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万界の軍を制する者02

 アスラは女子供を殺さない。

 民族弾圧、宗教弾圧時はほとんど彼らの出番はなく、悪意さえなければ死なぬ特性を利用して、宇宙船での開拓、マッピング業務にいることが多い。なにせ、酸素も水も食事も、ほとんどいらないのだから。

 その惑星にいた人類は、普通に女子供を殺した。アスラと長く対立していた(一方的に人類側がアスラを嫌った、が正しい)彼らは、あるとき、幼い姉弟を見つけて、『姉』だけなぶり殺した。

 アスラの母は生んだ子の中で、一番体の大きいものに、片側の乳房を切って与え、それを食したアスラは『姉(母)』として弟たちに母乳を飲ませて育てる。

 姉を殺された弟たちは飢えて死ぬしかなかった。

 人間は、わざと苦しめるために、弟たちは生かして、無惨な姉の死体を放置して、去った。

 後の大姉と呼ばれる、姉アスラが弟たちと共に、その陰惨な場に現れたのは惨劇から半日後、死体に泣きすがる他のアスラを見て、理解した。

 大姉はすでに母乳がでなくなっていた。

 二ヶ月程度で、ほとんど成人してしまうアスラである。そういう生態も人類には驚異だった。

 大姉の行いは慈悲から出たもの。

 ずたぼろのアスラの死体の、胸の乳房を食らって、再度乳が出るようになると、別の母から生まれた彼らを、育て上げた。

 これが、『大姉』と呼ばれるようになったゆえんだ。元が『姉』であったから、わずかに授乳期を延長させることが出来たのだろう。

 慈悲・慈愛により助けられた、義弟アスラたちは、だが目の前で実の姉をなぶり殺された恨みと憎しみを忘れなかった。

 アスラは女子供を殺さない。

 その特質は、その憎しみの前に忘れ去られた。

 人間の集落が女子供にいたるまで皆殺しにされたときに、考えたことは別の集落からの攻撃、だと信じた。

 そして人間たちの中で凄惨な戦争は起きた。

 その間も、憎しみに染まったアスラたちは村を襲った。自分たちが奪われたものを奪ってやるために、妊婦と若い女、乳飲み子を抱えた女を優先的に殺していった。

 その報復はあまりにも『アスラ』的ではなかったのだ。

 火種は消えず、あおられ続けた。

 他のアスラは、人間に対してあまり興味をもっていなかったから、気が付くのが遅れた。

 気が付いたとき。

 人間種族は滅んでいた。

 人を滅ぼした罪を負って、大姉はその後に訪れた万界王に下った。

「嘆美ですね。アスラは阿修羅王ではなく、アーシュラ・グインですよ、『闇の左手』っ」

 と、万界王がわけのわからないことを叫んで、彼らはアスラ族と名前が付いた。

 彼女は永遠の戦をくれて。

 憎しみに焼けただれた、下の弟たちに死に場所を提供してくれた。


 弟たちを救うべきではなかったか?

