第23話:聖都の手前
※三人称視点
王都・インストラを出立してから、20日近くたったある日。
勇者・ライドとその一行はコウロゼン神聖国、そして聖都・ファクタのほど近くまで到達していた。
神聖「国」とは言っても、ほとんど王国内における自治領扱いのため、関所なども簡単なものしかない。
時刻もまだ早く、今から急げば晩にはファクタに到着できる。
しかし、現在の一行は街道から離れた森の手前に腰を落ち着け、休息をとっていた。
こんなところで何をしているのか。
答えは簡単。「魔物退治」である。お忍びのこの道中。ライドはラッセルと名乗り、一行は少人数の傭兵団を装っている。
その設定に基づき、神聖国へ向かう道中で立ち寄った街で魔物退治の依頼を受け付けていたのだ。
無論、ライドの修行のためである。
ライドとアルビの年少組から、「依頼料は必要ないので、依頼元に還元してはどうか」と言う意見もあったが、年長組に否決されている。
理由は簡単。相場を無視すれば、魔物退治を生業にしている他の傭兵たちの恨みを買うことになるからだ。
そのうえ、無料にされた村の方は次回以降もそれを期待するだろう。その時に料金への不満から傭兵団との関係が悪化すれば、結局は村の防衛にとってマイナスとなる。
ずっとその街に住み続け、常に助けてやれないのなら、それはするべきではないのだ。
「ラッセルさん、大丈夫でしょうか。」
少しばかり不安げな顔で、そうつぶやいたのは助祭の少女アルビだ。手元には武器である錫杖が置いてある。
いざという時に、間違って本名で呼んだりしないよう、仲間しかいないところでも仮名でライドを呼んでいる。
「ケイマーがついていル。心配いらン。それに、剣牙虎程度に後れを取るようなら、所詮その程度の男だったということダ。」
たき火を挟んで答えたのは、東方の武人・ジンカイ。
ライドの師にあたるというのに、その口調には味も素っ気もない。
旅の仲間で、今ここにいないのは3人。勇者であるライド、騎士であるコナーズ、そしてレンジャーのケイマーだ。
コナーズは一行の足である6頭のコルダに草を食ませに行っているため、村からの依頼である「サーベルタイガーの討伐」にはライドとケイマーが向かったのみだ。
ケイマーには標的の捜索以外は手を貸さないよう、ジンカイがきつく言い含めてあるため、実際に討伐に向かったのはライドだけとも言える。
「やっぱり、皆で行くべきでした。近くまで行って、手を出さなければいいじゃないですか。」
未練がましく、不満をこぼすアルビ。ジンカイはニコリともせずそれに応じる。
「いつでも助けてもらえるような状態で戦って何になル。天秤の両側に等しく彼我の命を乗せるからこそ、意味があるのダ。」
それに、とジンカイは続ける。
「今回は斬魔刀の使用まで許可したのダ。それで、サーベルタイガーごときに負けて来るようならば、俺が改めて引導を渡してやろウ。」
ジンカイの狂気すら感じさせる物言いに、まだ年若い助祭の少女は息をのむ。
剣牙虎は弱い魔物ではない。成体であれば体長は2メートルを優に超え、巨大な牙、強靭な爪は触れたものを例外なく破壊する。
厚い毛皮と筋肉の鎧に守られ、生半可な攻撃は通用しない。さらには固有魔法によって変幻自在に動きまわり、相手に的を絞らせない。
熟練の傭兵団と言えども、被害を覚悟して戦わねばならない難敵である。
しかし、それは常人にとっての話だ。神器たる斬魔刀。その機能の1つ、身体強化。
膂力、敏捷性、耐久力、持久力さらには反射・反応の速度。ジンカイの教えにより、剣技・兵法を身に着けたライドがさらに強化されれば、多少強力な魔物とは言えども物の数ではない。
ジンカイはそう考えていた。
ちなみに斬魔刀は聖剣の別名である。ジンカイの国、ホムラでは斬魔刀。このグレイスでは聖剣。特に不都合はないので、ジンカイは慣れた呼び名で呼んでいる。
「確かに、聖剣のすごさは知っていますが万が一と言うことが…。」
心配なものは、心配である。とさらに言い返すアルビだが、肝心のジンカイはそれを全く聞いていなかった。
代わりに森へと視線と注意を向けている。そして、一言。
「どうやら、終わったようダ。昼前には戻ってくるだろウ。」
そう言うなり、ゴロリと横になる。そのままイビキをかき始めた。
その後は、アルビが何を言ってもイビキが返って来るだけであった。
果たして、ジンカイの言った通り、ライドとケイマーは昼前に戻ってきた。
その背中には、毛皮などの戦利品が積まれている。
「ラッセルさん、ケイマーさん。ご無事で何よりです。もう少しで食事の用意が出来ますから、待っていてください。」
アルビがそう言って出迎えると、二人とも笑顔で応えてくれる。
「そりゃ助かる。まだ暗いうちから森の中を駆け通しで、流石に限界だ。」
ライドはそう言うと、荷物を下ろしてたき火の周りに腰を下ろした。ケイマーもそれに続く。
既にコルダを連れて戻ってきていたコナーズが、湯を入れたカップを二人に差し出すと、二人ともありがたそうに受け取った。
