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第24話:聖都にて

※三人称視点


今回、ちょっと長いです。

「おぉ~。すごい!!」


 夕日に彩られた白亜の神殿を前に、ライドが思わず感嘆の声をあげた。

 4つの尖塔に囲まれた丸い屋根の神殿。その後ろには霊峰イベストが頂に白い冠を戴いて堂々と鎮座している。


 コウロゼン神聖国の聖都・ファクタ。王国中に多くの信徒を持つ聖智教の総本山に勇者一行が到着したのは、つい先ほどの事である。


 この旅の最初の目的地としてここが選ばれたのには、もちろん理由がある。

 それは「勇者の予言」がなされたのがこの地であるからである。

 より正確に言えば、教会の奥に住まう予言の巫女・カサンドラによって予言はなされた。


 今回は予言に詳しいものに面会し、予言の詳細確認と今後の相談を行うことが目的だった。

 そのために、王都司教であるカタリ・テレーズの紹介状も携えてきているのだ。


「正面に見えるのが、聖智教の総本山。ファクタ大教会です。後ろに控えているのが霊峰イベスト。」

 ライドと馬を並べながら説明しているのは、教会関係者である助祭のアルビだ。


 他の仲間3人のうち、騎士のコナーズとレンジャーのケイマーは以前に来たことがあり、ホムラの武人・ジンカイはそれほど興味がなさそうだった。

 そのため、彼女の説明はほぼライド専用となっていた。


「イベストの中腹、やや下に銀色の施設が見えませんか?」

「んー、ああ、確かにあるな。夕日を反射して光っているからよくわかる。」


「あそここそ、聖地の中の聖地。教会の者でも限られた者しか入れないオブセルブ遺跡です。あそこでは未だに古代神聖文明の高度な魔法技術が生き残り、魔導機械が稼働していると聞いています。」

「へぇ、それはスゴイな。でも、その口ぶりだとアルビは入ったことがないみたいだね。」


 ライドが感心しながら、そう言うとアルビは心の底から残念そうな顔をした。

「そうなんですよ。先生ですら片手で足りるほどしか入ったことがないんです。それも限られた調査済み領域だけとかで。私はその頃、10になるかならないかでしたから、お供も出来なかったんです。

 全く、うえの人たちは頭が固すぎますよ。私と先生に調査をさせてくれれば、ほんの一月で今までの古代神聖文明の常識を覆してあげるのに。

 古代神聖文明の遺構には危険なものもありますから、慎重になるのは分かるんですが、何もかも秘匿するばかりでは進歩が生まれないと思いませんか?」


「あ、ああ、そうだね。その通りだ。」

 予想外のアルビの勢いに若干退いているライド。流石に、その様子に気が付いたか。アルビも少しばかり冷静になる。


 そもそも、聖智教とは英知と慈愛の神・テクノラとそれに準ずる古代神聖文明を信仰の要とする。

 古代神聖文明の遺産である「神器」と、それに選ばれた「勇者」がこの国で重要視されるのもそれが理由だ。


 そして、聖職者とはつまり、神を奉ずるものでありながら、古代文明を探求する考古学者であり、さらには古代の魔法技術の高みを目指し、現状の魔法を改良しようと試みる魔法研究者でもあるのだ。


 そんな奴に専門を語らせれば、嫌が応にも熱くなる。

 今回はわずかな不満が噴出しただけで済んだが、運が悪ければ現状への不満から、自身の研究分野とその意義、さらには古代神聖文明に対する現在の仮説の講義、そしてそれに対するアンチテーゼ、そして今後の研究の展望、と際限なく湧き出してくるところだった。


