第27話:遺跡へGO
「たのも~!」
突然、野営地に響き渡る緊張感のない声。
振り返れば、獣除けに作った石柵の前に人影があった。
作業に夢中だったとはいえ、リヨンが気づかないとは。気配を絶って近づいてきたのか?
俺はわずかに緊迫した。
夕闇のなか、目を凝らす。
立っていたのは、厚手の外套を身に着けた一匹の蜥蜴だった。
渋い光沢を放つ鱗に覆われた顔は緑色。唯一、目の下に燃える石炭を思わせる赤い斑点がある。外套の裾から尻尾と鋭い爪の生えた足がのぞいていた。
「お、立ち上がると一段とデカいな。さすがは岩石精だ。」
立ち上がった俺を見上げて、蜥蜴は笑みを浮かべた。鱗に覆われた顔からは分らないが、声の調子は若々しい。
「おっと、名乗りもせずに失礼した。俺の名はジャスパー。旅人にして、冒険家。火蜥蜴のジャスパーだ。怪しむのは分かるが、少し話を聞いてくれないか。」
確かに怪しいことは怪しいが、名乗られたなら名乗り返すのが礼儀だろう。
「俺はゴーレムのロク。話すのは構わんが、場所を変えさせてもらうぞ。」
そう提案すると、火蜥蜴のジャスパーは素直に肯いた。俺が松明代わりに火のついた薪を2本ほど掴んで歩き出すとヒョコヒョコとついてくる。
場所を変えると言ってもほんの十メートルほど。リヨンと互いにすぐ駆け付けられる距離だ。
俺が地面に腰を下ろし、地面に薪を置くと、ジャスパーも手ごろな岩に腰かけた。
懐から煙管を取り出して、視線で了解を求めてきたので、肯いてやる。
ジャスパーが右手の親指と人差し指を素早く擦ると、火花が飛び、煙草に火が付いた。
一服し、プカリと煙を浮かべる。
俺は(魔物も煙草をすうのか。)などと考えつつ、手近な枯れ枝などを集め、小さなたき火を作った。 すでに昼間の明るさはない。話をするのに相手の表情が見えたほうがいいだろう。
「上に、空っぽの集落があったのには気づいたかい?」
煙草の煙を追いかけるように視線を上げたジャスパーが、そう切り出した。
「ああ。と言うか、俺たちがあそこにいたから、お前はここに来たんじゃないのか。見てたんだろう。俺たちを。」
声をかけられるまで、リヨンもコイツの存在に気が付かなかったくらいだ。俺の台詞は半ばあてずっぽうだったが、ジャスパーは否定しなかった。
「気を悪くしないでくれ。確かに旦那たちを観察させてもらってはいた。でも、捨てた村とは言え、自分たちの集落に知らない魔物がいれば気になって当然だろう?」
「自分たちの村、か。じゃあ、あそこは火蜥蜴の集落だったのか。捨てたのはやはり、魔力が枯れたから?」
ジャスパーは肩をすくめる。
「そう言うことさ。別に火の魔力がなくても死ぬわけじゃないが、あった方が具合がいいからな。
まあ、俺は数年前にとび出して以来、あちこちフラフラしてたんだがね。しばらく前に里帰りして見りゃ、引っ越しの真っ最中。しょうがないから手伝ってたら、随分長いこといる羽目になっちまった。」
「それで結局、俺たちになんの用なんだ。」
ジャスパーはペラペラとよくしゃべる。悪い奴じゃなさそうな気もするが、どこか胡散臭くも感じる。俺は判断を保留したまま話を進めることにした。
「旦那たちと言うか、旦那にちょっと手伝ってもらいたいことがあるんだよ。いや、大したことじゃないんだ。」
とりあえず、聞くだけは聞こうと、俺は先をうながした。
「昼間の様子をみるに、旦那はこの辺りの火の魔力が枯渇した原因を調べに来たんだろう?」
特に隠す理由もないと思い、俺は素直に肯いた。
「ああ、何かの異変の前触れかと思ってな。まあ、今日見た限りでは変わったところはないようだが。」
ジャスパーは煙を吐き出しながら、ウンウンと首を振る。
「そうだろう。長くここに住んでた俺の一族でさえ、火山の自然な活動だと判断したくらいだからな。」
その口調にひっかかるものを感じた俺は思わず聞いていた。
「ちょっと待て。違うのか、魔力の枯渇の原因は火山の自然な活動じゃないって言うのか?」
サラマンダーの自称冒険家は我が意を得たりという風に、ニヤリと笑った。
「それを調べるのに旦那の力を借りたいのさ。」
次の日、俺たちは火山の南側の麓を歩いていた。ジャスパーは俺の数歩前を歩いていて、ミラとリヨンは今日も俺の肩の上だ。
ジャスパーはもとよりお喋りなのだろう。のべつまくなしにしゃべり続けている。
「いやー、リヨンさん。昨日、たき火の明かりで見た時も美しかったが、太陽の光の下で見ると一際美しい。こんな美人を連れてるなんて、旦那も隅に置けないね。」
あからさまなお世辞に、俺は思わず口を出してしまう。
「お前なあ。いい加減なことばっかり言ってるんじゃないよ。ミラの教育にも悪いだろう。」
至極、マジメに言ったつもりだが、何故かリヨンは笑っている。
さっきからずっとこの調子で、どうも俺とジャスパーのやり取りが面白いらしい。
そして、ジャスパーも俺の言葉を大して気にした様子がない。
「ミラちゃんの髪も一際鮮やかだ。赤は火を表す火蜥蜴にとって大切な色。きっとミラちゃんは美人になるよ。10年したら、俺のところに来ないかい。」
いや、行かせねーよ?
