【野次馬の正しいマナー】10
ルーナは、ぼーっとしながら、クローゼットの部屋で座り込んでいた。
目の前には胸元が破かれたドレスが置かれている。装飾と幾重にも重ねられた布は、糸がほつれながらもまっすぐに裂けてしまっている。自分の力で同じように裂こうとして無理だった。
「馬鹿力。」
思わず呟いてみても、普通の男性は破く事ができるのだろうかと思いつつ、第二王子だからこそじゃないのか?と思いなおした。だって、軍部に所属してるはずだし、実力もあると聞いている。
外出する気分にもなれず、最近は学園と家との往復のみだた。市井に出れば、黒めがねさんに会ってしまう可能性もある、なんたって自分が出歩くとその後から彼は現れるのだ。
どんな顔して会えば良いかわからい。告白してきたくせに、本命は別に居て両思いとか。自分が黒めがねさんに対して何も思っていなければ、裏切られてると知っていても普通に、むしろ情報を盗んでやろうと意気揚々と会えたのに、恋愛感情は病だというけど本当にそう思う。理性で押さえつけられない、理不尽な感情。
そして第二王子だ。市井でもそうだけど、いきなり現れて抱きしめてきた。彼も変装が得意なようだし。最悪だ。最悪だ。本当に、自分の心の中にずかずか入り込んでくる。
欲しい言葉をくれるというより、投げつけてくる、グリグリと。
自分に向けられた、ぎらついた瞳の意味をまだ知らない。膝を抱えて、顔を埋めた。脳裏に焼き付いているのは、力強い青い瞳、そして優しい口づけ。
「チャラ男」
そう呟くも、何故か黒めがねさんのような嫌悪感はない。
会いにこいとか言うけれど、接点の無い二人がどうやって会えって言うのか。連絡方法きめてないじゃないかと、罵倒しても彼には届かない。
「はぁ、市井にでるしかないのかな?」
あの変装の上手さは、市井に出なれてると思う。それに第二王子の行動範囲も調べれば出てきそうだし。・・・もしかして自分で調べて、来いってことかな?と思いつつ、あいつの性格的にありえそうと思ってしまった。
たった2回しかあってないのに、何故かそう思ってしまい苦笑した。
気持ちの整理がつくまではと、ズルズルと部屋に籠りがちになっていたが、家の者はルーナの事を腫れ物のように扱うため何も言ってこない。
1人を除いて。
「ルーナ!!またお部屋に籠って!!カビが生えるわよ!!」
扉をばたばた乱暴に開けてくる姉の声に、ルーナはため息をつきながらドレスが掛けられた布の束に体を潜ませた。
「助けてもらえたんだから、いつまでもウジウジしないで出てきなさい!いいじゃない、女として見られたのよ。ルーナの色気にやられたのよ!今度襲われたら、男の股間を蹴り上げてやりなさい!!」
なんでそういう思考に行くのかしら?と姉の思考にため息がでそうになるも、笑ってしまった。
「だいたい、助けてもらった男性の名前くらい聞いときなさいよね!運命の出会いかもしれないじゃない。そこからラブロマンスよ!今回聞き逃したのは惜しいけど、次ぎに生かして、夜会で実践よ!聞いてる?あ、もしかしたら、また会えた時には積極的にアプローチよ?」
聞いてる、聞いてる。というか、服を破いたのはその助けてくれた王子ですけどね。アプローチって、すでに向こうからされていたわ。
壁に寄りかかりながら、ルーナは姉の怒りながらも慰めてくれる言葉を聞いていた。
姉の乱入はこれで何度目だろうかと思いながら、自分が隠れるドレスの向こう側で足音が止まった。何処に隠れても、姉はいつも自分が隠れる場所を見つけてくれる。
