間章:「おとうさん」と呼ばせて
「おとうさん、てよんでいい?」
ミラにそう聞かれた時、俺は即答することが出来なかった。答えはずっと前に決めてたはずなのに。
暖かくて気持ちのいい午後だった。昼ご飯を食べて、昼寝をして、目を覚ましたミラと日向ぼっこ半分で算数の勉強をしていた時だった。ミラは少しうつむき加減になって地面に座っていた。
体を最大限縮こまらせて、できる限りミラと目線を合わせる。ミラの表情は心細げに揺れていた。ゆっくり言葉を選ぶ。俺にも勇気が必要だった。
「ミラ、俺はミラのことを本当の娘だと思ってるよ。でも、その言葉は大事にとっておいて欲しいんだ。」
「なんで?ネェネにはおとうさんもおかあさんもいるのに、わたしにはママだけなの?ロクはわたしのおとうさんじゃないの?」
ミラが泣きそうになっている。それでも、俺は肯けない。本当は肯きたいけど。
「ミラ、いい子だから、聞いてくれ。」
俺はできる限り優しくミラを持ち上げた。両手にのせて顔の前まで。目があった。ミラの赤茶色の瞳が、濡れたまま俺を見ていた。
「ミラを産んだお母さんは悪い盗賊から命がけでお前を守った。俺とリヨンはその人からお前を託されたんだ。」
「わたしをうんだおかあさん?」
「そう。うんと綺麗で、優しくて、何より強い人だった。けど、お父さんはどうしてると思う?」
「おとうさん?」
そう、お前の本当のお父さん。
ケガをさせるのが怖くて頭をなでてやることもできない。潰してしまいそうで、抱っこも恐る恐る。お前が泣いていても、一緒に泣くことも、涙を拭いてやることもできない岩の化け物なんかじゃない。
お前がお母さんを思って泣いているときに、抱きしめて、一緒に泣いて、最後に涙を拭いてやれる本当のお父さん。
「俺も見たわけじゃないけれど、あのお母さんの旦那さんなら。あの人が愛した相手なら。きっと今もミラのことを大事に思っているはずだよ。」
そうであって欲しいと、俺はいつだって願っている。
「いつか、きっと。俺が会わせてあげるから、その日まで“お父さん”は大事にとっておいて欲しいんだ。」
俺たちはいつも願っている。ミラの父が、生きていて、優しい人で、今もミラを探していることを。
同時に、ひどく恐れている。その人が、やがてミラを連れて行ってしまうことを。その恐れ自体が、ミラに対する裏切りではないかと怯えながら。
俺の言葉を聞いても、ミラはまだ寂しそうだった。けど、なんとか納得しようと頑張ってくれてるみたいだった。
しばらく複雑な顔をしていた後で、遠慮がちに口を開く。
「ロク、あのね。わたしも、ロクのことほんとうのおとうさんだとおもってるよ。でも、ロクのこと、ロクってよぶね。」
俺、ゴーレムじゃなかったら泣いてるよ。
夜、ミラを寝かしつけた後で、寝床から抜け出してきたリヨンが俺に言った。
「意地っ張り、意気地なし。」
返す言葉もなかった。でも、これが一番正しいと思うんだよ。
久しぶりの番外。
時系列では、赤子編と幼女編の間のどこかです。
次回から、第3章:少女編です。




