第38話:東周公フウキ・ハチヨウ
「王国北東部で邪龍の復活が迫っています。」
カサンドラより、不吉な予言を得てから十日余り後、ライドたち勇者一行は第一の目的地であるハバロクに到着していた。
北周公・ギヤバン家、西周公・ウルジチェニ家とともに「三公家」と並び称される東周公・ハチヨウ家。
王国東部に広大な領地をもち、ホムラ皇国を含めた周囲に睨みを聞かせる大貴族の本拠だけあり、町は大きく人も多い。
既に、先行していた早打ち(※早馬に相当)により邪龍復活の報を受けていたからであろう。ライドたちは、すぐに東周公フウキ・ハチヨウと面会することになった。
謁見の間に通されると、まもなく屋敷の主人が現れる。
「どうやら、容易ならんことになっているようですな。」
髭も髪もないゆで卵のような顔を大柄な体に乗せた大貴族。東周公フウキ・ハチヨウは型通りの挨拶の後、わずかに眉をひそめてそう言うと、本題に入った。
「昨日、北方にあるカアキ家より支援を求める早打ちが届きました。領内の山より巨大な龍が現れ、東へと移動を開始。既に通り道にある村が一つ、跡形もなく潰されたとのことです。幸い、龍の進行速度は遅く、避難が間に合った住民も多いようですが」
聞けば、今日より5日前の話だと言う。使者によれば、龍は文字通り山のような大きさで、地方領主程度ではなすすべがない。
今の段階で、どれほど被害が増えているのか。想像することもできなかった。
自然、ライドの表情も硬くなる。
「分かりました。明朝にここを出立し、可能な限り早くカアキ領に駆け付けることにしましょう。」
「王都からの早打ちを受けてすぐ、ハチヨウ家の騎士団を派遣しております。勇者殿の指揮下に入るように命じてありますので、合流しましたらお好きなようにお使いください。」
「これは、お心遣いありがとうございます。」
肯き合うライドと東周公。ハチヨウ家の騎士団となれば精鋭の誉れも高い。心強い援軍だった。
ともあれ、この場では心配以上に出来ることはない。明日からはまた急ぎの旅になるのだから、心身を休めることも大切な役目だった。
そう考えたライドたちが用意された部屋に下がろうとしたとき、髭を蓄えた大柄な執事が部屋に入ってきて、東周公に耳打ちをした。
東周公は執事に小声で指示を出した後、部屋から出て行こうとしていたライドたちを呼び止めた。
「派遣していた騎士団の一人が、知らせを携えて戻りました。皆さんも一緒に報告を聞いてください。」
もとより、断る理由はない。一行が承諾するとすぐに、一人の騎士が部屋に入って来た。
本当に到着したばかりと言った様子で、その身には鈍く光る甲冑を着けたままだ。
騎士は部屋の中に主人以外がいることに、しばし躊躇したようだ合ったが、東周公が肯くとその場に跪いて報告を始めた。
「まずは、結果から申し上げます。カアキ子爵領で復活した邪龍は辺境の村を二つ破壊した後、三つ目にあたる村の手前で姿を消しました。」
てっきり、悲惨な被害の報告がされると思っていた一同は完全に虚を突かれた。
海千山千のハズの東周公やケイマーでさえ、表情が崩れている。
「どういうことだ。最初の報告では人の手でどうにかできる相手ではないと聞いていたが。」
東周公がそう尋ねる。騎士はそんな反応も予想の範疇だったのか、落ち着いた様子で詳細を語りはじめる。
「確かに、邪龍は山の如く強大で、我等ハチヨウ騎士団の力をもってしても打つ手のない状況でした。我らにできたのはわずかに先々の村に危険を知らせることだけ。
その間にも邪龍は確実に東へと歩を進め、村2つを逃げ遅れた人々諸共踏み潰していました。
そのまま、三つめの村も餌食になるかと思われた時、村を守るように一体の岩石精と一匹の火蜥蜴が邪龍の進路に立ちはだかったのです。」
そこまで聞いて、東周公はわずかに顔をしかめた。稀にではなるが、辺境の村では生贄などを代償として強い魔物に村を守護させることがある。
領主も付きっきりで村々を守れるわけではないから、仕方がない面もあるが、誉められたことではない。
「それで、その魔物どもが邪龍を退けたのか?」
騎士は東周公の言葉に首を振った。
「いえ、ゴーレムたちは邪龍となにか交渉をしているようでした。内容まではわかりませんが、懇願している様子でしたから、おそらく村を見逃すようにと言っていたのでしょう。
