第36話:インタビュー・ウィズ・ドラゴン
「さて、どうしたもんか。」
正面から向かってくる龍の巨体を眺めながら、俺は腕を組んだ。足元では同じような思案顔のジャスパーが、地面に胡坐をかいている。
場所はイスタ村から2・3キロの地点。川沿いを走る道の上だ。
龍との間には、まだ少しばかり距離がある。それでも、振動と音が途切れることなく響いて来て、小声では会話にならないほどだ。
反対側に目を向ければ、丘から丘へと伸びる道の先に、芥子粒ほどのイスタの村が見えた。
今頃、リヨンの知らせを受けて皆で避難を始めているだろう。というか、龍の姿が既に見えているはずだから、知らせるまでもなく逃げ出しているかも知れない。
何事もなければ、おそらく龍はこのまま直進しイスタ村を跡形もない更地に変えてくれるだろう。それは、なんとかして防ぎたいところだ。
「格好つけてとび出して来たのは良いが、勝った負けたが出来る相手じゃなさそうだな。」
ため息まじりにジャスパーが言う。正直、俺も同感だ。
少し考えて口を開いた。
「あの龍だが、体も細身で鈍重な印象はないのに、移動速度が遅いのはなんでなんだろうな。」
龍がもっと速ければ、俺たちはこんなところで奴を待ち受けることは出来なかった。
ジャスパーも少し考えてから答える。
「最高速はもっと速いんだろう。さっきから意味もなく左右を見渡していて、まるでお散歩だ。封印されていたって話だから、久しぶりの娑婆が色々と物珍しいのかもな。
っていうことはだ。
アイツの目的はイスタ村をつぶすことじゃない可能性が高いな。他の目的のための通り道か。そもそも目的なんかないのかもしれない。どちらにしても、イスタ村には興味がないんじゃないか。」
俺は肯きを返した。俺たちにとっては思い入れのある大事な村も、目の前の相手にとってはそうではない。当然だ。
むしろ、あの巨大さ。人間の村なんてものは気にも留めていないかもしれない。
そこら辺にやりようと言うか、立ち回りのヒントがある気がする。
「力づくは無理だな。属性とか相性とか以前に、あのサイズだけで俺たちを圧倒できる。」
俺の言葉に、ジャスパーも応じてくる。
「止めることはおろか、時間稼ぎにもならないだろうな。残念だが。」
「となると、出来ることは2つくらいだ。」
「なんだか俺と同じことを考えてる気がする。なんだったら、当てて見せようか?」
苦笑に近い表情でそう持ちかけてくるジャスパー。俺は仕草で発言権を譲った。肩をすくめる火蜥蜴。
「1つ目、奴さんにお願いして村をつぶさないようにしてもらう。2つ目、俺たちが喧嘩を売って奴さんを怒らせる。しかる後、村とは別方向に逃げることで村をつぶさない進路に誘導する。」
「正解。」
俺は面白くもない調子で言って、拍手をする。ジャスパーは小さくため息をついた。
「やっぱりか。内心、俺の思いつかなかった秘策がとび出してくれないかと思っていたんだが。」
ああ、それは俺も期待していた。
焦ってとび出してきてしまったが、こんなことならドリさんたちともっと相談してくるべきだったかもしれない。
「言っとくが、両方を試すことは出来ないぜ。村の無事を願った時点で、俺たちが村の関係者なのは明らかだ。その後に喧嘩を売ったりしたら、俺たちも村もまとめて一飲みにされちまうだろうからな。」
念のため、という調子でジャスパーが言う。
もちろん、俺もそれくらいは分かっている。
再び、沈黙。その間に考えをまとめて、俺は口を開いた。
「交渉だな。喧嘩を売るには相手が悪い。俺たちが無事じゃすまない。リヨンの報告で村の避難は進んでいるはずだから、命を懸ける場面でもないだろう。」
ジャスパーも釈然としない様子ではあるが肯いた。
「まあ、しょうがねえか。こっちも命あっての物種だしな。」
ともかく、方針が決まった。
相談していた間にも龍は着実に近づいてきている。さっさと動き出すとしよう。
