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【2025年8月19日11時52分 アンキュラ、カイセル・バクシュ、デミル家前】
「じゃあ、頼むぞ」
「りょ!」
サフィは敬礼した。左手で。
ズィヤは口角を上げた。
「それじゃ軍規違反だ。敬礼っていうのは右手でするもんだ」
「えー、いいじゃんそんなの」
サフィの右手は塞がっていた。アイシェの荷物を持っている。
パヴルを含めた3人は、デミル家の前に立っていた。サフィはアイシェの貴重品を持ち出しに、パヴルはサフィに会うために、ズィヤはパヴルと打ち合わせをするためにここにいた。
「じゃ、あたしは病院戻るよ。なんか安全みたいだし」
パヴルはルノーのルーフの青いパトライトと、フロントウインドウの赤十字のマークの紙を見た。パトライトはともかく……紙って。
ズィの軍はこのすぐ近くに一個大隊がいる。市内の主要な道路も軍の管理下にある。サフィは病院までスムーズに帰れるだろう。パヴルはアウグストゥス神殿での最後の調整を終え、ここまで歩いてきた。なんの障害も危険もなく。
この後はズィと行動するつもりだった。打ち合わせしなきゃならないことが死ぬほどある。
一昨日アンキュラに戻ってから、事態は物凄いスピードで動いていた。ネットでは聖テレーザ教会のエンデューラがパヴルによって拡散されてK.K.が沈黙し、信仰の対象がズィになっていた。英雄。救世主。煽ったのはパヴルだが、ちょっと恐くもあった。
アンキュラだけの話ではない。
スヴェイシュ駐留のハチュルを筆頭に、地方都市の軍団は一様にズィ支持を公言した。ローマ軍総司令部セリミエは何も言わないが、それはつまり革命を支持すると言ってるみたいなものだ。軍や官僚たちのほとんどは、冷静に情勢の変化を見極め、勝ち馬に乗ったのだろう。今や革命の火はローマ全土で燃え上がろうとしている。
バーベキューの炭火焼きグリルと一緒だ。民衆は炭。教皇庁によってローマというグリルの1番下に、灰塗れになって詰め込まれ、着火されるのを待っていた。ズィヤ・シムシェキ少佐という一本のマッチが火をつけ、パヴル・エルギュンという送風機が炎を煽って、グリル全体を加熱したのだ。下から。
ローマ全土のインターネット網は、既に事実上パヴルの管理下にあった。ネットを経由した情報や通信は一部を除いてほぼ全て、AIが検閲し、選別して、必要ならパヴルが送受信をコントロールできる。革命の進行を阻害するようなものはごく僅かだった。アヤソフィアを除いては。
アヤソフィアだけが、まだブラックボックスだった。
そこに今、ジェイさんとヴェシレさんがいる。
「パブちゃん。またムズい顔して。バイブスぶち上げてこ?」
サフィはどんな時でもポジティブ。イブン・シーナ病院だけではなく、他の病院でも出勤して来てるのは半数以下と聞く。ぼくらより忙しいだろうに、アイシェさんの願いを聞いて、息子さんの写真を引き取るために厳戒態勢の市内を走り抜けて来た。今やズィと並んで、革命の象徴に祭り上げられている。ズィやサフィと一緒だと、あちこちでフラッシュが光る。ぼくは裏方で満足だけど。
「VVちゃんたちだけは心配だなぁ。朝はぶったまげたけどさ。あっちのことは、パブちゃんでもわかんないんだよね?」
「うん……アヤソフィア周辺には手が出ない。他は簡単だったのに、あそこだけは」
「ん?でもあたし、VVちゃんとチャットできたよ?なんで?」
1番不気味なのはそこだった。ヴェシレさんのiVitraは追跡できている。現在地は|アウラ・アウグストゥス《迎賓館》、アヤソフィアの隣り。アヤソフィア周辺でそこだけネットの壁に穴が空いている。いや、カーテンが開けられているのかも知れない。故意に。その気になれば覗けるように。
「んー……わかんないや。ぼくも神様じゃないしね。まあジェイさんがついてるし、心配ないよ」
「いやいや、JJが1番心配なんだって!いつ倒れるか。そしたらVVちゃん、泣いちゃうし……」
「大丈夫。ぼくとズィに任せて。仲間は絶対助ける。約束するから」
とは言うものの、なんの根拠もない。一昨日だって結局、ぼくらが着く前にヴェシレさんが1人で片付けちゃったわけだし。