 今、一行が馬に乗っており、落ち着いて話の出来る状況ではなかったのも幸いした。

 勇者・ライド、危機一髪である。


 そうこうしているうちに、一行は大教会のほど近く。質素ではあるが大きく頑健な舘に到着した。

「ここが、今日お世話になる聖教宿舎です。」

 アルビに促され、一行は門前で馬を降りる。門番にアルビが聖智教の聖職者であることを表すテクノラの(しるし)を示すと、すぐさま中へと案内された。


 聖教宿舎、早い話が教会関係者の寮である。

 外から聖都へ来た者も受け入れているのは、巡礼を行う者が多いからである。一般信徒用には格安宿が街中のそこかしこに設置されている。


 普段なら宿の手配はケイマーの仕事なのだが、聖都は助祭であるアルビの領分なので、今回は彼女に任されていた。



「すいません。ラッセルさん、この後ちょっといいですか。」

 割り当てられた部屋(アルビが1部屋。ジンカイとライド、コナーズとケイマーがそれぞれ2人用の相部屋だ。)に荷物を置いた後、アルビがライドに声をかけた。

 仮名で呼ばれるのも慣れたもの、ライドはすぐに反応した。


「ああ、構わないけど、何の用だ?」

 気やすく肯いたライドに対し、アルビは説明をする。

「いえ、今日のうちに教会に紹介状だけでも出しておきたいんです。そうすれば、明日以降の日程がスムーズになるので。

 でも、もう日も暮れていますから、助祭(わたし)だけだとまともに受け付けてもらえない可能性がありまして。」


 その後を引き継いだのは、横で聞いていたケイマーだ。流石にその辺りの機微は分かっている。

「なるほど、“勇者”と一緒なら無碍な扱いは受けないってことか。なかなか、教会も面倒くさいね。」


「ふム。それならば俺たち3人は先に食事に行かせてもらおウ。ラッセル、お前は助祭どのとともに行ケ。」

 そう言ったのはジンカイだ。ライドが肯くと、さらに続ける。


「それと、今日は少しばかり羽根を伸ばしても構わン。場合によっては、朝帰りでもいイ。」

 この言葉に反応したのは、むしろアルビの方だった。顔が明らかに赤くなっている。

 ライドはよくわかっていない様子だ。


 言うだけ言うと、ジンカイは踵を返し街へと歩いていった。コナーズとケイマーはジンカイの意外な発言に戸惑いながらも、それに続いた。


 後に残されたのはライドとアルビ。

 先ほどの師の言葉の意味はよく分かっていないが、微妙な空気は察知していたライドがオズオズと口を開く


「それじゃあ。まあ、行こうか。」

「そ、そうですね。行きましょう。」

 そういうことになった。




「しかし、さっきのは一体どういうつもりでなんですか?」

 騒がしい食堂の一角。四人掛けのテーブルで、ケイマーがジンカイに尋ねた。

 内容はもちろん、ライドとアルビを焚きつけるかのような先程の発言についてだ。

 既に食事は終わっており、各々酒を手にしてつまみを前にチビチビとやっていた。


「確かに、少々意外でした。今まではずいぶん禁欲的な指導をしていたのに。」

 ケイマーの隣に座っているコナーズも同調する。

 2人の向かいに腰かけたジンカイは面白くなさそうな顔をしたが、それでも、口を開いた。


「アイツが素直に過ぎるのでな、俺も調子に乗って少しばかり剣だけを鍛え過ぎタ。」

 それだけ言って、一旦口を閉じる。

 しかし、目の前の2人が良く分かっていないようだったので、さらに付け加えた。


「確かに腕は上がったが、今のままでは不足ダ。酒に博打に女遊ビ。身を持ち崩す遊びが出来る年になったくせに、免疫がなさすぎル。特に女ダ。いずれ、どこぞの女狐に(たぶら)かされて腑抜けにされかねン。」

 そこまで説明されて、2人も「あ~」と深くうなずいた。


「言われてみれば、ありそうな話ですね。ラッセル君は真っすぐだから、ちょっと影のある未亡人かなんかに泣きつかれて。そのまま、良いように使われてしまうとか。もしくは、女をネタにどこぞの貴族の私兵みたいにされてしまうとか。」

