11 愛するもの
【アンキュラ支局前に10万人が集結
聖歌合唱のなか緊張高まる】
2025年8月6日 16時50分 RTK
アンキュラ市中心部で、本日午後、特別使徒保安庁アンキュラ支局を目的地とした大規模な市民集会が行われている。
アンキュラ当局の推計によれば、集会への参加者は約10万人に達しており、これは同市の観測史上、最大規模の動員となる。参加者らは正午すぎに旧市街を出発。現在はコジャテペ地区の保安庁支局周辺を完全に包囲する形で、大規模な合唱が行われている。
現場では聖歌『マグニフィカト』が繰り返されており、参加者の一部は「真実の開示」を求める嘆願書を携えているとみられる。行進は表面的には平穏を保っているが、その圧倒的な数と熱量は、教皇庁も注視するところとなっている。
アンキュラ警察、厳戒態勢を維持
これに対し、アンキュラ警察は市内の警備を最大レベルに引き上げ、周辺道路を完全に封鎖した。
また、ローマ軍も暴動鎮圧部隊を派遣。不測の事態に備えている。
特別使徒保安庁の広報官は「市民の平穏な嘆願の権利は尊重されるが、国家の神聖なる法秩序を乱すあらゆる行為に対しては、断固たる措置を講じる」との声明を発表。現在、支局内ではアンキュラ支局長カアン・ギュネル氏による特別審問が行われているとの情報もあり、またヴェシリア・セレン首席審問卿は急遽、アヤソフィアからアンキュラに向かった。支局のあるモンテ・アポトリクスでは周辺に群衆が集まっており、緊迫した状況が続いている。
*通信規制と市民への呼びかけ
現在、アンキュラ市内では、公共の安全と秩序維持を目的とした一部の通信規制が実施されている。
RTKでは、現場周辺の市民に対し、扇動的な情報に惑わされることなく、冷静に聖職者および治安当局の指示に従うよう強く呼びかけている。アンキュラの情勢については、今後も定時ニュースで詳細を報道予定。
@コジャテペLive
おいやばいって!なんか爆発音聞こえた!#コジャテペ爆発
@本とコーヒー
クルトゥルシュ公園なに?なんかすげー人なんだけど。イベあったっけ?
@メリスのハチミツ
爆発!?アンキュラ支局?買い物してたら地震かとおもた
#コジャテペ爆発
@バビュールのふるさと
おまえらバビュールch見ろって!すげえぞ!!
#バビュールが真実#コジャテペ爆発
「ジェイ?!なにがあったの!?」
ヴィは立体駐車場の屋上のカフェテラスにいた。ここで待つのが一番効率的、そう思って。
アイシェおばさんがお父様のことを言った時、突然その場から逃げ出したくなった。葬儀ミサ。エキンジ。傾き、落ちたお父様の柩。
アイシェおばさんも心配だった。
お手洗いから出てきたアイシェおばさんは、ここが何処か、自分がなぜここにいるのかわからない様子で、帰りたいと言い出した。認知症。少し悩んで、タクシーに乗せた。
ジェイたちは、審問会が無事終わったら屋上まで上がってくるだろうし、緊急の時はロルフで急行できる。無事でなければどこにいても同じだ、そう考えていた。無事じゃないけどここまで上がってくるとは想定外だった。軍服を着たゴリラに背負われて、血塗れで。
「あたしは看護師です。すぐ病院に。救急車は遅れると思います」
ピンクの髪。この人がサフィさんか。最初に看護師だって言った。わたしを安心させるため……つまり、その必要があるほど、ジェイは。それに、さっきの震動。
「ヴェシレさん、大丈夫、おつちいて」
「あなたが落ち着いて、パヴルくん……なにが」
「爆発。ジェイさんが守ってくれた。でなきゃ死んでた、僕たち」
またか。変身したんだ。わたしのいないところで。
「サフィさん、ですね?この人、心臓が」
「心臓?詳しく」
サフィは厳しい顔でジェイの脈を取る。
「あの……うまく言えないんだけど……」
「落ち着いて。あなたは奥さん?」
「サフィ!ちょっといい?」
パヴルが空気を読んだのか、割って入る。
「えっと、とりあえずこの人たちは戦友。だから信頼できる。ヴェシレさん。ヴェシレさん、サフィ」
???なんだかよくわかんない。でもこのバケモノが重症なのは確かだ。あたしはプロ。バケモノだろうが関係ない。
「ヴェシレさん、既往歴わかりますか?」
ヴィはまた、耳まで紅潮してるのを自覚していた。でもだめ。ここは……アスランティブ。
「10日前、急性心不全を起こした。症状は今と同じ。呼吸、鼓動、頸静脈の腫れ。でも、寝たら元気になるの、この人。すぐじゃないけど……いえ、やっぱり……わからないけど、こないだよりは重症に見える……血が。すごい」
冷静に、と思ったのに、だめだ。涙が出そう。声が震えて。
「わかりました、大丈夫。あたしに任せて。とにかく病院へ。」
「あの、ジェイさまは、私が――」
「うるさい!」
ヴィとパヴルが同時に叫んだ。
@コードライター・エムレ
昨日のコジャテペさ、自爆テロ?ありえなくない?GTの支局で。なにも信じられなくなってきた
#コジャテペ爆発
@バビュールのふるさと
震えた。シムシェキ少佐とバビュールが、血だらけで大聖堂から出てきた時。カッコイイとかって次元じゃなかった。歴史誕生
#シムシェカーZ#バビュール#革命
@GTこそ正義
みんな正気か?革命って騒いでるけど。わかってる?仕事も生活も全部変わるんだぞ?
