第64話:騎士コナーズの憂鬱と火蜥蜴の語り
オッサンばかりを書いて、はや数週間。
来週からは主人公に視点が戻ります。
~騎士コナーズの憂鬱~
「オハヨウゴッザーァス。」
朝、起き出して食事に向かうコナーズを、元気のよい声が出迎えた。
はつらつとした声と、やる気に満ちた表情。その主は少年、フリントだ。
反対にコナーズの顔は凝り固まった渋面になっている。
「……、おはよう。」
それでも挨拶を返すのは律儀な性格ゆえか。言われた側のフリントは満足そうに歯を見せた。
とは言っても、その顔はひどい有様だ。目の上は青黒く腫れ、口元は切れている。
顔だけではない、全身、あざだらけのハズだった。
コナーズが王子の許可の下、少年につけてやった稽古の結果だ。
「お前には家に帰るように言ったはずだ。お前も承知したと記憶しているが、なぜまだここにいる。」
確認を行うと、フリントは直立不動の姿勢で返事をする。
「はい、もちろん帰ります。でも、いつ帰るかは言われてないです。立派な騎士になったら、故郷にも胸を張って帰れますよ。」
コナーズは、思わず眉間に指をあてた。頭痛を感じたからだ。
しかし、本当に問題なのはこの少年自身よりも、この少年が騎士団の行軍について来れていると言う事実の方だった。
コナーズ王子麾下の一団は捜索の最前線にいる東周公の兵団に一刻も早く合流するため、行軍速度を求めた軽装騎兵のみの少数編成で強行軍を行っている。
内訳としては、王子の近衛騎士団が30余名、王宮騎士団が70余名。
コルダで乗って移動している騎士たちに徒歩のフリントがついて来れるはずはない。
つまり、誰かがこの身の程知らずに手心を加えて、荷駄のすき間にでも潜り込ませてやっているとしか思えないのだ。
考えながら、コナーズの眉間の皺が一層深くなる。
フリントを潜り込ませてやった仲間の気持ちが分らないでもないだけに、なおさら悩ましい。
強行軍の足手まといになるため、現在、従者の類は連れてきていない。
しかし、従者はいないからと言って、その仕事までなくなるわけではない。
結果として、王子の使用する天幕の用意(自分たちは半ば野宿だ。)や炊事。そう言った細々とした、しかし重い労働が王宮騎士団側に降りかかったのだ。
理由は簡単。同じ騎士とは言え、王子の近衛騎士団は高位貴族の次男や三男が多く、王宮騎士団には平民上りもいたためだ。
無論、騎士たる者、行軍に必要な技能として一通りは身に着けている。身に着けてはいるが、だからと言って同じ騎士から下男のように扱われて何も感じないわけがない。
そんな風に、王宮騎士団側の一部に王子と近衛騎士団への不満がたまっていたところに、ちょうどよく現れたのがフリントだ。
少年に手を貸してやることは、処罰を命じた王子へのささやかな抵抗。
また、どんな雑用もいとわず働いてくれることから、単純に雑務の負担が軽くなる。
さらには、騎士に対して憧れを抱いている少年の存在は、下男扱いで傷ついている騎士の誇りをわずかながら癒してくれるのだろう。
荷駄のすきまに少年が潜り込むことを、王宮騎士団の者が見て見ぬふりをする。それぐらいのことは、まったくもって無理からぬことと言えた。
ここ数日で何度目かの懊悩の後、コナーズは一つため息をついた。
目の前には、まだフリントが話しかけられるのを待っているかのようにしていたが、それに注意を払うことなく歩き出した。
あからさまな無視。もっとも、それぐらいでへこたれる相手ならコナーズの苦労もないのだが。
向かった先は野営地中央。そこでは食事が配膳されているはずだった。
歩きながら、コナーズは努めて少年のことを頭から追い出そうとする。
そもそも、一度は命を助けてやったのだ。今後、フリントが再び王子に目をつけられてとしても、それこそあの少年の自業自得という他ない。
なにせ、一度その危険を味わいながらも、同じようなことをしているのだから。
フリントの処分について王子から任されはしたが、それはあくまで稽古をつけると言う話であって、それ自体は既に終了している。
シレンが王子の目に留まれば、一緒に自分の心証も悪くなるだろう。
しかし、もとより良くない王子からの心証が、今さら少しばかり悪くなったからと言って、大したこととは思えなかった。
そもそも、こんなところで下働きをしていても騎士になれるはずもない。
フリントもそのうち理解して、どこへなりと消えるだろう。
そう思い切ったコナーズは、なんとか楽観的な気分を維持するよう努めつつ朝の食事をはじめるのだった。
~火蜥蜴の語り~
夜の平原を薄雲に包まれた月の光が仄かに照らしていく。
全てのものは色彩を失い影のようになっているが、その分、輪郭が強調され強い線を虚空に浮かび上がらせていた。
風に草花が揺れる。
動かないのは、倒木、それに岩石。そのすきまにうずくまる、2体の魔物。
1体は火蜥蜴。地面に寝転がり、外套の中に首をうずめるようにしているが、どうやら眠っているわけではないらしい。
