第65話:遭遇と救出
その物音に最初に気が付いたのは、リヨンだった。
剣呑な空気を察知して、かたわらを歩くミラを制止する。
逃亡者の身だ。ミラの反応も速い。すぐさま息を殺すと、あたりの気配を探り始める。
音の発生源とはまだ距離があるらしい。人頭鳥ほどに良くない人間の耳では、音をとらえることは出来なかった。
リヨンは、考えた。確かめるべきか、迅速に距離をとるべきか。
わずかの時間。
その後、2人は音のする方向へと足を向けた。
木々の影に身を隠すようにして、木立の間をすり抜けていく
音はリヨンが捉えたもの以降、なりを潜めている。
それでも、完全に消えたわけではない。一時の騒音が、今は金属と金属の触れ合うガチャめいた音や、複数名の足音に置き換わっている。
まず、間違いなく武装集団が存在するはずだった。
ミラとリヨンは慎重に歩を進め、木陰から様子をうかがった。
予想にたがわず。そこには傭兵の1団の姿があった。
数は少ない。先頭を進むレンジャーが1人と、それに続く戦士が2人。
2人の戦士は、棒にくくりつけた荷物を前後で肩に担いでいた。
「!!」
ミラとリヨンの目が、戦士たちが担いでいる荷物にくぎ付けになった。
華奢な体を荒々しい縄で縛りあげられ、2人の戦士の肩に渡された棒にくくりつけられているのは、1羽の魔物。
細い肢体に、肩から先を彩る翼。ミラとリヨンも見慣れた姿。捕らえられていたのは、まだ年若い人頭鳥だった。
ハルピュイアは意識がないのか。力なくうなだれている。
胴体まで羽毛でおおわれていることから、本当に子供であることが分かった。
(どうするの?)
問いかけてくるミラの視線を受けて、リヨンは迷った。
同族とは言え、今は他人にかまっている余裕はない。
本来なら、歯噛みしながらも見捨てるところだが、今は少々状況が異なった。
逃亡を始めて以来、目指して来た“目的地”が近いのである。
スサノの砦を脱出してから、リヨンもあてどなく彷徨っていたわけではない。一応の、ではあるが目的地を設定して進んできた。
そして、今、この地点で遭遇する人頭鳥。これはそこの関係者の可能性が高い。
もし、そうなら「見捨てた」という事実は、受け入れがたいものがある。
これから、助けを求める際に心情的に負担となるのは間違いない。
なきに等しい可能性とは言え、見捨てたことが明らかになって立場が悪化するということもあり得る。
(助けよう。ただし、姿は見られないように)
リヨンがほとんど声を出さずにそう言うと、ミラは小さく肯く。
その表情。緊張感は増したが、瞳には安堵の光もある。見捨てることに抵抗を感じていたのだろう。
姿を見られれば、口を封じる必要が出てくる。目撃者を活かして帰せば、その証言はすぐさま追手をここに呼び込むだろう。
娘に人を殺させはしない。
いざとなれば自分の手を汚す覚悟はしているリヨンだったが、それでも可能な限りそんな姿をミラに見せたくないとも思っていた。
第三者の救出というの初めてだが、ここに至るまで、2人は何度も追手をかいくぐってきた。
つまり、ある程度は類似した状況に対する経験を積み上げて来たと言っても、大げさではない。
そのノウハウに従ってまずはこの場を一旦離脱する。
傭兵たちの先回りを試みながら、手短に言葉を交わして段取りを確認する。
傭兵たちは金属製の鎧に加え、荷物を抱えている。先回りはそれほど難しいことではなかった。
予想される進路から、10メートルほど脇にそれた茂みの中に2人は居を定める。
ミラとリヨンは視線を交わし、同時に呪文を開始した。
【聖杖スプラウトを通じて申し上げる。いと静けき緑の精霊よ。我が声に耳を傾け、秩序乱すものを眠りへと誘いたまえ。誘眠霧林】
【軽やかなる風の精霊よ。我がもとに立ち寄りて、一時の恭順を貸し与えたまえ。風気操流】
虚空に魔法陣が描かれ、周囲の樹木から、眠りを誘う微小な粒子が霧のように放たれた。
大気に溶け込んで漂うソレを、緩やかな空気の流れがさらっていき、上空で濃縮させる。
