第26話:ドリさんの頼み
久々の魔物サイドです。
「頼みたいことがある。」
ある日、俺はそんな言葉でドリさんに呼び出された。もちろん、直接言われたわけではない。リヨンの伝言だ。
ドリさんから俺に頼み事とはかなり珍しい。ただでさえ、普段から世話になりっぱなしなのだ。断るわけにはいかないだろう。
俺はしばらく留守にする旨をハンクに伝えると、リヨンとミラと供に森に帰ることにした。
2人は数日ごとに行ったり来たりしているが、俺はかなり久しぶりの里帰り(?)になった。
ミラとリヨンを肩に載せ、聖樹の根元まで来ると最初にピンクさんが出迎えてくれる。
「あら~☆ロクちゃん、ひ、さ、し、ぶ、り~♪も~、さびしかった~!」
長くなるので、以下、省略。
ピンクさんをやり過ごすと、やっとドリさんの出番だ。
「おお、ロク。わざわざすまんかったな。大した用事じゃないのじゃが、お前以外に適任がおらんでな。」
それほど、すまなそうでもない口調だが、今さら気を使い合う関係でもない。俺はドカリと腰を下ろした。
「いや、別に大して忙しいわけでもないから、かまわないよ。それで、俺は何をすればいいんだ?」
ピンクさんで時間を使ったので、こっちはいきなり本題に入る。ドリさんも異存はない様だ。
「まあ、さっき言った通り、大した話じゃない。ちょっと、西の火山の様子を見てきてほしいんじゃ。」
西にある火山は人の足でも2日の距離。なるほど、そんなに大仕事という訳でもない。
ただ、行って帰ってくるだけならだが。
「なんでまた、そんなところに。」
「ふむ、お前さんはしばらく離れておったから分らんじゃろうが。最近、小鳥や小動物。それに小物の魔物で西の方から流れてくるモノが多くての。話を聞くと、どうも西の火山周辺で土地の魔力が急速に薄れてきているようなのじゃ。」
なるほど、この世界では土地の魔力=土地の活力といっても大げさではない。魔力がなくなれば森も勢いをなくすし、小動物も食い詰める。魔物の中には新天地を求めて移住するモノもいるだろう。
「その原因を探って来いってことでいいのか?」
「まあ、そうじゃ。と言っても、原因は十中八九、単に火山が勢いをなくしただけじゃろう。それで火の魔力が急速に衰えたとかな。
しかし、なにか大きな異変の前触れの可能性もある。それを見てきてもらいたいんじゃ。」
ふむ、話は分かった。ドリさんにしてみれば万が一の可能性でも心配は心配だろう。なにせ俺たちと違って移動して逃げるって言うことができないからな。
それに散々世話になっているドリさんの頼みだ。元から断ることは選択肢に存在しない。
「任せてくれよ。俺がきっちり調べてきてやるぜ。」
俺は威勢よく言って、胸を張った。
「それが、なんでこんなことになってんだ?」
山道をガシガシと歩きながら、俺はつぶやいた。無論、独り言だ。しかし、その独り言に答えが返って来る。
「なーに、まだグチグチ言ってるの?いい加減に切り替えなさいよ。」
「そうそう。おとこはあきらめがかんじん。て、ハンクさんがいってたよ。」
声の主はもちろんリヨン、それにミラ。
俺が背負った山ほどの荷物(食料、寝袋、天幕、その他諸々の生活用品。)の上に二人並んで座っている。
さっきまで二人で歌を歌っていた。
「いや、だってさ。俺だけなら荷物もいらないし、パッと行って、すぐ帰ってこれるじゃないか。」
俺が背負っているのは二人用の荷物だ。俺一人なら食料も寝袋もいらないし、寝なくてもいいから調査もすぐに終わる。そう主張したのだが、同行したいと言う二人の勢いを止めることはできなかった。
ドリさんは止めてくれるかと思ったんだが、ジジ馬鹿を甘く見ていた。ミラが少し小首をかしげておねだりしただけで、二つ返事で了承だ。
「ママとロクの言うことをしっかり聞いていい子でいるんじゃよ。」
の言葉にミラが元気よくお返事をしてフィニッシュだ。
諦めた俺は急いで準備を整えて、2人を連れて飛び出した。ぐずぐずしてるとホルンちゃんあたりが無理やりついてきそうな気がしたのだ。
「ママ、おなかすいた。」
「そうね。そろそろお弁当にしよっか。」
うん、完全に遠足だわ。コレ。
歩いてんのは俺だけだけど。
まあ、いい加減に切り替えるとしよう。天気は良いし、気候も温か。思えば村に引っ越してから家族サービスが減っていた気もするし、たまにはこういうのもいいかもしれない。
涼しい木陰に場所を決めて、3人で昼食をとる。
弁当のメニューはモルモラの肉を木の実のパン(クレープ?)で包んだサンドイッチとキイチゴに似た果物だ。
二人ともおいしそうに食べている。生粋のゴーレムなら気にならないのだろうが、転生前の「味の記憶」があるせいで正直羨ましくなることがある。
なので、二人にちょっと聞いてみることにした。
「おいしそうだな。どんな味がするんだい。」
まずはミラが元気よく口を開く。
「んとね。パンがやわらかくて、おひさまみたいなにおいなの。おにくはちょっとかたいんだけど、しょっぱくて、すこしあまくて、パンといっしょだとすごくおいしい。」
