第62話:貧乏クジ
(まったく、貧乏クジとはこのことだな。)
グレイス王国騎士コナーズ・エアの心は疲れた気持ちに満ちていた。
もっとも、彼は栄えある王宮騎士である。表情にはいささかの曇りなく、力強い歩調も疲れを感じさせない。
その足が、一つの天幕の前で止まる。
「コナーズ・エア。お召しにより参上しました。」
「入りたまえ。」
名乗りに応じた声は、明らかに不機嫌だった。
コナーズは回れ右をして帰りたくなった。無論、考えただけだったが。
「失礼します。」
一声かけて、天幕に入る。そこには二人の男がいた。
一人は、この“統べる者”捜索隊の指揮官であるグレイス王国王子。シリウス・グレイス。
小柄だが肉付きの良い体の上には丸い頭。褐色の髪に縁どられた顔の中では、二つの瞳が人を遠ざけるような冷たい光を宿している。
もう一人は、王子の側近。近衛騎士団の団長。アスト・ゴウト。
長身痩躯。主に負けない陰気な目をしたこの男が、コナーズは好きになれないでいた。
アストから視線を切ると、テーブルの上の冷めきったシチューとパン、それに未だみずみずしい数種類の果実が目に入った。
(もったいないな。一番いいところを配膳されただろうに。)
シチューは具だくさん。パンは他の騎士用の固焼きではなく、ふっくらとした上等なもの。
少し口をつけただけで放り出されているそれらの料理を一瞥。コナーズは益体もないことを考えた。
(やれやれ、いい加減。気持ちを切り替えてくれても。)
頭一つ分は背が低い王子に正対しながら、コナーズは昨日の出来事を思い出していた。
“統べる者”討伐の指揮を執るべく国王より預かった書状を携えてハバロクに到着した王子と、コナーズたち勇者一行は東周公フウキ・ハチヨウの屋敷で面会した。
コナーズたちは捜索のために出征していた南方より一時的に帰還してこの場に臨んだのだ。
終始陽気な態度で王子との面会に応じた東周公フウキ・ハチヨウは書状に目を通すと、すぐさまハチヨウ家の騎士団がシリウス王子の指揮下に入ることを認め、同席していた勇者にも同様の対応を求めた。
それこそ王子の求めるもの。シリウスも我が意を得たりと肯いたが、話はそこで終わらなかった。
「捜索にあたって一つ。聞き流せない報告が上がっている。」
東周公がそう切り出し、提示した情報。
それは、ハバロクの北方において岩石精を従えた赤髪の少女が目撃されたというものだった。
統べる者は配下の人頭鳥とともに南方へむけて逃亡している。というこれまでの情報を覆しかねない報告。
コナーズたちも初耳だったため、驚きがその場を包んだ。
結局、面会はそのまま会議へと移行。
結果として、王子の率いて来た騎士団、フウキ家の騎士と兵士、それに勇者一行を加えた“統べる者”の捜索隊はその手を二つに分けることになった。
北方、ゴーレムを追うのは勇者ライドとその一行から司祭のアルビとレンジャーのケイマー。それにハチヨウ家騎士団の半分。
南方,ハルピュイアを追うのが、シリウスと王都騎士団。そこに勇者一行から騎士・コナーズと武人・ジンカイが加わり、さらにハチヨウ家騎士団の残り半分。
状況からしても致し方なし。という所だが、これが王子には気に食わないらしかった。
まずは、東周公主導のもとで方針が決定したこと。さらにはその結果、(肩書はともかくとして)二分された方面隊の片翼を任される形になったこと。
これが討伐の総指揮として王都より出向いてきた王子のプライドを傷つけたのだ。
まるで、東周公が総大将で、自分が副将の様だと。
さらに、北方ではなく南方を任されたことも不満の種となっている。
新情報のもたらされた北方ではなく、すでに捜索の手が入った南方。これはみすみすハズレくじをつかまされたようだと感じたらしい。
実際には、東周公をはじめとした面々は、岩石精と人頭鳥という相手の戦力を考慮したうえで相性のいい者を振り分けただけだ。
むしろ、南方こそが本命であると考えているのだが、王都より来たばかりの王子にはそんな機微を読みとるだけの情報の下積みがなかった。
以来、機嫌は上向くことなく、ハバロクを出立してからも不機嫌な表情で部下を憂鬱にしているのであった。
「何を突っ立っているんだ。はやく報告をしろ。何か目新しい情報はないのか。」
王子のイラついた声でコナーズは現実に引き戻された。
敵前で隙を見せるとは騎士にあるまじき失態だが、やはり疲れているのだろう。
「現在、既に捜索を行っているハチヨウ家騎士団より情報を集めるべく、隊の一部を先行させましたが、まだ帰着はしておらず新情報はありません。」
コナーズの言葉にシリウスは盛大な舌打ちで応じた。
そもそも、まだハバロクを出たばかり、捜索の最前線にすらたどり着いていないのだから新情報など望むべくもない。
シリウスとて、それくらいのことを理解していないわけではない。
「何が、新情報はありませんだ。ないのなら、探してくるのがお前たちの仕事だろう。」
「ハッ、申し訳ございません。」
謝罪を口にしながら騎士はうんざりとした気持ちで目の前の男を見やる。
全くの盆暗と言わけではない。
しかし、大陸一の大国の世継ぎとして生まれ、苦労を知らなすぎる。シリウスの誕生前の話だが、2人の兄が病気で亡くなったことも、王子に対する周囲の過保護に拍車をかけた。
王子にとって、世界はどこまでも自分に都合のいい物であり、思うとおりにならないと言うことは自分以外、多くの場合は部下の失態であり怠慢に他ならないのだった。
王子は熱のない瞳をコナーズの顔に向けていた。