「んー、まあここで心配しててもしゃあないか!じゃあ行くね!パブちゃん、気をつけて!」
「うん。サフィも」
サフィは手を振りながら走り去った。ズィとぼくは、そのテールランプが見えなくなるまで見送った。フィクションなら、これが最後となった、とかなんとか、不穏なナレーションかテロップが入りそうなシーン。
だけど今日は違う。
このあと、ぼくとズィはアナファルタラル警察署に行く。一個大隊を引き連れて。戦争するためじゃない。警察は既にぼくたちの味方だ。ぼくたちはアンキュラ警察本部に、正面玄関から堂々と入る。それを全世界に配信する。TVや新聞なんかいらない。放送設備は利用させてもらうけど。
そして……数分歩いて、アウグストゥス神殿へ。
そこでまた全世界に配信する。ズィの革命宣言を。
15時15分、初代ローマ皇帝アウグストゥスが逝去したその時刻に。
【12時00分 ニース、パレ・ド・ラ・メディテラネ、Le3e】
『皆様!シャンパングラスを置いて!』
プールサイドテラスに設置されたスピーカーから軽やかなアナウンスが流れた。天井からシャンデリアのように吊るされた巨大な三方向モニターに、タキシード姿のデレク・ブラスバーグが大写しになる。
『天使の湾から生還した聖女……今日、大人の世界に舞い降りる無邪気な妖精をご紹介いたします』
モニターのブラスバーグがためを作る。一瞬、その四角い顎がノイズで歪んだが、ほんの一瞬だ。AI生成画像だが、このくらいは誰も気にしない。
『本日の主役!フランク王国の華!マドモアゼル…マドレーヌ!ド・ガスパーァァァル!』
会場から地続きのプールの水面が、陽光をキラキラと反射させながら左右に割れた。真ん中に細長くレッドカーペットが敷かれた花道の奥のガラスの扉が開く。
ニースの陽を反射して虹色の煌めきを放つシルク・ガザールのチュール・スカートの優雅なシルエット。コルセットのようなボディスにはビーズと刺繍があしらわれ、肩からは網目状のオーバーレイが妖精の翅を思わせる。ベアトップの胸元は波打つようなカット。ニースでの2週間が凝縮された、特別なドレスだった。
マドレーヌは今、17歳最後の3時間への一歩をレッドカーペットに踏み出した。
画像が乱れた。これだからデジタル技術は信用できない。
アンジーは心の中で舌打ちした。
まあいい。誰もモニターなど見ていない。このテラスに集まったセレブたち全員が、マドレーヌしか見ていない。
喝采。
この最高の瞬間にマドレーヌは少し戸惑いの表情を浮かべているが、それがかえってセレブたちの心を動かしている。まさに、あの方に相応しい美しさ。私が磨き上げてきた、最高傑作。この瞬間をあの子の心に刻みつけてあげたい。あの子の人生最高の瞬間。
『さあ皆様!マドレーヌ嬢を、お父様――グレゴワール・ド・ガスパール氏がエスコートして、皆様のもとへ!おおっと?これはサプライズ!お父様からの、素敵なプレゼントです!』
ガスパールはAIの台本通りの進行に合わせて、胸元からネックレスを取り出した。
大粒だがシンプルな30カラットのダイヤモンドのネックレス。ガスパールはそれをマドレーヌの首にかけ、耳元で囁いた。
「おめでとう、マド。ダイヤモンドは女性の親友……」
最後まで言えず、嗚咽に変わってしまった。妻とまだ結婚する前に観たニコール・キッドマンの映画で覚えて、このダイヤを買った時からずっと考えていたセリフなのに。
ガスパールはマドから離れ、会場を振り返った。マドに見惚れ、拍手を続ける人々。その中でただ1人アンジェリックだけが、ガスパールを見ている。
猛禽類の眼。あの黒い縁取りが目と一体化している。今や私は、あの眼に逆らうことができない。あの方の望みとあっては。
これが本当に許されるのか。
マドの心が、私を置いて、遠くへ行ってしまう。
パパ。なぜ泣くの?嬉しい?私は大人になるの、パパ。ありがとう、パパ。パパのおかげで、私はこんなに幸せな気分。パパのおかげで、ジェイさまに会えた。ありがとう、本当にありがとう、パパ。
今、口に出してありがとうって言いたいけど、パパもっと泣いちゃうから。パーティーが終わったら、2人きりの時に必ず言うから。
必ずね。待っててね、パパ。
【13時16分 アンキュラ、アナファルタナル警察署】
「おでましか」
ズィヤは吐き捨てるように言った。
