第31話:アルビ・トゥールーの不調
ちょっと勇者編が続きます。
大小の岩が入り乱れる荒れ地。そこを勇者一行は慎重に探索していた。
まずは先頭にレンジャーであるケイマー・ビット。周囲をぬかりなく警戒しながら、音もたてずに進んでいく。
はじめて旅に出たころから数年たつが、この男の風貌はほとんど変化していない。飄々としたカルさが若さの秘訣なのかもしれない。
それから間を置いて勇者ライド・グローリーハンズ。身を低くしながら、ケイマーの後に続いている。
ケイマーとはちがい、この数年で完全に大人の男へと成長していた。既に少年の面影はなく、目の下に残った小さな傷が精悍さを匂わせている。
その踵を踏みそうなほどの距離に王国騎士のコナーズ・エアと女性司祭のアルビ・トゥールー。アルビはいつでも呪文が唱えられるように杖を構え、コナーズはそんなアルビを庇えるように盾を持っていた。
コナーズは蓄えた髭の分だけ貫禄が増しているが、アルビの方は残念ながら未だに子供に見える。長く延ばされ、後ろで結わえられた髪が唯一の変化と言えた。
最後を締めるのはライドの師であり、東方の武人であるジンカイ。
こちらも容姿の変化は少ない。底光りする瞳もそのままに、散歩にでも来たかのような気負わぬ足取りで歩いている。
一際大きな岩を迂回しながら、切り立った斜面を乗り越えた時。ケイマーが足を止め、4人に向けてハンドサインを送った。
4人が足音を殺しながら駆けあがると、そこからは楕円状の窪地に形成された蟲足蜥蜴の繁殖地が一望できた。
全長3メートル弱。緑灰色の鱗に覆われた蜥蜴の胴体からは蟲のごとき6本の足が生えている。
成獣はおよそ20頭ほどか。後は幼獣、それに卵が散見された。
事前の情報との食い違いはない。5人は肯き合うと静かに得物を構えた。
ケイマーは短弓、コナーズは盾に加えて両刃の剣、ライドとジンカイはホムラ皇国から渡ってきた刀。
ライドとジンカイは手にした刀のほかに腰にもう2本ずつ刀を帯びている。繊細な武器である刀に不具合が起きた際の予備と言うことだ。
聖剣を使用しないのは、強力すぎる武器に頼らず自身を鍛えるためである。一応、携帯はしているが。
錫杖を握りなおすアルビの表情が硬い。それに気が付いたライドが口の動きだけで問いかけた。
(大丈夫か?)
アルビはライドを見返し、頷きを返す。それに納得したわけではないだろうが、ライドもそれ以上は言わない。
戦いは唐突に始まった。
ケイマーの弓から放たれた矢がコロニー中央付近の成獣に命中する。
ギィイイイイイイ!!
錆びた蝶つがいが軋むような悲鳴が響く。命中個所は脇腹。固い鱗を貫きはしたものの、致命傷ではない。
しかし、仲間の悲鳴にヨーウィーの注意がそちらに向く。
その瞬間、ライドとジンカイがとび出した。
同じ型の武器、そして同じ流派。だと言うのに、二人の戦い方は対照的だった。
ライドは迅く、強かった。まさに疾風迅雷。雷の様に斬りこみ、竜巻の様に荒れ狂う。
次々に襲い掛かって来るヨーウィーを真っ向から返り討つ。後には両断、あるいは唐竹割りに切り裂かれた魔物の死骸が残されるだけ。
後方で見ているアルビたちが、時にその軌跡を見失うほどの速さだった。
一方、ジンカイは流麗で、巧みだった。急流に遊ぶ一枚の木の葉のごとく。ヨーウィーの突進をいなし、その牙を躱す。
いなし、躱しただけに見えるその体さばき。しかし、いなされ、躱されたヨーウィーたちはその身を血の海に沈めていく。
ライドと比べれば速度は明らかに遅い。にも関わらず、その剣筋をとらえることは騎士であるコナーズをしても困難であった。
魔物が死に絶えるのに、そう時間はかからなかった。
「アルビ、大丈夫か。随分と顔色が悪いが。」
ライドが思わずそう口にしたのは、戦闘が終了し、残された死骸と卵の処分をしている最中のことだった。
「ええ、大丈夫です。スイマセン。心配をおかけしてしまって。」
最初から、そう答えようと決めていたような声で、アルビが応じる。
実際、答えは決めてあったのだろう。このような問答は初めてではないのだから。