@KawaiiSafiye
祝サフィーエちゃん釈放❣️
#SafiyeChan
@Safiye_fan_club
やっぱサフィーエ女神!お嬢様なんて目じゃない。もう国民的アイドルじゃね?
#サフィーエ#サフィーエファンクラブ
@キャンパスキャット
サフィーエ、かわいいとかアイドルとかって人多いけどさ。ちがくね?サフィーエはおれたちのアイコンだよ。そんな甘ったれたのじゃなく。革命の象徴
#サフィーエ#バビュール#革命
@肉体革命
本日、パウリキウスの動画アップします。
エーミット
#KadimKehribar
【8月8日 イブン・シーナ病院】
「サフィーエちゃん!おかえりー!待ってたよ、みんな」
「もー。ありがとうございます!」
みんな、いい人たち。タイホされたのに、こうやって復帰できたのも信じられないけど。マドちゃんの貴族パワーヤバ。
にしても。なんであたしがアイドルなの?ヤバい。タイホされた時、全国ニュースで顔晒したから?仕事明けですっぴんでボロボロだったのに。変なの。
JJは……まあ、良かった。パブちゃんの命の恩人だし、心臓もまあ……バケモノだし。VVちゃんはJJのことゾッコンLOVEなんだから、もっと優しくしてあげればよき。素直じゃないんだなー。そこがてぇてぇけど。マドちゃんに取られちゃうかも?
にしても革命かー。なんかキャパいことになっちゃった。パブちゃんはやっぱりすごい。
あとズィさんもすごい。あたしと同じところに捕まってたなんて。しかも同じ日に。それなのに、釈放されたらすぐに軍団のエラい人になっちゃうんだもんね。あたしも負けるもんか。ヘアマニキュアも完璧だし、また今日から頑張るかー!
【ローマ第一軍団総合参謀本部 公式通達】
文書番号:ROM-I-GS-2025-0808-PX
08/08/2025
ズィヤ・シムシェキ少佐(殉教者業務課長)の公務復帰に伴う通達
ローマ第一軍団総合参謀本部は本日、特別使徒保安庁による不当勾留並びに同庁アンキュラ支局爆弾テロ事件より生還した、ズィヤ・シムシェキ少佐の職務復帰を承認した。
少佐は「沈黙の聖痕章」受章者としての特権に基づき、本人の強い希望により、まずは殉教者業務課長として、『退役軍人物理療法およびリハビリテーション教育研究病院』の慰問を行う。
ズィヤは、最初の慰問先に、あえてここを選んだ。『退役軍人物理療法およびリハビリテーション教育研究病院』略してガッタは、長いがわかりやすい名前の通り、傷病退役軍人のための施設としては全国でもトップクラスの実績と設備を誇るが、それよりも重要なのは場所だ。
ビルケント。アンキュラ市中心部からは少し離れるが、学術都市として栄える新しい都市だ。ここに、伍長――ダウェル・ユルトゥエルの実家がある。
伍長。俺は伍長の名前も覚えていなかった。決してそんなつもりはなかったが、結果、1人の人間として見ていなかったのかも知れない。
何が彼を、あんなことをするまで追いつめたのか、もう本人は話してくれないし、今更それを知ったところで手遅れだ。だが、せめてひと言、謝りたかった。自己満足。そうかも知れない。俺のせいではないことを確認して責任逃れしたいわけでもない。
初めて伍長と会った時――半月ちょっと前――彼の目は輝いていた。それはよく覚えている。あんな目をした若者が、なぜ……。
「ズィ。あんまり考え込むなって。クソ真面目なんだから、ほんと」
パヴル。こいつはこう言いながら、一番責任を感じている。ステーションシックスを伍長に預けるよう言ったのも僕だし、そもそもあんたをこんなことに引き摺りこんだのも僕だからと。
「ここだ」
ズィヤは自らレンタカーを運転し、ここに来た。運転手だった男の自爆テロ。無理もないとみんな言った。パヴル以外みんな。
その家はすぐにわかった。マスコミがいた。ズィヤではなく、この家をネタにしに来てる奴らだ。すぐに気づかれ、フラッシュを浴びせられる。パヴルが舌打ちしながら、マスコミを見ていた。iVitraで撮影している。
塀のある立派な家だ。だが、その白い塀は、スプレーでひどい落書きをされていた。
