第66話:故郷の今
麓で夜を待ち、周囲が暗くなってからミラとリヨンはクレイドルへ上がった。
無論、飛んでだ。
ラピスはすぐにでも二人を連れて行こうとしたのだが、リヨンが異種族の娘を白昼堂々連れていくのを遠慮したのだ。
かわりに、ラピスが先にクレイドルへ戻り、ロードピスとつなぎを取ってくれることになっていた。
およそ15年ぶりになる故郷。
そんなはずはないのだが、ただ立ち並ぶ森の木立すらどこか見覚えがあるようにリヨンには思われた。
ラピスとの約束通り、森の端に息を潜めて待つことしばらく。
雲に隠れた月が再び顔を出し、淡い光を地上に投げかける。
まるで、それを待っていたかのように、二つの羽音がひそやかに響いた。
続いて、身軽な着地の音も。
「お~い、リヨンさ~ん。ミラちゃ~ん。」
小声で呼びかけてくるのはラピスだ。
リヨンとミラは肯き合うと茂みの中から姿を現した。
「ラピス、ここよ。」
相手を驚かせないように、先んじて声をかけながら。
隠れることをやめた月の光が3羽の人頭鳥と1人の娘を照らし出していた。
彼女たちはしばしの間、無言で向かい合う。
「ひさしぶりね、リヨン。元気そうでよかったわ。」
沈黙を破ったのはリヨンの叔母、ラピスの祖母、ロードピスだった。
「叔母さまこそ、お元気そうで」
言いながら、リヨンは思わず声を詰まらせた。
目の前に立つロードピスの姿がいやが応にも祖母レントーラを思い出させるからだった。
ロードピスの方が背が低く、また羽の色も違っている。しかし、その顔には懐かしい祖母の面影がまぎれもなく浮かんでいた。
しっとりとしたデザインの外套を羽織っているところまでそっくりだ。
「まずは、ラピスを助けてくれてどうもありがとう。」
深々と下げられた頭にミラとリヨンは恐縮した。
ロードピスは顔をあげると、言葉を続ける。
「まさか、貴方が帰って来るとはね。その格好も、人間の娘を連れていることも驚きだけれど、なんだか貴方らしいとも思えるわ。」
ピンクさん手製の衣装と、ミラに穏やかな視線を注ぎながら老鳥はかすかに笑む。
リヨンは胸を張った。
「はい、私の娘として育てています。名はミラと言います。」
紹介され、ミラが頭をさげる。
ロードピスは柔らかく肯いた。
「私はロードピス。ミラさん、貴方を歓迎します。」
そのあと、ロードピスは改めてリヨンに視線を向けた。
「貴方の帰郷は嬉しいけれど、ただ懐かしくなったから。なんて理由で帰ってきたのではないのでしょう。なにがあったの?」
尋ねられ、ミラは素直に肯いた。
「その通りです。迷惑をかけてしまうかもしれないと分かっていたのですが、それでも他に頼るところもなく、ここに来ました。」
老鳥は悩まし気に吐息した。
「ひとまず、私の巣へ行きましょう。お互い、積もる話もありますからね。」
月の光の下で、その表情は妙に固く見えた。
しかし、リヨンはホッとしていた。
元々、追放された身だ。話も聞いてもらえず、追い返されることも予想していたが、どうやらそれはなさそうだったからだ。
ロードピスは薄い灰色に鮮やかな青の模様が散った羽根を広げて飛び立つ。
リヨンもミラとともにその後に続く。もちろん、ラピスも一緒にロードピスの巣へと移動した。
………。
台地に広がる森のほぼ中央。一際高く大きな木々が立ち並ぶ一角に人頭鳥たちの集落はあった。
ロードピスの巣はその東の端。取り立てて特徴のない木の中ほどにちょこんと乗っていた。
「今は私だけだから、広さだけは余裕があるの。好きなところへ座ってちょうだい。」
そう勧められるままに、ミラとリヨンは手ごろな場所に腰を下ろす。
人頭鳥の巣は木の枝や葉をくみ上げたドーム型の部屋が基本構造で、大きな家の場合はそれを連結するように並べることになる。
ロードピスの部屋は1つの小部屋と2つの大部屋から構成されており、一羽暮らしとしては大きすぎる印象だった。
「娘たちは子供が出来た時に他に巣を作らせたから、今は空いているのよ。」
問わず語りの言い訳に相槌を打っていると、ラピスが慣れた様子で水差しとマグを四つもってきてテーブルに並べた。
続いて、木の実のかごも隣に置くと、準備が整ったとばかりにすぐさま口に放り込んだ。
ロードピスは視線で孫の不調法をたしなめると、リヨンたちに向き直って本題に入った、。
