女は艶やかな声で“ヘイゼル”と名乗った。
………。
「コラァッ、そんなところで何をしている!!」
突然、背後からどやされて、フリントは飛び上がった。
「ハイッ、すいません!!」
あわてて直立不動の姿勢を取れば、反射的に謝罪の言葉もとびだした。
同時に起こる笑い声。
振り返れば、顔見知りになった兵士の一人が腹を抱えている。
「なんだ、オッサンかよ。」
フリントが口をとがらせると、そんな様子が面白かったのか。男はさらに笑う。
相手が騎士でないため、フリントの口調も砕けているが、男の方もそれを気にしている様子はない。
「なんだ、とはごアイサツだな。言いつけられた用事も片付けず、こんなところをウロウロしておる奴に注意をするのも俺の仕事よ。」
「分かってるよ、すぐに片づけるさ。」
面白くもない様子で言うフリント。
この騎士志望の少年が無理やりシリウス王子麾下の一団に加わってから、すでに1月近くが経過している。既に先行していた東周公の兵たちとも合流し、雑用の人手も足りているというのに、この少年は未だに下働きとして潜り込んでいた。
王都側にしてみれば、東周公の兵との合流前に多少なり要領を掴んでいたこの少年を使うことが、東周公側の人間を使うよりも気やすかった。
東周公側としても下手に出しゃばった結果、王都のお偉いさん相手になにか不始末をするよりは、多少氏素性がハッキリしなくても慣れた者に任せてしまえという、いわば触らぬ神に祟りなしの精神が働いたのだ。
実際、この少年が物覚えも悪くなく、骨身も惜しまず働くため、案外に重宝だったということも理由の一つではある。
「しかし、わき目もふらずに働くだけかと思っていれば、わざわざ人頭鳥のハダカを覗きに来るとはな。いやいや、お前さんにもなかなか年相応なところがあるようで安心したぞ。」
ニヤリニヤリと笑いながら言うオッサン。
フリントの顔が赤くなる。
「そ、そんなんじゃねーよ!!」
思わずどもってしまったのは、男の言うことが半分ほどは当たっていたからだった。
今、この先の天幕の1つでは斥候の持ち込んだ1羽の人頭鳥の検分が行われている。
近づくことは許されていないが、なんとかそれを覗きたいと思っていたのは本当の事だった。
しかし、それはオッサンの言うようなスケベ心が動機ではない。
心配だったからだ。
斥候の兵士に捕らえられ、持ち込まれた人頭鳥が友人の母ではないか、と。
運び込まれる様子を見た者から話を聞き、どうやら違う人頭鳥のようだと判断はしていたのだが、やはり気になって近くをうろついていたのだった。
「なに、照れることなどないぞ。男なら普通のことだ。しかし、今日の所はやめておいた方が賢明だろうな。この人払いはシリウス殿下直々のお達しだ。破ったことが分かればただでは済まんぞ。」
少年の心中など知らぬオッサンはニヤリ笑いを貼り付けたまま、そんなことを言った。
「言われなくても分かってるよ。忙しいから、もう行くぜ。」
口をへの字にして踵を返すフリント。
オッサンはその様子を見送ると、人頭鳥が捕えられているはずの天幕を振り返った。
まだ、少しばかり距離があるため、今の騒ぎも聞こえてはいないだろう。
「人頭鳥なぁ。しばらく街へも言っておらんし、俺も女日照りだ。魔物とは言え一目その柔肌を拝んでおきたいものだな。」
顎を掻きながら、そんなことをこぼす。
無論、本気でどうこう。とは考えていない。男ならば大抵そう思うことを口にしただけだ。
オッサンはため息を1つこぼすと、頭を掻きながら仕事へ戻った。
………。
一方、人頭鳥の検分が行われている天幕。そこでは恐怖に身を震わせる人頭鳥をシリウスとアスト、それにシリウス直下の近衛騎士が見下ろしていた。
この人頭鳥を捕らえて来た斥候たちは既に下がらせてある。
シリウスとアスト以外の騎士は皆、抜剣していつでも目の前の魔物の息の根を止められるよう構えている。
怯え、震える人頭鳥。年のころ16・7ほどだろうか。華奢な体に食い込む荒縄は、いやに扇情的な光景だった。
すでに口に噛まされていたさるぐつわは外されている。しかし、この状況では足掻きようもない。
できるのは、うつむき恐怖に慄くことだけだった。
「さてお前にはいくつか聞きたいことがある。答えによっては、無事に逃がしてやってもいい。心して答えよ。」
口を開いたのはアスト。シリウスはその後ろで黙って様子を見ている。
王子や騎士の威光、ではなく。恐らく背中に突きつけられている刃の切っ先の効果だろう。
人頭鳥はコクコクと従順に肯いた。
「お前はこれより南東にある台地に住む人頭鳥で間違いないか。」
「は、はい。間違いありません。私は、その台地に暮らしております。」
その答えに小さく肯くとアストはさらに質問を続けた
台地に登るための道は何本で、またどこにあるのか。集落には何羽の人頭鳥がいるのか。など、質問は多岐にわたった。
