万界の軍を制する者01
アスラ族の説明~
安西早百合。
万界の王は兵士たちの前に立った。
王の傷ついた姿に、戦死者が出たことに、麾下と呼ばれる万界構想におけるただひとつ、奴隷民ではない階級から犠牲が出たことを、彼らは憂いはあったが、『折れぬ白線』ただそれだけの事実にひとえに歓喜した。
どんな傷であろうと、時間がかかることはあっても、癒えるからだ。生きてさえいれば癒えると知っているから、兵士たちは安堵した。
エンペラーホールでは入りきらないので、大牧草地に兵を集めた。
ライラック砂漠の真横に当たり、いつぞや道化が兵を送り込んできたきたことがあったので、軍の集積地を作っておいたのだ。
一度、『道』ができてしまうと、侵略されやすくなる。一番侵略ルートになっているのはウタギ族の世界だが、門番も最強なのでほぼ放置だ。
音声はダイレクトに兵士たちの脳に響くようにしてある。
総勢、600万人。
色とりどりの頭髪が埋め尽くす。
この様子はライブ中継されているので、こなくてもいいのだが、前回といい、早百合としては何故? と思うのに、嬉々として皆集まりたがる。
「私はこれより療養に入ります。が、その前に」
珍しく黒衣を纏い、早百合は高台から語りかけた。
「有人惑星攻略一年目に、敵を必ず殲滅するのは何故か?」
その問いに、先頭の、声の大きい兵が答えた。
「技術は盗まれるからです」
圧倒的な科学力、魔法、そして兵力。
それであっても、技術はすぐさま追いつかれる。
敵との技術差が縮まれば、彼女の兵の損耗率が跳ね上がる。
それを嫌い、少なくても一年は神経質なまでに敵を皆殺しにする命令を下している。一年を経れば、もうだいたい支配は完了しているので、そこまでこだわらない。
できるとわかれば、そこにたどり着こうとする。
コロンブスの卵のようなもの。
それが戦争ならばなおのこと必死になって技術を盗みにかかるだろう。
「よろしい」
答えた兵とは打ち合わせ済み。声が大きく、聞き取りやすい者を推薦して貰った。
この寒々しいまでの青空に、よく響く。
「 さて
私はこの身を削り
みなの前で闇竜を屠って見せた
その意味がわかりますか? 」
早百合の声は優しいぐらいだったが、兵士たちは背筋をぞわっとさせた。
「イエス・マム」
万界軍の兵士としては珍しく、返答は乱れ、雨音のようにそれが早百合に降り注いだ。
「我ら一兵では陛下のようにいきますまいが、千の命を束ねましょう。足りねば、万の命をもって槍となりましょう。今日に明日には無理だとしても、次の戦のおりには、陛下のその玉体、傷つけることなく、我ら万の、億の兵が、そのお役目負いましょう」
答えたのは先頭の兵。砦長統括の一人。
殺す覚悟、死ぬ覚悟、部下を同僚を死なせる覚悟をすでに持っている。
「先の戦、しかと見ましたね」
「イエス・マム」
「私が伝えたいことは伝わりましたね」
「イエス・マム」
返答はもう乱れなかった。
これだけの兵が居て。
地割れでも起きそうな音量で返ってくる、揺らぎなき忠誠。
「麾下、影の城、光竜、道化に、あまたの化け物。強きものは多いけれど、数はもっとも有力である、と私は信ずる。研鑽し、己のなせることをなし、明日に備えよ。次の戦はくるのだから。我が兵よ、私のために死ぬことを厭わぬ私の兵よ。期待していますよ」
創世の蛇戦はカウンター攻撃としたい。であるならば、作り出された闇竜を早百合が屠る暇はない。光竜は転移装置をばらまいて、ブラックホールへ落とし込めばよさそうなので、もう気にしていない。
トークン族とギャラクシアウォーの科学力に、グレイが加わるから、次はもっとうまくいくだろう。
丘みたいに盛り上げた高台から早百合はするりと上に上がった。踝から生えた翼はいつも通りに動く。この翼を与えた黎明は泉に帰ったのに。契約はリセットされても続くようだ。
