第15話:ガール・ミーツ・ロック(後編)
※今回、三人称視点です。
つらい境遇も、結局は日常になる。
リヨンは傷つきながらも、日々をやり過ごす。
もっとも、人間であれば思春期にあたる多感な時期だ。祖母レントーラの影ながらの助けがなければ、とても耐えきれはしなかっただろう。
そんな、不幸せではあっても、少なくとも平穏ではある生活が崩れたのはほんの些細なことが切っ掛けだった。
一族の娘のうち、年の近いものが集まり、魔法や言葉、それに歌を学ぶ訓練。その休憩時間。
リヨンの最も苦手とする「合唱」訓練の後の事だった。
皆から少し離れて腰を下ろしていたリヨンに、集団の中でも年少の2羽が近づいた。
1羽は鮮やかな黄色、もう1羽は透き通る青。美しい色の羽根を見せつけるように、リヨンの前に立つ。
「リヨン、アンタどうにかできないの?アンタのせいで、合唱が全然上手くできないじゃない。」
「そうよ、アナタ抜きでなら簡単にできるのに。散々だわ。」
言いつのる2羽の眼は無邪気な冷たさに光り、弱い立場の者を責めることの下品な喜びに濡れている。
そもそも、「合唱」は互いに魔力を重ねるもの。誰か一人を責めてどうにかなるものではない。しかし、それをとがめるべき年長の者は定番の見世物とでもいう様に、高見の見物を決め込んでいる。
「ごめんなさい。私も一生懸命やっているんだけど、どうしても上手くできないの。」
この程度のことにはリヨンも既に慣れ切っている。だが、そんな様子が相手には面白くなかったようだ。
「何をすましてんのよ!分かってるなら、1人で練習でもなんでもしなさいよ。いつも変な歌ばかり歌ってるから下手なままなんでしょ。」
聞かれているとは思わなかった。荒れ地で歌っている歌のことを言われ、リヨンの表情がわずかに動いた。それを見逃す相手ではない。
「本当、あんな騒音鳴らして何やってるやら。薄汚い砂かぶりのクセに歌まで歌えないんじゃどうしようもないじゃない。」
「アナタの母親も汚い羽根をしてたらしいじゃない。そのうえスゴク馬鹿だったって。この親にしてこの子ありだって、母様が言ってたわ。」
「っ!!」
母のことまで罵られ、思わずリヨンは立ち上がる。その時、それが起こった。
繁みから飛び出していた1本の枝。そこにリヨンの足首に着けられていた小さな飾りが引っかかったのだ。
革ひもに木彫りのビーズを通しただけの、くたびれた粗末なアクセサリー。
「ァッ!」
弱っていた革ひもが切れ、ビーズがあたりに散らばった。
リヨンは失敗をした。
敵に囲まれた状況で、そんな風に取り乱すべきではなかった。
驚き、狼狽え、粗末なビーズ飾りが自分にとってどれほど重たいものであるのか、目の前の娘たちに教えてやるべきではなかったのに。
直接相手をしていた2羽だけではない。周りの者の目が皆、冷たい悦びの予感に細められた。
「どうしちゃったの?変な声出して。」
「あら、変な声は元からよ。でも、大丈夫かしら。アクセサリーが壊れてしまったみたいだけど。拾い集めるのを手伝ってあげようか。」
「大丈夫、そんなに多くないし、すぐ拾えるわ。」
親切心など欠片も見えない2羽に答えながら、必死にビーズを集めるリヨン。
その格好はいささか滑稽でもあったが、その程度で満足する相手でもない。
「そんなこと言わないでよ。これでも親切で言ってるのよ。ホラ、」
黄色い羽根の1羽が足元に転がっていたビーズを1つ。つま先で拾い上げる。リヨンが余裕なく視線を向けたその先。
パキリ、と軽く乾いた音がした。
「あら、ゴメンなさい。思ったより脆いのね。」
砕けた木片が地面に転がる。わざとらしい謝罪の奥で、瞳が悪意にゆがんでいる。それを見た瞬間、リヨンの中で何かが決壊した。
