第40話:再びの覚悟・魔物の仔
~再びの覚悟~
夕飯の後に父親の話を伝えたが、ミラの反応は一言で言って淡白だった。
「そっか。お父さん、いたんだ。」
そう言って、両手で持ったカップに目をおとすミラ。残った中身を確認しているような仕草。
なんだか、肩透かしを食ったような気分になる。なんだろう、関心があるとかないとかじゃなく、なんかピンと来てないような。
「それで、東周公っていう大貴族が再会の場をセッティングしてくれるって言ってるんだ。」
とりあえず、話を最後まで進める俺。ミラは聞き終えると、カップを置き、少し困ったような顔をした。
「こんな時、本当なら喜んだり、ビックリしたりしなきゃいけなのかな。でも、正直、よくわからない。」
「分からない?」
リヨンが聞き返すと、ミラは肯いた。
「だって、あったこともなくて、生きてるのかどうかもわからなくて、ずっとそうやって来たのに、いまさら急にお父さんだって言われても。なんだか、よくわからないよ。」
そっか、そうだよな。と、俺は心の中で肯いた。
ミラだって、本当の父親のことを考えたことはあるはずだ。でも、それは多分、完全に想像でしかなくて、具体的なイメージにはなりえなかったんだろう。
そんなところに、急に父親が見つかったと言われても、受け止めきれないのだ。
なんと声をかければいいのか。俺は、考え込んでしまった。
ミラの父親だと言うカーマイン男爵。初めて聞いた名前で、どんな人物なのか全く知らない。
ひょっとしたら良い人じゃないかもしれないし、良い人だったとしても、10年以上離れていたミラを本当の意味で受け入れてくれるかはわからない。
だが、そんなことを言ってミラを不安な気持ちにさせたくない。
でも、根拠もないのに無条件で「大丈夫」だなどとはとても言えない。
もちろん、良い人であって欲しい。男爵が良い人で、ミラを引き取りたいと言ってきた場合、ミラもそれを望むなら、俺たちは涙を呑んでミラを送り出すだろう。
その時は、せめて5日に1回、それが無理でもせめて1月に1回くらいはミラと会わせてもらいたい。
本当は男爵の屋敷の門番にでもしてもらってミラをそばで見守りたいが、流石に無理だろう。辺境の村ならともかく、相手はれっきとした貴族なんだから。
あ、ヤバイ。想像しただけで寂しくなってきた。ゴーレムじゃなかったら泣いてるかも。
………、途中から、ちょっと違う方向に流れてしまったが、どうにか考えをまとめた俺はゆっくりと話し始めた。
「ミラが、そう思うのも無理ないことだと思う。無理もないどころか、当然の反応じゃないかな。」
ミラが、俺の顔を見上げてくる。それに応じるように、俺は少しだけ頭を下げる。
「ミラも言ってたけど、いままで全然見つからなかったし、あったこともないんだ。いくら、父親っていっても、それで急に感動しろとか、ビックリしろとか言われても困っちゃうよな。」
俺の言葉に小さく肯くミラ。俺も肯きを返して、言葉を続ける。
「そのうえで考えてほしいんだが、カーマイン男爵に会うのは嫌か?」
その問いかけに、ミラは少し思い悩む素振りをした。
「嫌、じゃない。お母さんの話も聞きたいし。でも、ちょっと怖い。」
恐る恐る、心情を口にするミラ。俺はそんな愛娘に微笑みかける。表情なんかないゴーレムの俺だが、ミラとリヨンには通じるはずだ。
「なら、聞いてみればいい。きっと、たくさん話してくれるさ。
大丈夫。心配はいらない。俺たちが良い証拠だろ。人間と魔物でも家族になれた。13年間離れてたくらいで人間同士、仲良くなれないわけがない。
それに万が一、カーマイン男爵がロクデナシの偽物でも安心してくれ。再会の時は、俺も一緒に行くし、なにかあればすぐに駆けつけるから。」
前半は真面目に、後半は少しだけ茶目っ気を出して言う。そこにリヨンが乗っかってくる。
「もちろん、私も駆け付けるわ。むしろ、鈍足の岩石精なんかおよびじゃないかも。」
鈍足呼ばわりはあんまりだが、事実だけに反論できない。俺がぐぬぬっと唸っていると、それまで不安げだったミラがクスリと笑いをこぼした。
俺とリヨンは顔を見合わせ、それからミラを含めた3人で微笑みを交わす。
ここで話を締めてもよかったが、俺はもう一つだけ言っておこうと思った。
「ミラの父親が分ったことで、俺たちの生活も変わるかもしれない。ミラが、この森やイスタ村を離れて男爵と暮らすことになる、とか。」
ミラの顔を見つめる。俺たちとの別れを想像したか、その顔にわずかな心細さがある。龍にも立ち向かったおてんば娘だが、まだまだ小さい。
「これからの事は、何もわからない。でも、この先なにがどうなっても俺はミラの父親のつもりだし、リヨンはミラの母親だ。ミラのことは、何より大事に思っている。
これは何があっても変わらないことだから、きっと覚えておいて欲しい。」
そう言うと、ミラの綺麗な目から透明な滴が滑り落ちて行った。リヨンが小さな体を抱きしめる。
「うん、分かってる。ロク、ママ、ありがとう。」
その日、俺たちはたくさんの話をした。
ほとんどは13年間の思い出話。思い返せば1日1日が特別で、話題が尽きることはなった。
夜が完全に更けたころ。柔らかな干し草のベッドで寝息をたてる二人を見て、俺は決意を新たにしていた。
13年前、ミラを拾った時にした覚悟だ。それをもう一度。
