【野次馬の正しいマナー】09
泣かしてしまったな。
腕の中で声無く泣く令嬢に第二王子は苦笑した。休憩用の個室に入れば、誰も入れぬように後ろ手で扉の鍵を閉め、一脚だけ置かれたソファへと座らせて、落ち着くまで抱きしめ続けた。
先ほどの事を思い出しながら、ゆっくりと背中を撫でる。奇麗に巻かれた栗色の巻き毛は今は少し乱れてしまっている。
我が弟ながら、あの目の悪さはなんとかならないのか。自分が口説き落とそうとした女の化粧姿も見破れない堅物だ。だから遊んどけと言っといたのになーと心の中で呟きながら、落ち着いてきた様子にハンカチを取り出してルーナの顔を拭った。
「痛い」
「いつまでも泣いてるお前が悪い」
覗き込んで言えば、眉間に皺を寄せて言ってきた。
「慰めてくれてたんじゃなかったんですか?」
鼻声で睨んでくるルーナは先ほどとは違って毛が逆立った猫のようだった。
「俺の慰めは有料だ。君に払えるかい?」
そう耳もとで囁けば、ルーナは逃げるように身を捩りソファから転げ落ちた。
「きゃっ!!!・・・結構です!!」
顔を真っ赤にさせて耳元を隠すルーナに第二王子は大笑いした。
「はははは!!!」
からかわれた事に腹立たしく思いながらも、泣いてる間に個室に連れ込まれてしまったことに気づいたルーナは顔をしかめた。
軟弱者め!!と自分自身に心の中で言いながらも、少し疲れてしまった。
「あー君は本当に面白いよ。これでもう少し欲があれば俺好みなんだけどね〜」
「欲?」
「そう、地位や美貌、権力への欲望。だけど君にあるのは平穏にこの後の人生を生きる為だけの欲しかない。何かを極めたい訳でも無く、何かになりたいわけでも無い。手に入らなければすぐ諦めて、手元の物だけにする。そのうち空っぽになる」
ごろりとソファに行儀悪く寝っ転がりながら手振りで説明してきた。
「・・・」
あまりの言葉にルーナ何も言えなかった。そして勝手に心の内側を覗かれたような不愉快感が広がった。
「・・・目標くらいあるわ」
「女官になって将来安泰に暮らす。だろ?」
ルーナの方に向き直り、頬杖をしながら、床に座り込むルーナを見下げながらいった。
王子の目はギラギラした目だと思いながら、ルーナはそういう目は嫌いじゃ無いと思った。人間味があって欲望に忠実。まるで世界が楽しいように感じてる目だ。ルーナにとっては退屈な日常でも、こういう目を持つ人間は日常がどう見えるのだろうかと。
「欲を持たないかい?」
その言葉はルーナの心の中で重石のように沈んでいく。
「欲・・・」
「今いる女官長を蹴落として、その地位を手に入れるとか、義兄から家督を奪い取るとかね。」
例えが物騒だなと思いながら、ルーナは無表情にならない様に口角が上がるよう意識しながらいった。
「・・・欲って言うのは本人が欲しがらなくては欲とは言わないわ」
「そうだね〜・・・。君はどうしたら欲を持ってくれるかな〜」
青い力強い目で、じっと見つめられてたじろいだ。目線を外したいのに外せない。
「何でそんなに私に構うの」
急激に近づいてきた王子にルーナは困惑していた、何故こんなに自分の領域にずかずか入ってくるのか不思議でならなかった。
「そうだね、勿体無いと思ってね。君の情報収集能力が。学園内で良くばれずに集めてる。社交界では、その能力は是非とも欲しいね。ただ君は、自分に降りかかる火の粉以外には集めたがらないからな・・・」
そう言って頬杖をしていない方の手でルーナの頬を撫でた。
「君は自身に火の粉が被ったらどう出る?」
「何を・・・」
その言葉は第二王子の親指が口の中に入って来て続かなかった。
噛む前に喉の奥に他の指も入って来て息苦しさに涙が出た。第二王子は笑みを浮かべながら、ルーナの口内を指で弄ると、濡れた手を引き抜いて、蜜を舐める様に濡れたてを舐めとった。
「な・・・!」
罵倒しようと開いた口は、勝手に動いて別の言葉を発した。
「「気持ち良かった?」」
それは目の前で第二王子が言った言葉と同じ言葉。声は自分の声なのに勝手に喋ってしまう。
「「上手く術が染み込んだみたいだね、君は俺を恨むかい?」」
「・・・」
ルーナは睨みながらも、さっき口内を蹂躙された際に術が書かれたのであれば解除の方法もあるはずだ、この短時間でかける簡易術など、容易く破れる程度の物だ。
下手に煽られて危ない橋を渡らせようとする前に、落ち着いて対処すればいいと思案していると、王子にため息をつかれてしまった。
「はぁ、この程度の悪戯ではだめか。さて、どの程度なら君は俺の陣営に入ってくれるかな?」
「陣営?私は中立派よ。どこの派閥にも興味が無いわ」
「そうだね。でも、今君は弟が必死につなぎ止めようとしているのは気づいてるだろ?俺は君の能力を買っているため欲しい。あいつの手には渡したくない。」
