第32話:カタリとアルビ
魔物討伐の報酬を受け取った後。王都への帰路に就いた一行が、実際に王城へと到着したのはおよそ1か月後の事だった。
道中、アルビは明らかにふさぎ込んでいた。普段通りに振舞おうと努力はしていたようだったが、仮にも数年間を同じ旅の空で過ごしたメンバーには通用しない。
南方から北に向かう旅路だったために、道中は時の流れに逆行し、次第に冬へと戻って行くようでもあったのが、余計にアルビの気分を暗くしていたのかもしれない。
「お帰りなさい。無事の帰還何よりです。」
王都司教のカタリ・テレーズが一行を出迎えたのは、門を入った城内の庭だった。今日も緑がかった美しい髪を後ろに束ね、白い神官衣を乱れなく着込んでいる。
既に40を超えているはずだったが、その美貌は未だ衰えを見せてはいない。
帰還の挨拶を終えると一行は一度散会した。ライドとジンカイは連れだって修練場へ、ケイマーは芝居がかったお辞儀を1つ残して城外へ、コナーズは騎士団に挨拶へ向かう。
後にはカタリとアルビだけが残された。
師は優しい目で弟子を見つめていた。
「ケガもないみたいで、安心したわ。あなたはもう何度も旅には出てるのに、やっぱり心配になってしまうの。慣れないのね。」
敬愛する師の心からの言葉。アルビは不意に心が緩むのが分った。こみあげてくる涙を必死で押さえつける。
もう、20代も半ばになると言うのに、親を見つけた迷子のような気持になっていた。
「先生、私…。」
言葉が用意できていないうちに口を開き、そのため言葉に詰まったアルビをカタリが笑顔で受け止めた。
「いま、夕飯の用意をさせているの。シチューは私が作ったから、楽しみにしていてね。昔、ファクタにいるころに時々作ったきりだったけど、上手くできたわ。」
どこまでも朗らかな様子のカタリ。そんなはずはないのに、自分の近況が伝わっていないのかと、アルビが考えてしまうほどだった。
そんな、弟子の内心を見透かしたかのように、カタリは一層優しい笑みを浮かべた。
「話は、ゆっくりとで良いのよ。それにどんな話でもね。大丈夫よ。私はあなたの先生なんだから。」
「はい、ありがとうございます。」
抑えきれなかった涙が一粒、アルビの台詞がわずかに滲んだ。
カタリはそんな教え子を優しく食堂へと誘った。
王城の聖堂脇に建てられた教会関係者のための宿舎。そのなかでもこじんまりとした1室で2人は食卓を囲んだ。
カタリは王都の教会関係者のトップである。普段は年少な助祭が侍女の如く付き従っているのだが、今日は食器の準備から1人で行っていた。
カタリは嬉しそうだった。実際、弟子の帰還が嬉しいのだろう。
「そう言えば、最近は王都でも勇者・ライド様の勲詩がよく歌われているようね。王城にこもりきりの私でも耳にするくらいだもの。」
そんなことを、少し悪戯っぽく話し出すカタリ。
対するアルビはどうにも捉えがたい複雑な表情をしている。
普段は正体を隠して旅をしているライドたちだが、勇者を名乗って行動することがないわけではない。
危険なために他の傭兵が討伐依頼を受ける可能性の低い魔物、強力なため半ば放置されていた魔物。そう言った魔物をここ数年、勇者・ライドとして何頭か仕留めていた。
当然、勇者の名もあがっている。
そして、街々をめぐる吟遊詩人の語る英雄歌はある意味、人気のバロメーターだった。
思い出し笑いだろう。カタリはクスクスと笑いだしてしまう。
「それにしても貴方はずいぶんと脚色されているわ。本当、誰かしらと思うくらい。」。
「別に私が頼んだわけじゃありませんよ。気が付いたときはああなっていたんですから。」
応じるアルビは完全に仏頂面だ。
名と顔が売れれば、お忍びの旅はしづらくなる。それを回避するために一行は多少の策を弄していた。
変装や偽名を使い、さらに人目があるところでは5人組ではなく、大抵は3人組を装った。その際のメンバーはライド、コナーズ、そしてアルビが多い。
稀にコナーズとケイマーが入れ替わることはあったがその程度。
結果として、実際とは異なった勇者のパーティーが出来上がり、吟遊詩人に歌われる。
まずは、金髪碧眼の美丈夫。言わずと知れた聖剣の勇者。ライド・グローリーハンズ。
そして、勇者の相棒。雑事も戦闘もこなす謹厳実直な騎士。シトー・アレクシウス(偽名)。
最後に、英知の光で勇者の進む道を照らす。美しくたおやかな女性司祭。リオナ・オリエンテ(偽名)
まあ、そこまでは良い。少々恥ずかしいが我慢できる。しかし、だ。
