第25話:巫女・カサンドラ
聖都・ファクタに到着した日の翌日。
勇者・ライドと助祭のアルビは教会の一室に緊張した様子で座っていた。
大人組の3人は別室で待機している。
部屋の南側はほぼ全面がガラス張りになっており、白を基調とした内装と相まって、室内は眩いほどに明るかった。
案内役の侍女(中年女性)はお茶を出した後、奥に下がったため、今は室内にアルビとライドのみである。
「アルビ、いくら何でも緊張しすぎじゃないか。僕まで緊張してきたよ。」
そう言ったのはライドだ。緊張したとは言っているが、その口調には幾分の余裕がある。
隣に座るアルビの緊張がひどいので、かえって落ち着いてきているのだ。
アルビの方はと言えば、肩には力が入り背中は鉄板でも入っているかのようにまっすぐである。明らかに緊張しすぎだ。
「わ、分かってます。でも、しょうがないじゃないですか。まさか“予言の巫女”様と直接面会なんて。聖智教会の最重要人物。その一言は教皇様や国王様をも動かすんですよ。」
予言の巫女との面会。それが二人の緊張の源だった。
仲間とそろって教会を訪れたのが昼過ぎ、門前で用件を伝えると、すぐさま中へと通された。
通常なら立ち入りを禁止されているはずの区画まで、ずんずん案内されることを不思議に思ったアルビが確認してみれば。
なんと予言の巫女・カサンドラと直接の面会がセッティングされていたのである。
流石に面会は聖職者であるアルビと聖剣の勇者・ライドだけとのことだったので、ほかの3人は別室で待機しているのだ。
「しかし、予言をした本人から話を聞けるなんて幸運じゃないか。それに、僕は予言のことはほんの触り程度にしか聞いていないからな、やはり、気になる。」
それは王都司教・カタリとライドの師であるジンカイが相談の上で決めた事だ。
成長前にあまり余計な情報を与えて、ライドに先入観を持たれることを嫌ったのだ。
そして、どうせ聞くのであれば予言に近しい者の方がいい。と言うことである。
まあ、その二人にしても、予言の巫女本人から直接聞くことになるとは思ってもいなかったのだが。
ライドの言葉にアルビが答えようと口を開いた瞬間。観音開きの扉がわずかな音をたてて開いた。
視線を向ければ、侍女に導かれ1人の女性が滑るように入って来る。
一目で分かった。彼女が予言の巫女・カサンドラ。
年はライドたちと同じくらいだろうと思われた。
光輝く銀髪を腰まで伸ばし、日に焼けたことのない肌は抜けるように白く、唇は濡れたように赤い。
飾り気のない神官衣でも、その体の女性らしい曲線は隠せていない。
それでも、もっとも目を引くのは彼女の手にした錫杖と、耳と目を覆うバイザーだろう。
いずれも青い金属の光沢を宿す、直線的なフォルムのそれらは、どこまでも曲線的な女性のシルエットと合わさって、アンビバレンツな魅力を醸し出していた。
「神器、だ。」
どこか納得したような声が、アルビの口からこぼれた。
考えてみれば当たり前だ。あらかじめ未来を知る“予言”などと言う非常識。実現するには当然、それ相応の物が必要になる。
アルビのつぶやきが耳に届いたのか。女性が口元に笑みを浮かべた。
そこから鈴の様に澄んだ声が発せられる。
「一目で見抜くとは、流石はカタリ・テレーズの秘蔵っ子ですね。
はじめまして。私が“予言の巫女”。いえ、“聖剣の勇者”様にはこう言うべきでしょうか。
“予見の勇者・カサンドラ”と。」
“勇者”とは神器に適合し、その力を行使できる者の称号。で、あれば目の前の女性もまた勇者と名乗るに不足はない。
女性、カサンドラは言葉を区切ると、クスクスと笑いをこぼした。イタズラに成功した子供のように、無邪気なあどけない仕草だった。
その笑い声に我に返ったか。ライドとアルビがあわてて立ち上がり、挨拶と自己紹介を行う。
カサンドラは微笑みをうかべながら、それを受けた後。ソファに腰を下ろした。
2人にも改めてソファを勧め、新しいお茶を用意させる。
「ここにいると、お客様なんて滅多にないから、ちょっとはしゃいでしまいました。ごめんなさい。」
そう言うと、カサンドラは優雅な仕草でカップを口元へ運んだ。
ライドたちも応じるようにお茶を口に含む。その後で単刀直入に、本題を切り出した。
「既にお聞きとは思いますが、今日は聖剣の勇者に関わる予言についてお教えいただきたく、ここに参りました。」
カサンドラは鷹揚に肯いた。
「ええ、分かっております。ただ、それを説明するには、先にこの神器“カサンドラの瞳”について少し説明した方がよいでしょう。」