「それで、どうしてここへ戻ってきたのかしら。貴方にとって、理由もなく帰りたい場所ではないでしょう?」
リヨンはわずかに言いよどんだ。
「それは、そうです。でも、事情があって。あの、どこから話せばいいやら。」
ロードピスはいっそ厳かと言ってもいい調子で応じる。
「最初から、話してちょうだい。長くなってもいいわ。なにせ“夜道は日が暮れない”というから」
リヨンはミラをちらりとみて、それから口を開いた。この場所を、かつて追い出されてからのことを包み隠さず。
当然、話は長くなった。
聞き終えた後、ロードピスは静かに肯いた。
「そう、そんなことがあったの。」
リヨンの話の長さと釣り合いをとるかのように短い台詞。しかし、そこには様々な色の感傷がにじんでいた。
「貴方たちの事情は分かったわ。ココには好きなだけいてくれてかまわない。でも、少し条件をつけさせてもらいたいわ。」
「条件?」
ロードピスにリヨンが尋ねる。
ロードピスは重々しく肯いた。
「ええ、貴方がいない間にここも少し変わったのよ。正確には先代頭首が死んでからね。」
「おばあさまは、いつ?」
リヨンが言葉を吐くのに、一瞬の間が必要だった。あれから10年以上が経っている。生きているとは思っていなかったが、それでも実際に耳にするとズシリとくる重さがあった。
「貴方が旅立ってしばらく後の事よ。夏の暑さがこらえたのか。秋口には床に伏せるようになって、そのまま。最後まで、貴方のことを心配していたわ。」
「そう、ですか。」
ようやく、それだけを口にする。目の前が涙でにじんだが、こぼれる前にぬぐってしまう。
今は感傷に浸るときではないからだ。
「それで、私たちがここに滞在させていただく条件というのは?」
気を引き締め直して尋ねれば、ロードピスも改めて口を開いた。
「条件、といっても単純なことよ。しばらくの間、できるだけこの家から出ないようにしてほしいの。」
ロードピスの出した条件。リヨンはそれをやや怪訝に思いながらも肯いた。
「叔母さまがそうして欲しいというのなら、もちろん従います。でも、何故そんなことを?それにしばらくの間というのは、どのくらいですか。」
追手を気にせず休めるというだけでも、2人にとってはありがたい。外出禁止くらいは受け入れるつもりはあるが、それでも理由は確認しておきたかった。
その疑問は当然だという様に、ロードピスは寛容な表情を浮かべる。ラピスは既に話に飽きたのかひたすら木の実をかじっていた。
食欲に負けたのか。ミラも1つ2つ口にしている。
「期間は、そうね。長くても1月だと思う。何故か、という方は一言で言って、今この集落が内輪もめの真っ最中だからということになるわね。」
「内輪もめ!?いったい、どうして」
思わず声が大きくなったリヨン。おどろいたのか、ラピスがむせた。
ロードピスは困ったような、諦めたような苦笑で応じる。
「少し長くなるけれど、」
その前置きにリヨンが「かまわない」と答えると、ロードピスは説明を始めた。
「先代頭首がなくなった後。掟に従って群れの運営は私たち、レントーラの娘6羽の話し合いで進められることになった。でも、それも長くは続かなかったわ。」
ロードピスの唇が歪にゆがみ、口調には皮肉な様子が添えられた。
「もともと、姉妹の仲が良いわけではなかったから、上がいなくなると駄目ね。しばらくは互いに我慢していたんだけど、それもほんの一時。
結局、長女に次女と三女が対立して、そこに六女が同調。そのまま、三羽とその娘たちは群れを割って出て行ってしまったわ。」
もとより、人頭鳥の群れの離合集散はよくあることだ。それでも、姉妹が仲たがいして袂を分かつのは気持ちのいいものではない。
自然、ロードピスの口は重くなる。
そこに、リヨンが思わずの質問を差し挟んだ。
「それじゃあ、今ここには叔母様以外には長女叔母さまと四女叔母様しかいないということですか?」
「ええ、そうよ。私たちの孫の世代が増えたから、全体の羽数はそれほど減ってはいないけれど」
ロードピスが“孫の世代”であるラピスを見やって言う。ラピスは急に視線を向けられてドギマギしていた。
「でも、叔母様たちが出て行ったのは何年か前の話なんでしょう。今は落ち着いているのでは?」
リヨンのこの質問にロードピスは首を横に振った。
