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第35話:中断、再会、そして急転

 パーティーの盛り上がりも落ち着きを見せ、ご馳走や飲み物もだいぶ減ってきたころ。

 突然、ドリさんが緊張感のある声を発した。


機妖精(グレムリン)らしき魔物が一頭、近づいてきておる。

 ロクの名前を呼んでおるし、どうやらこちらを探しておるらしいな。」

 聖樹から半径数百メートルはドリさんの感知範囲。闖入者はそこまで近づいているらしい。


 グレムリンと聞いて思い出すのは数年前、ジャスパーと出会うことになった一件だ。

 その時の経緯から、俺はグレムリンに良い印象を持っていない。


 どうやら相手はこちらに近づいてきているようだが、ここで待っている理由はない。出迎えに行ってやることにしよう。

 ここまで来られた場合、ミラやリヨンといった俺の弱みの部分が否応なく同席することになる。それは回避したかった。


 とりあえず、話を聞いてみて、その後は出たとこ勝負だ。後ろを振り向き、ドリさんとジャスパー、それにガラードンに声をかける。

「ドリさん、お客はどっちの方向にいるか教えてくれ。出迎えて話をしてみる。ジャスパーは一緒に来てくれないか。相手がグレムリンならお前の知り合いかもしれない。ガラードン、相手の目的が分らない。厄介ごとかもしれないからここで皆を頼む。」


 ドリさんが筋張った指で西の方角を指し示し、おおよその距離を教えてくれる。

 ジャスパーは少しばかり困った顔で立ち上がった。俺と同じで数年前のグレムリンがらみの一件を思い出しているのだろう。

 ガラードンは、任せておけとばかりに肯いた。普段は奥さん(サリーさん)の尻に敷かれているが、流石にこういう時は頼もしい。


「ロク、私も行こうか?」

 そう問いかけてくるリヨンに首を振る。

「リヨンはミラを頼む。グレムリンには前に良いようにやられたから、気を付けてくれ。」


 リヨンが肯くのを確認したあと、今度はその横で緊張した顔をしているミラに笑いかける。(もっとも、俺に表情はないのだが。)

