第34話:バースデイ・パーティー
「『はっぴば~すで~、とぅ~ゆ~♪はっぴば~すで~、とぅ~ゆ~♪
はっぴば~すで~、でぃあ、ミ~ラ~♪はっぴば~すで~、とぅ~ゆ~♪」』
聖樹の森ににぎやかな歌声が響く。それに続いて、拍手。
歌声に比べて拍手がまばらなのは、手のあるヤツが少ないからである。
イスタ村の与力から数日、今日は我らがミラの誕生パーティーだ。
もっとも、本当の誕生日はもちろん、拾った日も正確には分からないので、毎年大体の時期で行っているのだが。
「『誕生日おめでと~。」』
「ありがと~。」
参加者は俺、リヨン、ドリさン、ピンクさん、ジャスパー、サリーさん、ガラードン、オヅノ君にホルンちゃん。そして、もちろん主役のミラ。
テーブルの上には朝から用意したご馳走。モルモラのステーキ、野鳥の肉入りスープ、木の実に果物。
流石に誕生日ケーキはないが、パンや焼き菓子はイスタ村から持ってきたし。果実酒やお茶も揃えた。
まあ、俺は食えないんだが。
『あんなに小さかったのに、ほんとうに大きくなって。』
開幕直後だと言うのに、感極まって涙ぐんでいるのはホルンちゃん。もう、この娘のことは気にしない。
ちなみに、この世界では余程の上流の出でもないと誕生日なんか祝わない。イスタ村の人たちも日付なんか気にしないし、お祝いもしない。年齢は新年の時期に一斉に1つ増える。
でも、俺はミラの誕生を祝いたかったから、皆に声をかけて毎年お祝いを開催しているのだ。最初は皆、不思議がっていたが、10年以上やっていると流石に定番の行事と化している。
「さあ、みんな食べて、食べて。腕によりをかけて作ったんだから。」
そう言って食べ物を勧めているのはリヨン、ではなくて主役のミラだ。
何故なら、料理のほとんどはミラによって作られているからだ。具体的にはスープとパン、それに焼き菓子がそうだ。リヨンはステーキと、後はミラのお手伝い。
普通、母が作って娘が手伝うのが基本だろうが、手のないリヨンでは人間の道具を使うのに不便なことも多い。それにミラの料理の腕は既に母を超えている。
まあ、適材適所ともいうし、育ててくれたことを感謝する会でもあるから、これでいいのだ。
『あら、このスープ美味しいわ♪ミラちゃんったら、また腕を上げたわね☆』
ピンクさんが深皿からスープを吸った後、脚をワシャワシャと動かしながら言う。
言葉は分からないが、意味は通じたのか。ミラはニッコリ笑う。
「たくさん用意したから、どんどん食べてね。」
『そう、じゃあ遠慮なく。次はステーキをいただくわね。』
そう言うとピンクさんはステーキに脚を伸ばす。切り分けていないステーキ肉を自分の前に置くと、まずは糸でグルグル巻きにし、続いて消化液を注入し始める。
いつ見ても、エキセントリックな食事風景だ。どうせ溶かすんだから焼かなくてもよかったのではなかろうか。
一方、ガラードンたちはひどく普通。ナッツやパンをサクサクモリモリと食べている。
『このパンもおいしいわ。ミラちゃんはいつでもお嫁に行けるわね。』
ミラにお祝いの言葉を掛けるガラードンとオヅノ君、それと一緒に聞き捨てならないことを言ったのはサリーさんだ。
俺は心の中で「まだ早い、早すぎる。許さん。絶対にゆるさんぞぉ!!」と声をあげた。
口には出さない。それくらいの分別はあるのだ。
ドリさんはテーブルの端に席を占め、お茶だけをゆっくりと飲んでいる。
「本当に、ミラは大きくなったのう。勉強も熱心だし、ワシがお役御免になる日も近そうじゃ。」
目を細めて、完全に孫想いの好々爺と言う表情。
「そんなことないよ。私、もっと魔法を教えてほしいの。緑の魔法は人の傷を癒せるから、もっとうまくなって村の人たちの役に立ちたい。」
立派なことを言うミラにドリさんの顔も一層緩む。人間だったら、お小遣いをあげるパターンかもしれない。
「そうかい。ミラは魔法が好きか。それじゃあ、これからはもっと練習を増やそうか。厳しくなるが、頑張るんじゃぞ。」
「うん、私、がんばる。」
完全に孫と祖父ですわ。微笑ましい。
デカい図体がかさばるので、俺はテーブルから一歩離れていた。位置的にはドリさんの隣だ。
ミラとドリさんの会話が一段落したところを狙って、ミラに声をかける。
「ミラ、誕生日おめでとう。」
「うん、ロクも、いつもありがとう。」
その一言だけで、胸が暖かくなる気がする。
同時に心配にもなる。ああ、もうすぐ思春期とか反抗期に突入して、俺に冷たく当たるようになってしまうのだろうか。とか考える。心配だ。
しかし、今はとりあえず心配ない。今日もミラは良い子だ。
「実は、今年は特別にプレゼントを用意してみたんだ。」
「え、プレゼント?」
ミラが驚く。お祝いは毎年やってきたが、プレゼントというのは余りやっていなかった。