「なんだ、その顔は。不満があるなら言ってみろ。」
「いえ、不満など、とんでもない。」
シリウスの台詞は半ばあてずっぽうだったが、図星でもある。
顔に出すほど間抜けではないが、不満など掃いて捨てるほどある。コナーズの反論は自然を弱くなった。
相手の弱みを見て取った王子が勢いを強める。コナーズの苦労はまだまだ始まったばかりだった。
………。
(やれやれ、貧乏くじだな。)
コルダに揺られながらケイマーはため息を飲み込んだ。
隣には勇者ライドが同じように鞍に跨っている。その後ろには司祭のアルビとハチヨウ家騎士団の長、アガタがいるはずだった。
ライドの師であるジンカイと、仲間の騎士コナーズは珍しく別行動。
そんな状況下でケイマーの気疲れの原因は残った2人のパティ―メンバー。ライドとアルビだった。
(一体、なにがあったやら。)
ここ数日、2人の態度は明らかにそれまでと異なっていた。親し気な会話は鳴りを潜め。どこかよそよそしい、ビジネスライクと言ってもいいような態度を互いにとっていた。
(とはいえ、子供じゃあるまいし、コッチが手を出すようなものでもないか。)
実際、問題というほどの問題は起こっていない。ライドもアルビも役目は十二分に果たしているのだから。
(まあ、痴話げんかにしゃしゃり出るのも無粋な話。放っておくとしよう。)
この辺の割り切りがケイマーの見た目の若さの秘訣であろう。
ひとまず、問題を棚の上にオンしたケイマーはハチヨウ家の騎士・アガタの隣へと駒を進めた。
常に慇懃な態度を崩さない騎士は今も薄い笑みを浮かべている。
「なにか、御用ですか。」
尋ねる口調も穏やかだ。
「いや、大したことではないんです。我々が今向かっているイスタ村について、アガタ殿の口からご意見などをお聞かせいただければと思いまして。実際に行ったことのある方の話は重要ですから。」
もちろん、目的地の情報はケイマーも出発前に一通り確認している。とはいえ、別の視点からの意見というのも役に立つものだし、そうでなくとも会話は人間関係の基本だ。
やっておいて損はない。
アガタは少し、間を置いてから口を開いた。
「そうですね。一言で言えば良い村ですよ。畑は広いですし、天境山脈にほど近い割には収穫も多いようです。村人たちの結束もなかなかしっかりしていますね。」
「確かに、結束は強いでしょう。邪龍の騒ぎが持ち上がるまでは岩石精や火蜥蜴の存在を全く外に漏らさなかったくらいですから。」
そう言って会話に加わってきたのはライドだ。
アガタはその台詞に肯いた。
「ええ、思えばあの広い畑や水路はゴーレムの力で作られたのかも。そういう利の部分でも村人を取り込んでいたのかもしれません。」
ライドはフムと肯くと、今度は少し別の角度の質問を投げかけた。
「話は少し変わりますが、先行している方たちは聖樹を発見できたのですか。」
先行と言うよりは、以前の邪龍騒動の時から村には騎士が居座り村人の聞き取りや周辺の調査を行っている。
ライドの質問はその進捗状況を確認するものだった。
アガタは笑みを深くして肯いた。。
「はい。先日、ようやく聖樹の発見に至ったと報告がありました。樹木精も今のところ大人しくしており、葉の提供もすでに受けていると。」
「なるほど、それはよかった。それで、なにか統べる者について有益な情報などは得られましたか。」
今度の問いに対しては、騎士は申し訳なさそうにかぶりを振ることになった。
「いえ、それがどうにも。他のことはともかく、統べる者については頑として喋らないようです。」
「なにか、手はないのですか。たとえば、マサカリを持って脅しをかけてみるとか。」
ライドの過激な意見。ケイマーが即座にそれを否定した。
「それはやめた方がいいでしょう。」
「何故です?」
「樹木精は私たちほどには、自分の命に執着しないからです。年を経たものは特に。下手に機嫌を損ねたら喋るどころか、葉の1枚も残さないように自ら枯死を選びかねませんよ。」
ケイマーの台詞に肯くと、アガタは後を引き受けるように再び口を開いた。
「聖樹は葉も枝も非常な価値があります。そちらを得る方が重要かと。無論、統べる者と岩石精が現れても対応できるよう、周囲は厳重に固めていますよ。」
その言葉にライドはしぶしぶといった様子で肯いた。
それを見計らったか、それまで沈黙を保っていたアルビが口を開いた。
「アガタ殿は、北が本命だとお思いですか。」
騎士は数秒考えてから、それに答える。
「それは、分かりません。素直に足取りを追えば南方が本命ですし、北での目撃情報はわざとらしすぎる。あえて姿を見せているようにも感じます。しかし、北は明確な動機が推測できますから。」
「動機、というと聖樹の事ですね。」
「そうです。“統べる者”を刺した短剣の毒は強力です。奴らは逃走のために人頭鳥を待機させておくほど慎重ですから、聖樹の葉を持っていた可能性も高い。
そして、持っていたなら、まず間違いなく治療に使用したでしょう。」
「補充しに来るというわけですか。」
「相手も危険は承知でしょうから確信はありませんが、可能性はあります。たとえば、統べる者の容体が思わしくないなどの事情があれば、リスクを冒してでも確保しに来るでしょう。」
「なるほど。ありがとうございます。」
アルビがアガタに礼を言う。その後でケイマーが軽い口調で締めくくる。
「まあ、どうなるかは分かりませんが、岩石精と赤髪の少女が出没しているのは確実。皆、気を引き締めていきましょう。」
目指すイスタ村まであとわずか、一行は気を引き締め直してコルダを進めるのだった。




