第67話:葬送の歌
リヨンがラピスに対して外出の相談を持ち掛けたのは、クレイドルに到着した翌日。昼頃のことだった。
「少しだけ、出歩かせてもらえないかしら。」
昨夜、外出を控えると約束したばかりである。。
案の定、聞かれたラピスは困り顔。
「う~ん、私じゃ分からないから、おばあちゃんに聞いてみるけど、いったいどこに行きたいの?」
尋ねられ、リヨンは答えた。
「私と母がかつて暮らした巣と、先代頭首の巣のあった場所を一目見たいの。」
この理由を聞くと、ラピスは俄然やる気になったらしい。
「そっか。久しぶりに帰って来たんだもんね。そりゃ、行きたいよね~。分った。私からもおばあちゃんにお願いしてみる。」
と、言うが早いか飛び出して行ってしまった。
その無邪気な様子にリヨンとミラは顔を見合わせ、そして微笑んだ。
………。
先代頭首の巣は集落の中央付近にあり、他の人頭鳥の目も多い。そのため、深夜であっても足を運ぶのは遠慮してほしい。と、言うのがロードピスの答えだった。
代わりに、という訳ではないが、かつてリヨンとその母が暮らした場所は行っても構わないという。
「ごめんね。先代様の家、駄目だって。」
そう言って、しょんぼりするラピスにリヨンは笑顔を向けて言う。
「いいのよ。ダメ元で言ったところもあるし、仕方ないわよ。片方行けるだけでもうれしいわ。それより、案内よろしくね。」
勝手知ったる故郷とは言え、長い不在の間に様変わりしている所も多い。
目的地へたどり着くだけならまだしも、人目を気にしての移動となるとリヨンだけでは心もとない。
そのため、ラピスがミラとリヨンを案内することになっていた。
「まかせてよ。こっそり集落を抜け出したりとか。私、得意だから」
その結果、傭兵に捕まっていれば世話はない。そう言いかけたが、リヨンはすんでのところで言葉を飲み込んだ。
人頭鳥にも情けはある。何より、これから彼女には道案内をしてもらわねばならないのだ。
モチベーションは大事にしたい。
ともかくも、準備を整えた3人(2羽と1人)は夜が更けるのを待って行動を開始した。
準備と言っても、普段の旅装の上から外套を1枚羽織った程度だ。
質素な外套だが、これがあるとないとでは大違い。リヨンはともかく、ミラは羽根のないことを隠さなければならないからだ。
頭からすっぽり覆うポンチョタイプの外套を着ていれば、少なくとも遠目にヒトであることは分からないはずだ。
髪の赤色は人頭鳥では珍しくない。
左右、上下にまんべんなく視線を配りながらも、ラピスは慣れた足取りで夜の森を進んで行く。
得意だと言う言葉は嘘ではなかったらしい。
そのまま、特にアクシデントに出会うこともなく3人は目的地にたどり着いた。
集落の北のはずれ。降り注ぐ月の光さえ、どこかよそよそしく見えるその場所に、迷子のようにその木は立っていた。
かつて、梢にリヨンとその母、シャルが暮らした木。
まだ、幼い小鳥だった頃。此処と南西の荒れ地だけがクレイドルの中でのリヨンの居場所だった。
10年以上の歳月。すでに枝ぶりも変わってしまっているが、それでも間違えようがない。
リヨンはその幹にそっと寄り添う。
その口からは低く、小さく歌があふれ出して来た。
周りに聞こえないように、声量は絞られている。
哀切な節回し。澄み切った旋律。
「おくりうた」
ラピスがミラに耳打ちした。
「おくりうた?」
おうむ返しにするミラに頷き返し、再度口を開く。
「葬送の歌、よ。」
それは、愛しい人へ別れを告げる歌。別れてなお、変わらぬ絆を願う歌。
現世を去った親しい人を、まだ見ぬ楽園へ運んでいく優しい風を呼ぶ歌だった、
人頭鳥に墓はない。なきがらは群れの同胞たちが歌う【呪歌・葬送の歌】に乗ってはるか上空まで運ばれる。
彼女たちは、そこで風へと還るのだ。
夜気に溶け込んでいくような、澄み切った歌声。ミラとラピスはしばしの間、耳を傾けた。
………。
