↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/196

第28話:機妖精のギーア

 遺跡の中は、盛んに飛び交うウィルオウィスプのおかげで仄明るく照らされていた。


 入口の扉からは、まっすぐに伸びた通路が20メートルほど先で幅を広げ、一種のホールになっている様子が見て取れる。


 その先も気にはなったが、まずは先程ジャスパーが調べていた小部屋の隣室を探索することにする。

 順番は前から、ジャスパー、リヨン&ミラ、そして最後に俺。


 あけ放たれた入り口から入ると、2体のそれが目をひいた。。


 うずくまった甲虫を思わせる独特の形状。加えて、遺跡の中にあってそれらはあまりに綺麗だった。

 床などはすべて年月によって生じたと思われる埃や塵にまみれているというのに。掃き清められたように清潔だ。


「古代神聖文明の魔導兵のようだな。」

「まどうへい?」

 ジャスパーの言葉を、ミラが不思議そうに繰り返す。それに対して笑みを浮かべると、冒険家は説明を加えた。


「ずっと昔、古代神聖文明って呼ばれる時代。そのころはひとりでに動いて人の仕事を助ける人形がたくさん作られていたのさ。こいつらも、そのうちの1つだ。

 たぶん、この工房にやってきた不届き者をやっつける門番役だったんだろうな。

 他にも色々いたらしい。歌ったり、踊ったりするヤツ。道具を作るヤツ。人を乗せて空を飛ぶヤツとかな。」


「もう、うごかないの?」

 ミラがオズオズと尋ねる。

「ああ、流石に古くなりすぎている。もっとも、たまにまだ生きているヤツが見つかるらしくてな。そんなのには一生遊んで暮らせるような値がつくらしい。」


 そんな説明を聞きながら、俺も目の前の人形をまじまじと眺める。たしかに古くて動きそうもない。それでも、やはり綺麗すぎやしないか。

 そう考えながら、人形の足の間、狭く暗い隙間を覗き込む。


 目があった。

 キンキラと光を反射する丸い瞳。猫のようで、猫よりも大きい。俺たちはしばし見つめ合った。


 一拍置いて鳴り響く。金属をこすりあわせたような不快な高音。

「うわっ」

「きゃあ」

 リヨンとミラ、それにジャスパーが咄嗟に耳を押さえる。俺も驚いて、咄嗟にのけぞってしまう。


 瞬間、光る目のあった隙間から灰褐色の毛玉が飛び出した。

 毛玉は一目散。高音を発しながら俺たちの足元をすり抜けると、部屋から飛び出していった。

「なに、いまの?」

 リヨンが疑問を口にする。余程、あの音が不快だったのか未だに右耳を押さえている。


「アレは機妖精(グレムリン)だな。工房や錬金術の施設に住み着く妖精で、機械とイタズラが大好きだ。

 この辺りのものが割合にキレイなのは、アイツらがオモチャにしてたからみたいだな。」

 質問に答えたのはジャスパー。意外と博識だ。伊達に冒険家を名乗っていないということだろうか。



 さて、探索開始直後の不意打ちに少しばかり怯んだが、その後は何事もなく人形の部屋とその奥の部屋まで探索がすんだ。

 今は再び元の扉の近くまで戻ってきたところだ。


 いよいよ、入り口からまっすぐに伸びている通路を進んでいく。

 広い廊下を抜け、さらに広いホールへ。ジャスパーは床や壁も丁寧に調べているが、何もない様だ。がらんどうの空間にたくさんの鬼火が漂っているだけ。


「なんか、見られてる気がする。」

 リヨンが顔をしかめながら、そう言った。ジャスパーがそれに肯いた。

「ああ、なんだか妙な雰囲気だな。」

 鈍い岩石精(オレ)にはよくわからない。だが、ミラも少し落ち着かない様子だ。

 気を付けて進むことにしよう。そう、自分に言い聞かせた。


 先へと進む扉はホールの突き当りにあった。入口の観音開きとは違い、今度は片引き戸。

だが、やはり大きい。

 先ほどから、三人が気にしている妙な雰囲気のこともある。一番タフな俺が先陣をきることにした。


 扉の影に隠れるようにして、わずかに引き戸を開ける。

 戸の向こう側から、わずかなざわめきが伝わってきた。間違いない。何かがいる。


 意を決して中をのぞき込む。


 心配していたトラップや不意打ちの魔法などは飛んでこなかった。と、言うよりも何もなかった。

 ガランとしたこちら側とは対照的に、様々な機械や部品のようなものがバリケードの如くそびえている。

 しかし、どこにも先ほど戸を開けるまでしていたざわめきの主は見当たらない。