順調過ぎると思った。GTが黙って見てるだけのはずがない。だが今頃、何しに来たというのか。
12時過ぎに警察署に入って、本部長とカメラの前で握手し、整列した警官たちの敬礼まで受けた。その様子は既にパヴルがネットに流している。もう全て終わったも同然。あとは革命宣言という名のちょっとした挨拶をするだけ。
なのにここで邪魔しにくるとは。ただの嫌がらせじゃないか。
GTの黒服たちがいつのまにか警察署を包囲していた。ズィヤたちは一個大隊でここに来ており、戦車こそないが銃器を積んだ装甲車も数台ある。その周りを、黒服の異端審問官たちが一列に並んでぐるっと取り囲んでいた。
あのステーションシックスやボラ以外、GTが武器を手にしているのは見たことがない。それがやつらのポリシーだ。異端審問官。教会は血を忌む。口先三寸で人を追い詰め、人の心を穴だらけにする。暴力は世俗の犬の生業。警察や、軍人の。
GTの武器は言葉だ。言葉を武器にする。
ならば。
『全軍、及び警察官諸君。シムシェキです』
警察署の外部スピーカーから、大音量で話す。大声だが、冷静な口調で。
『発砲は厳禁です。こちらから手を出すことは一切、私が許しません。徹底お願いします』
放送は黒服たちにも当然聞こえたはずだ。だが彼らはまるでロボットのように、揃って一歩踏み出してくる。
「……どういうつもり?何がしたいっていうのさ、GTは」
パヴルが隣で言う。撮影を続けながら。
わからん。わからんが、それを口には出さない。冷静な指揮官を演じなければならない。
それが狙いか?俺が怒り狂って暴れるとでも?
「――少佐!どうします?!やつら、じわじわ距離を詰めて来ます。若い兵士が挑発されたら……」
補佐役の中尉も冷静さを欠いている。この中尉もまだ若い。
「俺が行く」
「ちょ!ズィ!ダメだよ!あんたは――」
パヴルが慌てて追いかけてくる。
キレたわけじゃない。何のつもりか聞きたいだけだ。
「|"I'll be right back."《すぐ戻る》、だろ?」
パヴルは虚をつかれて一瞬、立ち止まった。笑顔になる。
……言うじゃん!
【同時刻 コンスタンティノープル、アウラ・アウグストゥス屋上、アヤソフィア・テラス】
「なぜだ」
ジェイの眼が、ヴェシリアの瞳を追う。
「なぜ。なぜ私があなたを招待したのか、という問いですの?」
燃えるような緋色のカソックを纏い、火柱のように天を衝く長身。黒服に案内されて屋上のテラスに上がったジェイたちを迎えたヴェシリアは、アヤソフィアのドームを背に凄然と佇んでいた。ちらりとジェイを見たが、その視線はすぐに隣のヴィを注視する。
「あなた方……いえ、あなたと話がしたいのです。ジェイ・ロルト」
ジェイは距離を置いたまま、ヴェシリアを観察していた。コジャテペの時とは雰囲気が全く違う。威圧感は相変わらずだが。
「ずっと、見ておりましたわ……あなたのことが知りたくて。翼。飛翔。変身。人ならざる巨体。人智を超えた怪力。あなたは何もの?」
ヴィが一歩、前に出る。
「この人は悪魔よ。あんたたちのような人をやっつけにきた悪魔。観念したら?おばさん!」
「悪魔。興味深いですわね。私たち、というのは?」
ヴィはジェイを見た。どこまで言っていいのか、わからない。ジェイは静かに言った。
「あなたと……教皇だ。インノケンティウス」
ヴェシリアはこの時初めて、ジェイの瞳を見据えた。一瞬だけ。
「まあ、猊下を。奇遇ですわね。私もですのよ?」
ヴィに微笑む。
「それどういう意味?後釜になろうってわけ?」
「そんなつもりはありません、と言っても、あなた達は信じませんわね?そうね。お見せしますわ」
ヴェシリアはiPadaを操作して何かの動画を再生すると、iPadaを差し出す。
「ご覧になっていてくださる?」
そして、今度はiVitraを装着した。
iPadaには黒い男たちの後ろ姿が映っていた。その向こうに、ローマ軍だろうか、兵士達が並んでいる。どうやらカメラは、兵士たちに向き合って並んでいる男達、黒服の男達の背後から撮影しているらしい。タイムスタンプは――ライブだ。
「これが……なに?……あ」
シムシェキ少佐だ。その後ろにパヴル。アンキュラのライブ映像か。
『何の用だ。ここに異端者なんかいないぞ』