ミラは初めて見る火蜥蜴が怖いのか。それともコイツの言葉に照れているのか。リヨンの背中に隠れるようにしている。
てか、ジャスパー。お前はなんだ。見境なしか。種族も年齢も気にしないのか。自分のことを冒険家と言っていたが、冒険精神にあふれすぎだろう。
そんな益体もない話をしているうちに、目的地が近くなったようだ。
火山から南の方向にある、小高い丘。その麓で俺たちは足を止めた。
火山から、人工的な魔力回路が伸びている。
昨日、ジャスパーはそう言った。
今までは周囲にも火の魔力があふれていたために、それに紛れて気づくことが出来なかった。
しかし、今は周囲の火の魔力が枯渇しきっている。数日前に再度調査を行ったところ、地下深くを通っているその魔力回路に気が付くことができた。と。
「ここで間違いないのか?」
改めて、俺が確認すると蜥蜴面の冒険家は自信ありげに肯いた。
「ああ、火山から伸びた火の魔力回路は間違いなくこの岩の先へと続いている。さあ、岩石精の力でこの岩をどかしてくれ。」
さて、どうしたものか。リヨンとミラを肩から降ろし、俺は考える。とりあえず、周りの手ごろなサイズの岩はどかしたが、正面にどっかり腰を据えた縦長の巨岩は単純な腕力では動きそうにない。
やはり、魔法を使うしかないか。
「ロク、がんばれー!」
ミラの声援に手を振ってこたえてから、俺は呪文を唱え始めた。
【母なる大地の精霊よ。我が願いを聞き届け、その身にすべてを飲み込みたまえ。標なき埋葬】
巨岩の根元、やや手前側に流砂を発生させて、俺自身は距離をとった。すると狙い通り。足元を崩された岩は流砂の方向に少しずつ傾いて行き、最後は自身の重さに耐えかねたように地響きをたてて転がった。
土煙がもうもうと上がる
「おぉ、流石はゴーレム。サラマンダーじゃ10人集まってもこうはいかないぜ。やっぱり、旦那に頼んで正解だった。」
ジャスパーは大げさに喜んだ。コイツはこういうが、別に火蜥蜴が非力という訳じゃないだろう。多分、相性の問題だ。
土煙が収まると、岩が覆い隠していたものが俺たちの前に姿を現した。
「コレは、扉か」
材質はよくわからないが、重々しく、鈍い光沢を放つ扉が目の前にあった。
長方形を二つ並べた形の観音開き。滑らかでありながら、強靭さを感じさせる素材も謎だが、何より特筆すべきはそのサイズだ。
大きい。高さも、幅も俺すら軽々と収納できるサイズだ。トラックが2台か3台ならんで通行できるだろう。
早速、ジャスパーが扉にとりついて、ゴソゴソと調べ始める。表面を観察してみたり、叩いてみたりと忙しい。
ミラはジャスパーの真似がしたいのか、扉に近づこうとしてリヨンに止められている。何が起こるかわからないからな。ナイスだ、リヨン。
しばらくして、埃を払いながら立ち上がるとジャスパーは口を開いた。
「旦那、この扉開けてくれるか。押してくれりゃ開くはずだ。」
「鍵とか掛かってないのか?」
尋ねるとジャスパーは肩をすくめた。
「掛かってない。元々、ないのか。それとも魔法錠が年月で風化したのかはわからんが。とにかくただの押戸だ。見たところ、罠の類もない様だし、思い切ってやってくれ。」
罠はないと言われても、若干怖い。とはいえ、これも調査の一環か。
覚悟を決めた俺はリヨンとミラに離れているように伝えると、扉の正面に立った。
両手を扉に置き、ゆっくりと力を込めていく。
あれ、以外と重い。ていうか、全然動かないんだが。
「なあ、押戸で間違いないんだよな。」
念のためジャスパーに確認するが、蜥蜴野郎は自信ありげに肯く。
「ああ、間違いない。ただ、古いから固くなっているんだろう。」
なるほどね。つまりは、俺が弱いのがいけないと、そう言うことだな。よかろう。本気を見せてやんよ。
俺は再び扉に向かい合った。
「ぐ、ぐぬぬぬ。おおおおおお」
渾身の力を込めて押しまくる。人間だったら食いしばった奥歯が折れ、鼻血が噴出し、頭の血管も切れていただろう。そのぐらいの本気だった。
かすかに扉が動いた。
