第59話:傭兵の酒場
“傭兵の酒場”。それは傭兵と彼らに対する依頼の集まる場所だ。
傭兵、あるいは冒険者、もしくは狩人。早い話が何でも屋。
無頼漢で根なし草のイメージがある彼らだが、実際にはそうではない。
なぜなら仕事とは信用が一番であり、それは地道な積み重ね以外では形成されないからだ。
ゆえに彼らは拠点を持つ。特定の地域に根を張り、依頼を受け、信用を積み上げる。
魔物が跋扈する世の中だ。どこにだって依頼の種はあった。
その流れの中で、依頼主にとってはソコに行けば確実に傭兵とつなぎが取れる場所として、傭兵にとっては仕事にありつける場所として、“傭兵の酒場”は発展した。
最初は信用置ける傭兵に仕事を取り次ぐだけだったが、次第に新米の世話も見るようになり、やがて傭兵の登録制になった。
登録された傭兵は酒場から渡される首飾り、あるいは腕輪というアイテムによって信用を現すようになる。
それは傭兵にとってはステータスであり、依頼人にとっては質の保証だ。
もちろん、依頼主と合意が出来れば、酒場に登録していない者でも傭兵の仕事は可能だが、実際的には困難で、よしんばできても実入りはすくなかった。
言うまでもなく、足元を見られるからだ。
全国的な組織などはなく、あくまで地方ごと、店ごとの規模ではあったが、傭兵はある程度管理されていた。
グレイス王国の北東の地方都市、ミクジクに居を構えるこの店「緑の小川亭」もそんな傭兵の酒場の1つだ。
そこに見慣れぬ客がやってきたのはある日の昼過ぎの事だった。
丈夫さだけが取り柄と言わんばかりの着古した麻の上着。それに少ない荷物。さらには少し背伸びをしたらしき長剣。
初めての店に緊張しつつもそれを悟らせまいと、精一杯虚勢を張っている。
店を拠点にしている傭兵の多くが出払っている時間帯。店内には今日を休みと決め込んだ数人の傭兵が遊戯札と酒を前に管を巻いていた。
退屈しきった彼らの目が、不意に登場した明らかな新米に向けられる。
しかし、それもほんの数秒。傭兵たちの目は再び手元の札に戻された。
新米の格好は無謀な立身出世や一攫千金を夢見て故郷を飛び出してきた、向こう見ずな少年そのもの。いくら退屈でも、ことさら興味を引くような存在ではなかったから当然だ。
その間に新米はぎこちなさの残った足取りでカウンターへとついた。
どんな人間でも客は客だ。暇だったこともあり、店主も少しばかり愛想を見せた。
とはいえ、元が傭兵上がりの無骨な強面。ほとんど表に現れない。
「注文は?」
「酒と食い物。」
できるだけ低い声を出そうとしているかのような新米の様子に店主は思わず笑いそうになる。
笑う代わりに、少しばかりからかう口調になった。
「ウチはツケはきかないぜ。」
金はあるのかと遠回しに尋ねられ、新米は憤慨したらしかった。苦々しい顔で懐の革袋から数枚の銅貨を取り出す。それをカウンターに威勢よく置いた。
「それくらいある!!」
くちばしの黄色いひよっこがいくら怒ったところで、百戦錬磨の酒場の主は毛ほども動じない。精々、愉快そうに肩をすくめるだけだ。
「そりゃ悪かったな。ほれ、酒と飯だ。」
腹が減っていたのか。新米がすぐに皿に手を伸ばす。
味よりボリューム、と言わんばかりの雑な料理。山盛りのイモに、申し訳程度の肉があっという間に消え去った。
皿を舐めるようにした後で、酒に手を伸ばす。がぶりと一口。
と、新米の動きが一瞬止まった。平静を装って飲み込んだが、どうやら思ったよりも酒精が強かったらしい。
飲み慣れていないことは明らかだったが、それでもチビチビと片付けている。
「なあ、ちょっと聞きたいんだけど、いいかい。」
飲み干すことを諦めたのか。酒を脇に置いて新米が店主に話しかけた。腹がくちくなり、人心地ついたのか。最初と比べれば幾分落ち着いている。