「ごめんなさい。時間を取らせてしまって」
歌い終えたリヨンが、ミラとラピスに詫びる。2人は首を振ることでその言葉を否定する。
「今の歌。葬送歌だって、ラピスに聞いたんだけど」
オズオズと疑問を口にしたのはミラ。聞いていい物かどうか、そういう戸惑いが見て取れる。
リヨンはフ、と微笑みを浮かべた。明るさとせつなさが同居した妙にさらりとした表情。
「本当の時はまだ小さかったから、歌ってあげられなくて。歌えるようになってからは、そんな余裕もなかったから。だから、1度は歌ってあげないとな。って思っていたの。」
8つで別れた母は既に、年下になっていた。
まがりなりにも自分も母になり、こうして故郷へと戻ってきた。だから、やっと歌えた。
そんな感傷とともに梢を見上げるリヨンに、ミラがそっと肩を寄せた。
「ここで、ママとママのお母さんが暮らしていたんだね。」
並んで、見上げる梢。そのうえで星が瞬く。
「体は弱かったけれど、芯の強い人頭鳥だったと思う。時々、儚げな表情で遠くを見る癖があって、そのたびに私は不安になったものよ。」
儚げな表情で遠くを見る。それは今のリヨンの様にだろうか。
母の視線を自分の元へと向けるため、ミラが口を開こうとした時。
不意に喧騒がまき起こった。
夜空を切り裂く甲高い音が響き渡ったかと思えば、続くのは無数の羽音。
直接見ずとも大勢の人頭鳥が飛び立つ様子が目に浮かんだ。
一行のうちですぐさま意味を理解したのはリヨンとラピス。
「警告音!?」
リヨンが尋ねる。ラピスは肯いた。
「うん、多分侵入者だと思う。最近、多いんだ。私も襲われたしね。なんか地味な羽根の娘ばっかり狙われてるみたい。」
その言葉に、リヨンとミラの顔が強張った。
地味な色の羽根を持つ人頭鳥が狙われているということ。そして、黒と灰色の地味な羽根を持つリヨンとその娘のミラが王国に追われているということ。
これは、偶然の一致だろうか。
「ねえ、ラピス。なんとか侵入者の様子を見られないかしら。遠くから、ほんの少しでもいいの」
リヨンがそう持ちかける。
ラピスは少しためらったが、結局は首を縦に振った。
「見つかったら怒られちゃうから慎重にお願い。さっきの警告音は北からしたから、現場は多分遠くないよ。」
そう言いながら、ラピスが先に立つ。リヨンとミラも足音を忍ばせて後ろに続いた。
人頭鳥たちの安息の地、“クレイドル”。
テーブルのように切り立った崖に囲まれた天然の要害だが、完全に陸の孤島という訳ではない。
海に面した南東側はともかく。それ以外には人の足でも登れる細い道がいくつかあった。
それは人頭鳥の元へと通う男たちのための道だ。しかし、道を使うのは歓迎される者たちだけではない。時に招かれざる客も迷い込むということである。
人頭鳥をつけ狙う傭兵、肉食獣、その他諸々。そうした者たちを発見し撃退するために、入り口には常に見張りが置かれている。
警告音とは見張りの人頭鳥が発する文字通りの警報なのだ。
多分遠くないというラピスの言葉通り、3人は10分も経たないうちに騒動の現場近くまでたどり着いていた。
草むらの隙間から覗いてみれば、すでに大勢は決していた。
5人の傭兵が、およそ20羽ほどの人頭鳥に樹上から見下ろされている。
人頭鳥たちはいずれも舞い踊るように羽根を振り、声をあげて歌っていた。
【呪歌合唱・子守唄】
傭兵たちの足元は暗がりでも分かるほど、はっきりとふらついている。手傷を負っている者もいることから、おそらく魔法で動きを鈍らされたところを包囲されて呪歌を唱えられたのだろう。
合唱。人頭鳥が声をあわせ、魔力を重ねることで、歌の力は大幅に向上する。
傭兵たちもなにか対策はあったのだろうが、まるで酔っ払ったような動作からはそれが機能していないことが伺えた。
距離を保っていたミラでさえ、緊張の緩んだ一瞬にふと気が遠くなり、危うく眠りに落ちるところだった。
(ミラ、しっかり!)