そう前置きをしてカサンドラは話し出す。
「先程、私が自らを“予見の勇者”と称した通り、この神器には未来の光景を見通す力があります。
ただ、同時にそれはひどく曖昧で不確定なものでもあるのです。
見たいものが見えるわけではないですし、見えても情景は断片的で、到来の時期も漠然と遠い未来か、近い将来かという感覚的ものです。
そんな中で、なんとか特定できた情報だけを教会、そしてグレイス王国に“予言”という形で報告しているのです。」
「それで、僕に関する予見はどのようなモノだったのですか?」
訪ねるライドの表情は真剣だった。自身に直接関係するとあれば当然だろう。
カサンドラはライドを見返した。バイザーで遮られてはいるが、その表情が真剣であることはよくわかる。
「私がその予見を得たのは、この役目を継いですぐ。10歳のころでした。
所々が掠れた不鮮明な情景でしたが。いくつかの場面は読み取れました。
1つ目は、聖剣を持つ貴方。今よりも少し年をとっていて、そして強大な魔物と戦っていました。」
懐かしい思い出を語るように、過去の予見を語る巫女。
「いくつか、と仰いましたが、他の場面はどのようなものだったのですか。」
ライドに促され、カサンドラは再び口を開いた。
「断片的で、判断がつかない場面も多かったので、明確に読み取れたのはもう1つだけ。
それは、女性です。少女と言ってもいいほど若い。いえ、アレが本当に人間なのか。私には分かりませんが、とにかく少女の姿をしていました。
燃えるような赤い髪に夕日の様に輝く瞳を持ち、多くの魔物を従えていました。」
「“聖剣の勇者の誕生”と“魔物を統べるものの降臨”」
アルビが口にしたのはカタリより聞いていた予言。ライドとちがって伏せられてはおらず、ある程度のことまでは聞いていた。
カサンドラは肯く。
「ええ、私の話を聞いた祐筆がまとめたものがその2つです。もっとも、後のモノは一般には知らされていないようですが。」
その理由はライドにもわかった。不吉な予言を公にして、わざわざ国民の不安をあおる必要はないということだろう。
そして、国が自分を鍛えるのは、その“魔物を統べるもの”への対策の1つではないかとも思い至った。
二つの予見の内容をさらに詳しく聞いた後、ライドは一旦礼を口にした。
「なるほど。予見の内容は分かりました。ありがとうございます。」
そして、改めて相談を持ち掛ける。
「僕たちは今、言ってみれば武者修行の旅をしているのですが、貴方から見てアドバイスなどいただけないでしょうか。」
言われたカサンドラは少しの間うつむいて考えていたが、やがて顔をあげた。どことなく、困っているように見える。
「ごめんなさい。先程申し上げた通り、自在に未来を見通せるわけではありませんので助言などは出来かねます。お力になれず、申し訳ありません。」
しょんぼり。と話す相手の姿に、ライドは少々慌てた。
「いえ、こちらこそ。貴重な話をお聞きした上に、ご無理を言って申し訳ありませんでした。」
とりなすように言うと、カサンドラもホッとしたのか口元に笑みを浮かべた。
カサンドラは、通常なら面会など許されないほどの要人である。
長居は良くないだろうと、話を聞き終えたアルビとライドがそれとなく辞去しようとしたところ、なんとカサンドラ本人から引き留められた。
「ここでは来客も稀ですし、私も気軽に外へ出られる立場ではありません。どうか、王都の様子や旅の出来事などをお話しいただけないでしょうか。」
そう頼まれては、否とは言えない。二人はもう一度腰を落ち着けた。
請われるままに、様々な話をした。
ジンカイによる厳しい修行。王都の華やかなパレード。パーティーの愉快な(?)面々。魔物との戦闘。村々の風物。
カサンドラにとって、どんな話も目新しい驚きに満ちているようだった。
コロコロと可憐に笑い、分からないことはオズオズと尋ね、魔物退治では息をのむ。
彼女は、とてもよい聴衆だった。
そんな会話の中で、アルビはあることに気が付いた。
いや、気が付いたというか、そもそもバイザーに隠されてろくに見えてはいないので、気にしすぎと言うべきなのだが。
しかし、なんだか。カサンドラの表情が、ライドを見る目が、熱っぽいような気がするのだ。
まるで、恋する乙女のような表情ではないか。
今日、出会ったばかりだぞ?と、思い。話に夢中なだけだろう。と、結論づける。
だが、どうにもスッキリしない。スッキリしないのだが、どうしようもない。
アルビがそんな風にささいなモヤッと感を感じながら話をしているうちに、どうやら面会の終了時間がきたらしい。