「ルーナ。貴方は私の大切な妹よ。血の繋がった姉妹なんですからね!だいたい、今が青春なのに、恋愛話の一つや二つもって帰ってきなさいよ。今しか味わえないのよ!」
そうはいってもねー、姉のように引く手数多ではない自分には無理な話だし、楽しいクラスメイトとの今の関係で満足してしまっている自分には学園での恋愛はむりだなーと思った。頭を霞めるのは第二王子の不適な笑みだった。
他にも何か言っていたが、満足したのか声のトーンが落ち着いた。
「おやつにするから降りてらっしゃい。」
そう言って足音は遠ざかって行った。
足音が聞こえなくなると、ルーナはクローゼットの部屋から出た。
扉の隙間から不安そうな顔をした甥っ子たちが、覗いていた。
「「おやつー」」
「うん。今行くよ」
そう返せば、笑顔で飛びついてきた。
*
舞踏会以降、ちょろちょろと周りにカップルが成立しておちついた頃、第二王子捜しに手を出し始めた。
第二王子に会うのは、少々大変だった。表立って会うのは難しいし、何より目立つし記録に残る。すると残りの方法がお忍び中に会うしかないが、何より情報が少ない。聞いて回ると目立つため、最初は市井を歩き回るしか無かった。
貴族が行くお店から、自警団がよる場所。フラフラ歩き回り、時々世間話をしていく。ちらっと、こないだ凄い絵本の中の王子様みたいな人がいたと言えば、憲兵の1人にそういう人がいるらしいことがわかった。
しかも、憲兵の詰所の近くのカフェテラスで休憩をしていたら、居合わせたお嬢さんがたの話に第二王子が変装している時の容姿の男性の話をしているのが聞けた。
「キッド様って次、何時来るかしら。」
「あ〜あの青い瞳と金髪って物語の王子様みたいよね。」
「本当、しかもあの甘い声なんて、聞いただけで妊娠しちゃいそう。」
「告白しても、”付き合ったら最後、俺なしじゃ生きられなくなるから止めとけ”ってあの声でささやかれるのよー!あぁぁあ」
なんつう台詞だ!!キザすぎる!何が俺無しじゃ生きられなくなるよ!!あの声で囁かれるのはヤバいけど!ヤバいって分かるけど!!だからこそ腹が立ってくるわ。
「あぁん私も言われてみたーい!」
「次いつくるかしら?明日はどっちに張り込む?」
「んー憲兵の詰め所かしら。でも、お昼頃なら絶対食事所に居た方がいいじゃない?」
「そうね。」
この子達、追っかけだったのか。凄いな、これは使える。なんてったって目立つお嬢さん達だ、この子達をマークしてる方が良いだろう。ついでに自分も追っかけになりすまして、恋文を渡すふりして手紙を渡そうと思いついた。
文面は、恋文っぽくしながら、連絡方法おしえろやって書こうと思う。
王子の日程は、公式発表であればある程度分かる。発表されていない時間帯を調べて辺りをつけるのが良さそうだ。
一応今日も執務としか書いてない日だったのだが、外出はしていない様子だ。
お茶を飲み切れば、ルーナはおしゃべりしてる女性をもう一度見て顔をよく記憶してから店から出て行った。
辻馬車へ向かう途中、黒めがねさんを見かけた、しかも目が会った気がしてルーナは素早く人ごみに紛れて逃げた。街灯の影からこっそりみればキョロキョロ顔を動かして探してるようだ。
「・・・」
ルーナは何も言わず、また辻馬車へと歩いて行く。会いたくないから会わないだけ、ただそれだけだ。
石畳の道をスキップしながら、ホップステップジャンプと心の中で良いながら歩いてく。
さて、恋文はどんな文章にしようか。
*
「おぉ、今日も大量だな。」
憲兵の詰め所の休憩室の机の上には、恋文が束になって置かれていた、宛先はどれも一つ、それを見ながら同僚が飽きれながらも覗いてきた。