『裏切りもの』
インターホンを押すと、短い返事があった。名乗ると、しばらく沈黙があったのち、女の声が言った。
「帰って。金なんかいらない」
そして切られた。
ズィヤは、しばらく直立不動で立っていた。それから敬礼をし、十字は切らずに車に戻った。
「無駄足だった?」
マスコミの質問攻めを無視して車を出すと、パヴルが聞いた。
「いいや」
ズィヤはそれからしばらく、無言だった。
『退役軍人物理療法およびリハビリテーション教育研究病院』
長い。この名前をつけたやつは、きっとズィみたいなやつなんだろうな。クソ真面目。
パヴルはレンタカーの助手席で、無言で運転するズィの横顔を撮影していた。
「着いたぞ」
「うん」
パヴルはこの辺の土地勘はなかったが、着く前から目的地はわかっていた。ズィが喋らないので退屈で、カメラはズィに向けながら、横目でずっとナビを見ていたからだ。
「退屈ならいい話をしてやろう」
突然ズィが喋り始めた。
「ここはな。空から探してもすぐ見つかるんだ。敷地のデザインが凝ってるからな。真ん中に建物があって、そこを中心に扇状に駐車場が広がってる。ファンシェイプっていう。味も素っ気もない建築用語だ。」
「へー。それが?」
「俺たちは、ウェヌスの貝殻って呼んでる。ホタテ貝だ。空路でフィリスティンに行き来する時、たまにこの上を飛ぶんだ」
「そう」
「こういうデザインになったのは、いろいろ実利的理由があるそうだが……俺たちは、空からここを見つけると、心の中で、ここにいる仲間に呼びかけるんだ。待ってろって」
ズィは穏やかな笑みを浮かべていた。誰かを思い出してるのか。
「――パヴル。お前の親父もきっと、同じだったと思うよ」
なんだそれ。そんな話で僕が感動するとでも思ってんのかね?バカにすんな。
レンタカーは静かに駐車場に入り、建物の前で待っていた若い兵に呼ばれて、玄関のすぐ横に誘導された。
パヴルは、ズィが降りてドアを閉めるまで動かなかった。目を擦るのを見られたくないから。
@稲妻Z
バビュールの動画最高だった。シムシェキ少佐。漢。泣いた
#シムシェカーZ#バビュール#革命
@スヴェイシュの獅子
今少佐の演説見てたら緊急地震速報きてびっくりした。「ローマを変えよう!」のところで。なんかすげー
#シムシェカーZ#バビュール#革命
@シティウォッチ
揺れた!また爆発かと。
震源スヴェイシュの近くらしいけと。戦闘始まった?まさかね。
@闇夜の梟
大したことなかった。
スクラップ&ビルド希望。
#いにしえの琥珀#真の神#KadimKehribar
【8月9日 イブン・シーナ病院】
「ジェイさまーっ!」
ヴィはマドレーヌの嬌声で起こされた。
「お目覚めになりましたのね!良かったー!」
ヴィは病室のソファでうたた寝していた。この3日間、睡眠時間が不規則過ぎていつも眠い。
コジャテペの立体駐車場をロルフで駆け降り、この病院に来た。隣にマドレーヌ、後ろにサフィと、意識不明のジェイを乗せて。
マドレーヌ。いかれたプリンセス。
フランク王国の貴族、そして在アンキュラ副領事の令嬢としての特権をフル活用した特別待遇はありがたかった。おかげでこの豪華なVIP専用個室に入院できた。さらに、最高の医師と最新の医療設備による精密検査を受けながら、医療関係者には秘密厳守を誓わせた。まあたぶん買収したんだろうけど。
「……ここは、病院?」
ジェイはぼーっとしている。寝起きだからしょうがない。でも……わたしのことをじっと見ている。何かを、言いたそうな眼。
「ジェイさま。寝てらして!お医者様をお呼びしますわね」
マドレーヌがナースコールを連打する。サフィではない看護師が応対し、すぐに担当医と共にやってきた。
「ヴィヴィ。お医者様のお話、ちゃんと聞いておいて。私はジェイさまとお話するから!」
マドレーヌはわたしを使用人扱いしてるわけじゃない。こういう言い方しか知らないんだ。この数日ずっと一緒にいたから、いろいろわかってきた。
それに……。