「―――――――――!!」
喉の限りに叫びをあげ、目の前の相手に躍りかかる。凶暴な感情、噴き出す悲しみ。与える痛みと与えられる痛み。
そして、意識の断絶。
夢を見ていた。母の夢を。まだ自分が幼く。母もまだ少しだけ元気だったころの夢を。
体調のいい日、母は歌を歌ってくれた。優しい子守唄を。
目を開いても、優しい旋律は逃げて行かなかった。細く、小さく続いている。
「かあ、さま?」
声を出すと、今度こそ唄が途切れた。代わりに深く、柔らかな声。
「目が覚めたかい。」
「…おばあさま。」
群れの長、祖母レントーラが自らの寝床の上に身を起こし、こちらを見ていた。歌っていたのは彼女だろうか。
この時になって、リヨンは自分の状況を省みた。レントーラのものに並べて用意された寝床に寝かされている。ということは、ここは彼女の巣なのだろうか。
身体は打ち身や切り傷だらけで、少し動いただけで痛みが走った。
「痛っ」
「全く、無茶をする子だね。本当に、誰に似たんだか。」
レントーラの口調にはどこか郷愁を感じさせる響きもある。
「おばあさま、申し訳ありませんでした。群れの中であんな騒ぎを起こすなんて」
リヨンがうなだれながらそう言うと、祖母はヤレヤレと肩をすくめた。
「安心しなさい。お前のケガが一番ひどい。他は大したことはないよ。」
「そうですか。」
そこまで話したところで、不意にレントーラがせき込んだ。乾いた、力のない咳。それが執拗に長く続いた。
お痩せになった。
リヨンは改めてそう感じた。かつては内に秘めた強さを感じさせた細くしなやかな背中が、今は心細げに震えている。
やがて、咳が治まるとレントーラが顔をあげた。居住まいを正し、まっすぐにリヨンを見て口を開く。
「リヨン。私は、お前を群れから追放しなければなりません。」
唐突な宣告。
リヨンの息が止まった。縋るように見返した祖母の瞳、そこには自責の念と悲しみ、そして優しさがあった。
その眼から、リヨンは祖母の心を知る。
レントーラは目を細め、寂しげな笑みを浮かべた。
「大人しいかと思えば、無鉄砲なことをして私を心配させて、そのくせ妙に察しがいい。お前は本当に母親に似ているわ。」
「おかあさまに」
リヨンの問いにレントーラは肯いた。
「あの足飾りは、あの娘の形見だったんでしょう。」
その台詞がリヨンに騒動の発端をはっきりと思い出させた。
「そうだ。ビーズを」
「ロードピスに集めてもらったわ。全部ではないかもしれないけれど。」
レントーラの五女ロードピス。子供が少なく、派閥的な影響力もないためレントーラのそば仕えのようになっている。リヨンの母とも仲が良かったのか、唯一リヨンに好意的な叔母でもあった。
レントーラの指した先に、新しい革ひもで括られたビーズが盆に乗せられていた。
しかし、やはり数が減ってしまっている。おそらく、ほかの娘たちによって砕かれてしまったのだろう。
残念だが、仕方がない。
頭ではそう思うのだが、心中は穏やかならざる思いでいっぱいだった。
盆を前に複雑な表情をしているリヨンをレントーラが枕元に呼んだ。リヨンが腰を下ろすとその足首に、真新しい革ひもを結びつけてくれる。
優しい、指づかいだった。
「今回の一件で、皆、殺気立ってしまっている。私ももう年で、お前を救うことも、守ることもできない。まだ幼いお前を1人で放り出すことになるけれど、それくらいしかしてやれることがないの。」
初めてレントーラが目を伏せた。リヨンは祖母の痩せた体に寄り添う。
「大丈夫です。心配しないでください。」
顔を挙げたレントーラに笑顔を向けてリヨンは続ける。
「だって、私。おばあさまの孫で、おかあさまの娘だから。」