その証拠に口には煙管を咥え、プカリプカリと煙を吐き出している。
もう1体は悪魔山羊。まだ若い雌で、今は平原に寝そべって周囲に目を向けている。
普段はもう一人、人間の少年を連れているが、今は別行動。2人で今後の計画を相談していたところだ。
火は焚いていない。
すぐれた火の魔法を使う火蜥蜴と、厚い毛皮をもった悪魔山羊。寒い季節でもない今、たき火で暖をとる必要はなかった。
ゆえに、今二人を照らすのは薄い月光だけだ。
『ところで、一つお聞きしたいことがあるのですが』
悪魔山羊の娘、ホルンが今後の計画についての話が一段落したところで切り出した。
火蜥蜴のジャスパーは緑の鱗で縁取られた目をキョロリとさせてから鷹揚に肯いた。
「何だい、お嬢。かしこまって。」
その返事に拒絶の色はない、ホルンはジャスパーの顔をまっすぐ見たまま尋ねる。
『貴方は何故、私に同行してくれたのですか。』
「何故って、今さらなんでそんなことを聞くんだ?」
プカリと煙を1つ吐きだして、ジャスパーは質問を返した。
『聞く機会がなかっただけで、ずっと考えてはいたんです。失礼かもしれませんが、貴方は自分の興味とか楽しみが一番大切で、面倒ごとは嫌う人だと思っていました。
なのに今、何一つ得のない。それどころか貧乏くじとしか思えないこの旅に同行している。それが、どうしても不思議に感じるんです。』
ホルンの台詞にジャスパーは顔をしかめた。気を悪くしたと言うよりは、困った顔に近い。
「まあ、お嬢の言いたいことは分からんじゃない。実際、俺はそう言う奴だしな。現にロクやミラちゃん達が東周公に呼び出された時、皆を止めることも、3人について行くこともしなかった。
良くない結果になると、確信していたのにな。」
頻繁に旅をし、様々な地域を見聞したジャスパーは他の者より人のあくどさを知っていた。
だから、貴族から呼び出しというモノが、決していい結果を産まないことも分かっていたのだろう。
『分かっていて、なぜ、何もしなかったのですか。』
話の筋からはそれることになる。それでも、ホルンは追求せずにはいられなかった。
ジャスパーは長々と紫煙を吐きだした。
「誰が止められた?ロクもリヨンも危険があることは分かっていたはずだ。それでも行かずにはいられなかった。ミラちゃんの父親なんて餌を出されちまえばな」
『それは、』
反論できずに、言葉が途切れた。ジャスパーは慰めるように肯いた。
「危険は見え見えで、俺がいても状況が良くなるとは思えなかった。そもそもが、面倒ごとは勘弁だ。だから、俺はケツをまくって逃げたのさ。
呼び出しをバックレて、様子を窺っていたら、案の定のこの騒ぎだ。やっぱりな、と思ったよ。」
『予想通りになって、さぞ、鼻が高かったでしょうね。』
ホルンの声にはトゲがある。ジャスパーに含むところがあるではないが、大事なミラが見殺しにされたと思うと上機嫌ではいられない。
一方で。ジャスパーはそんなホルンの態度を気にしたそぶりもない。ゆっくり、煙草を吸い、吐く。
煙が途切れたところで、再度口を開いた。
「でもな、一つだけ予想外のことがあったんだよ。」
『予想外、ですか?』
ホルンの問いに、ジャスパーは肯く。
「ああ。まさか、自分がこんなに嫌な気分になるとは思わなかった。」
不意打ちのようなジャスパーの言葉。それに上手く応じられず黙ってしまったホルンを気にすることもなく、ジャスパーは続ける。
「あれ以来、どうにも気分が上がらない。俺に防ぐことが出来たとは思えないが、3人をみすみす窮地に追いやったと思うと、どうにもスッキリしないのさ。
自分でも意外だったんだが、どうやら俺は自分で思っていた以上に聖樹の森やイスタ村、それにそこの連中を気に入っていたらしい。」
『だから、私の旅に同行してくれたのですか?今度は見殺しにはしないと。』
言われて、ジャスパーは大げさに肩をすくめた。
まだ大人になりきってもいない年のホルンに本音を語ってしまった。そのことへの、この男なりの照れ隠しかもしれなかった。
「そこまでのことは考えちゃいない。お嬢も言っただろう。俺は自分の楽しみが1番大事。逆に言えば、自分の気分が良くなるならお節介だってやくことはあるのさ。
まあ、無謀な旅に出かけようとするお嬢や弟子が危なっかしくて見ていられなかった。と、言うのは本当だけどな。」
『まったく、一言余計です。貴方はもう少し、マジメで素直な態度を心がけるべきですね。』
憤懣やるかたない。という表情を作るホルンだが、対照的に口調は柔らかだ。
「カハハハ、まあ、気が向いたらな。」
笑いながらそう言うと、ジャスパーは煙草の火を消して、体を改めて外套で包み込んだ。
どうやら、話は終わったらしい。
ホルンにも異論はない。明日も朝から移動をしなければならないのだ。体を休めておく必要があった。
『おやすみなさい。』
「ああ、おやすみ」
旅に出てから、何度目かの挨拶。
その後は、ただ風の音と虫の音が辺りを穏やかににぎわすだけだった。




