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第二話!現代知識無双!マヨは世界を救う!

「……よし。」

俺は一枚の紙を見つめ、小さく息を吐いた。


入部届。

昨日の俺に見せたら、鼻で笑うだろう。

『部活? 何それ。』

『絶対入らない。』

そう思っていたはずなのに。

結局、『きみくる!』は最後まで集中して読めなかった。

「俺だったら。」

そんなことばかり考えてしまっていた。


あの部活は、おかしい。

活動内容もおかしい。

でも――。




放課後。


俺は入部届を片手に、特別教室棟への渡り廊下を歩いていた。

放課後の校舎は、昨日とは違って静かだ。

グラウンドから聞こえる運動部の掛け声だけが、窓の外からかすかに届いてくる。


廊下の一番奥。

コンコン。

軽くノックをしてから引き戸を開ける。

「失礼しま――」

部員の誰かがいると思っていた。

だが、部屋にいたのは見知らぬ男だった。


白衣姿。

年は三十代後半くらいだろうか。

少し無精ひげが伸び、窓際に置かれた古い椅子へ腰掛けている。

片手には湯気の立つマグカップ。

もう片方の手には一冊の分厚い洋書。

男は窓の外を眺めながら、静かにコーヒーを口へ運ぶ。

やけに絵になる人だった。

俺に気付くと、本へしおりを挟み、ゆっくり顔を上げる。


「……新入部員か。」

低く落ち着いた声。

「え、あ……はい。」

「そうか。」

男はマグカップを机へ置くと、柔らかく微笑んだ。

「歓迎しよう。」

「ようこそ異世界研究部へ。」


「……。」

「……えっと。」

「失礼ですが、どちら様で?」


男は白衣の裾を整えながら大仰に立ち上がる。

「高瀬修一。」

「地学教師。そして――」


部屋をぐるりと見渡す。

壁に並ぶ鉱石標本。

天体模型。

木剣。

ロープ。

そして、山積みになったキャンプ用品。

「この部を作った人間だ。」

その一言だけで。

なぜか昨日のラジカセから流れてきた、あの重厚な王様の声が頭の中で蘇った。

「あ。」

思わず口から漏れる。

「王様。」

高瀬先生は一瞬きょとんとしたあと、小さく吹き出した。

「テープを聞いたか。」

「はい。」

「どうだった?」

俺は少し考えてから答える。

「……先生。」

「うん?」

「ノリノリでしたね。」


数秒の沈黙。

そして。

「教師はな。」

先生は真顔でコーヒーを一口飲む。

「頼まれたことには全力で応える生き物なんだ。」

「いや、絶対楽しんでましたよね?」

その瞬間、廊下から元気な声が響いた。


「一番乗りー!」

バンッ!

勢いよく引き戸が開く。


「おっ!?」

白峰部長が俺を見つけ、目を輝かせた。

「君……!」

俺は少し照れくさそうに頭をかきながら、入部届を差し出した。

「……よろしくお願いします。」

白峰部長は満面の笑みで受け取る。

「ようこそ!」

「いせけんへ!」




部員が揃ったところで、高瀬先生がコーヒーカップを机へ置いた。

「それでは、本日の活動を始めよう。」


──────────────


異世界入門編

~剣と魔法の世界へようこそ~



召喚直後にするべき事!


・周囲を観察

・言語が通じるか確認

・帰還方法を確認

・勇者の役割を確認

・即答しない


──────────────


「今日は昨日の続きですか?」

俺はホワイトボードを見ながら尋ねる。


白峰部長は「あー」と頭をかいた。

「昨日のガイダンス、新歓用に作ったやつなんだ。」

「え?」

「つまり、途中までしか作ってない!」

「なんでやねん!?」

思わずツッコミを入れる。

「だって新入生に説明するだけなら、あそこまでで十分だったし!」

「じゃあ、この先は?」

「設定ない!」

胸を張って言うことじゃない。


神崎副部長がため息をつく。

「正確には。」

「昨日の内容は、活動紹介用のデモンストレーションだ。」

「本来の活動ではない。」

「じゃあ普段は何をしてるんですか?」


桐生先輩がぼそりという。

「実習。」

「実習?」

白峰部長がにやりと笑う

「異世界で生き残るための技術を、実際にやってみるの!」

「料理。」

「野営。」

「剣術。」

「あと魔法!」

「魔法は実習できないですよね?」

「だから研究!」

「そこは研究なんですね……。」


神崎副部長がホワイトボードの前へ立ち、昨日の内容を消す。

そして。

カッ。

黒いマーカーで今日の題名を書き上げた。


──────────────


現代知識無双!


──────────────


白峰部長が元気よく手を挙げる。


「異世界ものの定番といえば!」

「マヨネーズ。」

「……石鹸。……衛生は、大事。」

「オセロ!」

「カレー?」


神崎副部長がホワイトボードへマーカーを走らせる。


──────────────


現代知識無双!