「おう。」
適当に返事をしながら、恋文を開封しては、適当に読んで封筒に戻して行く作業をして行く。
「どうした?今日は珍しいな。キッドが恋文を読むなんて。」
物珍しい行動をしているキッドに同僚は横の椅子に腰掛けた。先ほど一緒に昼に出ていたが、いつも通り女性達に囲まれヘキヘキしていたキッドの顔が変わっていた。いつもなら、可愛い子がいたら読む事もあるが、いつも読まずに破り捨てて暖炉行きだ。
「気になる子がいたんだよ。」
「へーお前が目つける子なんていたのか。」
ぱっと目を引く女の子はいなかったはずだと同僚は思った、ぱっとしない町娘ばかりだ。だが、キッドの手は会話をしながらも手は止めずに、中身を見て行けば目当ての手紙にたどり着いた。
キッドと名乗っていた王子は、ニヤニヤ顔を隠す事無く今度は丁寧に手紙を読んでいく。その様子に同僚は、悪巧みしてる顔だと呟いてから巻き込まれたくなくて、さっさと居なくなってしまった。
部屋には彼一人、行儀悪く木の椅子に座り足を机の上に置きながら、先ほど昼に市井で貰った時の事を思い出しながら読みかえした。ここでは、貧乏男爵家の次男坊だと名乗っている。外に出れば、女性達によく囲まれ、恋文を貰うのも日常茶飯事となっていた。
だが、今日はちょっと毛色の違うお嬢さんが混ざっていた。
「最高だね。もう見つけたか。」
思ったより早かったな、暫くは引き蘢っていると情報が来ていたが、ほんの数日で自分の所迄たどり着いた。
「やっぱり手に入れて正解。」
0に等しい情報でココ迄くる直感力と情報収集力。恋文にまぎれさせた、会いたいという催促は2枚にまで綴られていた、知らない者が読んだら、ただ恋に焦がれる乙女そのもの。
「”貴方のせいで私の心は掻き乱れてしまったわ”ね。小説がかけそうだな。”焦がれているのに、貴方に会う術を知らない。どうしたら会えるのかと私は夕日と共に、貴方のような気まぐれな調律師が奏でる教会のオルガンの音色で癒されるのです。聞けた時は、また貴方にお会い出来ると思って”か・・・ご褒美に、会いに行かないとね。俺の夜の妖精」
その手紙だけ、胸元の内ポケットにしまい、他の恋文は破り捨てて暖炉に捨て、マッチに火をつけて燃やし尽くした。まるで乙女達の恋心のように激しく燃えて灰になる。
「君は、ずっと燃え続けてくれるかな?」
胸元の恋文がある場所に手を当てながらキッドは笑みを浮かべて呟いた。
*
夕方に気まぐれになるパイプオルガンの音色は、2週間に一度くる調律師が気まぐれに弾く音だ。有名な場所でない教会だからこそ出来る事なのかもしれない、調律師は全てのキーを確認するために、ゆっくりと者悲しい音色で奏でて行く。
地元の人では知られている為、特に人が集まるわけでもなく祈りを捧げる人が数人いればいいほうだ。平日の教会などそんな物だ。
ルーナは一人、祈りを捧げる為に並べられた椅子に腰掛けた。ど真ん中のその場所はパイプオルガンの音色が体によく響く場所だ。背後から風が抜けるように音色が流れる。天窓や扉から西日が差し込み、目の前に広がる祭壇を神秘的な雰囲気にさせる、ノスタルジックに染め上げ何時の時代も変わらずにそこにあり続ける。静かで冷たい空間は、心を落ち着かせるのにちょうどいい。
数人いた人も出て行き、協会内は今ルーナと姿の見えない調律師だけだ。きっと数分後にはまた誰かが入ってくるだろうが、今だけはこの空間を独り占めできる。
固い扉は人の出入りを静かに、しかし大きく知らせる。一足一足歩くたびに、響く石の床。その足音はルーナの横で止まり、木の椅子を軋ませながら横に座った。