数分後には、枝葉に遮られ、地上からはうかがうことの出来ない樹上の層に、分厚い眠りのヴェールが形成された。
………。
傭兵たちの中で最初に異変に気が付いたのは、先頭を進むレンジャーだった。
周囲に油断なく視線を配っていた彼は、視界の先、森の空気にわずかな違和感を感じた。
どこ、と明言することは出来ない。しかし、気のせいかとも思える様な些細な感覚、それを軽んじる傭兵は長生き出来ない。
振り返り、仲間に注意を喚起する。
その行動と一行の最後尾、戦士の一人が身に着けた鎧の重さに耐えかねるように倒れたのはほぼ同時の事だった。
「な、!」
何が起きたかを知覚して驚きの声が漏れた時には、もう一人も。
さらにはレンジャー自身も、唐突にして強烈な眠気に襲われる。
「!?、っ!!」
爆発した危機感すら、瞬く間に削られていくほどの睡魔。
レンジャーはとっさに腰のポーチから、煎ったラクトンの実を口に運んだ。
噛みしめた途端、強烈な風味。
苦味、酸味、渋みが三味一体となってレンジャーの舌と頭脳を直撃した。
「ヴ、ングァ!!」
吐き気をもよおし、思わず呻く。涙すらこぼれるが、おかげで睡魔は遠のき、五感は鋭さを取り戻し始めた。
口の中身を吐き捨てて、レンジャーは可能な限り素早く体勢を立て直した。
しかし、未だ万全とはいかない彼のもとへ、今度は場違いに穏やかな旋律が届けられる。
「!…コレは、」
「人頭鳥の、呪歌…、それも、子守、うた…か)
ハルピュイアの捕獲を、仮にではあれ成功した傭兵だ。瞬時にその旋律の正体を看破した。
しかし、彼にできたのはそこまでだった。くずおれるように膝をつき、それから、いましがた自分が吐きだしたラクトンの実の残骸の上にドサリと倒れ伏す。
誘眠霧林の影響が残っている状況で、人頭鳥の呪歌まで受ければ無理もない。
レンジャー、それに二人の戦士はいずれも盛大なイビキをかき始めた。
傭兵たちが完全に沈黙したのを確認して、ミラとリヨンは捕まっていた人頭鳥の元へ歩み寄った。
上空に高濃度で滞留させた眠りの粒子。それをリヨンのコントロールで敵の背後から忍び寄らせ、さらには止めの【呪歌・子守唄】。
このコンビネーションは2人を何度も助けてくれた鉄板戦術と言ってよかった。
しかし、2人はあくまで慎重に歩を進めると、3人の傭兵に【幻惑乱】をかける。
これで眠りの前後の記憶もあいまいになるはずだった。
一連の作業が終れば長居は無用。あとは“荷物”を回収するだけだ。
目立つのを避けるため、飛行は極力しないようにしていたが、今はそんな場合でもない。
ミラが先行して周囲を窺い、リヨンが短距離の飛行で囚われの人頭鳥を運ぶ。
棒にくくりつけられた人頭鳥1羽。おそらく、ミラと同じくらいの年齢で、人頭鳥の御多分に漏れず細身で小柄。
とはいえ、意識のない相手を運ぶのは、相手の意識がある場合とは段違いの消耗を強いるもの。
ミラが先行して偵察するといっても、それはあくまで互いに視認ができる距離。必然的に短距離の飛行を繰り返すことになったが、そもそも、飛行というモノは離陸と着地が最もエネルギーを消費する。
つまり、思った以上にキツかったのだ。
移動を完了し、岩陰に身を潜めた時。リヨンは疲労困憊し、息は乱れ、思わず膝をついていた。
「ママ、大丈夫?」
心配するミラの言葉に、リヨンは荒い息の隙間から返答を返す。
「ええ、平気、よ。それより、早くこの娘を起こしましょう。」
ミラは肯いて杖を構える。
【聖杖スプラウトを通じて申し上げる。いと静けき緑の精霊よ。我が声に耳を傾け、身体蝕む災いから解き放ちたまえ。解毒】
空中の魔法陣、そして周囲の樹木たちから供給される解毒の力が、深い眠りにある人頭鳥の体から眠りの力を消し去っていく。
「……、起きないね。」
「起きないわね。」
ミラとリヨンは顔を見合わせた。解毒の魔法は間違いないく発動した。にもかかわらず、目の前の人頭鳥は目を覚まさない。
試しにミラが肩を揺さぶってみる。
「あの、起きてください。」
「Zzz、むにゃ、もう、食べられないにょ~、にょふふ。Zzz」