それを聞いた老鳥の、皺のよった頬を1粒の涙が伝って落ちた。
共に過ごす、最後の夜。
リヨンが母の話をせがみ、レントーラが娘の思い出を語る。祖母はかつて娘に伝えた子守唄を、今度は孫に教えた。
夜遅くまで、二羽の人頭鳥の間に話は尽きなかった。
翌朝、まだ夜が明けきらぬ頃。リヨンは準備を終えていた。
体の痛みは残っていたが、それ以上に元気もある。
「それでは、おばあさま。いってきます。」
「ええ、貴方の旅路によき風のあることを」
その言葉を受け取って、リヨンは旅だった。故郷を離れ、まだ見ぬ空へ。
祖母だけが見送りの、静かな旅立ちだった。
まだ若すぎる人頭鳥の一人旅。それはつらく、寂しいものだった。
持ち出したわずかばかりの食料は、体の痛みが取れるまでの数日間で食べつくした。
その後は十分に食料を得られずに空腹を抱えて眠れぬ夜を過ごすこともあった。
さらにはグレイハウンドの群れに追い立てられたり、魔物狩りの傭兵たちから危ういところで姿を隠したりと、気の休まることが少なかった。
しかし、なかでも1番堪えたのは唄が思い切り歌えないことだ。
まだ若いハルピュイアなど、群れから離れてしまえば非力な被捕食者に過ぎない。
そんな状況で、自分の居場所を声高に知らしめないくらいの知恵はリヨンも持ち合わせていた。
母や祖母を想い、一人涙する夜が続いたが、その間にも手足は伸び、胴を覆っていた綿のような産毛が徐々に抜けていく。
羽根の色は相変わらず派手でも美しくもなかったが、リヨンの体は急速に大人に近づいて行った。
春から夏へと向かう季節の流れに合わせて、北へと翼を向けていたリヨンが天境山脈の麓までたどり着いたのは、夏もそろそろ終わろうとしている時期だった。
その荒れ地に羽根を休めたのは、見晴らしが良いのに加え、どこか故郷の見慣れた風景に似ていたからだろうか。
そんな感傷に浸っていると、自然と思い出が旋律を連れてくる。
気が付いたときには、歌い始めていた。
母を想い、祖母を想い、故郷を想う唄。里で覚えた一族の唄ではない。自分の唄。
久しぶりに溢れ出した音は、とどまることなく流れ出した。
どれほどの時間がたったのか。昼前に歌い始めたはずだが、歌い終えた時は、既に太陽が傾き始めていた。
と、突然背後からガンガンと騒がしい音が響いてきた。
驚いて、振り向いたリヨンの目に、両の掌を打ち鳴らす岩石精の姿が飛び込んできた。咄嗟に身構えたリヨンに対し、相手はのんきな声をかけてくる。
『いやー、いい歌だね。声もいいし、曲もいい。君が作ったの?』
この言葉にリヨンは驚いた。なにせ自作の曲を誉められたのは生まれて初めてのことだ。祖母であるレントーラも、否定こそしなかったが、良いとは思っていないようだった。
「ホント!?本当にイイっておもった?」
そう言って、リヨンが振り向くと、今度はゴーレムの方が素っ頓狂な声を上げて視線を逸らした。
『ちょっ、なんで裸なんだよ。服はどうした!?』
先ほどまではリヨンが、半ば自分自身の体を抱きしめるようにしていた。そのために、ゴーレムにはその体がハッキリとは見えなかったのだ。
ゴーレムは慌てているが、リヨンにとっては普段通りの格好である。
「そんなの別に良いでしょ。それより答えて。本当に私の唄をいいと思ったの!?」
『いいからって、言われても…。ていうか、泣いてるのか?』
「泣いてないわよ!!」
嘘である。歌っている最中に懐かしさと寂しさが込み上げてきたせいか。リヨンの瞳は濡れていた。
そんな、どうにもかみ合わない2人のやり取りを中断させたのは、リヨンのお腹から聞こえて来た間延びした音であった。
いわゆる、腹の虫である。
ゴーレムが呆気にとられ、リヨンの顔は真っ赤になる。