 いや、結末がわかっていても。 

 同じ道を、自分はたどるだろう。


 大姉は罪深い自分を知っていたから、子をなす気も、子をなさせる気もなかった。

 今、万界王安西早百合の死んだ気配を察知して、不死化(伴侶が死ぬと一定時間何をされても死ななくなる。これも人間には脅威だった)し、懐妊して、パニックになっていた。

 本能的に、執務間のパニックルームに飛び込んで鍵をかけてこもった。

 大姉は見ていないが、早百合が闇竜のブレスにすっぽり包まれて、一拍の後に不死可したので、アスラの伴侶への死の感度は世界を超えても揺るぎない。

 弟たちは扉の前で叫んでいたが、テロ対策用の部屋なので、大姉が外を確認しようとしない限り、中は静かなものだ。


 陛下が亡くなった。

 陛下がお亡くなりに・・・・・・


 もうそれ以外、考えられない。

 端末に触れて、情報を取り込めば『白線折れず』という明瞭な単文が暗号にすらせずに飛び交っているから、拾えたのだが。

 アスラは機械の扱いが苦手なので、ダイレクト(頭に直接仕込まれている通信システム)さえ、いつも切っている始末。



「もう少し早くおいでいただきたかった」

 文句を大姉の弟から言われながら、無機質な廊下を早足で歩く。

 一定間隔で、壁に風景の絵が飾られているが、彩りというより距離と現在地把握用でしかない。

 床も掃除が面倒なので、滑らないゴムのような摩擦にコーティングされた、剥き出し。

 執務艦の中で一番、飾りのない艦。

 鯨・天つ風。

「いや・・・・・・私も両腕無くしたり、頭の皮焼け焦げたままで、片目も水晶体蒸発して見てくれだけなんとかしたばかりの重傷なんで、優しくしてくれていいんですよ?」

「ここにくるまでに、演説する暇があったのに?」

 手厳しい。

「我ながら、良い演説だったと思うんですが」

 褒めていいんですよ、と水を向ける。

「圧迫演説でしたね」

 冷たい。

「その切り返し、アスラと思えませんね。アスラらしい、というのは執務やる気がない老母こそが、なんでしょうね。基本、あなたがたは永遠寿命のくせに刹那主義だから」

 ああ、とため息をつく。

 この弟アスラも罪に荷担した故に、性質が変化してしまったのだろう。

 義弟たちを真っ先に見つけて、姉に助けを求めたのが彼で。

 今なお、一つの種族を滅ぼした罪悪感を姉と共有している。

 早百合に言わせれば、あの程度の起爆剤で滅びたのだのだから、単にちょっと早まっただけで、どうせいずれは滅んだはず、と思う。

 遺伝子回収は済んでいるが、復活はさせる気にならない。

 させるなら、衛星の小さな居住区で試験的に、だ。闘争心が強すぎるから、管理できなくなったら、すぐに全滅させれられる環境でなければ。

 人間の枠に入れているが、知恵があって道具を使う、ベタ(観賞魚。同じ水槽に複数入れると殺し合う)並の生き物、に思える。

「何度でも言いますが、私の支配地の民はすべて奴隷民であり、その罪も功績も、主人たる、持ち主たる私のものです」

 風景画が海岸になった。

「ここらへん、でしたね」

 絵の額縁の下側を持ち上げて、そこにあるはずのカメラで網膜の確認をさせる。

 今の言葉で声紋も認証した。

 指紋は、腕をなくすことを知っていたので認証に使わない。

 額縁と反対側の壁に線のようなものが入った。

 パニックルームへの入り口である。

 基本、この部屋は王、代理王、補佐、など数名しか知らない。

 強制的に開けるには代理王か万界王が直接出向く必要がある。

「大姉、私ですよ」

 物理的な強靱さも必要だが、容易に開かぬようにドアは重い。押すと重みでの抵抗があったあと、音も立てずに開いた。

 薄暗い室内に廊下からの光が入る。

 廊下と負けず劣らずの無味乾燥な部屋。

 出入り口近くで、音に反応して緩慢に振り返った大姉。

 そもそも種族的に服を着ることが苦手なアスラが、半狂乱になったせいで、ひどく乱れた格好になっている。

 スーツは窮屈だから、無意識に乱したようだ。

「無事ではないですが、生きて戻れました。心配をかけてしまいましたね」

 大姉は幽霊でも見た顔で、きょとんとしたあと、立ち上がった。

 アスラはだいたい、大柄だ。大姉もまた、女性の平均より背の高い早百合よりも、大きい。がっちりしているか、細身の筋肉質かはそれぞれの個性だが、ひょろりとしている者はほとんど見かけない。

 万全ではない早百合が抱きつかれれば、バランスを崩して倒れる程度の重みはある。

 むろん、弟アスラは支えてくれなかった。

「私、怪我してるっていってますよね?」

「存じてますよ。ただもう貴方の中で、姉をどう思っているのか、その御心をおうかがいしたいのです」

「愛してますよ」

「陛下の『愛』は大盤振る舞い過ぎてしまって」

 弟アスラは嘆かわしそうに目を閉じて頭を左右に振った。

「信用なりませんね」

 早百合にしがみついていた大姉が低い声を絞り出した。

「弟よ、不敬、ぞ」

 弟アスラは肩をすくめた。姉とよく似た顔で、少しばかり不服そうに。

「あなたに会いに、療養をすっ飛ばしてやってきました。大姉、顔をみせてくださいな?」

「御身、大事に。私ごときのために、私が、あなた様が亡くなられたのだと、とんでもない勘違いをしてしまったために、お怪我が癒えてもいないのに、無理をさせてしまい、もう、もはや、会わせる顔もございません」

 胸元から訥々と、つっかえつっかえ、嗚咽混じりに紡がれる言葉に、酷い後ろめたさを覚える早百合だった。

 小姑の説教はしつこくねちねちしている分痛みはないのだが、大姉はちょろい分、良心がうずく。

 それはともかく、押し倒された状態から起きあがりたい。

 ここには絨毯さえ敷いてないのだから。

「姉の身を案じる弟としては問わずにいられないのですよ。新しい愛人についてとか」

「あれは、つまみ食いだったのです」

 最低な返しだな、と弟は思った。そして答えた当人も、浮気がばれた亭主のアホ回答だな、と思ってる。

「弟、この方はすべてをお持ちだ。何をしても許される」

「姉よ、しかして、地位と名誉にまったく興味のないアスラがそれを許すとでも? まあそろそろ起きましょうか」

 自分だけ立っているのが居心地が悪くなった弟だった。しかたなしに、傷に触れず、早百合を起こした。

 今、早百合は体のバランスが取りにくくなっている。義手は重量は調節したし、重心もかなり性格に調整した。が、微妙な感覚はやはり狂う。

 そろそろ限界だった。

 静養が必要だ。

 それを察した大姉がしがみついていた手を離す。

「生まれるより前に、また会いに来ます。その子らはアスラのもの。それでいいですね?」

「よいのですか?」

「あなた方は、それを利用して何かしようとはしないでしょう。私のことはまあともかく、貴方もその身を大事に」

 不死がまだ残っているはずだが、急速に何かが削り取られている気配がした。

 『人』である部位が消えていく。

 火霊をとりこんで血潮は火に、寄生植物のせいで骨と肉に根がまつわりついている身だからこそ、麾下たちとの契約と相まって、命と姿を保てているが。

 ああ、あの闇の竜は全身全霊を賭ける程度に、数万の兵をすり潰す覚悟をした程度には、やはり強かったのだ。

「戦闘より事務系に重点を置いたキリングを配置します。使ってください。せめて子らが成人するまでは」

 ため息が吐血のように黒かった。

 時間切れだ。

 やることは山ほど有るというのに。

 そして代わってやってくれたであろう、毒の蜜と擽り屋、ギガースが消えている。

「私の要塞群、私の代理たる各世界の王たち。あとは任せましたよ」

 彼女はこれでようやく休養に入った。

年表でも作らねば・・・時系列とっちらかしているから。

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