 なんだか妙な具体例を挙げるケイマー。


「しかし、それでアルビ殿ですか?身元は確かですが、本人の意思もあるでしょうに。」

 そう言ったのはコナーズだ。


 ちなみに、聖智教は別に清純さを求めていないので、聖職者でも所帯を持つことはできる。

 無論、淫蕩や婚前交渉が非難される程度の規律はあるが。


 ひどく真面目に見当はずれのことを言うコナーズにケイマーはクスクスと笑った。

「コナーズさん、本気ですか。ちょっと見ていれば、アルビさんがラッセル君を憎からず思っているのなんて、すぐわかるじゃないですか。

 それより、私としてはパーティーの中で変にこじれたりする方が心配なんですが。」


 そう言って肩をすくめるケイマー。コナーズはアルビにそんな気配があったかと、首を傾げて思い返している。

 ジンカイはやれやれ、という風情で再び口を開いた。


「いっそ、色街にでも放り込んでやろうかと思ったがナ。それが知れると、今度は助祭殿が気を悪くしよウ。

 それに心配には及ばんヨ。俺が言うのもナンだが、アイツは筋金入りの朴念仁ダ。助祭殿程度が如何にしようとも、毛ほども通じるものカ。

 今日の事も万が一、何かがあれば儲けものと思ったにすぎン。」


 この男、メンバーのことなど気にしていないような顔をして、案外観察している。

 それにしても、ライドとアルビ、双方に随分と失礼な物言い。

 コナーズとケイマーは否定も肯定も出来ずに、困ったような笑顔を浮かべた。




 その頃、筋金入りの朴念仁と助祭殿程度はジンカイたちとは別の店に腰を落ち着けたところだった。


「ラッセルさん。どうもありがとうございました。おかげで助かりました。」

「いや、こちらこそ。なんだか、かえって迷惑だったんじゃないか?」

「いえ、そんなことは、決して。」


 そんな風にお互いをねぎらう2人の顔は、明らかにくたびれている。


 教会では当初、ライドの身分を明らかにせず助祭のアルビ・トゥールーという立場だけで紹介状の取次ぎを依頼した。

 できるだけお忍びでと言う旅の方針があったからだが、これが予想通り、というか予想以上に対応が悪かった。

 けんもほろろ、とりつく島もなかったと言うしかない。


 まあ、時間帯が時間帯だから、しょうがない面もある。


 とはいえ、こちらも「はい、そうですか。」とは帰れない。仕方なく聖剣を出して勇者・ライドを名乗ったのだが、その瞬間にスゴイ手のひら返し。

 すぐさま応接間に通され、お茶が出る、菓子が出る、責任者も出てきて、頭を下げる。


 そのまま長話に付き合わされることになり、いよいよ夕食も出てきそうになったところで、なんとか紹介状を託して脱出してきたのだった。


 アルビとしては、司祭や司教と言った自分より位階の上の人たちと食べても気を遣うだけであるし、ライドにしてもやたらと持ち上げられてかえって気疲れしてしまう。

 脱出出来てよかった、というのが二人に共通する思いだった。


「まあ、紹介状も託してこれましたし、なんせ勇者の訪問ですからね。明日は頃合いを見計らって教会に行けばいいはずです。」

 気持ちを切り替えて笑顔を見せる。ライドも応じるように微笑みを浮かべた。


「それで、この店は何が旨いんだい。来たことがあるんだろ?」

 話題を切り替えるようにライドがアルビに尋ねる。

 アルビは以前、カタリとともにこの町に住んでいたことがある。そのため、少しはこの街の店などを知っていた。


「どれもハズレはないはずですけど、前は私も子供でしたから。そこまで詳しくはないんです。

 でも、そうですね。この鳥の香草焼きなんかはボリュームがあってラッセルさんにはおススメだと思います。」

「ふーん、じゃあそれにしよう。パンとかスープもついてくるの?」

「はい、特に断ったりしなければパンもついてくるはずです。」


 互いに注文が決まったので、ライドが店員を捕まえて注文する。女性店員はそれを聞き取ってから飲み物を勧めてきた。

「飲み物はいかがですか。今日は南方の果実酒があるんですが、飲みやすくって評判いいですよ。」


 言われて2人は顔を見合わせた。どちらも10代後半で、つまり背伸びしたい年頃でもあった。

「どうする?」

「ラッセルさん、飲んだことは?」

「…ほとんどないな。」

「私もないです。」



 この年で飲んだことがない。ジンカイ、ライドを純粋培養しすぎである。


 しかし、ジンカイにも言い分はある。

 2人がはじめて出会ったのはライドがまだ10代前半のころだった。


 これから成長期を迎える弟子に向かって、ジンカイは成長を妨げる酒や煙草の害を説いた。

 どうせ、年頃になれば師の目を盗んで勝手に遊びだすのだ。多少、厳しく言っておくぐらいでちょうどいい。と、思っていた。


 だが、ライドは師の予想以上に真面目であり、また教えに対して素直であった。

 この国では基本、10代も後半になれば酒を飲んでも咎められることはない。だが、ライドは手を出さなかった。

 興味はあったが、強いて手を出すほどのものではなかったのだ。それよりも訓練を行い、強さを磨くことの方が重要であった。


 ジンカイ、旅に出てから改めて弟子の純粋さに危機感を覚えた。

 王都では別々に過ごす時間がそれなりにあったが、旅をしていると一日中一緒にいることになる。その結果、今まで以上に弟子が見えて来た。