「一応は落ち着いていたのよ。レヴェと私に対してセレネが主導権をとる形でね。でも、最近になってそれが崩れてきたの。」
「なぜ、今になって?」
「四女の派閥が数の上で長女の派閥を超えたの。レヴェの派閥は全体的に若いから、まだ年少で十分な発言力のない者が多いのだけれど、それでも数の力は大きいわ。
それを背景に群れの主導権を奪いたいレヴェと、今持っている権力を手放したくないセレネの間で揉めている最中というわけ。
ただでさえ不安定な群れの中に、この上さらに不確定な要素を放り込んだら、もうどうなるかわからない。
最小派閥としては、どっちが勝ってもいいけれど、群れが分裂するような大混乱は困るのよ。だから、アナタ達の存在をできるだけ隠したいの。
期限を1月としたのは、そのくらい経てば結果はどうあれ事態は収束していると思うから。」
「なるほど、分かりました。おっしゃる通り、できる限りこの家の中で静かにしておくことにします。」
リヨンが改まって提案を受け入れると、ロードピスは我が意を得たりとばかりに肯いた。
「折角、帰ってきたのに閉じ込めてしまうようでごめんなさい。用事があったらラピスに言いつけてちょうだい。この娘はいつでもあちこちフラフラしているからちょうどいいわ。外出も事前に相談してもらえば、できる限り配慮します。恐らく、夜、隠れながらになるだろうけど。」
「気をつかっていただいてありがとうございます。」
自分の立場で最大限の便宜をはかってくれる叔母にリヨンは礼を言った。
その後、細々としたことを説明・相談するとロードピスは自室へ引っ込んだ。
あとに残されたのは、リヨンとミラ、それにラピスだ。
「それじゃあ、今日からよろしくね。わたし、頑張って2人のお世話するから、何かいるものとか、して欲しいことがあったら何でも言って!」
やる気十分なラピス。助けられたことに対する恩返しの気持ちもあるのだろう。
とはいえ、今日はもう遅い。ラピスの張り切りはありがたいが、正直、そろそろ体を休めたい。
長旅につかれたリヨンとミラには部屋の隅に既に用意されている寝床が、それはもう半端ない威力の誘惑を発していた。
しかし、ラピスのやる気を真っ向から否定するのは淑女としていかがなものか。
「ラピスちゃん、今日はどうもありがとう。おかげですっごく助かったよ。」
ミラがそうお礼を言うと、ラピスは嬉しそうに身をくねらせた。
「そんな~、わたしの方こそ2人のおかげで助かったんだし、お礼なんて~」
そこにすかさずリヨンが畳みかける。
「私たち、本当に助かったんだから。また、明日からもよろしくね。」
「うん!明日からも、わたし頑張るね。」
「うん、それじゃあまた明日ね。」
「は~い、おやすみなさ~い。」
これで良し。
寝る前の最後の一仕事を片付けた2人は風のような素早さで寝床の中に潜り込む。
久しぶりの柔らかな寝床。2人の意識はすぐさま眠りへと沈んでいった。
………。
ミラとリヨンが眠りについたロードピスの巣のほど近く。ロードピスの長女でラピスの母でもあるリジータの巣の一室で3羽の人頭鳥が声を潜めて話をしていた。
「母さん、どうして今さらリヨンたちを受け入れたの。」
そう不満を口にしたのは巣の主であるリジータだ。
「そうよ、この難しい時期に厄介者をかくまっている余裕なんてないのに」
リジータに同調したのは次女。2人ともリヨンたちを迎えた母の決断に不満を抱えているのだ。
母であるロードピスはそんな二人の言葉を乾いた表情で聞いていた。
そして、言う。
「あなたたちの心配は分かるわ。でも、私にも考えがあってしていることよ。」
「考えって、一体どんな?それを聞かない限り、私たちも納得できないわ。」
2人を代表してリジータが聞く。
ロードピスは肯くと、さらに声を潜めて話し出した。
「分かったわ。でも、これは私とあなた達2人の胸にしまっておいてちょうだい。くれぐれも他の者には漏れないように。」
大げさなことを言う母ではない。それをよく知っている娘たちはロードピスの口調から何かを感じたのか。揃って表情を硬くした。
それでも、聞かないとは言わない。二人も聞き漏らしがないように母の方へと身を寄せる。
「いい?では、まず最初から……」
時は既に夜半を過ぎたが、密談は今しばらく続きそうだった。