しかし、人頭鳥の娘は今時フィクションの世界でも耳にすることがないような寝言をこぼしながらイビキをかき続ける。寝言のみならず、よだれさえこぼれている。
これは、手ごわい。
そう確信したミラは、腕まくりをすると再度目の前の人頭鳥の肩に手をかけるのだった。
………。
「ラピス」
ミラの奮闘の末、やっと目を覚ました人頭鳥の娘は二人に対してこう名乗った。
夜空を思わせる濃紺の羽根は毛先に行くほど色彩を移し、澄んだ青へと変わっていく。
「ほんっとに、どうもありがとう。いつもの場所で遊んでたら、急にアイツ達がとび出してきて。」
言いながら、襲われた時の情景が蘇ったのか。愛嬌のある顔が途端に曇る。
リヨンが安心させるように微笑みを浮かべる。
「たまたま、通りがかってよかったわ。もう、痛いところはない?」
リヨンの口調が、初対面にしては打ち解けた調子なのは、同族であるということも一つの要因だろう。
「うん、大丈夫。手当もしてもらったし。」
元気よく返事をするラピスの左太ももには包帯が巻かれている。
その白さが痛々しいが、薬草に加えてミラの治癒魔法も使っている。今は血も止まっているし、大丈夫という台詞は強がりではないはずだ。
「でも、人頭鳥と人間の母娘なんてはじめて見たよ。いったい、どこから来たの?」
ラピスは無邪気にたずねて来る。
「ここからだと、北に何日か旅したところね。それより、ラピスはこの辺りに住んでいるんでしょう。ひょっとして“クレイドル”の人頭鳥ではないかしら?」
相手の質問にはあいまいな答えを返しつつ、リヨンも質問を投げかけた。
果たしてラピスの回答は、これまた無邪気なモノ。
「うん、そうだよ。なんで知っているの?」
「それは、私たちがクレイドル目指して旅をしてきたから。ロードピス叔母さまはまだお元気でいらっしゃる?
鮮やかな緑の羽根をした人頭鳥なのだけど。」
このリヨンの言葉にラピスは目を丸くする。その後、自信ありげに肯いた。
「え、おばあちゃんに用事なの?それなら任せてよ。バッチリ案内してあげちゃうよ。なにせ、2人は命の恩人だからね。」
つつましやかな胸を張って見せるラピス。どうやらリヨンの目当てである人頭鳥・ロードピスの孫らしい。
意外な、というほどでもないがツイている展開だ。リヨンは心の中で小さくガッツポーズをとった。
ちなみに、ミラは一人だけ人間なのを遠慮して一歩引いて二羽のやり取りを見ていた。
………。
森の中を2羽と1人で進んでいくと、不意に森が途切れた。
途端にそれが姿を現す。
示し合わせたような鮮やかさ。開けた視界のその先に目指す“クレイドル”がすまし顔で佇んでいた。
森は終わり、目の前には背の低い草、まばらな木々、そしてそれらの隙間を埋める小石の多い地面が広がっていた。
その地面は急激に盛り上がり、テーブルを連想させる台地へと姿を変えている。その台地こそ、“揺りかご”。
北側 からは頂上に木がうっそうと茂っているように見える。しかし、その森が南へ向かうとともにまばらとなり、ついには石ばかりの荒れ地となって海に突き出していることをリヨンは知っていた。
翼持つ乙女たちの棲み処。1度捨て、あるいは1度捨てられた故郷に、リヨンは今帰ってきたのだった。
ミラが自分の顔を見ていることに気がついて、リヨンは微笑みを返す。娘にはここに来るまでに粗方の事情は説明してあった。
「心配はいらないわ。ロードピス叔母様は昔から親切な方だったし、今回もきっと力になってくれる。」
「そうじゃないの。私が心配なのは」
ミラにみなまで言わせずに、リヨンは肯いた。
「それも大丈夫。別に嫌な思い出ばかりという訳ではないの。」
言いながら、再び視線をクレイドルに向ける。
つられてミラも眼前に広がる風景に目を向けた。
「さて、それじゃあ、出発していいかな。おばあちゃんのところまででいいんだよね?しっかり紹介しちゃうから。」
ミラとリヨンの会話が一段落したタイミングを見計らって、ラピスがそう声をかける。
リヨンは笑顔を浮かべて殊更に快活な調子でそれに応じた。
「ええ、よろしく。ラピス。」




