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第39話:男爵令嬢

「カーマイン男爵?」

 初めて聞く名前。しかし、それは俺に衝撃を与えた。魔声環(ヴォイスリング)の制御が乱れ、声が震える。

「それが、ミラの父親の名前ですか?」


 俺の問いに、目の前の男が笑みを浮かべて肯いた。アガタと名乗ったその男は、東周公ハチヨウ家に仕える騎士団の団長だと言う。

 東周公、田舎者で魔物な俺でも聞いたことがあるくらいの大貴族だ。


「さようです。カーマイン男爵家当主、トギル・カーマイン。彼こそがミラ殿の父親です。」

 断言する騎士。俺は言葉を返せないでいる。

 海神龍・アペシュの起こした騒動から既に10日。今、ミラとリヨンは聖樹の森にいる。


 2人がこの場にいないことに、なぜか少し安堵している俺がいた。


「先日、拝見させていただいた布に施された紋章。心当たりがあったので男爵にお尋ねしたところ、13年前、旅行中の奥方とともに消息を絶った娘に間違いないと。」

「それは、」

 よかった。という言葉を何とかしぼり出す。


 ミラの父が見つかった。

 その事実を、俺はもっと手放しで喜べると思っていた。しかし、実際に報せを受けた今、俺の心には不安が湧き上がっていた。


 ミラが取られてしまう、という不安だ。


 そんな俺の内心になど気づかぬ様子で騎士・アガタは話を進める。

「わが主、東周公は邪龍を退けた貴方とミラ殿の働きに非常に感服しております。ぜひ、褒賞をあたえ、その働きに報いたい。その折にはカーマイン男爵も招いて父娘の再会を果たさせたいと、そう申しております。

 無論、魔物である貴方を(おおやけ)にもてなすことは出来ませんので、郊外の砦などで行うことになるかと思いますが、いかがでしょうか。」


「今は、ミラも不在ですし、本人とも話をしてから後日、返事をしても?」

 俺がそう言うと、アガタは「では、また後日うかがいます。」という言葉を残して引き下がった。

 俺はすぐにハンクを訪ねると、山へ戻ることを伝え、その足で村を出た。



 アペシュが去った後、間髪入れずにハチヨウ家の騎士団を名乗る男たちが接触してきた。

 どういう方法かは知らないが、どうやら王国側はアペシュの復活を事前につかんでいたらしい。


 これは後でリヨンに聞いた話だが、リヨンが村に報せを持って行った時には既に騎士団が避難を指示していたという。

 混乱に乗じて村を襲いに来たと勘違いされ、危うく退治されそうになったが、ハンクやビビさんのとりなしで事なきを得たとのこと。

 ハルピュイアの戦闘力は決して高くない。ぶっちゃけ、俺と同じくらいには命の危機だったのではあるまいか。

 二人にはよく礼を言っておいた。


 問題は、俺やジャスパーが村を守ろうとしたことを、騎士という統治者側の人間に知られてしまったことだった。

 この数年、基本的に俺たちの存在は村の人間以外には秘密にされていた。

 理由はいくつかあるが、一番大きいのは人間の敵である魔物とのつながりが、その実態がどうあれ、決して他の相手に良い感情をもたらしはしないからだ。


 もちろん、ことが露見した時に問題を小さくするための対策もしてある。

 魔物である俺を警戒しながらも話を聞こうとしてくる騎士に対し、事前に取り決めてあった対外用の設定を話した。


 それは、こういう話だ。

 飯もいらず、寝ることもしない岩石精(おれ)は退屈を持て余していたが、偶然見かけた村人たちの歌と踊りに興味を持った。

 その様子がいたく気に入り、以来、歌や踊りで無聊を慰めてもらう代わりに村を守るようになった。

 火蜥蜴(サラマンダー)人頭鳥(ハルピュイア)は昔馴染みで、いつからか一緒に村を守るようになり、みなしごだったミラは俺のそば仕えとして、雑事を行うようになった。


 割と雑な設定だが、お上が当てにできない辺境では稀にある話らしい。それこそ村娘を1人生贄にすることで、村を守ってもらう場合もあるという。

 素直には肯けないが、あるにはあるらしい。


 騎士はその話に一応納得したようだったが、何故か今度はミラの素性に興味を示した。

 どこまで本当の話をすべきか迷ったが、騎士たちは村人への対応も丁寧で、最低限は信用出来そうではあった。


 だから、リヨンと相談の上、事情を隠しつつも(さきの設定で、ミラは村のはずれで泣いているのを村人に見つけられたことになっている。)保管してあったミラの母親の形見などを見せることにした。