 そして、思ったのだ。「やべえよ、やべえよ。世間知らず過ぎんよ。」と。



 酒を注文しようか迷っている2人。その背中を店員はわずかに押す。

「本当におススメよ。そんなに強くないし、値段も手ごろだから試しに1杯ずつ、いかが?」


「そうだな。先生も今日は羽根を伸ばせと言ってくれたし、たまには良いかもな。アルビはどうする?」

 ライドは少し考えるとそう言った。

「あ、じゃあ。わたしも、一杯だけ。」

 アルビがそう言うと、店員は笑顔で去って行った。


 アルビの顔が既に赤くなっているのは、さっきのライドの台詞でジンカイの「朝帰り許可発言」を思い出してしまったからだ。

 まだ一人前の大人という訳ではないが、結婚していても可笑しくない年齢だと言うのに少々ウブすぎる。


 しばらくして、湯気をあげる料理と杯に満たされた酒が運ばれてきた。

 恒例の神への祈りを終えた後で、ライドとアルビがはオズオズと酒を手に取った。

 なんとなく顔を見合わせて、どちらともなく杯を掲げる。


「それじゃあ、乾杯。」

「か、乾杯」

 ぎこちない動作が初々しい乾杯を終え、ライドがゴクリと、アルビは舐めるように杯に口をつける。


「ん、本当に飲みやすいな。甘いけどすっきりしている。」

「そうですね。爽やかでおいしいです。」

 ライドの言葉に、アルビも笑顔で応じる。飲めそうなことに安心したのか。もう一度、今度は先程より少し多めに口に含んでみる。

 さわやかな甘さと香りが冷たく舌を滑る。やはり、おいしい。


 はじめてのお酒の後は。もちろん料理だ。ライドは鳥肉に、アルビは魚の煮込み料理にそれぞれフォークを伸ばす。

「こちらもおいしい。アルビの言うとおりにして正解だったな。」

「そんな、大げさですよ。でも、喜んでもらえて嬉しいです。」


 笑顔の2人、夕食は和やかな空気で進んでいった。




「ど、どうしよう~。」

 翌朝、宿舎の部屋でアルビは青くなっていた。


 別に裸で目覚めたわけでも、隣にライドが寝ていたわけでもない。二日酔いにもなっていないし、記憶だってしっかりある。……途中までは。

 そう、途中までは。

 とはいえ、服装は乱れていないし、幸か不幸か変なことにはなっていない。はずだ。


「うわぁああ。」

 再度、その「途中までの記憶」がフラッシュバックして、たまらず悲鳴をあげるアルビ。

 布団にくるまり、寝台の上を縦横無尽に転げまわる。


 酒だ。やはり酒なんか飲むべきではなかったのだ。アルビは深く後悔していた。

 最初はよかった。気分が良くなって、ライドとも今までにないくらい楽しく話が出来た。

 相手も自分もすごく笑っていた。


 そうだ。だからこそ、普段聞けない事とか、言えないことを色々聞いてしまった。言ってしまった。

 具体的には「好きな女性いるんですか。」とか、「私みたいな幼い見た目の女は嫌ですよね。あ、一般論。一般的な男性の意見として!!」とか。

 しかも、ライドが困った顔をしながらも律儀に答えてくれるもんだから。ドキドキして、喉が渇いて、いつの間にかお酒をおかわりしていた。


 飲みすぎたと気づいたのは、勘定を終えて店を出た時だった。自分ではしっかりしているつもりだったが、段差に足元がふらついた。

 それをとっさに支えてくれた後で、ライドは歩けるかと聞いてきた。もしよければ背負っていこうか、とも。


 そのまま、おとなしく背負われておけば、まだ良かったのに。

 ライドの顔が近くて、胸が高鳴った。気が付けば、口が勝手に動いていた。


「なんで抱っこをおねだりしちゃうかな~。私ってやつは~!!」

 思い出すだけで恥ずかしさで死にそうになるアルビ。


「しかも、ライドさん。やってくれちゃうし~!!」

 はい、アルビ死んだ。いま、恥ずかしさで死んだよ。

 でも、一番の被害者はアルビじゃない。なぜなら、そんなバカップルを目撃させられた聖都の皆さんが一番の被害者だから。


 最初はガチガチに緊張していたアルビだが、ライドの腕の中で揺られるうちに一層酒が回ってきたのか。

 急速に眠気が迫って来て、それで。

「っ~~~~~~~~!!」


 てか、そこはもう手を出せよ。ライドさん。

 据え膳ってレベルじゃねーぞ。むしろ、失礼にあたるぞ。

 なに紳士的に寝台に寝かせた上に、優しく布団かけちゃってるんだよ。コラァ!!


 いや、まあ分かるよ。そもそも、子供にしか見えなかったのかもしれないし。

 そうでなかったとしても、相手が酔いつぶれて合意も定かでない状態で手を出すのは紳士的、いや、勇者的にノーグッドだ。

 さらには、宿舎は教会ゆかりの施設で、師匠たちが隣にいる。連れ込み宿を探せるほどの土地勘はもっていないし、そもそもそんな発想があったかどうか。

 男でも初めてはシチュエーションに拘りたい部分もあるし。


 うん。まあ、無罪!!。


 結局、流石に遅刻は出来ないからと覚悟を決めたアルビが部屋を出るのが大体30分後。

 ライドと顔を合わせて互いに赤面し、大人組が異変を悟って顔を見合わせるのが、さらに5分後。


 みんな、お酒の飲みすぎには気を付けよう。

※今回の話の中で飲酒を行っている人物はすべて、物語の舞台であるグレイス王国において飲酒が問題ない年齢に達しています。


ラブコメって難しい。

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