口の端にソースをつけて、見るからに幸せそう。俺もなんだか嬉しくなってくる。
リヨンは少し考えている顔だ。果物を1つ口に放り込む。
「んー、甘酸っぱい。って言ってもロクには伝わらないよね。口も舌もないんだもん。なんて言おうかな。」
確かに、今まで一度も甘さや酸っぱさを感じたことのない相手に「甘酸っぱい」と言っても伝わらないだろう。俺は前世の記憶があるが、皆には言ってないし。
考えながら、リヨンは羽根の先でミラのほっぺたを優しくつついた。くすぐたがってミラがくすくす笑う。リヨンは視線をこちらに戻して言葉を続けた。
「ミラのほっぺみたいに柔らかいものが、口の中でいくつもはじけるの。そうすると、楽しかった一日が終わるときみたいな。そんな感覚が口の中を通り過ぎていく。…だめね。私、詩人にはなれそうもないわ。」
「いや、そんなことないよ。二人ともありがとう。」
俺がそう言うと、二人は顔を見合わせて笑った。
なんだかんだ、楽しい食事だ。
その後も晩御飯まで歩き続け、翌朝は朝から行動開始。ときどき、ミラも歩いてみたり、退屈したリヨンが派手に歌ったりしたが、行程は順調そのもの。翌日の昼過ぎには西の火山へと到着した。
とりあえず、3合目ほどの所にある原っぱに天幕を張り、本日の寝床を確保する。その後で斜面を登りながら、何か異常がないか調べてみることにした。
中腹までの森林地帯ではそれほどの違いは感じられなかった。精々、少し森が静かだと思ったくらいだ。動物がよそに移動していると、ドリさんに言われたからそんな気がするのかもしれないが。
変化がはっきりしたのは中腹より上、岩石地帯に入ってからだった。
「確かに、魔力がおかしい。枯渇したってことだろうか。」
両の掌を地面につけた姿勢で俺はつぶやく。隣ではミラが俺の真似をして難しい顔をしている。可愛い。
リヨンは周辺の警戒を兼ねて、上空をひらひらと飛んでいる。
おかしいと言ったのは、この一帯の魔力が明らかに目減りした形跡があるからだ。単に魔力が少ないということではない。その場合は単純に場の魔力が希薄になるだけだ。
本がごっそり抜き取られた本棚のイメージがしっくりくるだろうか。感覚的にポッカリとした魔力の空白がある。
「火山からの火の魔力がなくなったのか。」
土属性である俺に他属性の魔力の詳細までは探れないが、少なくともドリさんはその可能性を疑っていた。
一言で魔力と言っても、そのありようは様々だ。
土の魔力はもちろん大地に宿り、風の魔力は空気中を流れている。緑の魔力は土や植物、それに森の中の大気にも宿っているし、水の魔力は量の多寡こそあれ、どこにでも遍在している。
火山から土地や空気中に供給されていた火の魔力がなくなり、その他の力が未だその空白を埋め切れていない。この土地からはそんな印象を受ける。
とはいえ、それなら話は簡単だ。この土地の力が衰えるのは心苦しい気がしないでもないが、火山活動は自然現象でどうしようもない。
別に不毛の土地になるわけではないはずだし、しばらくすれば少なくなったなりに魔力も安定するだろう。
このまま、明日くらいまで調べて何もなければ、帰ってしまおう。そうしたら久しぶりにガラードンやオヅノ君たちと組手をするのもいいかもしれない。
そんな呑気なことを構想をしていると、リヨンが声をかけて来た。。
「ロク、あっちになんか村みたいなものがあるよ。」
思わず俺はリヨンを見上げた。隣ではミラも同じポーズ。口が半開きだ。
「人間のか?それとも魔物の?」
どちらにしても、先住者との接触は避けたいところ。俺だけならなんとでもなるが、今日はミラとリヨンも一緒だ。もめ事は可能性の段階で排除したい。
「うーん、分かんない。てか、誰もいないし。廃墟?」
いや、疑問符つけられても分らんよ。まあ。誰もいないなら行ってみようか。調査目的で来ているんだし、なにか見つかるかもしれない。
結果から言うと、何も見つからなかった。
石と木を組み合わせた円柱型の小屋が立ち並ぶさまは、なかなか雰囲気があったが、本当に人っ子一人いないもぬけの殻。完全な廃墟。変わったところも特になし。
荷物なんかも綺麗に持ち去られていて、何が住んでいたかもわからない。
最初は探険気分ではしゃいでいたミラも、今は疲れてリヨンの背中でウトウトしている。
「もうすぐ日も沈む。今日はこのくらいにして、天幕に戻ろう。」
そう言うと、リヨンも異存はないと肯いて、寝ぼけ眼のミラと一緒に俺の肩に上ってきた。
肩の上でも船をこぎだしたミラをできるだけ揺らさないように気を付けながら、俺は廃墟の村を後にした。
本日の晩飯はモルモラの塩漬け肉と調査の合間に摘んだ山菜のスープ。木の実のパンだ。
料理をしている間に、寝ていたミラも再起動。今は出来上がりが待ちきれないとばかりに、スープの鍋とにらめっこをしている。
「たのも~!」
緊張感のない声があたりに響いたのは、その時だった。




