第49話:ヤズゥの話
本人たちがなんだかんだと言ったところで、メイサとヤズゥが互いに分かちがたく感じていることは周知の事実。
それこそ、子供でも分かることだ。
だから、それを見た時にメイサが誰より動揺したのは当然のことだった。
「いや、スイマセン。少し下手をこいちまって。」
行商から帰ってきたヤズゥが、ローエンの小屋でバツが悪そうに言った。
すぐには返答する者がない。
何故なら、皆仰天していたからだ。唯一の例外はローエンくらいだったろうか。
驚いていたのはヤズゥの台詞にではない。その台詞を口にしたヤズゥの顔にである。
左目はまぶたが青黒く腫れ上がり、完全にふさがっている。唇も腫れ上がったうえに端が切れて、いかにも喋りにくそう。服も右の袖がちぎれていて、まったくひどいありさまだった。
ともに行商に行った男衆も大なり小なりケガをしているが、ヤズゥの様子は図抜けていた。
一応、手当はされており命にかかわるような状態でないのが不幸中の幸いか。
「アンタ、一体なにがあったの!?」
尋ねるメイサの声が大きくなる。
対する、ヤズゥの言葉はどうにも歯切れが悪い。腫れた唇でしゃべりにくいことを差し引いても、奥歯にものが挟まったような言い訳が出てくる。
何があったかはっきりしたのは、同行した男衆の話からだった。
「実はな、ここ何度か贔屓にしてくれている薬問屋があったんだが、」
男衆の一人、ブーノはそう話し始めた。
「2度取引を行った後の3回目。つまり、前回だ。少額のやり取りは面倒だから、掛売にして欲しいと言われてな。普段ならやらないんだが、大口の注文を貰っていたし、それまでの2回の払いもしっかりしてくれてたから、結局は受け入れたんだ。」
語る口調は重く、表情は冴えない。
「それで今回だ。注文通り納品をした後で、ヤズゥが相手の番頭に支払いを求めた。ところが相手はニタニタ笑ってヘラヘラと言い訳するばかりで、一向に払う気配がない。
俺たちがさらに詰め寄ると、『お前たちなど、どうせスネに傷あるチンピラだろう。衛兵に突き出すのだけは勘弁してやるから、さっさと失せろ』と来やがった。奴ら端から俺たちから薬を巻き上げる算段だったのさ。」
語っているうちに口惜しさが蘇ったのか。ブーノは歯噛みしている。
その隣では、ヤズウがふてくされたような顔をしていた。
「それで、どうしたんだい?」
メイサがたずねると、ブーノは力なく肩をすくめて見せた。その拍子に体に痛みが走ったか。「イテテ」などとやっている。
「どうにもならん。俺たちが騒いでいると奥から用心棒がぞろぞろと出てきてな。まとめてたたき出されてお終いだ。
ヤズゥが一番ひどいのは、いの一番に飛び掛かって番頭の奴に一発喰らわせたのと、最後までしぶとくツッパッたからさ。」
ブーノの口調からは、自分も番頭に一発入れてやりたかったという思いがハッキリと透けていた。
メイサはため息まじりに言う。
「まったく、何やってるのよ。金が惜しいのは分かるけど、それで体壊しちゃ何にもならないだろうに。」
言われたヤズゥは地面にツバ吐くような調子で反論する。
「うるせえ。俺は商人だ。金にこだわって悪いかよ。世の中、金だぜ。金があれば何でもできて、何でも買える。なけりゃ落ちぶれる一方さ。お前だって、よく知ってるだろう。」
「それは、そうだけど。けど、今のアンタみたいに自分の身体よりも金を優先するようになっちゃお終いだよ。」
「説教なら、間に合ってるよ。」
ヤズゥが席を立って出ていく。
小屋の中に途方に暮れたような空気が漂ったが、それはローエンによって破られた。
それまで沈黙していた老婆は、まずメイサに向かって言う。
「心配なのはわかるがね。自分で自分の失敗を分かってる者に、改めて説教してもしょうがないよ。お前さんも少し頭を冷やしな。」
それから、ミラとリヨンに向き直る。
「ヤズゥは多分、村の周りをうろついてるはずだから、見つけて治療をしてやっておくれ。膏薬を一本持っていくんだよ。」
二人が準備をして出ていくと、今度は男衆だ。
「さて、大したことはなさそうだが、一応治療はしておこう。順番にケガを見せておくれ。」
「すいません。折角の商品を、みすみす巻き上げられちまって。」
恐縮する男たちにローエンはこともなげに言う。
「薬なんぞ、また作ればいいのさ。このぐらい、屁でもないよ。」
……、本当になんとも思っていなさそうなローエンだった。
一方、ミラとリヨンは村からわずかに離れたところでぼんやりしているヤズゥを見つけた。
リヨンが近くの樹上にとまり、ミラが近づく。
