第63話:ジャスパーの計画
「ミラちゃんに10万テスラの懸賞金!?その上、王子直卒の捜索隊か。そりゃ、すげえ。」
ジャスパーは思わず声をあげた。
ハバロク手前の街、ヴォスチエの郊外。シレンが仕入れて来た情報を聞いたときのことだ。
10万テスラと言えば庶民など一生かかっても目にすることはない大金。懸賞金としても破格だった。ジャスパーが驚くのも無理はない。
一方で、ホルンが気にしたのは別の部分。金銭に馴染みのない生活をしていたから当然と言えば当然と言える。
『ミラが邪悪な“魔物を統べる者”だとか、なんとか。この予言というのは一体、なんなのです?』
フン、フン、と鼻息荒く、憤懣やるかたない様子のホルン。
ジャスパーがなだめる口調で説明する。
「辺境で人間に関わらないように生きてきたお嬢が知らないのも当然だがね。この国にはいるんだよ。未来を覗き見ることができる予言者って呼ばれる人間がな。
おそらく、そいつがミラちゃんが王国を滅ぼす夢でも見たんだろう。」
ホルンは一層膨れる。
『そんな馬鹿なことがあるものですか。そもそも、未来を覗くなんてことが本当に出来るんですか。』
「本当に“出来るかどうか”よりも、この国が“出来る”と信じていることが問題だな。」
ジャスパは皮肉げに肩をすくめる。
続いて、立ち上がると今度はシレンに向けて声をかけた。
「今回の情報はお手柄だ。よくやった。王子の捜索隊は、2~3日中にハバロクに到着するっていう話で間違いないんだな?」
「ああ、何人かに聞いたけど、もっぱらそう言う話だった。」
珍しく誉められたシレンが勢い込んで返事をする。
ジャスパーは肯くと、景気づけするように手を鳴らした。
「よし、予定を変更する。ハバロクまで強行軍だ。すぐに出発しよう。はやく準備しろ。」
言いながら、自分も早速荷造りを始めている。
シレンも慌てて作業を始める。
特に荷物のないホルンは、それを横目に落ち着いた様子。立ち上がってたき火に砂をかけている。
ものの5分で準備が終わり、一行は南に向けて出発した。
「それで、どうするつもりなんだよ。」
先を行くジャスパーにシレンが尋ねる。
聞かれたジャスパーはニヤリと口角を釣り上げた。
「なーに、難しいことじゃない。ただ、とにかく王子に先んじてハバロクに到着していなきゃならないからな。歩けなくなったら置いてくぞ。」
「望むところだ」
『私もです。』
シレンとホルンが力強く請け負う。ジャスパーはその意気やよし。と、肯いた。
「それじゃ、段取りを詳しく説明するぞ。」
ジャスパーが説明をはじめる。
ホルンとシレンは質問を挟みながら、それを聞く。
春の原野を3人は友の元へと進んでいく。
………。
シリウス王子に率いられた騎士たちの野営地。
気難しい主に委縮しているのか。天幕の群れは今日も静けさとともに大地に横たわっていた。
そこに、場違いな大声が響いたのはハバロクを発って2日目の夜の事。
「おーい、おーい。」
そう、呼ばわる声に続いて見張りの前に姿を現したのは、未だ少年と呼んで差し支えない年頃の旅人だった。
物売りか、それとも無謀にも騎士に取り入って立身出世の足掛かりを得たいという向こう見ずか。
こんなところにわざわざやって来る少年の目的は大抵その辺りだが、目の前の相手は物売りには見えない。ならば、残るは一つだ。
適当にあしらって帰してしまおう。なに、あまりに聞き分けがないようなら、頬の1つも張ってやれば済む。
そんな見張りの思惑を知らぬまま、少年はノコノコと松明の明かりまで近づいてきて、単刀直入に切り出した。
「すいません。俺、フリントって言います。ここはシリウス王子のいる騎士団の野営地ですよね。俺を一団に加えてください。下働きでも何でもします。」
一息に言い切る少年に、見張りの騎士は苦笑する。
「確かにここは騎士団の野営地だが、物売りも騎士志望もお呼びじゃない。一人旅とは驚いたが、悪いことは言わない。さっさと帰りな。」
ぞんざいな返答。
相手の反応が悪くても、少年は引き下がらない。そもそも、聞き分けの良い奴はこんなところまで騎士団を追いかけてきたりしない。
「そんなこと言わないでくれよ。コッチは村を飛び出してきて、帰るとこなんてないんだ。なあ、頼むよー。」
縋りつかんばかりの少年の勢い。騎士と言えども人間である。一日の行軍で疲れた後の見張りで、こんなふうにまとわりつかれれば嫌気も差す。
頬の1つも張って追い返そうと、そう思った。
が、その考えを実行する前に、そこへやって来たものがあった。
「やけに騒がしいな。一体、なにがあった。」
そう、高飛車に言いながらやってきたのは、一行の首領たるシリウス王子。
気まぐれを起こして、野営地を見回っていたらしい。
供として、側近のアスト・ゴオト。それにコナーズ・エアを連れている。
「ハッ、この者がなにか用があるようで。物売りには見えませんので、恐らく、我らの一団に加わりたいという身の程知らずな子供かと。」