飛行艇が待機しているので、そのまま吸い込まれた。
「ものの十分十五分のために、みんなよく来ますね? 自宅の通信機の前でいいんですけれどね」
と、狭い機内に入ると、安堵からそんな台詞が漏れたが、義手の技師として乗り込んだトークン族の医者がたしなめた。
「皆、心配だったのですよ。お姿を直接見たいと望んだ結果です」
麾下たちの大半は生まれ故郷、命の泉の防衛に戻っている。仲間の魂を守る方を優先させている。
早百合の護衛は十体ほどか。
そもそもが安西早百合と麾下たちの契約は、呪いのような支配をかけられたすべての命を総リセットすること、であったから。
つい、毒の蜜の名前を呼びたくなるが、あれはもういない。
「羽族は徴兵を停止。全軍から放逐。以後、生まれた世界より外に出ることを禁ずる」
羽族の多くはその命令を歓喜した。もとより戦いを嫌い、泥の身の者と共にいるのを嫌う性質の者が多かったからだ。
大半にはご褒美としか思えない。
だが、蒼韻以下賢い者たちは青ざめた。
外に世界があることを知ってしまった今となっては、外に出ないことは情報を遮断されることだ。そしてまた、この命令はあまりにも如実に『もうお前たち種族に利用価値なし』と万界王が告げたようなもの。
そもそも万界軍に敗戦して、奴隷民となっているのだ。
不要な奴隷、王にふさわしくない羊を万界軍の兵は許さない。兵たちのスローガンは『我ら牧羊犬は陛下の御為に良き羊を選別する』である。
これならいっそ、不始末を犯した若い羽族を処刑してくれた方がまだまし。
早百合はその処分を告げて、命の泉へ向かった。
忙しい。
リーリーリーから戦前に、『絶対に生まれた世界で身を休めること』と忠告されているので、さくさくと事後処理をして地球に、もしくは月に設置した『鯱・マジシャン』にでも滞在しなければならない。生まれた世界のエネルギーを取り込むことで、傷の癒えが早くなる、という。実際、我慢できるというだけで痛みがないわけではないのだ。休めるなら休みたい。
移動中にナインナインに連絡し、司令代行の続投を要請する。
「陛下がご無事・・・・・・といえませんが、陛下さえご存命ならば、このモグラ、陛下の期待にお応えし、この重責をお受けいたします。あと一つ、お伝えしたいことがありますチー・・・・・・おっと、失礼、けほけほ」
「無理しなさんな。あなたの声帯では共通語はきついでしょう」
「モフシスがやれるのですから、がまばります(ろれつが回らない)。こほこほっ。失礼。して、アスラ王補佐大姉、懐妊いたしました」
「!?」
「タイミングからして、陛下の御子に違いなく」
「ありがとう」
「いえ、我ら陛下のための犬なれば。はは、わたくしめはモグラですが。では良い休暇を。お帰りを心よりおまちしております」
見慣れたモグラの愛嬌のある顔がぱつっと消え、通信が終わった。
「あとからあとから。忙しいときにハプニングは起きるのですね」
泉を視察して、大姉に会うとしよう。種族的に、生まれる子は必ずアスラだ。女の早百合相手でも、子が出来るのが軽い驚きなのと、もう一つ。
「これ、私、死んでますね」
アスラは伴侶が死ぬと懐妊する。正しくは伴侶が殺され、その躯を取り戻し、その肉を食らって、身ごもるのだ。伴侶の死をけっして間違えない。
早百合の感覚では数百年も前に、別れ際に口づけをしたが、あれで遺伝子をコピーしたのだろう。これがまかり通るなら、決死隊を組んで戦死したアスラの躯を回収しなくてもよくなるんじゃなかろうか。
と、現実逃避的にとりとめなく考えて。
それでもやはり、『死』に帰結する。
「死んだ、か・・・・・・死亡ライン踏み込んだ、あたりでルイから不死をもらえたから、ぎりぎりに・・・・・・。念のために四十日後に命の実を食べておくか。いえ、それにしても、孕まされることはあっても、孕ます方になるなんて、びっくりすぎます」
太子となるのか?