さかのぼれば、旅に出るようになって数か月のころからすでに予兆はあった。戦闘の最中、あるいは戦闘後に顔色を悪くする。
おびえているのではない。その証拠に、援護や治療は的確に行う。
不調は見た目に明らかだったが、そうなるのがごく稀にだったこと。司祭としての働きは問題なかったこと。アルビ以上の人材はおらず、本人も役目の継続を希望していたことから、深く追及はされていなかった。
しかし、ここ2年ほどで徐々に頻度が上がっていた。最初はごく稀だったのが、いまや2回に1回は症状が出る。
流石に、見過ごせなくなってきていた。
「とりあえず、ベースキャンプに戻りましょう。討伐の証拠は確保しましたし、こんなところに長居は無用です。」
死骸の処理が終わったらしく、ケイマーがそう2人を促した。2人が顔をあげるとコナーズとジンカイも集まってきている。
「そうですね。ココでは休むにも休めませんし。」
ライドは肯く。戦闘時間はそれほど長くはなかったとはいえ、実戦はどんな場合でも気力を消耗する。
ケイマーの言う通り、長居はせず、サッサッと引き上げるべき状況だった。
「それでは、陣形は来る時と同じでお願いします。血の臭いで他の魔物が寄ってきている可能性もありますから、気を抜かずに行きましょう。」
そう言うと、コナーズは再び先行して歩き出す。他の面々もそれぞれ後を追った。
………。
「一度、王都に戻るべきではないカ。」
夕食時、ベースキャンプでジンカイが前置きもなく、提案した。
提案の形なのは、今はパーティーの最終意思決定をライドに一任しているためだ。初期にあっては、大人組の合議制に近かったが、ライドが20歳を過ぎるころから現在の形になった。
「それは、私のせいですか。」
アルビの声は硬いが、弱い。自分の不調は自分が一番分かっているということか。
しかし、問われたジンカイは首を横に振った。
「そうでもなイ。司祭殿は役目を果たしており、そこに不足はなイ。やれると言っているうちは、やってもらうだけダ。」
「それじゃあ、何故。」
さらにアルビが尋ねると、ジンカイはじろりとライドを睨め付けた。
「勇者殿が景気良く魔物を斬ってくれたのでナ。まともな刀がなくなっタ。王都へ戻って砥ぎなおしと新調が必要ダ。」
皮肉を言われたライドは小さくなった。
先ほどの戦闘。予想外に相手の鱗が堅かった。そのためにライドは結局、最初に用意していた3本に加えて1本。計4本の刀を駄目にしていた。
対して、師であるジンカイは2本。ほぼ同じ頭数を相手にしての結果で、腕の差が如実に出た形となった。
それはそれとして、王都より持ってきていた刀のほとんどが使用不能の状況に陥ってしまったのは問題だった。
昼間に1度終わった説教が再び始まりそうだった所を、コナーズがとりなす。
「まあまあ、その話は昼間のうちに終わりましたし、今は置いておきましょう。それよりも、どうします。王都に帰りますか。」
ライドは少し考えた後で、結論を下した。
「そうですね。半端な装備で強行してもいいことはないでしょうし、一旦戻りましょうか。」
この言葉にケイマーが相好を崩す。
「となると、およそ半年ぶりの王都になりますね。この前はほとんど滞在できませんでしたから、楽しみです。」
旅自体は7年以上行っている5人だが、王都にもたびたび帰っている。王都を拠点に西へ行ってみたり、南へ行ってみたりしているのだ。1回の旅は1か月から1年ほどと期間もバラバラだった。
ケイマーだけではなくコナーズも嬉しそうだ。コナーズなどは数年前に結婚した妻を王都に残しているし、ケイマーにも馴染みの女ぐらいはいるはずで。
多少、浮かれるのも当然と言えた。
一方で、アルビの表情は優れないままだ。ジンカイの言い分をそのまま信じたわけではないということだろう。
そんな様子をライドは心配そうに見やる。なにか声をかけてやりたいと思いながらも、かけるべき言葉が見つからない。
以前、不調の理由を尋ねた時も、アルビは頑なだった。その時の記憶が、今一歩踏み込むことをライドにためらわせていた。
アルビは助祭から司祭に昇進しています。
ライド、アルビ、それからカサンドラは20代半ばです。