魔物だとか、本当の父親じゃないなんて関係ない。
俺は命を懸けて、この子を守る。
~魔物の仔~ ※ミラ視点
おじいちゃんの木。聖樹の梢にはいつも優しい風が吹いている。
もっと小さいころから、時々1人で登っていたけれど、久しぶりに登ったその日も、山から吹く風が気持ちよく私の髪を揺らしてくれた。
私がこの森に来て、ロクとママの娘になる前。ママがまだ一人で棲んでいたころの巣の跡が私の定位置だった。
今日の授業はもう終わっていて、もう少しすればここから夕陽が見えるはず。
別に何をするでもなく、ただぼんやりと森の風景を眺めていた。
キシキシという、小さな音が背後でする。地獄蜘蛛のピンクママだろう。
昔から、私が1人でこうやっていると、心配そうにのぞき込んでくるのだ。
私が気づいたことが分かったのか。ピンクママは黒くてしなやかな脚を動かして、私の横に移動してきた。並んで、足元に広がる森の景色を眺める。
ピンクママは私が本当に1人でいたい時には、絶対に近づいてこない。
それが、今は私の横にいる。つまり、今の私は誰かにそばにいてもらいたかったのかもしれない。
言おうか、言うまいか。少しだけ悩んだ後で、私は結局言うことにした。
「私、人間のお父さんの所に行った方がいいのかな。」
ピンクママは人の言葉が喋れないから、代わりに黒い前脚をフワフワと振って見せる。
みんなと話してる時のピンクママはすごく賑やからしいけど、こういう優しい仕草を見ると本当かなって疑問に思う。
「ロクもママも私と人間のお父さんをすごく会わせたがってる。それに私がこの森を出ていって、人間のお父さんと暮らすことになっても、別にいいみたいだし。
本当は、私をサッサと人間のお父さんに返したいのかも。」
今度は八つの綺麗な目が、私の顔をじっと覗き込んできた。責めるような目じゃない、慰めるような目でもない、ただ私の言葉を待っている目に見えた。
「本当はね。わかってるよ。そんなことないって。」
でも、私がいなかったら、ロクもママももっと幸せだったんじゃないかって考えてしまう。
二人はそんなこと、絶対に言わない。だけど、そう思ってしまうだけで、私はすごく悲しい気持ちになる。
私の食べるものや着るもの、それを用意するのだって大変なことなのに、私は今までご飯が食べられずに困ったことがない。
皆が一生懸命、私がお腹を空かさないように、寒くて風邪をひかないようにしてくれた。
それに、ロクもママも自分たちだけならイスタ村に行くことはなかったはずだ。
ネリちゃんにシレン隊長、キタイ、ロタール、それにビビさんとハンクさん。イスタ村の人たちはいい人だけど。いい人ばっかりってわけじゃない。
どんなに頑張っても私たちを受け入れてくれない人たちだっている。
ロクは、でも、そんな人たちにも優しかった。頑張って開拓のお手伝いをして、水路の整備をして、悪い魔物が出れば自分を盾にするようにして村を守った。
それでも、お礼は少なかったし、それどころか嫌なことを言われたりして。
いくらゴーレムでも辛くなかったはずないのに、それでも幸せでたまらないっていう顔でいつも優しく遊んでくれた。
ママだって、そうだ。
酔っ払った人にイヤラシイことやヒドいことを言われたり。もっとひどい時なんて、暗がりから石を投げられたこともあった。ロクほど強くない分、嫌な人にも狙われやすかったんだと思う。
でも、どんな時でも楽しそうにして、私が落ち込んでいる時にはきれいな声で歌を歌ってくれた。
きっと、私の知らないところでも、大変なことは沢山あったはずなのに二人は私を大事にしてくれた。
私が人間だから。私が人間として幸せになれるようにしてくれていたんだって思う。
自分をいっぱい犠牲にしながら。
「私、この森に来ない方がよかったのかも。」
そうしたら、ロクもママも、他の皆も、この森でずっとのんびり暮らせたんじゃないかな。
トン、トンと固い音。目を上げるとピンクママが、足で聖樹の枝を叩いている。
8つの目が、まっすぐに私を見つめていた。珍しく、怒っているみたい。
私の言葉が間違っているって、8つもある肩を盛大に怒らせて、表現してる。
私は何かを言おうとして、結局何も言えずにうつむいた。
だって、私の言葉が間違っていて欲しいと思っているのは、私も同じだったから。
小さくなった私の体に、ピンクママが体を寄せて来る。
そのまま二人で、森に夕方がゆっくりとやってくるのを黙って見ていた。
どのくらい、そうしていただろうか。森が完全に夕暮れに包まれたころ、聖樹の下からロクとママの声がした。
夕飯の時間になったから、私を迎えに来てくれたらしい。
ピンクママがサービスで糸を伸ばしてくれたから、それにつかまってスルスルと降りていくと、ロクが大きな両手で私を受け止めてくれた。
ロクは微笑っていた。肩の上ではママも。
私も反対側の肩に乗せてもらう。
おじいちゃんとピンクママに挨拶して、家に帰る途中。
私は心の中でつぶやいた。
ねえ、ロク。ねえ、ママ。
私、二人が喜んでくれるなら、何でもできる。聖樹の森を出ていくことだって我慢して見せるし、人間のお父さんと暮らすのだってわけないの。
でも、
でも、どちらか一つを選べるなら、選ばなきゃいけないなら。私は人間の子・ミラよりも、魔物の仔・ミラがいい。
二人のことが、大好きだから。