シムシェキ少佐がカメラの方に向かって両掌を開いて前に向け、腕を上げながら言った。カメラが、黒服と入れ替わって前に出る。
すると、ヴェシリアが独り言のように何か言った。
「賛辞を。敬服したと」
『シムシェキ少佐。見事だ。敬服いたしました。実に見事だ』
「エルギュンにも。アンキュラを制圧した、と」
『あなたも、エルギュンさん。今やあなた方お二人は、アンキュラを制圧しました。素晴らしい』
『貴様らがそうしていると、まだ安心できないんだがね。何しに来た』
「光栄」
『光栄ですよ、シムシェキ少佐。私どもを評価してくださっていると受け止めてよろしいですか?』
『もう一度聞く。何しに来た』
「降参しろ」
カメラマンがバンザイする。
『参りました、とお伝えに来ました』
「よろしい。撤収」
カメラマンが大声で叫んだ。
『撤収!速やかに撤収!』
ヴェシリアがiVitraを外した。
「おわかりかしら?」
【13時24分 アンキュラ、アナファルタラル警察署】
「撤収!速やかに撤収!」
カアン・ギュネルは、銀縁のiVitraを外し、踵を返して大股で歩き出した。
パヴルや他の兵士が唖然とする前で、黒服たちが、見えないワイヤーかなにかで繋がれているように、ギュネルに続いて歩き去って行く。
「……どういうこと?」
パヴルがマイクを押さえて、言った。
「さあな。やつらのことはさっぱりわからんよ」
今や救世主とさえ呼ばれるズィにも、わからないことはある。だがこれは決定的だ。
今のやりとりも配信で流す。ズィのカリスマ性を口や文章で説明する必要がなくなる、インパクトのあるシーンが撮れた。暴力を一切使わず、教皇庁支配の象徴とも言えるGTに参りましたと言わせ、追い払ったのだ。
「|"Mission accomplished."《やった……》」
パヴルはこの瞬間、革命の成功を確信した。
【同時刻 コンスタンティノープル、アウラ・アウグストゥス、アヤソフィア・テラス】
「これで、アンキュラ……いえ、ローマの革命は、成功が確定いたしましたの。この後、15時15分になったら、シムシェキ少佐がアウグストゥス神殿から演説をします。地方都市のローマ軍団が呼応、コンスタンティノープルへ進軍開始。セリミエの第一軍団もいずれ。元老院議員、官僚の大半は国外に脱出。シムシェキ少佐は全く抵抗を受けずに、このアヤソフィアを陥落させるでしょう。1週間後に」
「1週間……マラーズギルト記念日」
「ええ。今日、アウグストゥス記念日に蜂起し、来週、マラーズギルト和睦記念日に完遂する。素晴らしいですわ。でも……それでは遅過ぎますの」
「遅過ぎる?」
「アンキュラや各地方に分散配備されていたローマ軍団がここに集結するには、物理的に日数がかかります。猊下は馬鹿ではありません。今日この後、ヘリでアタテュルク空港へ行き、そこからプライベート・ジェットでアヴィニョンへ逃亡します。逃亡ではなく遷都、などどおっしゃっていますが。いかがかしら?その前に猊下に謁見なされては?」
「なぜだ。なぜおれを?」
「悪魔。そうおっしゃいましたでしょう?あなたの翼。あの黒く禍々しい翼。あの姿で、猊下を葬ってくださいな。全世界にライブで配信します。教皇庁はおしまいですわ」
「全部なすりつけるつもり?この人は人殺しじゃない!」
「まあ。では、やっつける、というのは?どのように?」
「やっつけるわけじゃない。地獄を見せる」
なるほど。エキンジか。ジェベジ墓地の地下礼拝堂で彷徨っていたのを捕獲したが、廃人になっていた。それがこの悪魔の仕業か。この男がやるのは、ただそれだけか。
「よろしくてよ。悪魔の姿で側に立っていてくだされば。あとは私が」
【14時17分 ニース、パレ・ド・ラ・メディテラネ、Le3e】
ポケットのiPortaが振動し、ガスパールは通知を見た。
『至急 シムシェキ少佐革命宣言開始』
アンキュラ領事館に残っていた部下の外交官からのメッセージ。
どうでもいい。勝手にやってろ。私は今、それどころではないのだ。
ガスパールはシャンパンをなみなみと注ぐと、一気に飲み干した。
どうせもう私にできることはない。全部アンジェリックがやってくれる。なるようになれ。
マドレーヌもシャンパンを飲んでいた。歯が沁みてジンジンする……お酒は痛み止めになるかな?