否。
それはない。
アスラの子はアスラであるから。
扱いをどうしましょうかねぇ。
なんにせよ。
体を大事に、とか伝えにいかねば、薄情者過ぎる。
考えれば考えるほど、吐き気がしてきた。
自分の子を身ごもっている女がいて。
そのさなかに、死にかけだったからとか理由はあっても、浮気としか言えぬ行為をして。それ以前、懐妊間際に、正式な愛人格上げの男がいて。
「うわ。これ、自分じゃなきゃ、殴りたいレベルの最低さ」
腕と目と頭の痛みをつかの間忘れるほどの後悔におそわれた。
「泉の確認後、即アスラの大姉に会いに行くので、ルートを確定しといてください。手みやげに、お酒、は駄目か。果実酢あたりでいいのを見繕ってください」
わたわたしていると、羽族族長蒼韻から通信が入った。
忙しいから相手をあまりしたくなかったが、とりあえず出た。
予想通り、謝罪と沙汰の軽減についての嘆願だった。
羽族の代打として出た老人の中には喉をからし、闇を直視して視力を失った者もおり、きつい沙汰を下す気は実はなかった。目に余る態度が多い種族だったので、警告も兼ねたのだ。
「汚名を雪ぐ次の機会をなにとぞ」
戦時中は簡略な言い回しですむが、今回は謝罪である。彼らしくない珍しくしおらしい言葉遣い。
「くどい。が、いいでしょう。蒼韻、引き続きコンビニの管理を任せます。種族全体の謹慎は軍標準単位で五十年。次はありませんし、これ以上は食い下がるなら」
一拍おいて。
「滅ぼされると思え」
冷たい声が落ちた。
「温情に感謝を。最後に」
早百合は軽く苛っとした。
「なんですか?」
「お世継ぎのこと、おめでとうございます」
「継がせませんがね。あれはアスラのもの。くれぐれも、よけいなことを言って回らないように。情報源は?」
「ナインナインです」
「そうでしたね。彼に知られると、全軍どころか学者にも知れ渡るのでしたね」
ナインナインは軍人であると同時に数学界の重鎮でもある。そんな彼がなぜ軍にいるのか、というと軍の支援で大学に行き、博士号をとったからだ。数学はすでに、ギャラクシアウォーとトークン族にほぼ隙間なく塗りつぶされているので、新しい理論を出す者はナインナインが久しぶりだった。軍人のわりに金にうるさいのも、数字への強さからだ。
キリングを何体か、派遣して母子の安全に気を配らせるか、と早百合は思った。
万界を継がずとも、万界王の子ならば、無茶をしでかす馬鹿どもがいるだろう。アスラにはおらずとも、人間種族には。
異世界につながるゲートは軍管理下で今までは万全であったが、たとえば道化がカトンボ(道化曰く「あれは鎧兵っていうんです」)を送り込んできたら惨事。
「休暇までに全部終わりますかね?」
悩ましく眉を寄せた。
痛みは緩急の波で襲ってくる。たまに脂汗がにじむほどの激痛が来る。それをやりすごす。
痛みの感覚はまだ良くも悪くもなった感じはない。
長く戦場に出て、大怪我を繰り返しているためか、火霊を取り込み、寄生植物を身に宿したときに激痛と不快は味わい尽くしたせいか、体が傷ついたという信号は感じるが、痛みの感覚は切り離せてしまえるようになった。『暇』をもてあますと、それも難しいが、やることがあればそちらに集中できて、痛みは忘れられる。
泉到着直前、鮫型艦ラピュタ号のマスター登録が完了した。元の持ち主はギガースだった。死亡が決定していたので、彼は己の船を早百合にゆだねた。そこに住んでいた麾下の大半がギガースとともに泉に戻った。
「ギガースは戻りますから。私は最優先オーナーではなく、臨時の第二オーナー登録でよいです。ラピュタ号、泉の防衛に回りなさい」
『イエス・マスター』
久しぶりに、砂の大地に降り立った。
以前と違うのは、この地の代理王に据えた獅子王が惚れ込んだサボテンが生えていることぐらい。
外の世界を連れ回されるうちに、緑に惹かれ、自分の世界にも、と望んだのだ。
適応したのはサボテンと、乾燥に強くした綿花、一部のエア・プランツぐらいだった。力ある砂を輸出するかわりに、水と肥料を手に入れている。
サボテンもけっこうな種類と数になり、栽培地は林みたいになっている。森、には届かない広さ。これぐらいの規模で、雰囲気を変えて点在させたい、というのが計画書にあった。
「知らない土地になってますね」
泉から離れたところが畑になっていて、異世界からのゲートもそこに設置されている。
直接、泉の側にいけるのは危険だからだ。
少なくても泉に命が戻っている間は遮蔽物のない砂漠に囲まれて、侵入しようとする不埒者を早期に発見できる環境を維持したい。
七宝焼きのような、堅い空。実際、舞い上がればぶつかる。
太陽はなくとも明るい世界。
単一世界の特徴。箱庭的な世界。
泉にたどり着けば、中に戻った命がきらめいていた。
獅子王や麾下が見張っている。
「すべて、戻りました」
早百合は数を数え、それから目をこらした。
肉眼は一つ駄目になったが、真なる目は使える。一つ一つが知った魂であり、たった一つの契約以外の束縛がないことを確認した。「あとは復活を待つだけ、ですね」
命の泉の水が尽きそうなら、またこの砂を消失させて、力に還元してしまえばよいこと。