 元はおくるみだった布を見せた時、騎士の反応は大きかった。そこに刺繍された紋章に、心当たりがあったのだろう。

 空振りの場合に落胆させないようにか。明言はしなかったが、その確信ありげな態度に嫌が応にも期待が高まった。


 だから、本当は突然の話だったわけでもない。

 父親が判明することは、十分に考えられることだったのだ。


 俺は、このニュースを笑顔で二人に伝えられるだろうか。ミラもリヨンもただの岩石であるはずの俺の表情をよく察してくれる。

 普段は喜ばしいことなのに、今は少し憂鬱だった。


………。


「そっか。見つかったんだね。」

 騎士・アガタの言葉を伝えると、リヨンはそう言ってうつむいた。

 てっきり、天真爛漫に喜びを爆発させると思っていたのだが。俺は、予想が外れて、立ち尽くした。


 ここまでの道中で考えた結果、まずはリヨンにだけ伝えることにしたのだ。

 ドリさんとそこで授業を受けていたミラに軽く声をかけ、帰ったことを知らせてから、家にいたリヨンを見つけて話をした。


「駄目だね。私は、」

 かける言葉が見つけられないでいるうちに、リヨンは顔を上げて言う。

あの子(ミラ)のお父さんが見つかったのは嬉しいの。嬉しいのに、どうしてもミラが私たちから離れて行ってしまうんじゃないかって、ものすごく不安になってる。」


「それは、俺も同じだよ。」

 俺の存在が基本秘密だったためになかなか思い切った行動は出来なかったが、今までもミラの親探しは行っていた。

 俺もリヨンも、こうなった時のことは、ずっと考えて来たはずだった。


「ミラ・カーマイン、か。なんだか、知らない娘みたい。」

 つぶやくリヨン。

 言われてみれば、確かに。カーマイン男爵の娘だと言うのならば、ミラはただのミラではなく、男爵令嬢ミラ・カーマインと言うことになる。


 この世界は俺がかつて暮らした日本と違う。

 流行り病や魔物、それに山賊。ただ生きていくだけでも大変な世界で、“岩石精と人頭鳥の仔”と“男爵令嬢”。その二つの違いは比べるまでもなく明らかだった。


「先のことは分からないけれど、確かにそうなる可能性もある。でも、だからって俺たちがミラを必死に育ててきたことがなくなるわけじゃない。それに、ミラだって俺たちのことを忘れるような娘じゃないよ。」

 俺が出来るだけ優しい声でそう言うと、リヨンはふわりと俺の肩に飛び乗ってきた。そのまま両の羽根で、俺の頭を抱きしめてくる。


「分かってるよ。大丈夫。だって、これは嬉しいことなんだもの。ただ、ちょっと驚いただけ。」

 そう言って、目を伏せるリヨン。岩で出来た俺の頬に暖かな滴が一つだけ落ちてきた。

 俺はただ、黙って立っていた。リヨンの目元をぬぐってやるには、俺の手は大きすぎて、その上、硬くて不器用だから。


 どのくらいそうしていただろうか。正確には分からないが、ほんの数分だったかもしれないし、ひょっとしたら数十分だったかもしれない。

 リヨンが小さな声で、それでも思い切った調子で言った。

「ねぇ、ロク。もし、ミラが私たちのもとを離れることになってしまったら、」

 一拍置いて、深呼吸。その後に続いた言葉は、ミラの父親の名前と同じくらいの衝撃だった。


「その時は、私にロクの子供を産ませてくれないかな。」


 え?


