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第30話:新たな予見と、イスタ村の春

今回より、第3章:少女編です。

前章からは、およそ8年が経過しています。リヨンさんもいつのまにか20代後半です。

~カサンドラ、予見を得て王都に向かう~


 予見の勇者。あるいは予言の巫女、カサンドラ。

 自らを「教会権力の籠の鳥」と形容する彼女だが、しかし、それは聖都にある教会から一歩の外出も許されないと言う意味ではない。


 もっとも、以前は本当に籠の鳥というにふさわしい扱いだったのだが、今代の巫女(レシア)が各所に働きかけた結果、ここ数年は少しばかり事情が異なっていた。


「予見した光景の中からどれだけの情報を得られるか。

 それは、実際に予見を目の当たりにする巫女の知識に大きく左右される。

 王国の要人やその紋章を見おぼえておけば、誰の身に危険が降りかかるか。速やかに判断できる可能性が高くなる。

 同様に、王国の気候に通じ風景を記憶しておけば、大まかでも予見した場所が推定できる。」


 と、言う様に自身が聖都の外へ出て見聞を広めることがいかに有益なものであるか。言葉を尽くして教会上層部を説得したのである。


 その努力は実を結び、ここ数年のカサンドラは年の3分の1ほどを旅の空に過ごしていた。

 もちろん、教会随一の重要人物である。同行者は厳選され、その行程は出発の日から帰着まで完全な極秘扱いである。


 だから、その予見をカサンドラが得た時、彼女が聖都を遠く離れた街道の上にいたことは別に驚くに値しない。


 ただ、1つ。普段と異なることがあるとすれば、それは予見を得た後の事だった。

 カサンドラが、王都へ赴いて国王と勇者ライドへ直接予見の結果を知らせたいと主張したのだ。


 カサンドラ付き侍女の筆頭。オソノは内心で渋い顔をした。

 あまり主人を勇者へ近づけたくはないのだが、今回は止める術がない。


 もとより、これから王都に向かうつもりであったし、王都へ着けば陛下への挨拶は必須。

 勇者も滞在していれば、当然面会することになる。

 今までは、面会と言っても挨拶を交わす程度だったが、予見の結果を伝えるとなれば面会の時間もそれなりに確保されるだろう。


 オソノの脳裏に数年前、聖都で勇者とカサンドラがはじめて面会した時のことが思い出される。あの時のようなことをまた実行するのではないか。

 そんな心配が湧き上がり、憂鬱な気持ちになった。


 オソノの内心に気が付かないカサンドラではないのだが、今回はどうやら気にしないことにしているらしい。

 鼻歌など歌いながら、ご機嫌でコルダ車の行く末に目を向けている。


「久しぶりの王都。本当に楽しみね。」

「……、ええ。そうですね。」

 満面の笑みのカサンドラと鉄仮面侍女。対照的な主従を乗せて、コルダ車は春の街道を軽快に走って行った。



~イスタ村の春~


「おーい、まだかぁ。そろそろ時間だぞ。」

「ちょっと待って。今出るから。」


 その言葉通り、数分もしないうちに玄関の扉が開き、小屋からリヨンがとび出して来た。

 季節はもう春とは言え、朝晩は冷える。いつもの格好の上に、フード付きポンチョを被っている。

 しばらく前から伸ばしている髪が、あちこち飛び跳ねているのは寝坊の証拠。口には朝食のパンを咥えていた。


 学園物なら、登校中にイベントが起こりそうな状況だ。

 そんなリヨンの後ろからはミラが顔を出している。

「行ってらっしゃい。頑張ってね。」

「ああ、そっちこそ、ネリちゃんやビビさんに迷惑かけるんじゃないぞ。」

「分かってるわよ。私だって上達してるの。この前だって褒められたんだから。」


 俺の軽口に、少しばかり頬を膨らませるミラ。

 こちらはリヨンとちがって身支度がしっかりしている。

 赤い髪はポニーテールに結ってあり、厚手の生地のブラウスに茶色のロングスカート。そこに前掛けを締めて、上着を羽織っている。


 手に持っているのは聖樹の枝を加工した杖だ。ミラの魔力を増幅し、緑の精霊との親和性を高める効果があるらしい。

 まあ、流石のドリさんも人間の理術魔法を知っているわけではないので、呪文や術式は付け焼刃の我流だ。半分、理術魔法で半分は精霊魔法と言う感じ。


 それでも、教師の教え方と生徒の素質が悪くなかったのか。ここ数年で結構、腕は上がっているようだった。

 半ば緑の魔法専門になっているのは、ミラの適性の問題ではなく、装備の問題だ。

 聖樹の枝を超える魔法具の素材は俺たちではなかなか手に入らなかったのだ。


 イスタ村と聖樹の森を行き来するようになって、7年以上。ミラもすっかり村での生活に慣れて、どこからどう見ても村娘だ。

 まあ、母親譲りのお転婆っぷりはまだまだ健在だが。