【母なる大地の精霊よ。我が願いを聞き届け、その身にすべてを飲み込みたまえ。標なき埋葬】
【母なる大地の精霊よ。我が願いを聞き届け、宿敵を打ち砕く槌となせ。土槌隆起】
街道周辺。龍の進路と思われるあたりに、それぞれ2・3か所ずつクイックサンドとハンマーライズの呪文を掛ける。
できるだけ大きな流砂と直方体の障害物。少しは通りにくくなってくれることを期待しての小細工だ。
ハッキリ言って、それほど意味はないだろうが、交渉が不調に終わった時。10秒ぐらいは時間が余分に稼げるかもしれない。
0.1%くらいは村人に逃げ遅れが出る可能性を減らせるだろう。
愛娘に見栄をきって出かけてきて、やることが気休めの小細工と土下座外交とは格好がつかないが、それしかないから仕方がない。
「旦那、ぼちぼち頃合いだ。」
先に準備を終えていたジャスパーが叫ぶように声をかけてくる。
まあ、声がかからなくても分かってはいた。龍の轟かせる足音が騒音どころの話じゃないほどに大きくなってきていたからな。叫ばなければ、互いの声も聞こえない。
龍は、大きかった。遠くから見るよりもずっと。
距離は既に数百メートルまで近づいていた。これ以上、近づくと相手にとっては足元になってしまって、逆に見えにくくなるだろう。そう考えた俺は隣にいるジャスパーにゴーサインを出した。
打ち合わせどおり、ジャスパーが詠唱を開始する。
【いと猛き炎の精霊よ。我が力に呼応して、燃え盛る強き力をこの身に宿せ。心火発輝】
まずは自身の火属性を強化する呪文を発動。ジャスパーの全身に力が満ち満ちて、かみ合わされた歯の隙間から煙と火花が漏れる。
続いて、用意してあった魔石を頭上に掲げながら、更なる詠唱に入る。
【いと猛き炎の精霊よ。我が力に呼応して、眼前の敵を焼き尽くせ。火炎放射】
元々、サラマンダーが持っている火炎操作の固有魔法【繰り火】×火属性強化×火炎放射の呪文×魔石によるブースト。
2重、3重に強化された炎の魔法の負荷に抗うような、苦し気な表情を浮かべた直後。ジャスパーの口から高さ数十メートルに及ぶ火柱が上空に迸った。
紅蓮の赤と鮮やかな閃光。燃費や体の負担を無視した最大級の火炎魔法だ。
しかし、そんな魔法が長く持つわけもない。モノの数秒で火勢は衰え、間もなく完全に消え失せる。
もともと、攻撃のためのものではないから、これで十分だ。
攻撃のためでないのなら、何のためか。
それは交渉の前段階。相手に気が付いてもらうための合図だ。相手にとって、俺たちは足元をうろつくアリと同じ、まずは気が付いて注意を向けてもらわなければ始まらない。
ジャスパーの全霊の攻撃魔法も、巨大な龍にとっては精々マッチかライターか。そんな状況に思わずため息がこぼれそうになる。本当に気が付いてもらえているんだろうか。
不安はあるが、すでに賽は投げられた。俺は腹をくくると目の前に迫りくる龍に向かって声を張り上げた。
「頼もーー!頼もーーーっ!!」
両手を振り上げ、できる限りの大声をだし、2度3度と呼びかける。
気分はお殿様に年貢の免除を直訴するお百姓。台詞もそのイメージに引っ張られているが、冷静に考えると直訴が成功しても直訴した農民自身は死刑ではなかったか。縁起が悪い。
(※実際は問答無用で死刑ではなかったらしいです。)
しかし、今さら変えるのもおかしいだろう。開き直って、声を上げ続けるが、肝心の龍は停止する気配もなく突き進んでくる。
「旦那、こりゃやばいんじゃないか!?」
すでに轟音に包まれて、会話も難しい中でジャスパーが叫ぶ。
このままだと踏み潰されるが、相手がまだ止まっていないだけなら、逃げ出したらそれはその時点で交渉の失敗を意味する。
逃げ出すべきか、踏みとどまるか。考えている間にも凄まじい砂煙を上げて巨体が迫って来る。
も、もう限界だ!!