頬の上から痛む歯を触る。そーっと。
「お嬢様?どうなさいました?」
「アンジー……やっぱり歯、痛い〜。なんかお薬持ってない?」
アンジーはにっこりしてポーチからピルケースを出すと、銀色のPTPシートを取り出し、二錠を切り取るとマドレーヌに渡す。
「どうぞ。インデラルという薬です」
「さすがアンジー!ありがと」
マドレーヌはアンジーが渡したその薬を、全く疑うこともなく一度に二錠とも、シャンパンで流し込んだ。
【同時刻 ローマ】
「Dies irae, dies illa, Solvet saeclum in favilla, Teste David cum Sibylla.……」
怒りの日。その日。
時代は灰の中に溶けてゆく。
目撃者は、ダビデとシビラ。
『Dies irae』。
ズィヤがアウグストゥス神殿で、教皇庁支配に対する革命の蜂起を宣言したその時、パヴルはライブ配信のBGMに、この曲を流した。
グレゴリオ聖歌そのものではなく、EDMロック調のオリジナル・アレンジだった。スローな重低音の例の旋律で始まり、ズィヤが印象的な語句を発するたび、エレクトリックな響きとともにBPMが加速していく。プロジェクション・マッピングで石壁に歌詞が踊る。
そのメロディは単調だが力強く、ローマ全土を怒り、審判、そして再生の渦で満たした。
スヴェイシュ、マハム港に2年間駐留していたイェニ・ハチュルでは、パヴルの旋律に合わせるように数百のイグニッションが回され、LEDヘッドライトが昼間でも明るく輝いて、舞台照明のように精鋭部隊らしい規律の取れた進軍を彩った。北へ。コンスタンティノープルへ。
エスキシェヒル、イズミル、バルトゥン、各地方都市のローマ軍団が兵をあげ、BPMに呼応して出陣した。コンスタンティノープルへ。
アンキュラの北西、ダビデス。ジェイたちが駆け抜けたシビリア。各地から、死ではなく再生をもたらす足音が、リズミカルにその旋律を刻みながら、アヤソフィアへ。
「Quantus tremor est futurus, quando judex est venturus, cuncta stricte discussurus!」
未来が震動する。
審判の日が訪れる。
普遍を打ち崩すために。
【14時33分 ニース、パレ・ド・ラ・メディテラネ、Le3e】
も〜やんなっちゃう。口の中は血の味がするし。あーあ、早くジェイさまに会いたいな。パーティーも飽きてきた。ホーリーウッドのスターとかも来てるけど、つまんない。
アンキュラの友だち、誰も来てくれなかった。サフィもオタクも、忙しいのかな。
カクメイか。上手くいってるといいな。カクメイがうまくいけば、またみんなと会える。みんなと遊べる。楽しいおしゃべりができる。
あの爆発から一緒に生き延びた、私の大切な友だちのみんな。元気かな?幸せかな?
マドレーヌは胸元から一枚の写真を取り出して眺めた。
みんな。わたしの大切な友だち。
ベッドの上のジェイさまを囲んで。
わたしは隣に。抱きついて。
その横に立つ兵隊のおじさん。
サフィとオタクが反対側。
ヴィヴィが一番端っこに。
わたし達を見守って。
みんな笑顔。幸せそうな笑顔。
「Tuba mirum spargens sonum…………………coget omnes ante thronum」
エレクトリックホーンの共鳴。
みんなが集まる。
天使の前に。