 異常を見落とすまいと目を凝らす俺に向かって、背中からジャスパーが声をかけてきた。

「あー、スマン。ロク、落ち着いて、振り返ってくれ。静かにな。頼む。」

 何故かぎこちない口調の台詞に振り返ってみると、そこには変わり果てた姿の3人がいた。


 サルの胴体にネコの頭をくっつけ、針金のような毛革を着せて頭に角を生やした生き物。

 その眼の光には見覚えがあった。先程、人形の部屋で見た。機妖精(グレムリン)だ。

 そいつらが、ジャスパー、リヨン、ミラの3人に鈍く光る刃物を突き付けている。


「無害な種族なはずだと油断していた。スマン。」

 ジャスパーがひきつった笑顔で言う。その背中にはグレムリンが取り付き、ナイフを首元にあてている。

 ミラも首元に、リヨンは背中に同じようなナイフの切っ先を向けられている。


 最悪の状況に背筋を悪寒が走り抜ける。とっさに言葉が出てこない。ミラの唇が震えて、かすかに言葉を発した。

「ロク…」

「あ、ああ、だいじょう。すぐに助けてやるから、大人しく、いい子にするんだ。」

 反射的になんの根拠もない台詞が出た。ミラは涙を貯めた目で俺を見つめている。

 どうする。どうすればいいんだ。そんな問いだけが頭の中を駆け巡った。


『ソコのゴーレム。ゆっくりとコチラを向け。』

 突然の事態に凍り付いていた俺の背後から、聞きなれない声が1つ。

 言われたとおりに振り向けば、そこには一頭のグレムリン。一際、大きい。他の個体はニホンザル程度だが、コイツはチンパンジーくらいはありそうだ。

 左右に供を従え、首には金属片をつなげた飾り、右手には人の背丈ほどの槍を抱えていた。


『ワタシはギーア。ゴーレム、お前たちは何をしにココに来た。』

 やけにざらついた声で、グレムリン、ギーアは言う。

「俺たちは、この辺りで火山の魔力が枯渇している理由を調べている。その調査の途中でここを見つけたから、なにか手がかりがあるかと思って調べていただけだ。」


 素直に答えながら、空回りしそうな頭を必死に働かせる。何よりも、ミラとリヨンは守りたい。


 目の前の、あるいは背後でミラたちにナイフを向けている奴らを排除できないか?

 NO。明らかに奴らが3人を刺し殺す方が早い。

 では、魔法を使えないか?

 これも、NO。詠唱する時間を与えてくれるとは思えない。詠唱のいらない俺の固有魔法には直接の攻撃力はないし、精霊魔法の無詠唱は習得していない。

 とりあえず、大人しくして機妖精(グレムリン)たちの話を聞くしかないか。


 いくら大きいとはいえ、ギーアの身長は俺の3分の1もない。しかし、奴はその位置からまっすぐに俺の目を見据えて来た。

 その眼はテラテラと底知れない光を放っている。俺は自分自身に落ち着け、と言い聞かせる。


 確かに、今、俺は急所を握られている。コイツらもそれは十分承知だろう。しかし、大げさに取り乱して、そのことを殊更強調してやる必要はない。

 俺は努めて平静を装い、出来うる限り強い視線を目の前の魔物に向けた。


 ギーアは涼しい顔で俺の視線を受け流す。

『ソンナ目で見ないでくれ。イタズラにオマエたちを傷つけるつもりはない。オマエのような強力な魔物に巣に乗り込まれたワタシタチの気持ちも考えてほしいものだ。』


「それはすまなかった。3人を解放してくれ。そうすれば、俺たちはすぐにここを出ていくし、2度と近づかないと約束しよう。」

 ダメ元の提案だったが、やはりこれは通らない。

 ギーアがゆるゆると首を横に振る。

『ソレはモチロンだが、もう1つ、頼みを聞いてもらおう。』


 この状況で、俺に拒否権はない。俺は黙って先を促す。

 ギーアは何も持っていない左手を上に掲げて見せた。

 いや、左手、ではない。正しくは左の二の腕から肘の先までをだ。

 彼の左腕は肘のわずか先の所で、薄闇に溶けるようになくなっていた。


 俺はその時、初めて自分を取りまくグレムリンたちが傷を負っていることに気が付いた。傷の大小、多寡の違いはあるが、無傷のものは1頭もいない。

『分かるか。ワタシたちももう手段を選んではいられない。オマエにはワタシたち一族を脅かす敵を倒してもらう。そうすれば、仲間は解放すると約束しよう。』


 鬼火が揺れ、ギーアの瞳がぎらついた。同時に俺は悟る。

 議論も交渉も無意味だと。コイツは俺にやらせるし、そのためなら何でもヤル。場合によっては3人の人質を1人に減らしてみせる(・・・・・・・)くらいのことは平気でやるだろう。