そう思い、ジャスパーとともに横に逃げようとした瞬間。不意にそれまで辺りを包んでいた轟音がぴたりと止んだ。
最初、事態が正確に把握できず、ジャスパーと顔を見合わせてしまう。
間抜けな時間が過ぎることおよそ10秒。
上空から降り注ぐ声に俺たちは我に返った。
『足元でうろちょろと騒ぎおって、何用だ。』
やや低音だが、意外なことに女性らしい声。龍の声だ。と、理解した俺たちは居住まいを正して目の前の巨体に向き直った。何故かとっさに正座をしてしまう。
「はい、道行きをお邪魔して申し訳ございません。私はこの近隣に住む岩石精のロク、横にいるのは火蜥蜴のジャスパーと申します。このたびは貴方様にお願いがありまして、参上した次第であります。」
焦っているせいで、わりかし適当な敬語が出てくる。しかし、大体は台本通りの台詞だ。ハラハラしながら相手の反応を待っていると、
巨体が蠢く重低音。それとともにこれまた巨大な頭部が上から降りてくると、俺たちの目の前で制止した。
光を反射し、鋭利な光沢を放つ鱗に覆われた頭部。口には鍛え抜かれた剣を思わせる牙が無数に生えていた。俺たち、二人合わせても一口にも満たないだろうと思わせる大きさだ。
口元の剣呑さとは対照的に、瞳は澄みきり、目元には深い知性が感じられる。
しかし、そこから放たれる威圧感は半端ではない。俺もジャスパーも体が震えださないように必死だった。
『ほう、願いとな。本来なら斯様な無礼は許さぬところだが、今は永きにわたる虜囚の辱めより解き放たれ、気分が良い。許す、申してみろ。』
「はい、ありがとうございます。」
よかった。とりあえず、話は聞いてもらえるらしい。俺は頭を下げると早口にならないように気を付けながら、事情を説明して村の保護、というか進路の変更を訴えた。
龍は黙って聞いていたが、俺が話を終えるとつまらなそうに一言。
『却下だ。』
即座に切り捨てられ、思わず言葉が出た。
「何故です。アナタほどの存在ならば、あのような小さな村などどうでもいいはずでは?」
龍は俺の口答えに少々、気分を害したようだった。大きな目がわずかに細められる。
『左様。どうでもよい。ただな、わらわは人の手にかかって永きにわたり封じられておった。まあ、己が未熟のせいでもあるし、見れば人の文明も半ば滅びておるようじゃ。今さら事を荒立てる気もない。
だが、道中の人や集落を放っておく理由もあるまい。これは、そう、気晴らしの座興よ。』
人の命と村を“座興”と断じられて、俺の中で一瞬、怒りが燃えた。直後にマズイと思って目を伏せたが、それを見逃す相手ではなかった。
龍は愉快なものでも見たような口調になっていた。
『ほう、面白いではないか。わらわに歯向かうつもりに見えたが、相応の覚悟はあるのだろうな。』
正直、やっちまった感でいっぱいだが、ここで「いや、やっぱイイです。」とか言ったら、それこそ怒りに火を点けてしまう気がする。もしくは興ざめした相手に軽く粉みじんにされるか。
俺は灰色の頭脳(岩だから)を総動員して次なる一言を考えた。村人と俺、ついでにジャスパーの命がかかっている。
「それで村と村人をお目こぼし頂けるのであれば、全力でお手向かいさせていただきます。」
絞り出した台詞を、意を決して投げかける。
判決を待つ、長い一拍の後。
『ふはははははははは。』
龍が笑った。
『無謀と無礼もここまで来ればいっそ滑稽で興が乗る。よかろう。所詮は座興。より楽しませてくれるというのなら、お前たちの望みをきいてやらぬこともない。
だが、わかっておろうな。座興とは言え、わらわに牙を向けるのだ。生半なふるまいを見せれば、強かに打ち据えて奈落の底へと葬ってくれよう。』
どうやら、俺の提案は彼女(?)のツボにはまったらしい。
笑った後で、唐突にその体が光り出す。
なんだなんだと見守っていると、山ほどの大きさの体が急速に縮んでいく。山が丘ほどになり、家ほどになり、熊ほどになり、人のサイズになった。
『お前たちとじゃれ合うのなら、この方が良かろう。』
そう言う姿は完全に人の、少女だった。10代後半に見える。雪のように白い肌に、海を思わせる青色の髪、瞳は日の光をうけて虹色に輝いた。
その身には縫い目の見当たらない、構造不明な白い装束を纏っていた。
俺たちは、声も出せないでいた。見た目は華奢に、可憐と言ってもよいほどに変った。
しかし、濃縮された存在感とでもいうべきものが、少女の姿の内側から俺たちを圧している。
『さあ、いつでもいいぞ。安心しろ。わらわは慈悲深い。勝てなどとは言わんし、一撃入れろとも言わん。精々、あがき、楽しませろ。』
龍は、無邪気で残酷な笑みを浮かべて俺たちを待ちかねている。
「旦那。どうやらここが、踏ん張りどころみたいだな。」
強張った顔に無理やり笑みを貼り付けながら、ジャスパーが言う。立ち上がり、腰から短剣を引き抜き、構える。
どうしてこうなったのか。交渉がいけなかったのか。ジャスパーにはすまないことになった。
頭に浮かぶそんな考えを必死に振り払う。
余計なことを考えている余裕などない。勝てる戦いではないが、それでも勝つ道を探さなければ戦いにもなりはすまい。
俺は覚悟を決め、ゆっくりと拳を構えた。




