心の闇を制する者
第二次闇竜戦役直後
ピクシブにもあり
時間の『概念』以前、時間がなかった遥か昔のこと。
創世の卵に絡みついた蛇が無限の闇を恐れて、
「イリス・イリス・イリス」
唱えて、光は生まれ、時が刻まれた。
さらにたくさんの光のような何かが生じ、それは後に世界意志、世界を作るものになった。
これが実はそう遠くない昔話である。
たったの、300億年前のこと。
「思ったよりも最近だな」
気だるく答えたのは、ルイ。
心の闇を食らう影の城を従え、闇も光も統べた、おそらくはもう神の領域に近い存在だろう。
そして心の闇は、闇竜の闇をも浸食する。
自分の服を着る前に、同衾した相手に羽織るものをかけてやる、程度の常識は持ち合わせていて、失われた腕を気遣うようにふわりと肩にかけた。
同衾相手、焼けた顔だけは生き残った麾下たちが全力で癒したが、当人はそれがおかんむりだった。
「普通、目が、いえ腕が先でしょう! こんな絶世でもない、よくある顔を治す意味がありますか?」
怒鳴られなじられ、それでも彼らは一斉に答えた。
「とはいわれましても、我らはそのかんばせが好きなのですっ」
かみ合わない主従だなあとルイは思ったが、麾下たちがそれでも主たる安西早百合を愛しているのはわかるのだ。
顔はほぼ癒えたが、焼けた頭皮も髪もそのまま。
蒸発して再度復元はしたが黒目がひしゃげた右の瞳の方は視力が戻っていない。見栄えだけはなんとか戻ったのは、ルイと性的交渉を行ったからだ。
口づけ一つで七日間、性交渉によって49日間の不老不死を与えることが出来るのが、影の城の城主の持つ最大の力だった。当人はその恩恵にはあずかれないのだが、これによって影の城は最大の防衛力を誇る。
二人が起きあがると、薔薇の花の侍女たちがささっと、しかし音はたてずに寄ってきて、小さな円卓に茶と軽食を用意し、万界王安西早百合が立ち上がるのに手を貸した。
侍女らは同じ部屋にいるだけで、満開の花園にでもいるような芳香を放つ。
椅子に腰掛けるまでの間に侍女たちは主と客人の身支度を、邪魔にならないように、それでいてほぼ完璧に整えた。
花の浮かんだ熱い茶を口に含んで。
「貴方のところの世界意志はこういうことを語りませんか?」
「うちのは頭がおかしいからな。支離滅裂な奇声を発することはあっても、その中にそんなことも言っていたかもしれないが、狂人の話を俺はまともに覚えてない」
召使い連中は世界意志の言葉を記録し、ドゥラスも趣味でその情報を統計しているが、どれが正しい情報か判断付けられないならゴミ情報でしかない。どちらからも報告がないということは真偽や画期的な法則も見つからないのだろう。
「必要なら、記録の写しを渡す。翻訳はそっちでしてくれ」
「ありがたいですね。コピー機をお渡ししましょうか? 自家発電機は動いてるようですし」
早百合はルイたちの『写す』が手で書き写しなのを知っていたので、提案した。カメラで読みとってしまう方が楽だし管理しやすいが、紙で読みたいのだ。
「その手のおもちゃは姫たちが遊び倒して壊す。借りるのは、後々困りそうだ。購入できればそれがいい。ドゥラス?」
呼びかければ、戸の外で。
「入れません」
と、律儀な声だ。
情事直後のうら若く見える女性が居るのだから、元聖職者のドゥラスには立ち入れないだろう。
閨を共にした余韻は茶を一杯飲み干したあとには掻き消えていた。
以前から作製していた義手と鬘が届く。同時にコピー機も。薄型の、卓に乗せられるものだ。
狂った世界意志がときたま放つ、悪夢の残滓のような奇声をとりまとめると、思いの外、筋道が立っていた。筋道を知っているから組上がったパズルであって、この断片だけでは整合性をとるのはよほどの、狂気の天才でもいなければむりだっただろう。
もしかしたら、早百合が望む情報だけを拾い上げた、この物語が偽りなのかもしれない。
それは早百合も考えている。
見た目だけなら若いが、老獪な二人は原本を汚さぬようにまた保管しなおさせ、それぞれ自分の読みやすい言語のもので、それを読んだ。
「終わったばかりなのに、次の戦か」
うんざり気味にルイは言う。
少年のように小柄で、少年のように幼い顔立ちでも、声にも瞳にも倦んだ気配があるので、実年齢が透けて見える。
「千年で次が来るようなので。二度目、三度目はもっと早いかもしれません。次の竜が作られる前に、叩きたい。叩く準備を終えたい。蛇はどこにいるんです?」
「目星がついている癖に」
「ついてますよ。ただ、いってみて違っていたら、損失が大きい。物資や金銭はどうとでもしますが、時間のロスは致命的になる。確実な情報がほしいのです」
早百合は目を閉じた。
喪に服す、黒いドレス。フリルやレースもなく、適切に入った襞でただすっきりとその身をつつんだもの。