人頭鳥はいずれも大人しくそれに答えた。最初の頃は、渋ったり、ごまかしたりすることも考えていたのだが、事実と異なることを口にした時のみ、目の前の男が言うのだ。
「本当か?」と、その時の乾いた眼光と声音。加えてわずかに押し当てられてる切っ先は、彼女から抵抗のための意思を少しずつ、しかし、確実に奪い去っていった。
「これが最後の質問だ。お前の群れにはいくつかの派閥があるとのことだが、自分の属する派閥を教えてもらおう。」
「最後」という言葉に人頭鳥の顔に緊張が走った。
解放されるのか、それとも。
尋問による消耗で蒼白となっている顔色が、ないまぜになった感情で奇妙にひきつる。
意を決して、答える。
「私は四女おばあさまの派閥です。」
「なるほど、よくわかった。」
アストはそういうと前に進み出た。そして、震える人頭鳥に話しかける。
「立ちたまえ」
言われるがまま、恐々と立ち上がる人頭鳥。その前に立つと、アストは再度尋ねた。
「お前の祖母はレヴェという名の人頭鳥。間違いないな。」
聞かれた人頭鳥の額を汗が伝い落ちていく。今、この時の言葉に命がかかっていることは明白だった。
問題は、正しい選択肢が分からない事だ。
「はい、そうです。」
「わかった。」
アストの言葉と、人頭鳥の胸に短剣が突き刺さるのは同時だった。
一瞬の後、鮮血が紅の花を咲かせて人頭鳥の白い肌とアストの衣装を彩った。
あたたかな血を浴びてなお、アストの表情に温度はない。
死んだ魔物を足元に転がし、血にまみれた短剣を持ったまま、主君シリウスに向き直る。
「このような次第となりましたが、よろしかったでしょうか。」
「御苦労」
シリウスの返答は短かった。
………。
兵たちに魔物の死骸を片付けるよう命令した後。シリウスはアストと供に自身の天幕へと戻った。
ズカズカと押し入るような勢いで室内へと入り、ドカリと椅子へ腰を下ろす。
不機嫌の原因は人頭鳥の返り血が1滴、靴へと飛んだからだ。
後ろに続くアストは顔と手こそぬぐったものの、衣装はまだ汚れている。本来ならば一旦、席を外して着替えてくるところだが、それをしないのは天幕の中に常ならぬ客がいるためだろう。
「お前の望むとおりにしてやったぞ。次があれば、同じようしてやろう。どうだ、満足か。」
平坦なシリウスの台詞に、天幕の隅から進み出た女が答える。
「はい、我らの申し出を受け入れていただき、ありがとうございます。」
いや、女ではない。長い外套を羽織っているが、その下から覗くのは鳥の足。人頭鳥だ。
シリウスは鼻で笑った。
「同族を殺されておいて礼とはな。人に似てはいても、所詮は魔物か。」
それを聞き、人頭鳥・ヘイゼルも笑う。
冷たいが、ゾクリとする色気が漂う。いつの間にか外套は脱ぎ捨てられ、肌も露な衣装だけとなっていた。
「あら、人こそ、同族を殺すものでしょう。利が絡み、情が望み、後はわずかな理があれば。そこにヒトも魔物も関係ありませんわ。」
言いながら、無造作にシリウスに近づくと腰掛の手すり越しにしなだれかかる。
「なかなか、面白いことを言う」
シリウスは短く応じた。
「ねぇ、殿下。よろしければ、私にヒトと魔物の違いを教えていただけませんこと?」
シリウスの体を羽根の先で撫でるヘイゼルの仕草。そして、声。どちらも男を引き込む艶がある。
男を虜にする人頭鳥の手管。これに合わせて誘惑の呪歌を唱えた日には、どんな男も骨抜きであろう。
しかし、シリウスは口元に侮蔑するような冷笑を浮かべただけだった。
「身の程を知るがいい。高貴たる私が、たとえ戯れにでもお前のような魔物に触れることはない。用が済んだのなら、さっさと帰ることだな。」
人頭鳥にとっては屈辱的な言葉。しかし、ヘイゼルは意に介した様子もなく、小さく肩をすくめて王子から離れた。
「……、残念。では、殿下。お約束の件、お忘れなきように」
「誰にものを言っている。お前こそ、精々一族の保身のために駆け回るがいい。」
「それでは、また、期日に参ります。」
その言葉を最後にヘイゼルは羽音を残して夕闇に消えた。
2人きりになった天幕でシリウスがアストに声をかける。
「不満か。」
腹心たる騎士は表情も姿勢も崩さない。
「いえ。しかし、罠の恐れがあるかと」
「それはない」
シリウスは言い切り、そのまま言葉を続ける。
「あの人頭鳥の目。アレは、こちらを利用することを考えている目だ。目的を達成できればこちらがどうなってもいいとは考えているだろうが、直接の標的は別にあるはずだ。」
珍しく、アストが主君に言葉を返した。
「なぜ、分かるのです?」
「お前も、王宮という場所で、王族という立場に生まれれば、自然と分かるようになる。」
その言葉は自負か、自嘲か。
天幕の外では夕闇が去り、夜がやってこようとしていた。