その結果、この世界が失われるとしても。
何を犠牲にしても、リセットしてみせる。
だが、一応、そうしないための努力はする予定でいる。
「獅子王」
「なんだ?」
大きな獅子の姿に戻れた獅子王がぶすっと答えた。闇竜戦に参加できなかったのがおもしろくない。戦力外扱いされたように。
黄金の、翼ある獅子がなんてありさま。
「ぶすくれるんじゃありません。百獣の王の姿なんですから。砂をがんがん取ってますし、世界が小さくなってますから補強や継ぎ足しに、小衛星か手頃な宇宙に浮遊する巨石(惑星に到達すると隕石になる)あたりをこちらにもってこようと思います。そしたら、もう少し草花が生えるかもしれません。むろん、魔法的な処理でのこちらへ接続が必要ですが」
「無料か?」
「あなた方そういうことを言う子たちじゃなかったのに? そう・・・・・・ええ、無料ですよ」
「貨幣価値を叩き込んだのは貴様だわ。全部を再生したら、ここはなくなりそうだ。すべてが代替に過ぎなくなっても、あれば心のより所にできもしよう。同意する」
「シロタエ(命の泉の執務艦鯨)で適切な演算をし、細々した道具は蒼韻と相談し、ラピュタを置いておくので輸送のたぐいはまかせなさい」
この地は一つの惑星より小さい。早百合の生まれた地球の、月ぐらいの面積しかないだろう。その広さも、力を失い、纏まっていられず、古い生卵がとろけて広がるように間延びしてのこと。
世界が流れ出さぬように八方を岩石で固定し、中央に岩石が離れぬよう連結魔法を強化する塔か山を設置。ヤムの世界のようなしゃぶしゃぶ鍋じみたものにするかな、と考えた。
初めて見たとき、何これ、とは思ったが、魔法に精通するとあの形は単一世界としては合理的だわ。
こんな感じと、設計ラフをさらりと描いて、獅子王とジンとシロタエ、ラピュタ、ファーストリリーに送信する。
三艦も使って演算とは贅沢な。
「あとは任せます」
今、アスラの惑星へのルートが整ったと報告が入った。
王としての勘、というより経験則として、ハプニングは連続する、トラブルは寂しがり屋さんなので仲間を呼び寄せ最悪に連鎖し始める。
突発事項は確実に着実に、そして手早く潰していくべきだ。
限りある空に舞い上がる。
シロタエのベスト・ゲートへ向かう。
下を見渡せば、力は強いが、疲弊した地面が見えた。
不死身に近い身になり、千年を生き、巨額の万界運営費をいじる立場であるせいか、三百億年は手が届く時間の長さに思えたが。
世界に取ってさえ、億をこえてくると、しんどい時間の流れなのかもしれない。
蛇はどうだろう。
怖いものだらけの、若く感受性の瑞々しかった頃を終えて、いまだになお、生に執着するだろうか。
死にたいわけではないだろう。
この世界だって
息切れしながらも
生きたい
存続したい
と
あがく
「直線にて、ルート設定済み。どうぞオーナー、お進みください」
シロタエがベスト・ゲートを開放した。
ステンドグラスでできた大きな扉のような、門。
早百合は一条の光になって飛び込んだ。
ふわっと圧がかかる。違和感。空気の温度がわずかに違うために出来る、通常は意識されない薄い膜。境目。
高速飛行するとそれがわかる。
連続してベスト・ゲートを抜ければ、アスラの世界。そこは寡宇宙型である。星系が百に満たなくとも存在し、アスラの星がある。
森や林があり、海や湖、川があり、空があり、雨は降り、雷は落ちる。山は高く、低く、谷もあり、平原もあり、鳥は飛び、地を駆ける動物がおり、地球と変わらない。
アスラと並び立ち競い合った人類はすでに滅んでいた。
亜神レベルのアスラが頂点に立ち、人類が滅んだこちらの世界は、万界王が介入する必要性がまったくない、自然環境にある。
アスラは獲物をとって食べたりしないからだ。果物を食べる様子は見かけるが、なければ食べずともよく、増えるには伴侶の死が必要で、人間ほど自然や生物に『絶滅』的インパクトを与えることがない。
ちなみに軍では夕食としてグラスワインをあおっているようだが、コストがそれで済むのだから非常に安上がりな兵隊でもあるのだ。
大姉とは、現地惑星の人間種族を滅ぼす原因となったアスラに当たる。
本来、アスラには名前はない。
アスラ王老母は自然にアスラたちにそう呼ばれるようになり、大姉もまたそうである。
これらはアスラの性質による。
伴侶の死後、伴侶の血肉を食らって子を身ごもるのが通例だが、からからに乾いた骨でも良いのだ。
老母は伴侶を人間に殺され、アスラの性質を知っていた人間はその体を細かく砕き、あちこちにばらばらに埋めた。
老母は長い時間をかけて、その遺体を探し出し、食べ、食べては生んだ。
回数にして三十二回、子を生むたびに年老いていき、永遠に若いはずのアスラであるのに五十代の外見をしている。
百人を超えるアスラの母、それが老母である。ここまで生んだアスラは彼女だけで、ここまで老いたアスラも彼女だけだ。
とはいえ、健康な五十代程度の肉体であるから、『老』というほどでもない。どちらかというとそれは、敬称的なものだ。
象徴として老母はアスラ王となったので、実務は大姉に任せている。
事実上のアスラ王は大姉であった。