肩がくっつき、足下に伸びる影はまるで恋人同士のようだ。
「あまりにも情熱的な恋の詩に、夜の妖精になる前の貴方に会いにきてしまった。二人きりの逢瀬だね。」
そう耳元で囁かれ、ルーナは身を捩ったが腰を捕らえられ、よりいっそう密着してしまった。あまりの近さに顔が熱い。
「耳元で囁かないで。」
響く教会の中で、小さな声でかえせば。子宮に響く低い笑い声が頭上からきこえた。見上げれば、町中で出会った貴族の格好をした第二王子がいた。
「君にご褒美を上げようと思ってね、俺の夜の妖精。君に仮初めの名を教えるよ。キッド・ホフマン男爵、貧乏貴族でね、市民街のアパートメントに祖母と一緒に暮らしている。鍵はこれ」
そう耳元で早口で言うと、密着したままルーナの胸元に隠していた鍵を落とした。それは谷間に挟まって止まるも、キッドが指で押し入れて、奥深くに入ってしまった。
「キッド様、近いですわ」
いきなり鍵を胸元に入れられあっけにとられてしまったが、急いで離れようと押し返すも、背に回っていた手はいたずらに背中を撫でて、ルーナは変な痺れを感じ力が抜けた。
扉の軋む音が聞こえた。どうやら二人きりの逢瀬もどうやら終わりのようだ。ちょっと残念に思いながらも、もう一度離れようとすると、また力強く抱きしめられた。
「俺なら、君を大切にする。だから俺を選べ。ルーナ」
顎を取られ、まるでキスをされるような近さで言われた言葉は、恋愛小説のように甘い痺れを味会わせた。思わず返事をしてしまいそうになるくらいの甘い囁きだ。それは小さく響き反響する。騙されてもいいと思ってしまいそうになるほど、情熱的で熱い言葉。だがそれを遮る物が居た。
「ルーナ!」
声に驚き、目線だけ動かせば、そこには黒めがねさんがいた。何故この場所にいるのだろうか。ここでは、まだ一度も黒めがねさんとは会った事の無い教会なのに。つけられたのだろうかと一瞬疑心暗鬼になりながらも、何か声を発する前にキッドに塞がれた。
それは、初めて知る大人なキス。舌がからまり、まるで食べられてしまいそうな感覚に陥るも、酸欠になり頭がクラクラする頃にやっと解放された。それは数秒のことだったのかもしれないけれど、ルーナにとっては数分のように長く感じた。
「貴様。誰だ」
黒めがねさんの姿の時は初めて聞いた冷たい声音だ。
「ぼくはルーナの恋人だよぉ〜。第三王子派の学生君」
まるで挑発するように、少し高めの声でキッドはかえした。ルーナは兄弟だから気づかれるのでは無いかと思っていたが、なんと黒めがねさんは自分の兄であるキッドに気づかなかった。
驚愕した黒めがねさんの顔を、今自分がどんな顔で見つめているのかルーナは分からなかった。ただ、ぽっかりと心の中に穴があいたような気分だった。
「なっ!!なんのことだ!」
大きな声は教会に響いた。それにきづいたのか咳の声が聞こえる。どうやら静かにしろと訴えてるようだ。
「いこうールーナ」
そう言ってキッドは逃げるように、黒めがねさんがいる方向とは逆方向に歩き、教会から出て行った。黒めがねさんは追いかけてこなかった。
「気づかなかったね。」
「あぁ、気づかなかった。」
「「こないだと同じ状況だったのに」」
思わずハモった言葉に二人で笑ってしまった。
見つめ合えば、繋がってる手を強く握りかえしてくれた、彼となら面白い話もきけるかもしれない。そう思った。そして、彼に話をするのだ。
だって、彼は私を大切にしてくれるって言ったのだし。女官の推薦状も書いてくれる。乗るしか無いだろう。
「よろしくね、キッド」
END