服はピンクさんが作ってくれてしまうし、オモチャが作れるほど器用でもなく、本なんかはこの世界に来てから見たこともない。そんなわけで、俺個人で用意できる適当な品物がなかったのだ。
だが、今年は1つ思いついたものがあった。俺は用意した品物を手のひらにのせ、ゆっくりとミラの前に差し出した。
「これは、石の、剣?」
その言葉通り、プレゼントは石の短剣だ。全長は20センチ強で、両刃の形をしている。
ミラは不思議そうな顔。まあ、そうなるだろうとは思っていたので、俺は説明を付け加える。
「ああ、俺が作って、大地の魔力が込めてある。聖樹の杖ほどじゃないかもしれないが、土属性の魔法具になっているはずだ。」
ドリさんにアドバイスも貰っているから品質は問題ないはずだ。素材にも、製法にもこだわった。
「すごい。ありがとう、ロク。大事にするね。」
いいってことよ。娘の笑顔が何よりの報酬だ。
「この剣の銘は何と言うの?」
「銘は、“砦”。ミラの身を守ってくれるようにと、思ってね。」
それを聞いて、ミラがまた笑顔になる。
少し、テーブルから距離をとると、石の剣を抱きしめるように持つ。
「見ててね。ちょっと試してみるから。」
大丈夫か。そう思ったが、ドリさんも笑っている。心配はないらしい。
ミラが呪文の詠唱をはじめる。
【石剣フォートレスを通じて申し上げる。母なる大地の精霊よ。我が願いを聞き届け、心念じるところを形と成せ。石練成】
俺が何度も使うのを聞いて覚えていたのだろう。ミラの詠唱には淀みがなかった。
魔法の発動を示す燐光とともに、足元の地面が緩やかに盛り上がって来る。
やがて、姿を現したのは直径40センチほどの……、なんだ?
ゆがんだ円形の、板とでも言おうか。厚さは1センチほどあって、割とデコボコしている
視線を向けると、ミラは少し恥ずかしそうにしていた。耳が赤い。
「一応、ロクが作ってるお皿を目標にしたんだけど。」
あー、なるほど。皿か。納得した俺は口を開いた。
「皿は意外と難しいんだ。なにせ薄いからな。俺も綺麗に作るには1年近くかかったし。初めてでコレなら上出来だ。」
ドリさんも俺に続く。
「さよう。精度はこれから嫌でも上がるわい。肝心なのは出力じゃが、今の魔法を見る限り悪くない。十分、実用に耐える性能じゃな。」
俺たちに褒められて、ミラはちょっと照れくさそうにテーブルへ戻って来る。
大事そうに石剣を抱えてくれるのが、なんだか嬉しい。
そんな感慨にふけっていると、口を少しだけ尖らせたリヨンが俺の肩にとまった。
「ズルいじゃない。一人であんなの用意して。」
どうやら、俺は抜け駆けしたのを責めているようだ。俺は苦笑しながら弁解する。
「悪かったよ。でも、本当に魔法具として使えるものが出来るか自信がなかったし。それにリヨンはミラといつも一緒だけど、俺は半分くらいだろ?たまには花を持たせてくれよ。」
俺は基本的にイスタ村にいるから、リヨンとミラが聖樹の森に来ている時は会えない。だから、こんな時にでも父親としてのポイントを稼いでおきたかった。
そう言うと、リヨンはしょうがないな。と、肩をすくめた。
「今回は特別に許してあげよう。そのかわり、今度は私にも何か作ってね。アンクレットとかが良いな。」
意外なことを言うリヨン。普段、あんまり飾り気がないから、アクセサリーとか興味ないのかと思っていたが。どうやら違ったらしい。
「ああ、わかった。考えておく。」
とりあえず、そう答えるとリヨンはニッコリ笑う。
「うん、約束だよ。」
視線をテーブルの方へ戻すと、ミラが俺たちを見てニコニコしている。
まあ、なんだ。とりあえず、喜んでもらえてよかった。
そんな風に結論付けた俺に向けて、ジャスパーが茶化すように言葉を投げる。
「なんだ。痴話げんかでも始まるかと思ったんだが、結局、イチャイチャと惚気ただけか。まったく、独り身にゃあ目の毒だな。オヅノくんもそう思わないか?」
話題を振られたオヅノ君は穏やかに笑って、それに応じた。
『そうですね。父さんたちもですが、ロクさんたちも本当に仲が良いですから。僕も将来はあんな家庭を作りたいです。』
照れもなく返されて、ジャスパーは邪気の抜けたような顔をした。
デモンズゴートは人間よりも成長が早いから、オヅノ君もホルンちゃんもそろそろ本格的なお年頃のハズ。
実際、オヅノ君の所には縁談が引きも切らずにあるらしい。本格的に決まったら、なにかお祝いをあげたほうがいいのだろうか。
俺はそんなことを考えながら腕を組んだ。
背中に感じる春の日差しは暖かく、話題も明るいものが多い。料理も飲み物もまだたっぷりある。
今日は良い日だ。俺は一座の様子を眺めながら、幸せを噛みしめるのだった。