世話になってるのは事実だ。ジェイだけじゃなくて、わたしも。
お父様がいなくなって、いろいろなことがあって、わたしはシスターをやめた。他の事がしたかったからとかじゃなく、ただやめた。これからどうするかなんて、何も考えてなかった。考えてる暇もなかったけど。
ジェイが眠ってしまって、考える時間ができた。わたしが眠れなかったのはマドレーヌのせいだけじゃない。
住むところがない。お金がない。仕事もない。
パヴルくんとシムシェキ少佐は革命に向かって突き進んでるし、サフィは看護師として、ちやほやされても関係なしに仕事に打ち込んでる。でも……わたしにはなにも、やることがない。
ジェイ。この人について行こう。あの時は、それがわたしのやりたいことだと確信してた。決して、浮ついた気持ちなんかじゃないし、一時の感情に流されたわけでもない。そう思ってた。本当にそうなのか。
ジェイ。普通の人間じゃない。わたしとは違う、なにもかも。しかも、この人もお金も、収入も何もない。この人1人なら、普通じゃないからなんとかなるんだろう。でもわたしは?
「うーむ。身体は、大丈夫なようですね。なぜかはわからんが」
医師がヴィに話していた。ちゃんと聞いとかなくちゃ。今は。
「精密検査の結果ですが……急を要するような異常はありません。心筋には小さな傷がありますが、本当に小さなもので、生活の障害になるようなものではありません。通常は」
びくっとして医師を見る。通常は、とはどういう意味。
「えー――」
医師はiPadaを見ながら続ける。
「――7月28日、ですな。急性心不全。心停止しかけた。カルテにはないが、たぶん初めてじゃないでしょう。そうですな?」
首を振る。以前のことは何も知らない。
「うむ。過去、少なくとももう一回は、心停止しかけた、あるいは心停止したと思われる形跡があります。心筋に新旧の傷が混在している。心筋の活動が止まり、血流が途絶えた時にできる傷です。小さな傷だ。だが広がる可能性がある」
「広がる……そしたら、どうなるんですか?」
「心臓、いえ、人間の身体の筋肉というのは、全て電気で動いています。傷や瘢痕があると、そこは電気が通れません。脈が乱れる。組織に酸素がいかなくなる。また傷ができる」
「……つまり?はっきりおっしゃっていただいても大丈夫です。わたし、シスター……だったので」
「わかりました。つまり、これを繰り返すと、いつか動かなくなるということです。心臓が。もちろんすぐということではありませんし、人は誰だっていつかはそうなる。ただ……もうひとつ。再灌流障害という言葉はおわかりですか?」
首を振る。初めて聞く言葉だ。
「心臓が、たとえほんの短い時間でも、止まる。すると血流も、酸素の流れも止まります。短時間で再始動できたとして、再び血液や酸素が流れ出す。これが再灌流」
わかる。頷く。
「この時体内では、活性酸素が発生します。これが周囲の正常な細胞を傷つけてしまう。心筋の瘢痕が、さらに広がります。我々の診断では、この患者は、身体に過大な負荷――心停止寸前または心停止してしまうほどの負荷を、頻繁にかけているようです。なにをやったらそんなことになるのかはわからないが。これを繰り返すのは、大変危険ですな」
医師の言うことは理解できた。だがそれを飲み込むには時間かかる。
「……わかりました……ありがとうございます」
医師はわたしを観察していた。そしてひと言、付け加えた。
「とにかく無理はさせないことです。彼があなたにとって、大切な存在なら」
@KK覚醒
最強ダイエット!絶対痩せる。興味ある人はぜひK.K.に!肉なんてもういらない
#いにしえの琥珀#真の神#KadimKehribar
@バビュルスinエスキ
シムシェキ少佐とバビュール、今日はポラトルか。そのままエスキシェヒルまで来ないかな?絶対見に行く
#シムシェカーZ#バビュール#革命
@肉体を超えろ
本日8月9日、ビルケント・センターでイベ!ペルフェクティにたくさん質問できます。なんでも答えてくれますよ。
*なお会場は大変混み合いますので、お早めに!
