第60話:覆面現る
ミクジクの街を後にした新米傭兵(いや、もう街も出た。身分を偽る必要もない。)、シレンはまだ明るく、それなりに人通りがある街道を一路南下していた。
歩きながら、しきりに前後を気にしている。
できるだけ早く街道から外れて、連れである火蜥蜴のジャスパーや悪魔山羊のホルンと合流したいのだが、道から逸れるところを見とがめられたくはないのだ。
しかし、その機会がなかなか訪れない。原因はほぼ同じスピードでシレンの後ろを歩いてくる一団があるからだった。遠目には3人組の男に見えた。
結局、タイミングをつかめないままに日は陰りはじめ、人通りは少なくなってくる。3人組さえいなければ自由に動き回れるのに、それが出来ない。
業を煮やしたシレンはその集団を先に行かせることにした。
脚を止め、足元や荷物を改めたあと、道端に腰を下ろして休憩の構えをとる。水筒も取り出して、のどを潤した。
このまま、10分も待てば男たちも視界から消え去ってくれるだろう。そういう、シレンの思惑はアッサリと外された。
行き過ぎると思われた男たちが、シレンの前で足を止めたのだ。
「?…、なにかようかい。」
不審に思ったシレンが顔を上げ、質問を投げかける。男たちは皆、帽子やフードを目深にかぶっていた。
返答は突然の暴力だった。男の一人のつま先がシレンの顎をかちあげる。
不意打ちに、シレンが仰向けに転がると、そこに抜き身の剣が突きつけられた。
剣を手にした男が、抑えた声で言う。
「大人しくしな。なに、命まではとらねえよ。」
想定外の事態に目を白黒させているシレンを尻目に、残った男たちは手慣れた様子で荷物を漁り、剣をはじめとした装備を抜き取った。
この期に及べば、シレンにも相手の目的が分かってくる。コイツらはつまり追いはぎで、おそらくミクジクの街で見かけたシレンをくみし易しと見て追いかけてきていたのだ。
屈辱を感じるが、流石に剣を突きつけられた状況で出来ることもない。
ただ、真っ青になって震えているだけだ。
懐から抜いた財布をのぞいて男が言う。
「しけてやがるな。まあ、今日明日の飲み代くらいにはなるか。」
そして、やおらにシレンの腹をけり飛ばした。
酒場で食べた料理が猛烈な勢いで逆流し、口からあふれだす。
「うわ、靴にかかったじゃねえか。ばか、ちょっとは考えてやれ。」
剣を突きつけていた男が財布を抜いた男に文句を言う。
そう言いながらも、背中を丸めて激しくえづくシレンにさらに打ち据えた。
とる物をとったので、シレンが追ってこれないように痛めつけてから、悠々とこの場を離れようというのだろう。
「なかなか、手慣れた様子。どうやら食うに困って、やむにやまれず。と、言う訳ではなさそうだ。」
「な、誰だ!!」
突然、呑気な声が場に響く。男たちが振り向くと、いつの間に現れたのか。
奇妙なナリの男が1人、立っていた。
長身で、手には杖と思しき木の棒。口元はマスクで、頭はフード付きの外套で覆われている。手には厚い革の手袋をつけ、足には無骨な長靴を履いて、まるで肌の出ている所がない。
太っているのか、外套の上からでも胴体の太さが窺えた。
追いはぎを生業としているような男たちである。危機、あるいは異常事態への嗅覚は備えている。3人の賊は油断なく身構えた。
そんな賊とは裏腹に、覆面の男はためらいのない足取りで間合いを詰めてくる。
まったく、賊の手にした剣など目に入っていないと言わんばかりの態度。
賊の緊張感が一層高まり、じりじりと男を包囲しようとするが、男の態度は変わらない。
それどころか、さも愉快そうな調子で大勝した。
「かははは、折角の人質に目もくれないとは、お前ら中々骨があるな。気に入ったぞ。」
この台詞に、シレンのすぐ近くに立っていた賊が反応した。
一瞬、僅かに意識がそれたのだ。目の前の男から、背後の人質へと。
覆面男はそれを見逃しはしなかった。
一足で間合いを詰める。
「っ!?」
動揺する賊に痛打を食らわせる。
他の2人が助太刀する間もなく。相手を大地に沈めると、再度笑った。
「かはははは、素直に人の話は聞くし、なかなか人が良いところもあるようだ。嫌いじゃないぞ。」
間近で声を聞いたことで、シレンが男の正体に確信を持つ。
「ジャスパー?」
覆面火蜥蜴からの返事は巨大なため息だ。
「お前、なにやってんだ。この程度のケチな追いはぎに良いようにされやがって。」
「ぐぬぬぬ」