・マヨネーズ

・石鹸

・オセロ

・カレー


──────────────


「マヨ。」

桐生先輩が呟いた。

「マヨは偉大だ。」

「いや、それは否定しませんけど。」

「焼く。」

「和える。」

「付ける。」

「はい。」

「全部うまい。」

「……はい。」


白峰部長が立ち上がり手を叩く。

「じゃあ、今日はマヨで!」

キュッキュッ

軽快な音をたてマーカーを走らせる。


──────────────


現代知識無双!

マヨは世界を救う!


材料

・卵

・酢

・油

・塩


──────────────


白峰部長が得意げに腕を組む。

「あとは混ぜるだけ!簡単!」

神崎副部長がため息をついた。

「白峰。」

「はい。」

「小学生の自由研究じゃないんだ。」

「えへへ。」

「褒めてない。」

「油は?」

「え?」

「植物油をどう精製する?」

「……。」

「酢は?」

「……。」

「塩は?」

「……。」

「卵は?」

「それくらいは。」

桐生先輩が口を開く。

「ニワトリ捕まえるところからだな。」

「そこから!?」

「異世界に養鶏場があるとは限らん。」

「まあ……そうですけど。」


高瀬先生が教卓へ寄りかかる。

「つまり。」

先生は人差し指を立てる。

「現代人は、マヨネーズの買い方を知っているだけなんだ。」

「うっ……。」


妙に納得してしまった。

神崎副部長が続ける。

「現代知識無双が成立する条件は三つ。」

ホワイトボードに番号を書いていく。


──────────────


① 理論を知っている。

② 材料を調達できる。

③ 自分で製造できる。


──────────────


「この三つを満たして初めて、現代知識は武器になる。」


白峰部長が大きく手を挙げた。

「質問!」

「どうぞ。」

「コンビニ!」

「ない。」

「Amazon!」

「ない。」

「ホームセンター!」

「ない。」


桐生先輩がぼそりと呟く。

「ホームセンターがある異世界なら、俺は帰る。」

「……私も帰ります。」


部室に笑いが広がる。

そのとき、高瀬先生が棚から一冊の古びた本を取り出した。


表紙には大きく、

『食品加工入門』

と書かれている。

高瀬先生は本を机へ置き、静かに言った。

「では。」

全員が先生を見る。

「異世界で、本当にマヨネーズを作る方法を考えよう。」

白峰部長がガッツポーズをする。

「よーし!」

神崎副部長はもう『食品加工入門』を読み始めている。

桐生先輩は真剣な顔で、ロープを手に取り、

「まずニワトリだな。」

と呟いた。

柊さんはページの端に小さく、

『油の製法』

と書き込み始める。


「……。」

俺はそんな四人を見回し、苦笑した。

やっぱりこの部活は、おかしい。




「では。」

高瀬先生が腕を組む。

「植物油はどうやって作ると思う?」

柊さんが即答する。

「……植物を搾る。」

「正解だ。」


神崎副部長がホワイトボードに大きく書く。


──────────────


①油をどう手に入れるか


・菜種

・ゴマ

・ヒマワリ

・オリーブ


──────────────


俺は首を傾げる。

「搾るだけで出るんですか?」

「出る。」

高瀬先生が答えた。

「もちろん効率は悪い。現代のような精製は難しいが、食用油そのものは昔から存在している。」

「へぇ……。」

「だから、油は意外と何とかなる。」

「……問題はそんな植物が異世界にもあるかどうか。」

「無かったら世界の終わりだ。」

桐生先輩がつぶやいた。


神崎副部長が次を書く。


──────────────


②酢をどう手に入れるか


──────────────


部長が自信満々に答える。

「スーパー!」

「異世界だ。」

「……。」


「酒を放置して酢酸菌で発酵させる。」

先生が続ける。

「ワインビネガーやリンゴ酢も原理は同じだ。」

「つまり酒がある文化なら、酢も作れる可能性が高い。」

「なるほど。」


──────────────


③卵をどう手に入れるか


──────────────


「ニワトリ。」

桐生先輩が即答した。

「捕まえる。」

「異世界なら魔物かもしれませんけど。」

「なら鳥系魔物だ。」

「雑!」

白峰部長が笑う。

「でも卵なら何でもいいの?」

「必ずしもニワトリじゃなくてもいい。」

高瀬先生が補足する。

「黄身に含まれるレシチンが乳化剤になる。」

俺はぽかんと口を開けた。

「……乳化剤?」

「油と水は本来混ざらない。」

「ところが黄身を入れてかき混ぜると、レシチンが橋渡しをしてくれる。」

「だからマヨネーズになる。」

「おお……。」

思わず声が漏れた。


神崎副部長がホワイトボードへ次の項目を書いた。


──────────────


④塩をどう手に入れるか


──────────────


「……海。」

柊さんが小さく答える。

「岩塩!」

白峰部長も続く。

「正解。」

高瀬先生が頷く。

「だが。」

「周囲に海がある保証は?」

「岩塩が採れる保証もない。」