侍女に会話の切り上げを求められたカサンドラが不満気な表情を作る。
小さなため息が1つ。
「残念ですが、時間になってしまったようです。本当に楽しいお話をありがとうございました。」
心底、残念な様子にライドとアルビも後ろ髪をひかれる思いになる。
しかし、カサンドラの後ろではお付きの侍女が2人の退出を今か今かと待っている。
2人が立ち上がると、カサンドラもそれを見送るように立ち上がった。
丁寧なあいさつの後で、出入り口に歩き出す。
「ライド」
最後尾にいたカサンドラが、ライドの名前を呼んだ。唐突に、呼び捨てで。
ライドが振り向くのと、カサンドラのしなやかな体が、つぃ、と動くのは同時だった。
「なっ」
声をあげたのはアルビだった。思わず、握りしめた両手がわなわなと震える。
ライドは状況が未だ理解できておらず、侍女は頭痛を堪えるような顔をしながらも沈黙していた。
2秒か、それとも3秒後か。ようやく、理解が追い付いたライドがカサンドラの両肩を掴んでその体を引き離す。その顔は茹だったように真赤。
「な、なにを」
ようやく、言葉になったのはそれだけだ。
カサンドラはせつなげな表情でライドを見返していた。頬が赤く色づき、声はかすれている。
「ごめんなさい。ご不快にさせてしまいましたね。」
ライドは反射的にそれを否定する。
「いえ、そんなことは」
勇者・ライドも年頃である。美しい女性に口づけられて不快なわけがない。しかし、突然かつ、相手が相手だったので動揺が激しいのだ。
カサンドラはライドの視線を避けるように、わずかにうつむいた。右手の指が、先ほどまでライドに触れていた唇に、名残惜し気に添えられている。
「はじめて予見た時から、焦がれていたのです。今の貴方は予見した時より、少し頼りないけれど、その分だけ優し気です。」
返答の言葉が見つからないライド。カサンドラは気遣う様に微笑んだ。
「そんな顔をしないでください。これは、そう。祝福です。」
「祝福?」
質問を返すライドに巫女は深く肯いた。
「ええ。“予言の巫女”が“聖剣の勇者”へ、旅の安全と武運長久を願って与えた祝福です。ただのおまじないで、それ以上のものではないのです。」
その言葉は穏やかだったが、会話を打ち切る意思が込められていた。
主の意を解したのか。侍女がギリギリ失礼でない強引さで、ライドとアルビを外へと誘う。
「あなた方の旅路に幸多からんことを。」
カサンドラはその言葉で、笑顔とともに2人を見送った。
客のいなくなった部屋で、カサンドラは静かに佇んでいた。そこに、ライドたちを見送ってきた馴染みの侍女・オソノが戻って来る。
カサンドラ付き侍女の頭である彼女は部屋の中をざっと見まわした後、食器の始末をするべく入ってきていた他の侍女を下がらせた。
最後の1人が出ていくのを確認して口を開く。
「レシア様、先ほどの事ですが。」
レシア、それはカサンドラの前の名。“神器・カサンドラの瞳”を引き継ぎ、予言の巫女・カサンドラとなる前の。
今では知るものも少ない名だが、オソノはカサンドラが幼いころから養育に携わってきた女性だ。いわば、巫女にとっての母であり、姉でもあった。
とはいえ、普段はその名を呼ぶことがない。敢えてその名を使うのは、1つの場合だけである。
「お説教なら、後にして。」
侍女に背を向け、窓の外を見ていたカサンドラが、遠慮のない口調で告げる。
しかし、オソノは口を開いた。
「いいえ、レシア様。先ほどの事ですが、少々お戯れが過ぎます。貴いご身分なのですから、」
「戯れ、なんかじゃない。」
オソノの台詞は振り返ったカサンドラによって遮られた。
身を乗り出すようにして、切羽詰まった表情で。
「身分が、予言の巫女だということが、何だと言うの。所詮は教会の権威のいけにえでしょう。
巫女だ何だと聖女扱いされるけど、ただ、神器を扱えるだけの小娘でしかない。
適性があるから教会に買われただけで、元をたどれば娼婦の娘よ。」
「そのようなことを、おっしゃらないでください。」
オソノが痛ましいものを見るように、眉をひそめる。
カサンドラはわずかに冷静さを取り戻すが、その分断固とした口調で宣言する。
「私は、本気よ。心配はいらないわ。巫女の役目は果たします。
それでも、この恋だけは貴方たちに触れさせない。語ることも許しません。」
言うだけ言うと、カサンドラは再び窓の外へと向き直った。
その頑なな背中をオソノは気づかわしげに見守るのだった。
次回から魔物編にもどります。