#いにしえの琥珀#真の神#KadimKehribar
【19時過ぎ イブン・シーナ病院VIP病室】
ジェイの病室は広かった。ベッドもひと回り大きく、ソファやテーブル、ちょっとしたリビングだ。ジェイも含めた6人が揃っても、狭さは感じられない。
テーブルの上には、ソフトドリンクのペットボトルやデリバリー・ピザ、スナック菓子の袋があった。マドレーヌが手配した。本当はフランク・ディナーのケータリングが良かったのだが、さすがに妥協したらしい。
「たまには、こういうものもいいですわね!さあみなさん、召しあがれ」
マドレーヌは普段以上にはしゃいでいる。ピザをひと切れ、皿に乗せてジェイに渡す。
「あんなの食べて怒られないの?」
パヴルがサフィに聞く。
「うん、ドクターに許可取ってある。食べ過ぎなきゃなんでもいいみたい。辛いのとかはNG。パブちゃんも食べる?」
あの2人は仲良し。カップルってわけじゃないらしいけど、お互いを尊重してるし……羨ましい。
ヴィは自分に驚いて、内心で即座に否定した。羨ましい?なんでわたしはそんなことを思うのか。
「ヴェシレさん。よろしいですか?」
シムシェキ少佐が、ヴィに話しかける。
「あなたとは、まだちゃんとお話したことがなかったが……覚えていらっしゃいますか?以前お会いしたのを」
「ええ、シムシェキ少佐。アイシェおばさん――デミルさんのお家で」
「光栄です。アイシェおばさんからも、あなたのお噂は聞いて……あー、でもシスターの頃のお話ですが」
「そうですか。アイシェおばさんは、わたしにも少佐のことを話してくれました。息子さんのことも。それに、審問会にもいらしてた」
「ええ。パヴルから聞きました。あなたのおかげだ。アイシェおばさんには危険すぎた」
「みなさーん!」
マドレーヌがグラスを鳴らした。
「乾杯しましょ?ジェイさまの健康のために!」
みんながグラスを掲げた。ヴィも、ちょっと遅れて。
「かんぱーい!ふふ。嬉しいですわ!わた……いえ、ジェイさまのために、みなさん集まっていただいて!」
サフィがわたしを見ていた。目が合うと、微笑んでから目を逸らした。
「さて!宴もたけなわ、ですわ!」
マドレーヌはベッドに腰をおろした。ジェイの隣に。
「みなさんに、ご報告がありますの!聞いてくださいな!」
驚いた表情を見せたのはシムシェキ少佐だけだった。マドレーヌはもう、他のみんなには事前にふれ回っていたからだ。わたしにも。わたしとは、一番最初に話をした。
「私たち――」
ジェイの腕に手を回す。
「――ニースに、行ってまいりますわ!」
「知ってるー」
パヴルがちゃかす。みんなが笑った。
ジェイも笑った。
「記念写真撮りたいですわ!」
「看護師さんに頼むか」
「……あたし?」「いやサフィもこっち!」
ベッドのジェイを囲んで。
マドレーヌが隣に、抱きついて。
その横に立つシムシェキ少佐。
パヴルくんとサフィが反対側。
ヴィは、一番端っこに。
ジェイの一番遠くに。
「マドちゃん、幸せのゼッチョーって感じですね」
スッと、サフィが隣に来た。
「びっくりしました。マドちゃんから聞いた時。でも問い詰めたら、VVさんからお願いされたって」
おしゃべりプリンセス。誰にも言うなっていったのに。
「……あの。あたし、あんまこういうこと……おせっかいってゆーか、したくないんですけど――」
「じゃあ、やめなさい。ジェイの心臓のことも知ってるでしょ?」
サフィは驚愕した。こういう場面じゃなかったら失神ものの驚きだった。鼻血が出てないか、思わず鼻の下を触った。
この人。この人は、本当に強いんだ。そして、愛しちゃったんだ……尊いが過ぎる。
「VVさん……あたし、応援します!最推し!!」
【21時過ぎ VIP専用フロア給湯室】
