第14話:ガール・ミーツ・ロック(前編)
※今回、三人称視点です。
山の麓、聖樹の梢からほど近くにあるロクとリヨンの家を月の光が優しく照らしていた。今日は一際、明るい夜だ。
その月明かりの下、屋外に置かれたテーブルを3人の女性が囲んでいた。蜘蛛や山羊を「人」と数えていいか分らないが、とりあえず3人だ。
彼女たちは思い思いに菓子をつまみながら、とりとめもない話に花を咲かせていた。そう、これはいわゆる「女子会」である。
この家の主人の一人、岩石精のロクが留守にしているということで、悪魔山羊のサリーが遊びに来て、そこに地獄蜘蛛のピンクが合流したのである。
ちなみにサリーの娘のホルンと、この家の娘のミラは遊び疲れて、もう深い夢の中だ。
「まったく、ロクには困ったもんだよ。未だにわたしの事、子ども扱いしてさぁ。もう、わたしもいい歳なのにぃ」
そう言って、木の実を口に放り込んだのは、もう一人のこの家の主人。人頭鳥のリヨンだ。既に若干眠くなっているのか、語尾が少々緩くなってる。
『そうねえ。いくら、岩石精がそういうことに疎い種族だと言っても限度があるわよね。』
そう応じたのは悪魔山羊のサリーだ。首を傾げて、考え込む仕草をする。
最初は地獄蜘蛛ピンクの嘘か誠か分らないような恋愛遍歴や、サリーの明け透けな夫婦生活が話題だったが、ここに来てリヨンが先輩二人に相談する流れになったようだ。
「やっぱり、私って羽根も綺麗じゃないし。ロクもそんな風に見れないのかな。」
『そんなことないわ。リヨンさんの羽根は派手さこそないけど、とても綺麗よ。』
自虐に走りそうなリヨンをサリーがなだめる。この辺り、さすがの包容力である。
『いっそ、ほかの雄を探してみたら☆オトコの数はハルピュイアの勲章でしょ~♪』
前ぶりなく、言い放ったのはピンク。桃色の果実から果汁を吸い取るようにチューチューとやっていたと思ったら、とんでもない危険球を放り込んできた。
しかし、確かに種族的には間違っていない。元来、ハルピュイアの武器は女の魅力。男を魅了することは誇らしい武勲であり、子供の数はその証拠である。
だが、そのピンクの提案にリヨンは小さくなってうつむいてしまった。何事かと、サリーとピンクが視線を集めると、リヨンがぽつりと言う。
「でも、私はやっぱりロクがいいの。」
『きゃ~♪もう、リヨンちゃんったら、か~わ~い~い~☆もう、食べちゃいたい!!』
リヨンの頬が赤く染まっているのは、月明かりにもよくわかった。そんな様子にピンクはなぜか大はしゃぎ。8本の足がワシャワシャと忙しなく動く。はたから見たら、獲物を前に舌なめずりをしているようにも見える。
それはともかく、先ほどの自虐から話の方向性を変えようと考えていたサリーは、ここで少し舵をきることにした。
『でも、なんでロクさんなの。確かにいい魔物だけど、そこまで分かりやすい魅力のある人じゃないでしょ。なにかキッカケでもあったの?』
この話題転換にピンクも嬉々として乗っかってきた。
『な~に、なれそめ?きになる~☆』
リヨンはちょっと逡巡した後、ナッツをもう一つ口に放り込む。カリカリとかじって飲み下すと、意を決したように口を開く。
「ん~、ロクと初めて会ったころの話かぁ。」
そんなセリフから、彼女の昔語りは始まった。
絶壁に囲まれた台地。自然の要害ともいえるその場所を、一群の人頭鳥が住処としていた。
彼女らは歌い、踊り、男を誘いながら、日々を送っていた。
その台地のはずれ。岩と石が転がるばかりの荒れ地に一羽のハルピュイアの姿があった。胴体まで柔らかな羽毛で覆われているところを見るに、まだ子供であるらしい。
その髪も羽根も灰色と黒で塗り分けられており、カラフルな原色の多い種族としては驚くほど地味である。