 今日は村の与力の日。早い話が、冬が終わって雪が解けてきたところで水路や水車、さらには家の屋根など、冬の間に痛んだ施設の修繕と手入れを村中総出で行う日だ。

 まあ、本格的な畑仕事が始まる前に、準備をしっかりしておこうってこと。


 女性陣は女性陣で、男性陣への炊き出しと細々とした仕事をするみたいで、ミラはネリちゃん達とそちらへ向かうことになっていた。

 俺とリヨンは男性陣の手伝い。俺は力仕事要員。リヨンは警戒が仕事だ。

 冬眠明けの魔物や動物が、腹をすかして人里に降りてきたりするのは日本と同じで、村の外でも作業する関係上、空から監視が出来ると安心なのだ。


「さて、それじゃあ行こっか。」

「まてまて、一応ジャスパーのとこにも声をかけておこう。アイツも結構いい加減だからな。」


 火蜥蜴(サラマンダー)のジャスパーはなんだかんだ言われながらも、いつの間にかイスタ村に居ついていた。

 まあ、冒険に行くと言ってふらりと出て行って、1年以上帰ってこないこともあるので、拠点にしていると言った方が正しいが。

 ともかく、俺たちの小屋から100メートルほど離れたところに、小屋を作って寝起きしている。


「おーい、ジャスパー。与力に行くぞー。」

 近くまで行って声をかけると小屋の裏側から声がした。

「おー。いま、準備してるから待ってくれ。」


 なんだ、まだ準備できてないのか。と、思いつつ裏手に回るとそこには困り顔のジャスパーと、完全に目を回して大の字に伸びているシレンの姿があった。

「あ、シレンじゃん。どうしたの。組手でもしてたの?」

 ミラが見たままをジャスパーに尋ねる。


 流石に騎士団ごっこは卒業しているシレンだが、それでも傭兵や兵士も進路の1つであるのか。4・5年ほど前から、ジャスパーに弟子入りしていた。

 この状況を見るに、今日も朝から稽古していたのだろう。


 もっとも、ジャスパーのやり方は使えるものなら何でも使う喧嘩殺法で、よく言えば実戦的、悪く言えばムチャクチャの無手勝流、よくもまあ、教えてもらおうと思ったものだ。

 それにしても、こんなになるまでやるとは、なかなか厳しく稽古をつけているようだ。村を離れることが多い分、出来るときは厳しく稽古をつけているのだろう。


「かははは。いやあ、参った。ダンナの足音に気を取られてたら、存外に鋭い突きが来たんで思わず本気で反撃しちまった。」

 頭をかきながら苦笑するジャスパー。どうやら純粋なアクシデントだったらしい。


「お前なあ、気をつけろよ。魔物(おれたち)が村人に大ケガでもさせたら、途端に居づらくなっちまう。」

 シレン自身は例え稽古の結果、ケガをしても、それを理由にジャスパーを責めることはしないだろうが、村の中には未だに俺たちを良く思っていない人たちもいるのだ。


 俺たちが回復魔法を使えればいいんだが、人に有効な回復魔法があるのは光・緑・水の3系統。

 ここには土・風・火しかいないのでノーチャンスだ。

 まあ、最悪ミラを呼んでくるという手もあるのだが、それほどの重体ではなさそうだったので却下。


「分かってる。次からは気を付ける。それじゃあ、俺もちょっと準備するから、シレンを頼むよ。」

 その言葉を残して、小屋の中へ逃げ込むジャスパー。俺とリヨンはしょうがなく、シレンの手当てをすることに。


 まあ、水でもかければ目を覚ますだろう。


「まったく、ひどい目にあったぜ。」

 シレンが、頭のこぶを恐る恐る触っている。水をかけたら本当に目を覚ましたが、そう簡単に痛みは引かないらしい。

 横ではジャスパーが大して悪びれもせず、煙草をふかしている。


 場所は村の広場、俺たちの他にも今日一緒に作業する村の男衆が集まってきていた。


「でも、ジャスパーを本気にさせたなら大した進歩じゃない。」

 珍しくリヨンがフォローをいれる。すると、シレンが若干得意げに、ジャスパーが少しばかり面白くなさそうな顔になった。


「へえ、それじゃあ隊長が一本とる日も近いのかな。」

 そんなセリフで会話に加わってきたのは、かつてのイスタ村騎士団員であるキタイ。その後ろにはロタールもいた。

 キタイやミラなんかは未だにシレンを「隊長」と呼ぶ。シレンはことあるごとに辞めるように言っているが、今のところは逆効果。むしろ、シレンに諦めの色が出てきている。


「馬鹿言っちゃあいけねえ。今日はちっと油断しただけさ。明日っからはもう一段厳しくしてやるからな。」

 そう言ってジャスパーは腕まくりしている。


 そんなことを言っている間に、どうやら時間になったらしい。村長とセロウが皆を集めて仕事を割り振りだした。俺も説明を聞くとしよう。


……。


 毎年やっているから、皆すでに要領は分かっている。1日がかりの作業は特になんの問題もなく終わった。

 つまり、冬眠明けの魔物が現れるわけでもなく、ハンクが修理中の家の屋根から落ちそうになったり、ロタールがキタイとシレンを道連れに小川に落ちたりといった程度で済んだということだ。