ヴィは1人で、グラスを洗っていた。
ひとつひとつ、丁寧に。
蛇口から落ちる水の音、グラスを拭く音、時々、グラスが鳴る音。
パーティーは和やかに終わった。みんな、ここ何日も緊張の連続だったし、こういう時間はとても有意義だっただろう。シムシェキ少佐とパヴルは、また明日、日曜日も地方の慰問に行く。サフィも休み返上で明日も仕事。マドレーヌも、今夜はニース旅行の準備をしなきゃといって領事館に帰った。
ジェイはもう眠っていた。明日は早い時間に、マドレーヌとニースへ旅立つ。そしてわたしはアンキュラに残る。独りで。
今日、ジェイが目覚めて、そのあと医師の話を聞いた。それから、1人で考えた。
『とにかく無理はさせないことです』
ジェイに、無理をさせないのは無理だ。どんなに頼んでも、どんなに怒っても、目の前で誰かに危険なことが起きると、反射的に助けてしまう。変身して。心臓に『過大な負担』をかけて。
ジェイの本能なのかもしれない。堕天使――かどうか、もうわからないけど、とにかく彼の本能。
『彼があなたにとって、大切な存在なら』
大切な存在。大切。わたしにとって、なによりも、どんなことよりもジェイが大切。今日、初めて、ちゃんとわかった。はっきりわかった。
お父様の代わりじゃない。ジェイが大切。だから死なないで。生きていて欲しい。
そばにいなくてもいいから。
アンキュラは……ローマは、これから大変なことが続くだろう。シムシェキ少佐は、戦争にはしたくない、でも仕方なければ全力で戦うと言っていた。
ジェイはここにいる限り、みんなを助けようとする。自分の命を削って。
だからこれしかなかった。
マドレーヌ。イカれてるけど、根はいい子だ。ジェイに夢中で、献身的。なにより、財力がある。
1人で、一生懸命考えた。そして、マドレーヌに相談した。ジェイを連れて、ローマを離れて、と。お願いした。頭を下げて。
断られるわけはなかった。マドレーヌは大喜びで、わたしの願いをきいてくれた。
それから、ジェイと話し――
突然、ヴィは右手のスポンジを離し、蛇口を手で抑えた。指で流水の角度を調整し、背後にスプレーのように飛ばした。すごい勢いで。
水流が、背後からヴィに襲いかかろうとしていた男の顔面に浴びせられた。
その一瞬に、ヴィの左手は持っていたグラスを投げ上げ、シンクの縁を掴んだ。右肘を水平に飛ばす。左手を軸に、ヴィの身体が円を描く。
右肘が正確に、男の鳩尾を捉えた。
ただの肘鉄ではない。遠心力に加速された容赦ない一撃。男はたまらず、くの字に前傾する。
ヴィの回転はまだ止まらない。振り向きざま、さらに遠心力が増した左膝が、前屈みになる男の顔面目掛けて飛んだ。カウンター。決まれば必殺。
だが寸前で、ヴィは膝を止めた。左手で、落ちてきたグラスをキャッチする。そして言った。
「お水ですか?シムシェキ少佐」
「30秒……いえ、肘だし60秒かしら。休めば息がつけますわ」
膝から崩れ落ちて喘いでいるズィヤのために、ヴィはグラスに水を注いだ。
「ひと声かけてくださらないと。わたし、そういう訓練を受けておりますので、つい。ごめんあそばせ」
「……いや……申し訳ない……わざとなんだ」
「わざと?わたしを襲うつもりだったと?」
ズィヤは正座した状態で、鳩尾を押さえてなんとか呼吸を続ける努力をしていた。
「どういうおつもり?膝を止めなければ良かったかしら」
ズィヤはグラスを受け取って水をあおって咽せた。そして大きく息をして、やっと普通に話せるようになった。
「……本当、申し訳なかった。許して欲しい……ちょっと、君のアスラン道を試したくて」
「試す?わたしを?なんのため?」
ズィヤはようやく、立ち上がることができた。
「任務を頼みたいんだ」