荒れ地の先は海に張り出した崖になっており、唸る波の音が潮風に乗って聞こえてくる。
そこで少女は歌っていた。正面から吹いてくる風に対抗するように。
いや、ほとんどの者は少女の奏でるその音を、歌とは認めなかったかもしれない。
それは余りにも乱雑で、衝動的で、未洗練だった。目にした者は彼女が声をあげて泣いているのだと思ったかもしれない。彼女の瞳が濡れていないことに気が付かなければ。
誰もいない荒野に向かって少女は歌い、踊る。羽根から奏でられる音は時に雷の様に響いたが、誰かの耳に届くことはない。
いや、一人だけその唄に耳を傾けている者がいた。
「今日はまた随分と破天荒な音を奏でているね。リヨン、またいじめられたのかい?」
「おばあさま。」
振り向いた少女の視線の先には年経た人頭鳥が1羽。ウェイブした白髪が柔らかく揺れる。
群れの首長である、少女の祖母、レントーラ。
痩せてはいるが、なお活力を感じさせる老鳥はかつて男から送られた外套を羽織っている。
人頭鳥は多くの場合、血族で群れを作る。もっとも年長の者が長となり、それに連なる者たちが合議制の組織を形成し、それを支える。
今、この群れはレントーラを長とし、その子供、つまりはリヨンの親世代が幹部としてそれを支えていた。
「合唱の訓練に参加しなかったことを聞いたよ。」
「はい」
うなだれるリヨン。それを見るレントーラの視線に険はない。むしろ、気遣うような色がある。
末娘の忘れ形見。不出来なだけに可愛く、結局、若く愚かなままで儚くなった。そんな娘の面影を色濃く残す孫娘を、彼女は内心、誰よりも気にかけていた。“長”という立場から肩入れすることはできなかったが。
「あなたのツライ立場は分かってるわ。でも、今は耐えるときなのよ。耐えて、力を蓄えれば、いずれここから巣立つこともできるでしょう。」
血族とは言え、多数の個体が集まれば、そこには当然に派閥が形成される。
具体的には幹部であるレントーラの長女から六女。6羽の娘たちがそのまま派閥の頭となっているのである。
なくなったリヨンの母はレントーラの七女。つまり、どこの派閥からもあぶれ、後ろ盾となる母のいないリヨンは群れの中の最下層に位置付けられていた。
「でも、おばあさま。私、どうしてもできないんです。お姉さまたちや妹たちと声を合わせ、魔力を重ねることが。どうしても。」
涙ぐみ、震える孫娘の姿にレントーラはゆるゆるとかぶりを振る。
「それは当然だわ。彼女たちは貴方を完全に見下している。反対に貴方は委縮している。それでは調和は生まれない。」
人頭鳥の切り札「合唱」。各々の魔力を重ね、1つの呪歌を発現させる強力な魔術。これがあればこそ、単独では脆弱なハルピュイアが他種族と互角に戦えるのである。
しかし、それは互いに信頼が存在し、思いを重ねることができてこそだった。
「じゃあ、」
「それでも、今は学びなさい。力を蓄え、ここから旅立ち、いずれ貴方にも供に歌を奏でる仲間が出来る。その時のために」
風が2人の髪を梳いていく。
「明日からは、ちゃんと訓練に参加しなさい。あと、2年もせずに貴方は大人になる。それまでの辛抱よ。」
「はい、おばあさま」
うつむくリヨンを残し、レントーラは集落に戻る。本当は気が晴れるまでそばにいてやりたいが、長である自分が彼女といるところを他の娘に見られれば、妬みや嫉みがリヨンを襲う恐れがあった。
「まったく、長になど、なるものではないわね。」
そうつぶやいた老鳥は、苦しげな咳を2つ残すと集落へと戻って行った。
一方、残されたリヨンはもう一度歌を歌い始めた。先程とは違い、奏でられた音は確かに旋律を形作っている。
しかし、男を誘う一族の歌ではない。母を思うリヨン個人の歌だ。その証拠に、所々旋律は乱れた。聞く者がいれば、未完成の印象を受けたであろう。