「ミラは、リヨン(ママ)をしっかり見ててくれ。昔から平気で無茶をするところがある。」

 親指立てて見せると、ミラは少し笑った。代わりにリヨンは頬を膨らませていたが、それはこの際気にしない。


 そこまで話したところで、後は任せたとばかりに俺とジャスパーは闖入者の元へと向かった。

 地の利はあると言っても、こちらは図体が大きくて目立つ。互いの姿を見つけたのはほとんど同時だった。


 俺とジャスパー、それに機妖精(グレムリン)。反応はバラバラだった。

 俺は(もし、表情が変えられれば)苦虫を噛みつぶしたような表情。ジャスパーも歓迎できないとばかりに顔をしかめる。

 しかし、相手はそんな俺たちの反応など意に介さない様子で近づいてきた。


『言いつけを破り、再びお目にかかることをお許しいただきたい。危急の件につき、一刻も早くお知らせすべきと判断しました。』

 そう言って頭を下げる一頭のグレムリン。


 大型の猿を思わせる体に、角のある頭。針金のような毛に覆われた顔のつくりは猫に似ている。

 首には金属片をつなげた飾りを提げ、右手には無骨な槍。そして、手首から先がない左腕。

 過去にミラとリヨンを人質に取り、俺を火口蠕虫(クレイターワーム)と戦わせたグレムリンの戦士。ギーアだった。


 彼らの集落のある西方の山から、余程急いで来たのだろうか。固そうな毛並の上からでも疲労の色が窺えた。

 過去のいきさつから、全くもっていい印象はないが、俺はソレを一旦棚上げにすることにした。

 前に、コイツを許す時に二度と関わらないことを条件にしたのだ。それを破って現れた以上、重大な要件があるのは確実だ。


「どうしてこんなところに。俺の名を呼んでいた様だが、なんの用なんだ。」

 思ったより硬い声が出て、自分のことながら少し戸惑う。棚に上げるって難しいな。

 そんな俺にジャスパーはちらりと視線をよこす。「まあ、気持ちは分かるよ。」とでも言いたいのかもしれない。

 一方でギーアは動じない。淡々と言葉を返して来た。


『アナタ達と、アナタ達が暮らす村に危機が迫っております。急ぎ避難をすべきだと、伝えに来ました。』

 平静な声に反して、不穏な内容。


 俺とジャスパーがさらに質問を投げかけようとした瞬間、地面がかすかに揺れた。揺れ始めた。

 驚く俺たちに対し、ギーアが険しい顔で言う。


『どうやら、近づいてきたようです。近くに見晴らしの取れる場所はありませんか。説明は移動しながらします。』

 少し登ったところに、見晴らしのいい高台がある。俺たちはそこに移動することにした。


 不気味に振動し続ける斜面を俺、ギーア、ジャスパーの順番で移動を開始。走りながらギーアは説明を続ける。疲れているだろうに、しっかりついてくるのは流石に戦士と言うべきか。


『最初に異変に気が付いたのは10日ほど前。わずかな振動と水の魔力の増加を感じたのです。理由は全く分からず、ただ警戒すること数日。振動はおさまらず、水の魔力が急速に増加していきました。そんななか、昨日、それが起きたのです。』


『ワレらの巣のあった山の隣に、もう一つ山があったのを覚えていますか。』

 言葉の続きを待ち受けていた俺たちに向けて、ギーアは何故か質問を投げかけて来た。

 何のことかはわからないが、確かに山はあった。俺たちがそう言うと、ギーアは肯いた。


『今は、もうありません。』

 唐突な言葉に意味を測りかねた俺たちが口を開こうとしたとき。ちょうど、高台に到着し、視界が開けた。

 同時にソレが目に飛び込んでくる。申し合わせたように轟いた咆哮が、その光景が現実であることを俺たちに訴えてくる。


“龍”


 山のような巨体。蛇に似たその身を覆う鱗は、銀から蒼、青から金へと光の反射で色彩を変幻させ、否応なく神聖さを感じさせる。

 脚は見える限りで4本。背中には甲羅なのだろうか、何物にも砕かれることがないであろう装甲が一際光彩を放っている。


 初めて目にする生き物であるというのに、否応なく理解させられる。

 神の如く強大で、悪魔の様に賢明で、世界と同じく永遠なる存在(モノ)