リヨンが少し離れたのは、結界の外であるための警戒に加えて、まだ魔物を怖がる村人がいるためだ。
ヤズゥはすでにリヨンを怖がったりはしないが、最近のリヨンは万事に置いて控えめにしている。口数も少ないし、ミラが村人と話をしている時も少し距離を置いていたりするのだ。
「ヤズゥさん。」
唐突に呼ばれて、少しばかり驚いたのか。ヤズゥの肩がビクリと動いた。
「ああ、なんだ。わざわざ薬を持ってきてくれたのかい。」
ふりむいた顔には、もう先程の険はない。青あざは痛々しいが、表情は普段のものだった。
そのことにホッとしてミラは近づいた。手にした膏薬を手渡して言う。
「これを傷口に塗ってください。その後で私が魔法を使いますから。」
「ああ、分かったよ。ありがとう。」
ローエン謹製の膏薬は丸い木皿を重ね合わせた容器に入れられている。それをヤズゥが言われたとおりに顔や体に塗り付けるのを確認して、ミラは魔法を唱えた。
【聖杖スプラウトを通じて申し上げる。いと静けき緑の精霊よ。我が声に耳を傾け、弱き命に優しき恵みを施したまえ。聖緑の恵みを】
呪文を唱えると同時に、描かれた魔法陣が働き、緑の癒しがヤズゥの体に流れ込む。
「こりゃスゴイ。ローエンさんの魔法に負けてない。」
ヤズゥがそう言って、目を見張った。
まだ青あざは残っているものの、目も口も腫れがひいて見られる顔になっていた。
「おばあちゃんに教わった魔法陣のおかげです。」
「いやいや、大したもんだよ。」
謙遜するミラとほめるヤズゥ。そんなやり取りが一段落した後で、ミラが別の話を切り出した。
「あの、こんなことを聞くのが不躾なのは分かっているんですが」
その前振りにヤズゥは笑顔で応じる。
「構わないよ。何でも答えられるわけじゃないけれど、聞くのはタダだ。」
それでミラも踏ん切りがついたのか、一度ちいさく息を吸うと一息で言った。
「ヤズゥさんが必死でお金を稼ぐのは、何かメイサさんのためですか?」
ヤズゥは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
豆鉄砲を喰らったような顔をした後で、照れたように頭を掻いた。
「あー、どうして、そう思ったんだい?」
「分からないんですけど、ただ、ヤズゥさんがメイサさんよりもお金を大事にしている様には思えなかったので。」
今度こそ、ヤズウは照れた。はっきりと顔が赤くなっている。
その顔で、しばらくあちこちに視線を彷徨わせていたが、やがてミラに向き直った。
「これは内緒の話だぜ。特にメイサの奴にはな。」
と、念を押してから話を始めた。本当はちょっと誰かに話したかったのかもしれない。
「実はな。メイサを、アイツを逃亡奴隷じゃなくしてやりたいと、そう思っているのさ。」
「逃亡奴隷じゃなくす?」
そんなことができるのか。という問いを含んだミラの言葉に、ヤズゥは力強く肯いた。
「まず、俺が元の主人をやっつけちまった件を金を積んで示談にする。それからさらにメイサ自身の代金。さらに逃げ続けた年数分の利息。それを耳をそろえて出してやれば、アイツは晴れて自由の身さ。」
語った後で、ヤズゥは苦笑いした。
「ハッキリ言って、いくらあればいいのか見当もつかない。間違いなく相手は吹っかけてくるだろうしな。」
「どうして、そこまでするんですか。この村で暮らす分にはそんなことしなくてもいいんじゃ。」
年端もゆかぬ少女で、さらには異邦人。ミラにそこまで話す義理はなかっただろうが、毒喰らわば皿まで、ということか。
ヤズゥは再び口を開いた。
「時々ね。アイツがおびえて、うなされているんだ。」
「メイサさんが、ですか?」
「そうさ。アイツは強い女で、いつも気丈に明るく振舞ってくれる。でもな、根っこのところにまだいるのさ。鎖につながれて、どうしようもなく心細くて、いつか連れ戻されてしまうんじゃないかって、怯えて泣いている小さな女の子が。」
ヤズゥはニヤリと笑って見せる。
「俺は、その娘を助け出して自由にしてやりたいんだ。」
ミラは感心したような様子で口を開いた。
「そういうこと、メイサさんに伝えた方が良いですよ。きっと」
ヤズウが大げさに肩をすくめた。
「そうかもしれないけどな。男には惚れた女に黙っておきたいことが多いのさ。」
そんなものかしらとミラが肯きかけたとき、突然、頭上からリヨンが舞い降りた。
驚く二人にかまうことなく、端的な台詞を吐く。
「コルダに乗って近づいてくる奴がいる。私たちの追手かも。」
ミラが息を呑み、ヤズゥが目を見開いた。