「花も恥じらい、月も隠れる美貌って何ですか。肌は光玉の様に白く澄み、くらいは我慢します。少し日焼けはしていますが、これでも結構気を遣っていますので。でも。豊かな胸と細くくびれた腰が優雅な曲線を描き、足はどこまでもしなやかに伸びている。ってのは許せませんよ。誰ですか。それは。そんな風に私だってなってみたいですよ!!」
一気呵成にまくしたてるアルビ。彼女が口にしたのは1例だが、どの唄もほとんど扱いに違いはない。
変装は髪の色と服装程度だったのだが、何故こうなったのだろうか。恐らく吟遊詩人がよりウケるように脚色したのだ。
街の酒場でそれを初めて聞いたときの、仲間の反応が忘れられない。
大爆笑。
コナーズがテーブルを叩き、ケイマーは腹を抱えて呼吸すら出来ず、ジンカイですら肩を震わせていた。
ライドは流石に堪えていたのだが、必死でこらえているその時に、詩人がさらに女性司祭の美貌を讃え始めると流石に決壊。
余りの騒がしさに店主に注意されるまで、その発作が治まることはなかったのだ。
蘇った記憶に口をとがらせているアルビに、カタリは笑いながら言う。
「不美人と評判になるよりいいじゃない。」
「そんなのどっちもどっちですよ。今のままだと、実物を見た時にがっかりされます。」
アルビはことさらに顔をしかめて見せ、カタリはもう一度クスクスと笑い声をこぼした。
そんな会話を織り込んだ、和やかな食事が終わり、お茶を飲み始めたころにアルビは語りだした。供に旅する仲間たちにも言えなかった不調の原因を。
「分かってしまうんです。」
最初はその一言だけ、アルビはポツリと言った。対する、カタリの返事も短かった。
「そうではないかと、思っていたわ。」
愛弟子の抱える悩みを既にある程度は察してたのだろう。師は急かさず次の言葉を待っていた。
「はじめはライドさんたちと旅に出て、しばらくたったころ。猩々の群れを討伐していた時です。
頭のいい魔物で、私たちを森の奥へと誘い込んだ後、伏兵をつかって挟み撃ちにしようと目論んでいました。
私がいち早く気がついて、難を逃れましたが、後から皆に不思議がられました。何故分かったのか、と。私は兵法の素人なのに。」
アルビはそこで一旦言葉を置いた。台詞の続きがそこに書いてあるかのように、手にしたカップに視線を落としている。
呼吸2つ分ほどの間をおいて、再び口を開く。
「その時は、私も夢中で良くわからなかった。たまたまそう言うこともあるだろう、と。
でも、じきに気が付きました。おぼろげながら魔物の言葉を解している自分に」
「“魔物と語る者”」
カタリが静かに口にした言葉。それにアルビも小さく肯いた。
魔法に長じた者の中から、ごくまれに現れる魔物の言葉を解す者。
それは本来、誇っていいことである。自らの魔法の才の証明である上に、魔物の意思を読み取れれば、戦術的にも優位に立てる。
にも関わらず、アルビの表情は硬く、カタリの顔も曇っている。
「つらく、なりましたか?」
気遣う調子で尋ねられ、アルビはわずかに視線をあげた。しかし、結局は何も口にせず、再びうなだれた。
魔物の意思を解する。言葉にすれば簡単だが、それは魔物の殺意や害意をより明確に受け止めてしまうということでもある。
そのプレッシャーは余人には想像もできないものがあるだろう。
カタリは、そう思った。
しかし、アルビがやがて口にした台詞は、そんな師の思いとはいささか色合いを異にしていた。
逡巡の後に、意を決して告げられた言葉。
「私にはもう、魔物がすべからく邪悪な敵だと断じることができないのです。」
カタリの顔色がわずかに変わった。
聖智教の教義は魔物の存在を絶対の悪とし、それに対抗すべく古代の魔法の復興を求めている。
つまり、魔物はすべて倒すべき人類の敵なのだ。
アルビの発言は、場所が場所であれば大問題となるものだった。
「どうして、そんな事を。」
それでも、問いかけるカタリの声は穏やかだった。
最初の一言を乗り越えたことで、弾みがついたのか。さほどの間もなくアルビは口を開く。
「戦争がない時は魔物を退治することが傭兵の仕事です。
中でも多いのが、魔物の毛皮などの素材を求めるもの。そして、村の近くに棲みついた魔物を被害が出る前に退治してほしいというものです。
人の被害。特に生死にかかわるほどのものは、意外に少ないんです。」
話題が急に傭兵の仕事へと切り替わり、カタリはわずかに戸惑う。そんな師の様子を見とめながらも、アルビはそのまま言葉を続ける。
その視線は縋るように師の顔へ注がれていた。
「人を襲ったことがなく、これからも襲おうなどと考えていない魔物。それに対して、大抵の場合、私たちを含めた傭兵は奇襲を用います。」
その時の光景がよみがえったか。アルビの顔は青ざめていた。
「魔物は突然の襲撃に驚き、怯え、あるいは憤り、逃げ惑います。