 破壊と創造、調和と波乱。相反する要素を矛盾なく体現する上位者。


 呆気にとられ、声もない俺たち。ギーアがさらに言葉を続ける。

『山が一晩で消え、湖となりました。ソコから現れたのがアレです。どうやら、火山の魔力を利用して封印されていたらしく、現場には古代の術式の片鱗が窺えました。

 以前、アナタ達が見つけた魔力路の本来の終着点は、ワレらの巣ではなくソノ封印だったのかも知れません。』


 それまで、ただギーアの説明を聞いていた俺たちの意識は次の言葉でさらに衝撃を受けた。

『アレは川に沿ってまっすぐ海に向かっています。ソノ間にある全てを破壊しながら。』


 その意味を、ジャスパーもすぐさま理解したらしい。

 人は川の近くに集落を作る。なぜなら、水がなければ暮らしていけないからだ。

 そして、その法則は当然にイスタ村にも当てはまる。


「リヨン、来てくれ!!」

 俺は声を張り上げた。

 リヨンの耳は良い。聞こえたはずだ。それに万が一聞こえなかったとしても、ここはまだドリさんの感知範囲内。少なくともドリさんには聞こえるはずだ。


 リヨンはすぐにとび出して来た。地響きと、先ほどの咆哮で、すでに龍の存在は把握していただろう。

 その表情は硬い。

「リヨン、急いでイスタ村に行け。龍が迫っていることを皆に知らせて、避難させるんだ。」

 動揺しているだろうし、細かい状況までは把握していないはずだ。しかし、一秒が惜しい。


 そういう不親切な指示だったが、それでも意図を理解してくれたらしい。

 リヨンは肯いた。


「ロクは、どうするの?」

「俺は時間を稼ぐ。」

 そう言うと、リヨンの口が何か言いたそうに開きかけた。しかし、それを飲み込むと、代わりに一言、「分かった」と答えて村へと飛び立った。


 これで最悪、人の被害は防げるだろう。だが、家などの財産を失えば、結局は娘を売るか、それとも餓死か。

 つまりは、一家離散か、そろって死ぬかの二択になってしまう。

 何とかして、龍の進行を止めたい。せめて進路を変更したい。


 俺たちはドリさんの所へ駆け戻ると、かいつまんで状況を説明した。

 ギーアは危機を伝えたことで用は済んだと思ったのか、ついては来なかった。ひょっとしたら、機妖精グレムリンの巣も危機的な状況なのかもしれない。

 皆の所から、木々に遮られて龍は目視は出来ないが、止むことのない振動から状況の重大さは伝わったらしい。


 ドリさんから何か知恵が出るかと思ったが、流石にアイディアが出ない。と、いうか半端な策が通じる相手ではないとのこと。

 そりゃそうだ。半端な相手でない事だけは確かだ。いくらドリえもんでも無理なことはある。

 気持ちを切り替えて、動き出す。


「ガラードン、それにドリさん。俺は龍の前に出て時間を稼ぐ。その間、ミラを頼む。」

 俺がそう口にすると、二人はそれぞれ力強く肯いてくれた。

 ジャスパーがことさら軽い調子で言う。

「旦那、俺も一緒に行くぜ。ギーアの話じゃ火山の魔力で封印されてたって話だ。火属性が有効かもしれない。」


 どうだろうか。見た感じ相手は水属性に見えたが、だとすれば火属性は相性が良くない。

 というか、そもそも戦いとか有効とかそう言うレベルの相手じゃない気がする。

 もっとも、相手のことなど何も分かっていないし、手が多いのはいいことだ。断ってもついてくるだろうし。


 そう結論付けた俺はジャスパーではなく、不安げに俺を見上げてくるミラに向き直った。

 こんな時、ゴーレムは駄目だ。微笑みかけてあげることもできやしない。

 ミラやリヨンは察してくれるが、それでも本当の笑顔が必要なときってのはあるのだ。


 俺はその分、優しい声を出すように心がけた。


「聞いた通りだ。俺やリヨンが帰ってくるまで、ドリさんたちと待っていてくれ。」

「……うん、わかった。」

「おいおい、そんな心配そうな顔するなよ。大丈夫。村を守ってすぐ帰って来るさ。知らないかもしれないけど、俺って結構強いんだぜ。」


 陽気に決めてみたが、ミラの表情は全く晴れない。ちょっと恥ずかしい。

 さて、なんと言うべきか。言葉を探していると横からジャスパーが茶々をいれて来た


「カハハハハ。ミラちゃん、そんな顔しちゃいけないよ。そんな顔で見送られちゃ、ロクの旦那もミラちゃんが心配で力が出なくなっちまう。

 俺たちは村を助けて無事に帰って来る。だから、ミラちゃんは笑顔で見送ってくれなきゃ。頑張って、なんて笑顔で言ってくれりゃ旦那もいつも以上に力が出るってもんさ。」


 表情は軽薄に笑っているが、口調と内容は真面目だ。

 それがミラにも伝わったのか。一生懸命笑顔を浮かべると、俺の方を向いて行った。

「ロク、頑張ってね。無事に帰って来てね。」


「ああ、任しといてくれ!!」

 俺は右手の親指を立ててそれに応え、続いてジャスパーに声をかける。

「とりあえず、龍の前に出る。行くぞ。川まで全速力だ!!」


 言うが早いか走り出す。ジャスパーも遅れずついてくる。

 策は今のところ何にもないが、心配いらない。なぜなら娘の声援ある限り、お父さんは負けやしないのだ。

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