リヨンにささやかれ、なんとか気を取り直す。
傭兵の一人が、ついに耐えかねて膝をつく。すると、それを合図とするかのように他の者たちも次々と大地へその身を横たえた。
しばらくの後、完全に沈黙した傭兵を人頭鳥たちは手際よく縛り上げた。
そのまま2羽が1組となって傭兵たちをどこかへ運んでいく。
「どうするの?」
「捨てるだけだよ。」
小声で発せられたミラの質問に、ラピスはこともなげな様子で応える。
「捨てる?」
さらに質問を重ねるミラ。リヨンは隣で渋い顔をしていた。あまり子供に聞かせたくない話らしい。
そんなリヨンの心中など知らぬ気にラピスは説明をする。
「うん。南東の崖から、海にね。」
もちろん、縛めを解くことなどしないだろう。それでなくても鎧に身を固めた傭兵たちだ。どうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。
何とかえしてよいかわからずに、ミラは言葉に詰まった。
一方、傭兵への対処を済ませた人頭鳥たちの方でも小さな騒ぎが起こっていた。
先程までの呪歌で見られた見事な調和とは対照的。ざわざわとした不協和音が全体に満ちている。
その中心にあるのは2羽の人頭鳥だ。
どちらもロードピスと同じか、やや年上だと思われた。
1羽は灰銀色に黄や緑の文様のある艶やかな羽根をしており、もう1羽は真紅に所々白いメッシュの入った華やかな羽根をしていた。
「長女おばさまに四女おばさま」
久方ぶりに目にした叔母たちの名をリヨンがつぶやく。
2羽は、どうみても友好的とは言えない様子で向かい合っていた。なにか言葉を交わしているようだが、聞き取ることは出来ない。
声が小さいこともあるが、周りを取り囲む他の人頭鳥たちの発する、にらみ合い、けん制し合うざわめきに紛れてしまっているのだ。
そうした輪から離れたところで、深緑色の羽根をした1羽の人頭鳥が困った顔でオロオロとしているが、おそらく長女派でも四女派でもない五女派だろう。
関わりたくもないが、さりとて一人だけ勝手に帰ることも出来ずに疲れた顔をしている。
彼女には同情するが、もう何も起こるまい。
そう判断したリヨンたちは静かに抜け出すと、ロードピスの巣まで戻った。
ラピスとも分かれた後。ミラはつい先ほど目にした集落の中の対立について眉を八の字にした。
「家族なのに、なんであんな風に仲が悪いのかしら」
リヨンは肩をすくめた。
「確かに人頭鳥は血族で群れを作るけど、親子のタテの関係が強い分、姉妹のヨコの関係はね。親としては姉妹の仔よりも自分の仔に良くしてやりたいと思うものだし。」
納得できないのか。ミラはムゥ~と口を尖らす。
「でも、傭兵とかに狙われているのに仲間同士で喧嘩してるなんて」
これにはリヨンも苦笑するしかない。自分も同じような衝突から群れを追われたのだ。その笑いには諦めを思わせる渇きがあった。
「その通りね。でも、こういう内輪もめは人頭鳥の習性と言っても言いすぎじゃないの。いつだってやってるしね。それに、今日だって傭兵への対応はしっかりしてたでしょ。良くも悪くも慣れっこなのよ。」
リヨンの言葉にも、ミラは納得出来ないようだったが、とりあえず気を取り直すように話題を切り替えた。
「ねえ、さっきも少しだけ聞いたけど、ママのママってどんな人頭鳥だったの?」
リヨンは微笑し、ミラの頭を撫でた。
「名前はシャル。私も先代様から聞いた話が多いのだけど、幼いころから病弱で、そのくせやんちゃでイタズラものだったって。
ミラは病弱ではないけれど、それ以外は似ているかもしれないわね。」
ミラはクスクスと笑いをこぼす。
「なら、きっとママとも似てるわ。私のやんちゃなところはママ譲りだって、ロクが言っていたもの」
この台詞に、リヨンがひょうきんな動作で頬を膨らませる。
「失礼しちゃうわ。あの朴念仁。ミラが自分よりも私に似ているからってヤキモチやいてるのよ。」
「他には?シャルおばあちゃんの話、もっと聞かせてよ。」
「そうね、これは私が今のミラよりもずっと小さかったころの話なんだけど………、」
その日、2人の部屋からは遅くまで笑い声が漏れ聞こえて来た。