「お」
と、思った。次の瞬間。つかえが取れたかのように、扉が盛大な勢いで開いた。
響く轟音。巻き上がる土煙。俺はバランスを崩して、扉の中へ転がり込んだ。
「だあああああああ?!」
大転倒から立ち上がると、既にジャスパーが横に立っていた。
「お疲れさん。大丈夫か。」
コケたことが若干恥ずかしいので、黙ってうなずくにとどめる。
扉の中は思ったよりはきれいで、拍子抜けした。通路がまっすぐに伸びており、その所々に火が灯っている。太古の魔法だろうか。
そう思っていたら、近くで灯っていた炎の1つがフワフワと宙を舞って、目の前を横切って行った。クスクスと言う笑い声を残して。
「鬼火を見るのは初めてか。害はないから安心してくれ。
火の魔力が濃いところによく出るんだが、こんなにたくさんいるとは。やはり、火山から火の魔力が流れて来ているのは間違いなさそうだ。」
尋ねてみると、ジャスパーはそう答えた。むしろ、周りを照らしてくれるのでありがたいらしい。
ジャスパーはそのまま慎重に歩を進め、通路脇にあった小部屋に侵入。中でなにやらゴソゴソと調査を行い始めた。
俺たちはと言うと、口論の真っ最中だった。
「なんで私たちが外で待ってなきゃいけないのよ。」
「わたしも、たんけんしたい。」
「いや、でも危ないかもしれないし。二人は外で待っていてくれよ。」
ふくれっ面のミラとリヨンを、俺は努めて穏やかに説得する。とはいえ、これが中々の高難易度。経験則から言っても、分の悪い勝負になるのは分かっている。
「それなら、ロクとミラが外で待っていればいいじゃない。」
「えー、わたしもいきたいよ。」
「リヨンがジャスパーと?駄目だ。それは許されない。」
ほの昏い遺跡の中で二人きりなんて、破廉恥だわ。リヨンさんの不潔!!
などと、騒いでいると小部屋を調べ終えたジャスパーが戻ってきた。話の流れはおおよそ分かっていたのだろう。開口一番こう言った。
「まあまあ。旦那、心配なのは分かるけど、ここは皆で行ってもいいと思う。」
その台詞に2人の目が輝く。
「おい、無責任なこと言うなよ。リヨンはともかく。ミラはまだ小さいんだぞ。」
俺が抗議すると、ジャスパーはなだめるような口調になった。
「ちょっと聞いてくれよ。別に考えなしに言ってるわけじゃない。」
「まずはこの遺跡自体だが、おそらく古代神聖文明の工房か何かで、とりあえずそんなに危険じゃない。」
「なんでだ。こういう所って侵入者を防ぐための罠とかあるんじゃないのか。」
意外な言葉に、質問を返す。ジャスパーは軽く肩をすくめた。
「物語なんかじゃ定番だが、実際はよほどの重要施設跡でもなけりゃ、そんなことはない。
だって、ただの工房だぞ?来る奴を軒並み殺しにかかるような物騒な罠なんか元からつけない。いいトコ、非殺傷の捕獲罠だな。
まあ、現役で使われていた時は、さらに魔法設備くらいはあったかもしれないが、流石に長い時間の中で効果は失われている可能性が高い。」
なるほど。確かに、日本にいた時も遺跡にそんな罠があったなんて話はあまり聞かなかった。
なんとなく「異世界」+「ファンタジー」+「迷宮」=「デストラップ」のイメージだったが、そんなことはないのか。
「あとは、奥に魔物が住み着いている可能性はあるが、これはお嬢さん2人で外の魔物に出くわすのと、全員そろって中の魔物に遭遇するのはどっちがマシか。って問題だな。」
ジャスパーの言葉に俺は腕を組んで考えこむ。ふと、下を見ればリヨンとミラが期待の籠った目で俺を見返してきた。
君たち、そんなに行きたいのかい。ミラ、子供は普通暗いところを怖がるものじゃないのか。リヨン、鳥目とか大丈夫なのか。
そんな疑問が脳裏をよぎったが、口にはしなかった。
「俺とジャスパーの言うことを必ず守ること。危ないと思ったらすぐに引き返すからな。」
「わあ、ありがとー」
「さっすが、ロク。話が分かる。」
2人が笑顔を浮かべた。可愛い娘にお礼を言われれば、流石の俺もまんざらでもない気分になった。