よく見れば、ライドはあちこちに小さな傷を負っていた。それに気が付いたアルビが落ち着かなげに様子をうかがいだす。
一応、手当はされているようだが、包帯には血のにじんだモノもあり痛々しい。
もっとも、魔法による治療は、緊急事態を除いてジンカイに禁じられている。
曰く、「傷が残れば、おのずから自分の手落ちを思い出せるだろウ。未熟者には似合いの化粧ダ。」とのことだった。
「それで、首尾はどうだっタ?」
ジンカイが尋ねる。相手はライド本人ではない。近くで見ていたはずのケイマーだ。
苦笑じみた笑みを浮かべたケイマーは、「剣術は専門じゃないんですが」と前置きしてから話し始める。
「やはり、聖剣の加護はすさまじいですね。割と大型の個体だったんですが、正面からぶつかって当たり負けするどころか。むしろ、押しているように見えました。
ただ、身体強化にまだ慣れていないせいか。少し、手間取った印象です。」
ジンカイはその答えに頷くと、はぎ取ってきた毛皮を広げさせた。そこに見える傷跡を一つ一つ数えるようにする。
おそらく、戦いの様子を頭の中で再現しているのだろう。
それが終ると、ジンカイはライドに向き直った。
鋭い眼光に、自然とライドの背筋が伸びる。
「未熟、極まりなイ。」
「ハイ」
ジンカイの言葉に、ライドが間髪入れずに返事をする。
「自分の速度に振り回され、踏み込むべきに踏み込めず、退くべきに退けておらヌ。勝つべきところで勝てぬから、勝負が長引ク。相手をむやみに傷つけ、挙句に手傷を負う無様。下の下ダ。」
「はい、申し訳ありません。教えを十分に発揮できませんでした。」
小さくなるライド。
一方、再び毛皮に目を落としていたジンカイは、包みの中にサイズの小さい毛皮が2枚あることに気が付いた。
「コレは、どうしタ?」
尋ねられたケイマーが、ライドの方をちらりと見てから、口を開く。
「剣牙虎が仔を連れていまして。生まれたばかりのが、2頭。まあ、御覧のとおり仕留めました。」
「それは、ケイマー殿ガ?」
「いえ、ラッセルさんが。私は毛皮の処理をしただけです。」
肯くジンカイに向かって、ライドがさらに説明を加えた。
「親を仕留めた後、亡骸に寄ってきたんです。
幼い仔とはいえ、逃がしては将来人喰いになりかねないと思い、切りました。」
ジンカイはもう一度肯いた。
「魔物は頭がいいモノも多イ。生まれたばかりとは言え、親の仇を忘れはすまイ。逃がして、万が一にも生き延びられれば、10年後には立派な人食いになル。いい判断ダ。」
そこで言葉をきったジンカイは、口の中で1つの台詞をかみ砕いた。
誰も聞くことのなかった台詞、それはこんなモノだった。
「だが、躊躇いがなさすぎル。」
しばしの沈黙の後、ジンカイは普段と同じ仏頂面で再度言葉を発した。
「まあ良かろウ。今日の所はこれ以上言うことはなイ。精々、励メ。」
「はい、ありがとうございます。」
それで、講評は終わりになったらしい。
一座の空気が柔らかくなり、はたで見ていたアルビもやっと肩の力が抜けた。
昼食の準備を終えたコナーズが、ことさら明るい声で呼びかける。
「まあまあ、ともかく戦勝祝いです。代わり映えのないメニューですが、このコナーズとアルビ殿が心を込めましたので存分に味わってください。」
そう言って、深皿にスープをよそって出した。中にはイモや豆、それに肉がゴロゴロと入っている。
スープとその他の食器が皆に行きわたるとアルビは胸の前で手を合わせ、指を組み合わせた。
他の者も同じようにしたのを確認し、食前の祈りを行う。
「英知と慈愛の神テクノラ様。今日もまた貴い糧を得させていただいたことに感謝いたします。光を。」
にぎやかな食事が始まった。とは言っても会話が多いわけではない。男たちによる、食事の取り合い。奪い合いがうるさいのである。
いつもは紳士的なコナーズも、飄々としたケイマーもこの時ばかりは獣の様。
普段は厳格な師弟関係のジンカイとライドも、無礼講なのか遠慮がまったくなくなる。
「あ、お前、何やってんだ。その干し肉は俺のだろう!!」
「何言ってるんですか。早い者勝ちでしょうが!!」
「貴様、何杯食べるつもりダ。少しは師に遠慮をしロ!!」
「先生は昼まで休んでたじゃないですか。働いてきた弟子をねぎらってくださいよ!!」
本当に、騒がしい。
元々、旅に出た当初はここまでの騒ぎではなかったのだ。
しかし、ライドとジンカイの師弟が毎食、マナーなど知らぬとばかりに掻き込み、隙あらばすべてを食べつくそうとした結果、ほかの2人も早々に毒されてしまった。
大鍋一杯のスープや山盛りのパンがアッと言う間に消え去る様子は圧巻で、アルビなど時々見ているだけでお腹いっぱいになるほどだった。
まあ、先ほどの説教モードよりは、こちらの方がマシである。
とはいえ、アルビとしては「勇者の一行」がこれでいいのかと、日々考えずにはいられないのだった。
ちょっと、勇者編が続きます。