一拍おいて、ゴーレムがおずおずと口を開いた。(ゴーレムなので口はないが)
『あ~、もしよかったらなんだけど』
「なによ。」
リヨンの口調がつっけんどんなのは許してやってほしいところ。乙女心的に考えて。
さっきまで寂しさに濡れていた瞳が、いまは恥ずかしさに濡れている。
『もう少し下りた森の中に知り合いの樹木精がいるんだ。木の実で良ければ分けてもらえるだろうし、着るものも当てがあるから。』
台詞が進むにつれてゴーレムの口調が次第にたどたどしくなるのは、リヨンが不審げなジト目で睨んでいるせいだろう。
一方で、リヨンも考えていた。果たして、目の前のゴーレムは信用できるのか。
ゴーレムはあらゆる意味で欲のない種族のハズで、何かよからぬことを考える可能性は低い。
そのうえ、相手は何というか緊張感の欠片もない様子で、とても悪事など出来そうもない。
さらに、自分を省みてみれば、大して食べるところもなければ(そもそもゴーレムは食事をしないし)、見目がいいわけでもない。わざわざ、罠にはめるほどの価値もないような気がする。
「いいけど、変なモノ出さないでよ。」
しばらくの沈黙ののちにリヨンがそう言うと、ゴーレムはあからさまにホッとした。鼻も口もないくせにやけに表情が豊かだ。
『ああ、分かった。案内するからついて来てくれ。』
そう言って、先に立って森の中に進んでいく。リヨンも後に続いたのだが、ゴーレムのスピードが微妙だった。
一応、リヨンに気をつかっているようなのだが、歩いていくには速すぎ、飛んでいくには遅すぎる絶妙な速度で歩いていくのだ。
チョコチョコと歩いては、ほんの短い距離を飛ぶ。そんな風にしていたリヨンだったが、だんだん面倒になってくる。
結局、少しばかり迷った後で、意を決して大きく飛び上がった。
『うわ、なんだ?!』
ゴーレムが驚くのも当然だ。後ろをついて来ていると思っていたハルピュイアが、急に自分の肩に乗ってきたのだから。
リヨンはその様子にクスクスと笑いをこぼす。
「なに、変な声出してんの。さあ、全速前進!!」
『おまえなあ、』
ゴーレムは呆れた声を出したが、それでも満更でもないようでスピードを上げた。
ドシン、ドシンと地響きがして、そのたびにリヨンの体がぐらぐら揺れた。
無性に愉快な気持ちになって、リヨンは笑った。久しぶりの笑い声だった。
ちなみに樹木精のもとに到着した後、「森をむやみに踏み荒らした」といって2人並んで説教をされることになるが、それはまた別の話。
ともかく、変わり者同士の人頭鳥と岩石精はこうして出会ったのだった。
『なるほど、それがお二人の出会いと言う訳ですか。』
サリーが深々と肯いた。
長々と語り終えたリヨンは喉が渇いたのか。盃に口をつけている。。
そんな感慨深げな様子を見せる2人に対して、まだまだ満足していないとばかりに口を開いたのはピンクだ。
『え~、もう終わりなの?まだまだこれからでしょ~☆』
「え、なんで。いまので私とロクの初対面の話は終わりだけど?」
不思議そうな顔で応じるリヨンに対して、ピンクは足の一本をフリフリと揺らしながら抗議する。
『だって今のじゃ、二人の出会いだけでしょ~♪。私は、リヨンちゃんのコイバナが聞きたいのよ。つまり、いつロクに惚れたのか、とかね☆』
リヨンの顔が真っ赤に染まる。
「そ、そんなこと言えるわけないでしょ!!」
『あら~、なんでよ~☆私たちの話はあれだけ興味津々で聞いておいて、いまさら恥ずかしがるのはダメよ~♪』
「と、とにかくダメ。ダメなの!!」
必死の抵抗を試みるリヨンと、執拗な追及を行うピンク。
2人の不毛な戦いは、見かねたサリーが『次の機会の楽しみにしておきましょう。』と取りなすまで続いたのであった。