返す言葉もない。
ケチな追いはぎとはいえそれなりの場数は踏んでいる。
残った2人の決断と行動は速かった。
目くばせ1つで、瞬時に逃げ出したのだ。
シレンから取り上げた荷物も放り出し、脱兎のごとく駆け出した。
ジャスパーもこれには本気で感心したようだった。
とは言っても、逃げていくのをただ手をこまねいて見ている理由はない。
外套の下から両端に重りのついた紐、スリングを取り出すと俊敏な動作で投げつける。
うなりを上げて飛翔したそれは、過たず賊の一人の足に絡みつく。
派手に転倒した賊に覆面男はすかさず躍りかかると、杖で一撃。意識を刈り取った。
流れる様な手際だったが、流石にそこまでだった。残る一人はすでに遠くへ走り去っている。しかし、ジャスパーはさして気にした風もない。
捕えた賊の手足をロープで縛り上げて猿ぐつわを噛ませると、武器や金目の物を取り上げた。
「まあ、運が良ければ生き延びるだろう。あいにく、構ってはいられないからな。」
そうつぶやくと、もう関心を失っている。
それからそばの林、藪の中に向かって声をかけた。
「お嬢、もう出てきてもいいぞ。」
それに応じるように、茂みがガサガサと揺れる。数秒後、そこから一頭の悪魔山羊が顔を出した。
悪魔山羊の娘、ホルンだ。
『待ちくたびれてしまいましたよ。もう、私が出ていればもっとはやく片付いたんではありませんか。3人目をとり逃すこともなかったし。』
「おいおい、気持ちは嬉しいが、それについてはさっき説明したじゃないか。魔物連れだと分かるとやりづらくなるってね。だから、俺もこんな間抜けなナリをしているんだぞ。」
そう言いながら、辛抱できないとでもいう様に覆面を外す。その下からは緑の鱗に覆われた蜥蜴の顔が現れた。
シレンノ指摘通り、火蜥蜴の自称冒険家・ジャスパーだ。
外套の腹の部分のふくらみは、つまり巻き付けた尻尾という訳だ。
ジャスパーの言い分にホルンは鼻を鳴らす。納得はしていても、心情的に面白くないらしい。一刻も早く妹分であるミラを助けに行きたいと言う焦りもあるだろう。
『分かっています。でも、荒事に及ぶなら事前にもっと説明をお願いします。』
ジャスパーは笑顔でそれに応じる。
「分かった。できる限りそうしよう。」
年長者の殊勝な態度に毒気を抜かれたのか。ホルンの調子が少しばかり柔らかくなる。
『それで、これからどうするんですか。賊を捨て置いて先に進みますか。』
先を急ぎたいのだという気持ちを前面に出して言うホルンに対して、ジャスパーは軽く肩をすくめてみせた。
「そうしたいのは山々なんだがな。見ただろう?俺の弟子の情けない有様を。もう少し、何とかなってもらわないと足手まといだ。ちょっと、稽古をつけたい。」
その言葉にホルンもため息交じりで応じた。
『仕方ありませんね。本当はもっと先を急ぎたいんですけど、シレンさんがいなければ人間から情報を得づらくなりますし。』
右の前脚がカリカリと地面をひっかく。はやくミラの元へ駆け付けたいが、それにはシレンの得てくる街での情報が不可欠だった。
心中から湧き上がる焦りをなんとかやり過ごしているのだ。
「一体、何を二人で話してるんだ。」
ただの人間であるシレンにホルンの言葉はわからない。ただジャスパーの台詞とホルンの様子で自分が話題に上がっていることは理解できたのだろう。
シレンの問いにジャスパーは再びため息で返した。
「お嬢は、お前のふがいなさに大層ご立腹だぞ。俺も呆れたね。
おめおめと先手を取られやがって、なすすべなしとは。仮にもこれが弟子だってんだから、俺はもう恥ずかしくって消え去っちまいたかったよ。」
「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ」
返す言葉もない。(10分ぶり、2度目)
ちんけな追いはぎに良いようにあしらわれ、負傷も大してしていない(抵抗らしい抵抗も出来なかったため)若造に人権など存在しない。
ホルンの角に追いたてられながらシレンは移動を開始させられる。
取り戻した自分の荷物に加えて、縛り上げた盗賊を1人担がされ街道を外れる。
「なんで、コイツまで連れてかなきゃ、イテッ、ヤメロッて」
余計なことを言うなとばかりにホルンの角がケツを突く。
日の沈んだ街道から、縛り上げられ取り残された賊1人以外に人気がなくなるのに、それほど時間はかからなかった。