病弱に生まれ、それでも恋した男を追いかけた母。自分を得、故郷に託し、若くして息を引き取った。その顔に微笑を浮かべて。
愛した男は生涯で1人。恋多き種族として、それは誇れるものではなかった。例え、病弱ゆえの事だとしても。
それでも、彼女はいつも誇らしげだった。自分を、相手を、そして娘であるリヨンを誰はばかることなく心に抱いていた。
歌い終えた少女の目から、涙が一筋。風に散る。
「遅かったじゃないか。まったく、早く片づけておくれよ。」
「すいません。おばさま。すぐに。」
集落に戻ったリヨンを出迎えたのは母の姉。レントーラの次女、ヨーキだった。
親のいないリヨンは日替わりで叔母たちの世話になっていた。叔母やその子ども達は既に夕食を終えたらしい。リヨンの帰りも少々遅れたが、それでも随分と早い食事だ。
彼女たちの視線に急き立てられるように、忙しなく食事を終えたリヨンは続けて片付けを始めた。
かまどの始末をし、鍋や食器を小川まで運び、洗う。食事の準備をさせず、片付けや掃除をさせるのは、リヨンが毒を盛るとでも考えているのだろうか。
かまどや食堂は地面にあるが、食器をしまうべき巣は年経た巨木の上にある。
まだ10をわずかに出たばかりの年齢のリヨンには、大家族の食事を供する鍋は重い。
蔓や若枝を編んだ繭のような形の巣まで、重たい鍋を足に掴むと、歯を食いしばって羽根を必死に動かす。
全てを終えたころには夜は更け、体はクタクタに疲れ切っていた。
「ママ、お腹空いた。なんかないのー?」
片づけを終えてヨーキの巣から出ようとするリヨンの耳に、仕切りの向こう側からヨーキとその子供たちの声が聞こえてくる。
「晩御飯はさっき食べたでしょう。食べ過ぎると、体型が崩れるわよ。」
「えー、でも、夕食も少なかったよ。わたし、もっと食べたかった。」
「ていうか、なんであのリヨンに私たちの食事を分けてあげなきゃいけないの?」
既に夜遅く、相手はリヨンがまだいるとは思っていないのだろう。無遠慮な言葉にリヨンの体がギクリと強張った。
「砂かぶり」
灰色と黒で美しくない自分の羽根が、そう呼ばれているのは知っていた。面と向かって罵られたこともある。それでも、慣れることはなかった。
「しょうがないじゃない。私だって嫌よ。でも、群れの掟は守らないとね。ハァ、せめてもう少し見目が良ければ使い道もあるんだろうけど、あれじゃあね。」
「あたしたちは綺麗な羽根でよかったね。」
「ほんと、あんな汚い羽根。私だったら恥ずかしくって生きていられないわ。」
親子は残酷な笑い声をあげ、リヨンの息は大きく乱れた。
「あの子の母親もくすんだような色の羽根をしていたよ。挙句にバカなことをして、さっさと死んでしまうし。厄介者を押し付けられたコッチは大迷惑よ。」
音を立てずに、そこを立ち去れたのは幸いだった。あれ以上、彼女たちの話を聞くことも、聞いていたことを知られることも耐えられなかった。
自分の家。かつては、自分と母の家だったそこに戻ると。リヨンはそのまま寝床に潜り込んだ。
既に涙はあふれていた。リヨンは知っている。母がどれだけ自分を愛してくれていたか。父との思い出を語る彼女がどれほど美しい顔をしていたか。そして、自分と母がどれほど幸せだったかを。
いっそ、本当に愚かで悪い母であったなら、こんなにも傷つくことはなかったのに。
涙は次から次へと溢れ出し、噛み殺しきれない嗚咽が口からあふれた。
ハルピュイアは美醜の基準として、細かな顔の造作よりも羽根の美しさを重視する傾向があります。
人間だけではない多くの種族を相手にするため、時代や種族によって大きく基準の変わる顔の造作よりも、普遍的に通用する鮮やかな羽根の色や模様の方が重視されるのです。