龍はゴーレムたちの言葉を聞いているようでしたが、交渉が決裂したのか。
不意に光を発すると人間の女に姿を変えて、ゴーレムたちと戦い始めました。
とは言っても、力の差は歴然、ゴーレムとサラマンダーはあっという間に追いつめられ、今にもとどめを待つばかりになりました。
その時です。アレが現れたのは。」
騎士は、そこで一旦言葉をきった。ここまで来るまでに報告の言葉は何度も考えてきたはずだが、今一度、言葉を選ぶようにして慎重に口を開く。
「それは少なくとも、人の少女の姿をしていました。悪魔山羊に跨り、杖を手に、真っ赤な髪を風になびかせて。
ゴーレムを庇う様に立ち、そのまま邪龍に語りかけていました。
何を言ったのか。邪龍はひどく愉快そうな笑い声を上げた後、少女に何か呪いを行うと、そのまま光とともに溶けるように姿を消しました。」
しばらく、誰も口を開かなかったが、それでも東周公が最初に沈黙を破った。
「アガタはどうしている?」
「隊長はさらに調査を行ってから、帰還するとのことです。」
「なるほど。報告、御苦労。また、改めて尋ねることはあるだろうが。一旦、下がって休め。」
その言葉を受け、騎士は一礼して出て行った。
つづいて、東周公は執事に命じて人払いを行い。その後で、話を始めた。
「さて、思わぬことになったが、まずは邪龍についての話から行おう。」
それについては、一つ心あたりのあったアルビが口を開く。
「軽率に判断は出来ませんが、光とともに姿を消したということであれば、おそらく受肉解除かと思われます。」
そこまで言って、他の面々が理解できていないことを察するとアルビはさらに解説を加える。
「神格を持つ高位龍種は自身の肉体を自由に分解し、世界へと還ることが出来ると言われています。死んだわけではありませんので再度受肉して現れる可能性はありますが、それには相応の手間や力が必要なはずです。ですから、当面の危機は去ったと思ってよいかと。」
無論、そうでない可能性もありますから調査が必要ですが。と、締めくくったアルビの意見に一同は深く頷いた。
「と、なると問題はもう一つのほうになるわけだ。」
ケイマーが腕を組みながらそう言った。言いながら、東周公の方へそれとなく視線を向ける。
その視線を受けた東周公はその意味を解して言った。
「もちろん、私も魔物を“統べるもの”の予言は知っている。人払いを行ったのもそれについて話すためだ。」
東周公ほどの立場で知らないことはありえないとは思っていたが、確認が取れたことでライドが口を開いた。
「赤い髪の少女で、デモンズゴートに跨り、ゴーレムを庇い、龍を退ける。間違いないと考えてもいいのでしょうか。」
「その可能性は高いでしょう。しかし、異常な状況のもとで、ハチヨウ家の精鋭と言えども正確に事態を把握できていない可能性があります。
村の守護者であるゴーレムがデモンズゴートやサラマンダーを従えて龍を退け、少女はそこにいただけと言うこともあるのでは?
赤毛と言うのは珍しいですが、全くないわけではないのですから。」
慎重論を唱えたのはコナーズだ。
アルビもコナーズとほぼ同じ考えだった。魔物を統べる存在は脅威かもしれないが、間違って無辜の少女を傷つけるわけにはかない。
ジンカイは興味があるのかないのか、懐に手を入れたまま、話の流れを黙って見まもっている。
「何にしても、情報が足りませんな。幸い、騎士団の団長であるアガタは私の腹心。予言の事も知っていますから、続報ではより確信に迫る情報が得られるはず。
ひとまず、今日はここまでにして、明日以降の報告を待ちましょう。」
今の状況では議論のしようもないと判断したか。東周公がそう提案すると、反対する者はいなかった。
その後、ライド一行は屋敷の一室に通されて夕食をふるまわれた。主人である東周公は「私がいては皆、気が休まらぬでしょう。」といって席を外している。
気心知れた旅の仲間と、贅をつくした料理の数々。だと言うのに、一座の雰囲気は妙に落ち着きなく、そのくせ、静かだった。
予見の巫女・カサンドラより予言の詳細を得てから既に8年。
予言がようやく実体をもって姿を現したような、奇妙な緊張感を誰もが感じていた。
王国の危機(龍の復活)に間に合わない!!
さすがはライドさん。勇者だけど、主人公じゃないぜ。