逃げきることが困難とわかると、多くの場合、雌や仔を守ろうと雄が立ち向かってくるんです。
番を殺された雌の絶望。息絶える母親が仔を呼ぶ声と、母の骸に縋りつく仔の悲嘆。
それを耳にした時。私は、私を責め立てずには、いられない。」
アルビの瞳から、透明な滴が地面に引かれてこぼれ落ちた。
カタリは席を立つと、アルビの横へと移動して、手に手を重ねた。
「魔法使いの人選は私の管轄です。ツラいのであれば、貴方を他の誰かと入れ替えることも、」
可能だ、と言いかけた師をアルビが遮る。
「それは、ダメです。私が役目を全うできなければ、それはつまり、私を任命した先生の失敗にされてしまいます。」
若くして王都司教という要職に就いたカタリ。
しかし、その若さと優秀さゆえに敵もまた多い。これまでなんとか勤め上げてこられたのは、圧倒的な信徒人気と失点の少ない堅実な活動ゆえである。
そして、神器と勇者は教会にとっては特に大きな意味があり、当然にその供も重要な役目である。
それが役目の途中で辞退と言うことになれば、アルビはもちろん、師であり、任命者であるカタリに対しても、大きな傷となることは間違いなかった。
「そんなことは、全く大したことではないのよ。少なくとも、貴方の無事と比べれば」
言い切るカタリの口調には断固とした決意と、羽毛のような柔らかさが同居していた。
アルビの瞳からさらに涙がこぼれ落ちる。それでも、教え子は首を横に振った。
その様子から、その心中にあるもう一つの気持ちをカタリは言い当てる。
「ライドさんと供にいて、支えてあげたいのね。」
アルビの体がわずかに震えた。
師の立場を思う、先ほどの言葉も本心であろう。
2つの思いにがんじがらめにされた愛弟子の姿を、カタリは痛ましい思いで見つめた。
つぶやくような、かすれた声でアルビが言う。
「ライドさんは強い人です。でも、心の底にはギラギラ光る憎悪を抱えています。
それに駆り立てられて、いつか遠くに行ってしまいそうな気がするんです。」
おそらく、父母を失った過去が影響しているのだろう。
ライドは温厚で誠実な勇者であったが、同時に酷薄で残忍な復讐者でもあった。
だからこそ、大人でも音をあげるジンカイの修練についていけた面もある。
そこまで考えて、カタリはアルビが悩みをパーティーの誰にも言えなかったであろうことも察した。
相談するとすれば、もっとも近しいライドだが、彼にとって魔物は純粋な敵。
否応なく、魔物を近く感じてしまうアルビの感情など、理解できようハズもなかった。
「本当に、旅を降りる気はないのですね。」
最後にもう一度問いかける。
「……、ありません。」
アルビの返答はゆっくりだったが、迷いはなかった。
「分かりました。もう、言いません。
ただ、約束してください。自分の身を大事にすることを。
そして、ジンカイさんたちから人員の変更の要望があった場合は、私はそれを受けざるを得ないことも理解しておいてください。」
カタリがそう告げると、アルビはホッとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます。」
「貴方の本心が聞けて、よかったわ。話してくれて、ありがとう。」
そう言って、カタリも微笑んだ。しかし、すぐにその表情が引き締められる。
「あくまで、旅を続ける覚悟があると言うのなら、一つ私から伝えることがあります。」
師の表情の変化に気づいたアルビも居住まいを正す。それを確認してから、カタリは続けた。
「今、王都に予言の巫女・カサンドラ様がいらっしゃっています。」
「カサンドラ様が?」
話の方向が見えず疑問の声をあげる弟子に、カタリは静かに肯いた。
「容易ならない予言を携えておいでです。貴方が今言った通りに勇者の一行であり続けるのなら、聞いておく必要があるでしょう。今頃、他の方々にも呼び出しがかかっているはずです。」
アルビが旅について、なにか悩んでいる様だったので、伝えるかどうかはそれを確認してからにしようと思っていた。
まるで弁解するように言うカタリ。
アルビは、師の心遣いをありがたく感じた。
「先生、お気になさらないでください。それよりも、予言のお話は直接カサンドラ様から?」
「ええ、王城内の客間で面会の予定になっています。」
「分かりました。それで、何時からですか。」
「20時からですね。」
「え」
「え」
「今、何時ですか。」
「えっと、20時ちょうどですね。」
「……、」
「……。」
「遅刻じゃないですか!!」
思わず大きな声をあげてしまったアルビが、慌てて部屋を飛び出していく。カタリはそんな弟子を心底申し訳ない表情で見送った。
カタリ司教は4×歳。なんてこった。