「……。」

「では。」

先生が俺を見る。

「塩がなかったら?」

「え?」

「マヨネーズは諦めるか?」

「いや……。」

俺は少し考える。

「味は落ちても、作るだけならできますよね?」

神崎副部長が頷いた。

「そう。」

「味のないマヨ……。」

桐生先輩が天井を見上げた。

「世界の終わりだ。」


神崎副部長は苦笑いしながらホワイトボードに書き足した。


──────────────


⑤混ぜ続けられるか


──────────────


「マヨネーズは少しずつ油を加えながら、根気よく混ぜ続ける必要がある。」

桐生先輩が腕をぶんぶん回す。

「任せろ。」

「急に頼もしいですね。」



神崎副部長はホワイトボード全体を書き直した。


──────────────


異世界マヨネーズ製造計画


・植物から油を採取する

・酒を発酵させ酢を作る

・鳥の卵を確保する

・塩を入手する

・根気よく混ぜる


──────────────


「結論。」

神崎副部長がマーカーを置く。

「理論上、作れる。」

白峰部長が勢いよく立ち上がる。

「つまり!」

「異世界でもマヨは救える!」

「いや、救うのは世界じゃなくて食卓です。」

「食卓が救われれば世界も救われる!」

桐生先輩が真剣な表情で頷いた。

「それは一理ある。」

「あるんだ。」

俺は思わず笑ってしまった。


「……ちょっと待ってください。」

柊さんが小さく手を挙げた。

「どうしたの、栞ちゃん?」

「……お酒がない文化だったら?」

一瞬、部室が静かになる。

神崎副部長が少しだけ口元を緩めた。

「いい質問だ。」

「お。」

白峰部長が嬉しそうに言う。

「栞ちゃん、いせけんっぽくなってきた!」

柊さんが照れるように笑う。


高瀬先生がホワイトボードへ近付く。

「文化レベルだけでは酒の有無は判断できない。」

マーカーを走らせる。


──────────────


酒がある条件


・糖分

・酵母

・保存技術


──────────────


「果物が自然発酵するだけでも酒はできる。」

「じゃあ酒は結構ありそうですね。」

「そうだな。」

先生は頷く。

「だが。」


──────────────


・宗教


──────────────


「宗教?」

「酒を禁じる文化は現実にも存在する。」

神崎副部長が続ける。

「つまり、作れることと、流通していることは別問題だ。」


「そして。」

高瀬先生が膝を軽く叩いた。

「理論だけでは研究とは言えない。」

白峰部長が身を乗り出す。

「ということは!」

「実習だ。」

「待ってましたー!」

「マヨだ。」

桐生先輩が静かにガッツポーズをする。

「そこそんな嬉しいんですか。」

「嬉しい。」

即答だった。

「…材料はどうするんです?」

柊さんが尋ねると、高瀬先生は白衣のポケットから財布を取り出した。

「買いだしに行こう。」

「え?」




材料が机の上へ次々と並べられていく。


卵。

植物油。

塩。

酢。


「……先生。」

「何だ?」

「部費は?」

「ほぼ無い。」

「じゃあこれは。」

「私の財布だ。」

白峰部長が申し訳なさそうに笑う。

「先生、いつもありがとうございます……。」

「研究費だ。」

さらっと言ってコーヒーを飲む。

神崎副部長が補足する。

「本来なら酢も酒を作るところから検証したいが。」

高瀬先生が首を横に振った。

「酒税法がある。」

「なるほど。」

「それに学校に酒を持ち込むわけにはいかん。」

「ですよね。」

「今回は『異世界では酒が存在していた』という前提で進める。」


部長がホワイトボードへ大きく書く。


──────────────


※今回は酒ありルートです!


──────────────


「便利だな、その言い方。」

「研究だからね!」




一行は家庭科室へ移動していた。

料理部が使う調理台の一角を借りる。

隣では料理部員たちがクッキーを焼いている。

「あ、高瀬先生。」

「こんにちは。」

「今日も変なことやるんですか?」

料理部の女子生徒が笑いながら声を掛けた。

「今日はマヨネーズだ。」

「また変な事してる~。」

俺が目を丸くしていると、白峰部長が自慢気に口にする。

「先生、結構人気あるんだよ!」

料理部の女子たちも口々に褒め始める。

「高瀬先生、地学の授業面白いんだよ~。」

「説明分かりやすいし。」

「去年の鉱石標本展、綺麗でした!」

先生は照れくさそうにエプロンを身に着けていた。

「授業をしているだけだ。」


「さて。」

先生はボウルを手に取る。

「研究開始だ。」

「……ボウルも泡立て器も、異世界にはありません。」

「いい着眼点だ。」

「次は道具まで再現しよう。」

俺は苦笑した。


どうやら異世界は、

「マヨネーズを作る」で終わらないらしい。



──────────────


現代知識無双! マヨは世界を救った!


──────────────


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