「分かった。詳しく話を聞かせてくれ。」

 俺は静かに覚悟を決めた。


 ………。


 太古の機械が所狭しと置かれ、入り組んだ遺跡の中を一歩、また一歩、暗闇に向かって歩を進めていく。向かう先には鬼火がいない。遺跡本来の暗闇が俺を待ち構えていた。

 横にはジャスパーが一緒だ。あの後、コイツが俺への同行を願い出たのだが、その提案は意外にもすんなりと受け入れられた。

 俺たちの手にはランタンが一つずつ。もっとも、入っているのは火ではなく鬼火だが。


「なんでこの先には鬼火(ウィルオウィスプ)がいないんだ。」

「おそらく、火口蠕虫(クレイターワーム)が食ってしまうんだろう。鬼火はある意味で火の魔力の塊だからな。」

「なるほど。」

 俺の疑問にジャスパーが答える。


 そんなやり取りの間にも周囲の暗さが増しているような気がする。それは戦闘の時が近づいているということでもある。


 先ほど、出発してきた機妖精(グレムリン)の巣でギーアは言った。

『オマエにはこの工房に棲みついたバケモノを退治してもらう。そうしてくれれば、人質は解放するし、礼もしよう。』


 グレムリンたちの巣は遺跡の一角にガラクタを山ほど積み上げた中にあった。同心円状に積み上げられた壁。つまりは、バリケードだろう。

 その最も外側の壁の内部でギーアは俺が果たすべき任務について説明した。

 巣の中からは、多数のグレムリンのものに違いないざわめきが感じられたが、姿は全く窺えなかった。


 どうしても、ミラとリヨンを残してきたグレムリンの巣が気になる。直後に戦いを控えているというのに、全く、よくない傾向だ。俺は努めて目の前の戦いへと精神を集中させようと試みる。


 そんな俺の状態を知ってか、知らずか。再びジャスパーが口を開いた。

「分かってると思うが、気をつけろよ。奴らにとって最高のシナリオは、俺たちとクレイターワームの相打ちだ。面倒がないからな。」

 分かっている、とばかりに頷きを返す。ジャスパーは1から10まで語っているわけではないが、それはあたりに潜んでいるはずのグレムリンの見張りを気にしているからだろう。


 つまり、言いたいことはこうだ。俺がギリギリの接戦で相手を倒し、満身創痍になった時、おそらくグレムリンたちは戦闘員を総動員して俺にとどめを刺しにくる。

 家族を人質にとって、俺に戦闘を強要させた。その報復を恐れるなら当然の判断ともいえる。


 ただ、余力のある状態ならグレムリンは俺の敵ではない。その時、二人を大人しく開放するならヨシ。しないなら、俺も非情にならざるをえないだろう。

 つまり、俺は今からの戦闘を完勝で飾らなければならない。負けはもちろん、接戦も許されないのだ。


「相手の再確認をさせてくれ。相手は火口蠕虫(クレイターワーム)。名前の通り火山の火口付近などに生息する火属性の蠕虫(ワーム)、で間違いないな?」

 俺の言葉に、ジャスパーが肯く。

「ああ、本来は地面を掘りながら火の魔力と地中凄の小動物なんかを飲み込んでいる。比較的おとなしい魔物だ。だが、今回のヤツは数か月前にこの遺跡に棲みついてから、凶暴にグレムリンたちを襲っている。サイズも通常の倍以上。

 おそらく、火山の魔力が枯渇したことでの飢餓。その後にこの遺跡に蓄えられた魔力とグレムリンに対する飽食。その二つのせいで狂ったんだろう。」


「それが2体か。」

「グレムリンたちの言葉を信じるならな。

 ワームたちは遺跡の一角に巣穴を掘っている。運ばれてきたものの使われなかった火の魔力が結晶化している場所らしい。

 スピードは大したことはないが、巣穴を縦横に移動してくる。それに奴らの牙は岩盤も削り取る。油断するなよ。」

「ああ。」


 さらに闇が濃くなった。俺たちの口数も自然と減った。

「ランタンをつけていても大丈夫か。位置が丸見えになるんじゃ。」

「どのみち、クレイターワームに目はないし、俺たちが見えるようになるだけましさ。」

 そんな問答を最後に完全に会話が消える。いやます緊張感の中を俺たちはさらに進む。


 地響きが轟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。