主人の前である。見張りは慇懃な態度でそう答えた。
明らかに高貴な人物の登場。それをどのように感じたのかは分からないが、少年は王子の足元に縋りつくようにして懇願し始める。
「お願いします。王都から王子様と騎士団が来てるって聞いて、村をとび出して来たんです。お願いします。小間使いでいいから、一行に加えてください。」
王子の表情はどこまでも冷ややかだった。床を汚すチリか、足の多い虫を見るときの様だ。
そのまま、少年を無視して見張りに言う。
「何をくだらぬことにかかずらっているのだ。我らにそんな余裕がないことは分かっているだろう。さっさと叩き出せ。」
「ハッ」
命じられた通りにしようと騎士が一歩を踏み出す。
形勢の不利を悟った少年が、あろうことか今度は本当に王子の足に縋りつく。
「そんな、お願いします。いまさら、帰るとこなんかないんです!!」
次の瞬間、それまで大人しく控えていたアストが鞘に納めたままの剣を振りぬいた。
「ギャッ!!」
背中を強打され、少年が犬のような悲鳴をあげた。
アストの口元がわずかにゆがんでいる。人によっては笑っているように見えただろう。
対する王子の顔。こちらには隠す気もない苛立ちが浮かんでいる。触れられたズボンだけでなく、自身の威信までもが汚されたように感じているのかもしれない。
目元がヒクついていた。
「不敬だ。厳正に処罰せよ。」
「御意」
王子とその側近の吐き捨てる様な短い応答。鞘から抜き放たれた剣が不吉に光った。
流石に、少年も意味を察したらしい。顔が青ざめ、手も声も震えはじめる。
だが、もう遅い。
「な、なんだよ。悪かったって。そんな怒ることじゃないだろ」
アストは少年の声など聴いてはいない。ただ主人の意を実行するために、歩を進めるだけだ。
しかし、それを遮る者があった。
「お待ちください。」
今しも振り下ろされようとする剣を遮るように、アストの前に立ったのは誰あろう。コナーズ・エアだった。
少年を背にしながら、王子とアストに向き合う。
「コナーズ殿。どきたまえ。不敬は罪。罪人を庇えば、すなわち貴公も罪人だ。」
何となればコナーズもまとめて切ろうと言わんばかりの表情でアストが言う。
しかし、コナーズも動じない。堂々と王子に対して声を張った。
「この者の不敬。確かにその通りでございます。しかし、このようにつまらぬものを斬ったとあれば、それはすなわち栄えある王国騎士の剣の汚れに他なりません。なにとぞ、お考え直し戴きたい。」
王子は鼻を鳴らした。面白くもなんともないと言った表情。
「お前、意外と舌が回るではないか。小賢しい。
だが、剣の汚れという言葉、一理ある。
それで、お前は一体この者をどうしたいと言うのだ。わざわざ戯言を弄すのだ。何か考えあっての事だろう。」
返答を促されたコナーズは今度は丁重に頭をさげてから意見を述べた。
「願わくば、この者に私が稽古をつけることをお許しいただきたく存じます。」
「稽古だと?」
台詞の意図が分らず聞き返した王子に対し、コナーズは説明を加える。
「この者は騎士への立身出世を望んでいるとのこと。全くの身のほど知らず。夢物語という他ありません。
とはいえ、言下に切り捨てるのも騎士の名折れとなりましょう。で、あればこの者の望み通り、騎士の何たるかを教えてやることこそが慈悲かと存じます。
お許しいただければ、私がてずから木剣をとり、騎士の剣をこの者にお教えさせていただきます。強かに打ち据えられ、足腰が立たなくなれば、己の無謀も自然と理解できるかと。」
一息にされた説明に、王子は毒気を抜かれたような、興が覚めたような、口ぶりになっていた。
「本当に、よく口が回る男だな。騎士らしからぬ貴様のその舌に免じて、その無礼者の処分は貴様に預ける。くれぐれも厳しくしつけろ。」
「ハッ、ありがたき幸せ。」
コナーズが言う。
王子は時間を浪費したと言わんばかり、足早に自分の天幕へ引き上げていった。無論、アスト・ゴウトも付き従っている。
あとにはコナーズ・エアと少年、それに見張りの騎士が取り残された。
王子たちの姿が完全に見えなくなると、やっと危機を脱した実感がわいたのか。少年はその場にへたり込んでしまった。
コナーズはソレに向かってため息交じりの声をかける。
「まったく、馬鹿なことをしたものだな。よりにもよって王子に対して無礼を働くとは。」
「あ、ありがとう」
震える口調で礼をいう少年にうなずいてから、コナーズは見張り役の騎士に声をかける。
「ちょっとこの小僧を見ておいてくれ。」
「おい、どこに行くんだ。」
思わず問い返した見張り役の言葉に、コナーズは当たり前のように答える。
「木剣を取りに行くのさ。稽古をつけると言っただろう。」
律儀なことを言い残したコナーズ。
稽古など方便なのだから、適当に放り出せばよかろうと思っていた見張り役はその後姿をあきれた顔で見送った。