 時刻はもう夕刻。男性陣は再び広場に戻ってきており、ベンチに座ってたき火にあたっている。誰もかれもがすきっ腹を抱えていて、話す言葉もイマイチ元気がない。

 そんな広場に威勢のいい女性の声が響き渡った。


「おまちどうさま。今日は1日、ごくろうさんだね。」

 大なべを1人で抱えて広場に入ってきたのはエナガさん。村の顔役、セロウの奥さんで女性陣のまとめ役だ。

 その後から、続々と女性陣がやって来る。手には食器やパン、それに酒。


 テーブルの上に5つも並んだ大鍋の中身は濃厚なスープだ。主な具はイモと鳥や獣の肉。彩りに春の野草が少々。具だくさんで日本の鍋ものを思わせる。

 腹を空かした男どもが、我先にと鍋の前に並ぶ。


 ミラとネリちゃんもそれぞれ鍋の前に陣取って、差し出された椀にスープをよそっている。

 少し離れてその様子を見ていた俺にミラが手を振って来る。俺が手を振るとネリちゃんと、何か耳打ちし合って笑っていた。


 てか、娘の手料理が食べられないとか、本当ゴーレムって駄目ですわ。

 こないだも、ミラが作ったビスケットを皆で楽しそうに食べやがって。

 あぁ、シレンもキタイもロタールも、ジャスパーすら口にしているのに。俺は見ていることしか出来ない。クソぅ、チクショウ。


「まったく、なに拗ねてんのよ。しょうがないでしょーに。」

 俺の内心を完全に見透かした発言をしたのは、もちろんリヨン。定位置(俺の肩)に陣取って、ゲットしてきたスープとパンを美味しそうにパクついている。


「半分は冗談だよ。でも、やっぱり興味はあるし、1回だけでも食べてみたいなあ。」

 しみじみと言う俺に、リヨンは肩をすくめた。

「まあ、気持ちは分からなくもないよ。最近はビビさんに教わって上達してるしね。」

 そうなのだ。最初はリヨン直伝のサバイバル風調理しかできなかったミラだが、この村に来てからはビビさんにちゃんとした料理を教わっており、その腕前を上達させている。


 この間などビビさんに、「これでいつでもお嫁に行けるわね。」などと言われていた。

 そんなの、どこの馬の骨だろうと絶対に許さんッ!!


 うちの娘と結婚しようって言うのなら、この俺を倒し、ミラを守る力があることを示してもらおう。なに、俺は土属性で所詮四天王最弱。それほど無理な話でもあるまい。


 そう考えている俺の肩で、リヨンが処置なしとばかりにため息をついた。


 そんな風にしている間に、周りも随分とにぎやかになっていた。スープで身体があったまり、酒で心が浮きあがったのだろう。

 声高な話し声と、陽気な笑い声。


 誰かが楽器を持ち出して、演奏を始める。他の者は手拍子鳴らし、歌を歌う。村の誰もが知っている定番だ。

 リヨンがさりげなく羽根を振ると、そこから響いた旋律が場をさらに盛り上げる。


 誰からともなく輪になって、踊りが始まる。シレンがエナガさんにつかまって振り回されている。

 キタイはひょろ長い身体をかがめて、小さな女の子の相手をしてあげており、ミラはネリちゃんとキャッキャと言いながら踊っていた。

 ジャスパーが夜空に向けて火を噴くと、子供たちがキャーっと歓声をあげた。


「リヨンも踊ってくれば?」

 珍しく伴奏に徹しているリヨンにそう言うと、すました顔で返された。

「私はここでいーのよ。今日は寒いし。それに、私が行ったら主役になっちゃうでしょ。せっかく皆で楽しんでるのに。」

「流石は一流の歌い手にしてダンサー。言うことが違うな。」

「そうなの。私、安くないのよ。」


 そんな風に軽口をたたき合い、俺とリヨンは笑う。夕闇は既に去り、夜のとばりが下りてきていたが、音楽と踊りはまだまだ終わる気配がない。


 楽しくて、幸せな春の夜。平和な日々がずっと続くことを、この時の俺たちはどこまでも無邪気に信じていた。

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