傷は癒えていない。曇りガラスの中の青い液体の中、腕の傷から流れ出る血がたゆたう。
青い液体が神経をつないで、義手を日常生活には不自由ない程度に動かしているが、苦痛は焼けただれた直後のままだろう。
治療すれば、逆に腕が生えるのが遅くなる。
頭皮も同じで、鬘の内側の青いジェルが火傷を覆っている。
いずれ癒える。
それが百年余か、十年以内かは早百合にはわからない。予知する者に聞いたことはなかった。
「そろそろ時間だな」
「ではこれにて。49日間の不死の御礼はまた何かのおりに」
予知の夢を見せる、黄金の薔薇の粉が、未来を囁いて。
ルイにこの目の前の女を殺しておけと唆す。
だが、彼はただ笑う。
終わりをくれるもの、は愛しい。
漫然とした永遠は怖い。
それでも自分は世界を存続させるためのシステムになるだろう。
闇竜を屠ったあの日。
世界に対するそれぞれの役割もまた明確に決まった。
「姫らが、召使いもだが、そちらの世界のカラフルな糸や布をほしがる」
「それぐらいのものでは、不死の代価にはなりませんよ。最新のコンビニのカタログを贈ります。・・・・・・新色の織り糸は私から貴方の城の姫様たちへのプレゼントです。あとは、そうですね、ドリーさんはいずれ紹介してください」
言ってから、羽族への沙汰を考えねばなるまいと、思い出した。羽族の長蒼韻がコンビニの責任者だ。
「見てわかっていると思うが、正気を失っている・・・・・・? いや、彼女は、適応してしまったんだろう、影と闇に。まともな会話にならないがそれでよければ」
不思議な女性だったな、と早百合は思い返す。
憎悪の闇をかったるそうに制するのがルイならば、悲哀の闇を纏い静かに微笑み舞うのがドリーなのだろう。
「あの哀は美しかった」
戦のどさまぎに垣間見た、あれを落ち着いてもう一度。
そう、早百合は思ったのだ。
このころ、DDDにてレイモンドは闇竜アベルを抱えて逃避行を始め、娘が復活したと勘違いしたカリンが追いかけようとしていたが、極度の貧血状態のためままならず、毒のような怨嗟の声を上げていた。
モフモフ族の歌唱隊モフモフシスターズは暫定指揮権をレイモンドから投げられて、とりあえずこの地の兵の半数に休憩を取らせ、衰弱したり死んだものを故郷へ帰し、再編成するための人員を後方で司令代行を勤めるナインナインに打診していた。
シャンタールとイリス・イリス・イリスはレイモンドからの要請で、レイモンドの領地の運営をしばらく任された。
レイモンドは領主であり、長く続いた公家の出身なので、指揮権や名代はちゃんと引継ぎしての、律儀な逃亡だった。
影の城の支配している世界では人間たちが変質し始めていた。
心の闇を吸収する城とルイが外の世界にいってしまったため、柔らかい性質の人間たちは憎悪や悲しみに顔かたちを変えていくのだ。
野良一号「なぜ、騒ぎが起きないの~? もうここらへんの人たち、原形留めてなくない? 婆様っ。おかしいよっ」
星見「つまりだね。人は信じたいものを見るんだよ。知り合いを記憶で見る」
野良一号「人が異形に変わるより、それを全然気にしてない風な人たちの方がこわいっ」
均衡、緊張、ある意味でいつパニックになってもおかしくないありさま。
夫が熊のようなものに変わっていても、妻の肌が薔薇色から灰色になっていても、互い、気が付かない。親しい人間相手になるほどに、現在に過去をかぶせて、人は相手を見る。
いや、限度ってもんがあるでしょうっ、と野良は叫んだが。
柔らかい、変質しやすい故に、ここの人間たちが手に入れた防衛技術のようなものだ。度が過ぎれば、親しい人間が違う何かになってしまっていることに気が付くが。
人間が信じられない、と野良はメモリーや回路の完全クリーニングとメンテナンスを申請した。
しかし、この有様も、影の城が戻れば。
「酷いていたらくだな」
と、ルイは笑い。
ドリーと手を取って、世界に飛び出した。
暗い、黒い、感情。
寒々しい感情。
それらは人々の体から離れていき、影の城とその二人の上に嵐のように渦巻いて。
一握も残さず吸われていった。
空気は清浄に、影の城の主は昼間を穢れさせていたが、この世界の者たちにしてみたらありふれた話。
ゆっくりと、異形の姿は人がましく戻っていく。中には一部、首の後ろに鱗が残ったり、角がなかなか引っ込まないものもいるが。
一晩たてば、それも消え失せる。
「魔女ら、ご苦労。無事に帰還した。化け物になりかけた連中の処理も終わった。解散。休め」
それですむの? ここの世界、も、やだ・・・・・・。
と、野良は思った。宇宙船搭載の人工知能でなければ、泣いているところだ。
寝取られジョーンの堕ちたる神の正体がこのへんにー。