忙しい時間帯でもない。店主は皿を拭きながら、新米の方へ視線を向けた。
「仕事が欲しいなら、まずはドブさらいか荷運び人足からだぜ。」
「そうじゃねえよ。悪いけど、この街に腰を据える気はないんだ。」
もちろん、店主もそれくらいのことは見抜いている。新米の格好は典型的な駆け出しの装備だが、旅装でもある。
おおかた、このミクジクよりも大きい街。恐らくは東周公の本拠であるハバロク、もしかしたら王都インストラを目的としているのだろう。と、あたりをつけていた。
店が暇だから、言ってみただけ、からかってみただけである。
なぜ、そんなことをするのか。
それは、古今東西。オッサンという生き物は活きの良い若造にちょっかいをかけたがるものだからだ。
「仕事の話以外となると、大して話せることはないぞ。」
すっとぼける店主に少しばかり焦れた様子で新米が再び銅貨を取り出した。
「飯をもう一皿。釣りはいらない。」
少々せっかちな印象はあるし、精一杯背伸びしている感はあるが、金額や行動自体は的外れではない。
店主は目の前の小僧の評価をほんの少しだけ上方修正すると、料理を盛りつけながら口を開いた。
「ふむ。一体、何が聞きたいんだ?」
新米の返答は早い。聞きたいことは最初から決まっていたのだろう。
「とりあえず、何か変わったことがあれば何でもだな。それから、この街で食い物や薬草がそろう場所ってどこなんだ。」
「食料は三軒隣のシロク屋。薬なら、そこから一本奥の通りにホカリっていう婆さんのやっている店がある。どっちも質は悪くないが、ボラレないように気を付けるんだな。それと、変わったことねえ、」
店主はそこで言葉をきると、注文された料理の皿を差し出しながらわずかの間考えた。
自分の知る数多の噂話から、目の前の若造が喜びそうな話を見繕うのだ。
「そういえば、ここしばらく東周公配下の騎士団が活発に活動しているらしいな。」
店主の狙いは違わず、新米が食いついてくる。
「へえ、何か事件でもあったのかい。」
少々、大げさなくらいのリアクションで続きを求めてくる相手に頷きかけて、続きを口にする。
「詳しいことは分からないが。ハバロクの南方、ネラソフクのあたりをうろつているって話だ。捕り物だって噂もあるが、騎士団が動くほどの大物なら名前ぐらいは聞こえているだろうし、魔物の情報を集めているってことだからな。
近々、大規模な討伐作戦でもあるのかもしれない。」
この話は、どうやら新米の関心を大いに引いた様だった。気が付けば身を乗り出すようにして、根掘り葉掘り詳細を聞いてくる。
その勢いに若干辟易としながらも、店主は作業の合間にまめに答えてやった。
なんだかんだ言って、面倒見がいい性格なのだ。もっとも、そうでなくては傭兵の酒場などという面倒ごとの多い店など切り盛りできないが。
「いろいろと話をありがとう。」
聞きたいことを聞き終えると新米はそう言って席を立った。
「ああ、達者でな。また来てくれよ。」
店主のお決まりの台詞に、軽く手を挙げると相手は荷物を背負いなおして店から出て行った。
店を出た新米はまっすぐ教えてもらった店に向かった。既に日は傾きかけているが、先を急ぐ身。必需品をいくつか買い求めると、そのまま町を出た。
通常は街はずれから乗り合いのコルダ車を使用するものだが、新米は気にすることもなく街道を歩いていく。
だれもかれも、向こう見ずな若造にかまっているほど暇ではない。そのため、無謀な一人旅を止める者もない。
ほんの半日、滞在した新米傭兵。その存在は誰の記憶にも大して残ることもなく、ミクジクの街から消え去るのだった。
傭兵が他の地域に移るような場合は、元の酒場から紹介状を書いてもらうことが一般的。