 完全に俺の理解を超えてきた。つまり、どういうことだってばよ。

 「私」っていうのは、つまりは「リヨン」のことで、「ロク」って言うのは、疑いようもなく「俺」のことだ。なるほど、つまりはこうなる。

 リヨンに「俺の子供を産みたい」とお願いされた。

 うん、ちょっと待ってくれ。言葉の意味は分かるんだけど、総合的に意味が分からない。


 完全に硬直していた俺の無言をどう思ったのか。リヨンが急にワタワタと弁解じみたことをしはじめた。

「べ、別にミラの代わりとかそんなんじゃないの。ミラの代わりは誰にもできないし。でも、10年以上も3人で暮らしてきて、今さら2人っきりじゃ寂しすぎるでしょ。」

 ちょ、ちょっと落ち着いてくれ。まず、根本的な問題があるだろう。


「リヨン、俺、岩石精(ゴーレム)なんだぞ?」

「え?」

「え?」


 え、なんなの。その、まるで俺が変なこと言ったみたいな表情は。


 だって、そうじゃないの?俺、食欲も睡眠欲も性欲もないゴーレムだよ?俺か、俺がおかしいのか?

 お互いに混乱した表情で見つめ合うこと数秒。その間に何かを察したようなリヨンがオズオズと口を開く。


「あの、あのね。多分、知ってると思うんだけど。人頭鳥(わたしたち)の種族って雌しかいないでしょ。だから、その、大抵の種族と子供が作れるようになってるの。」


 マジかよ。人頭鳥(ハルピュイア)ってスゴイ。心からそう思った。


「全然知らなかった。」

 ハルピュイアに心の底から感心している俺が素直に言うと、リヨンは俺の肩の上で激しくうなだれた。

 なんか、ブツブツ呟いている気がするが、「どうりで、アプローチの効果が…」とか「私の10代が…」などと意味が分からない。


 しかしだ。ハルピュイアが大抵の種族と子供を作れるとしても、俺はどうすればいいんだ。

 その、なんというか。ボールもない、バットもない。これじゃ、ベースボールは始まらない。

 精神は男だが、体は男とも女ともつかない感じだ。ゴツいから男かと言うと、そうでもないだろう。雌のゴリラは雌でもゴツイ。


 分からないから、聞いてみる。

「なあ、できるのは分かったけど、どうやるんだ。まったく、見当もつかないんだが」

 途端に、リヨンの顔が真っ赤になった。跳ねるように俺の肩から飛び降りる。


「そ、そんなの、私に聞かないでよ!!ロクの変態。ムッツリゴーレム!!」

 叫ぶようにそう言うと、羽音をさせて飛び去ってしまった。

 できるかどうかは言うのはOKで、どうやって作るか言うのはNGって、線引きが微妙じゃあるまいか。


 なんだか、悩みが二つに増えた気がする。が、ともかくはミラの父親の方が重要だ。

 一応、俺とリヨンの心構えも出来た。夕食の時にでも話しをしよう。なに、どんなことになっても俺たちが家族だってことだけブレなければ大丈夫だ。


 あとから出て来た話のほうはどうするか。とりあえず、ドリさんに聞いてみよう。

困った時のドリさん頼み。この15年の積み重ねだ。

 そろそろ、ミラの授業も終わるころだろうし、迎えがてら聖樹に行けばちょうどいい。

 いや、流石にミラがいる場所で聞くのはマズいな。質問するのは、別の日にするか。


 俺はそう結論を出すと、ゆっくりと聖樹の方へと向かった。恐らくリヨンはピンクさんかサリーさんの所だろう。後でミラと一緒に迎えに行ってもいいかもしれない。

 メスのゴリラが本当にゴツイのか。確かめようと画像検索したら、予想通り某攻〇機動隊の画像がチラホラ混じっていてホッとしました。


 ロクとリヨンの子作りはいずれ書くことになるかもしれません。その時はR指定の境界線と戦うことになるでしょう。

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