腹黒い笑みを浮かべて言う姿は悪役そのものだ。
「私の何を買ってるって言うの?所詮、井戸端会議程度の話しかしらないわ」
「そういう情報はとても大切だよ。」
めんどくさい事この上ない誘いにルーナは口を閉じ睨み上げた。
「君が素直に俺の陣営にはいらないのであれば、少々手荒な手段にでるしかない。
1つ、君の体を無理矢理暴いて、言う事を聞かせる。
2つ、俺と肉体関係があったと言いふらすと脅す。
んー・・・
3つ、俺の王太子妃にする。
どれがいい?」
指折り数えて言ってきた王子に、ルーナはあぜんと口を開いてしまった。
「意味が分からない。」
「あー4つ、何も望まずにおれの陣営にはいるっていうのもある。」
「それはないですね。」
「1、2、を実行されると君は女官にはなれないね。女官になる時は乙女でないといけないっていう規約があるからね。」
その言葉に、ルーナは苦虫を噛んだ。分かっていてこの条件を言ってきてるだの。3なんて面倒な事案すぎて却下だし、1なんて最悪だ。そうなると2と4しか残されていない。ルーナは瞳を伏せて考えた。
このまま王子が言った物に乗ってしまえば自分だけが損をする。いかに自分の利益を発生させるか。
「4は却下みたいだね。では優しい俺は2を実行しようかな?」
そう言って、ルーナの胸元に手を差し入れた。胸に直接感じる男の指にルーナは顔を赤らめてもがく前に、嫌な音と共にドレスが裂けた。コルセットが裂け目から見えていた。
「?!」
「この先を続けようか?そうすると自動的に1になる。」
「止めて。」
思わず顔を上げて叫ぶように言ったが、瞳は怯えたものにかわっていた。
「俺は本気だ。君が手に入るのであればね。手に入らないのであれば、壊すのみ。」
独裁者のような発言に、ルーナは顔を赤らめて怒鳴った。
「むちゃくちゃな事言ってるの分かってるんですか!私に、深く関わるなとか言いながら、引きずり込もうとしてるのは貴方達じゃない!」
「そうだね。俺の所まで深く落ちなくていいから、表面だけ欲しいだよ。俺に協力すれば、本当に女官になるための推薦状を書いてやるさ、今のギリギリの成績でも」
「・・・」
どうやらガッツリ身辺調査済みの様子にルーナ頷くしかなかった。
「ありがとう。ルーナ。」
そう言って、優しく頭を撫でて立ち上がらせた。ほんの少し震えてるルーナに王子は苦笑しながらも優しく抱きしめて、そっと唇を寄せた。
「寂しくなったら、俺に会いにこよ。俺を利用しろ、慰める事くらいできる。欲しい物も買ってやる。」
いきなり恋人に囁くような甘い声にルーナは顔を上げた。その表情は今にも泣きそうな顔だった。
「なんですか、それ。口説かないで下さい。」
「酷いな、さっきからずっと口説いてるのに。弱ってる時こそ口説かないと。」
そう耳元で低く優しく囁かれてしまえば、落ちない女はいないだろうに。疲れた脳みそはもう上手く働かない。王子の甘い囁きに痺れてぐったりだ。
「じゃー利用します。」
そう言って、王子の背中に手を伸ばした。ただずっと優しく背中をさすってくれた。
本当悔しいくらい、人の心にずかずか入り込んできてしまった。そして、いつの間にか黒めがねさんの存在を忘れてしまっていた。
あんなに深く心に傷を付けてきたのに、今も思い出せば痛むのに。王子に抱きしめられてる間は、平気だと思った。
*
王子は馬車の中で行儀悪くワインボトルをラッパ飲みした。その様子に向かいの椅子に座る側近は大きなため息をつく。
「なんだ?お前も飲むか?」
「王子の唾液がついた瓶のワインなんて飲みたくありません。それに下品です。」
「そんな事言うなよ。戦場だったら普通だろ。それに祝い酒だ。」
王子は楽しそうに笑みを浮かべながらまた煽った。
「第三王子が狙っていた情報通の令嬢を手に入れた。・・・にしてはご機嫌ですね。」
側近の男は先ほど、屋敷に降ろした令嬢を思い出しながら言った。対応はすべて側近であるこの男がおこなった。王子の身分は隠しながら、家の主に嘘八百を並べ立てて、令嬢は暴漢に会いかけたが、ある高貴な方に助けられたと。令嬢は何も言葉を発しなかった。終止無言で、傷ついた様子だった、そのため家の者も腫れ物を触るように優しく家の中へ連れてかれた。
家の主は、紋章が消されている質の良い馬車に何か思う事もあるようだったがすんなり帰された。
王子はほんの少し馬車の窓を開けてやり取りを聞いていた。
「彼女の心も手に入れたからね。あいつが馬鹿でよかったよ。女心をわかっちゃいない。彼女は強くない、弱い人間だ。」
「弱い・・・」
「そう、弱すぎる。それを必死に隠すために、情報という鎧で身を守っている。」




