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第一話!ようこそ異世界研究部へ!

初投稿です。

異世界へ行かない異世界作品です。

「もし異世界へ行ったら?」をテーマに、高校生たちが本気で研究する部活を描いています。

楽しんでいただけたら嬉しいです。



四月。桜はもう散り始めているというのに、校門前だけは春真っ盛りだった。


「君、背ぇ高いね! バスケ部どう? 経験なくても大歓迎!」

「野球部! マネージャーも募集中!」

「ハンド部~! ハンド部~! 今なら一年生少ないからすぐレギュラーですよ~!」


新入生を狙った勧誘の声が四方八方から飛んでくる。

先輩たちは獲物を探す肉食獣のような目でこちらを見ていて、目が合った瞬間に距離を詰めてくる。


「いや、あの……」

「おっ、サッカー部向きの体格!」

「陸上どう!」

「軽音部ー! 軽音部ー!」


逃げる。

とにかく逃げる。

右から来たチラシをかわし、左から伸びてきた腕をすり抜け、俺は校舎と校門の間を一直線に早足で歩き抜ける。


部活なんて入るつもりはない。

俺は生粋の帰宅部志望だ。

放課後は寄り道もせず家へ帰り、ゲームをして、本を読んで、だらだら過ごす。

それが理想の高校生活。


運動部なんてもってのほかだ。

毎日走る? 筋トレ? 朝練?

無理だ。絶対に無理。

文化部だって似たようなものだ。大会だのなんだの、結局は放課後を拘束される。


そんな時間があるなら、今日発売の『きみが来るべき世界はここじゃなかった!~再召喚!~』……「きみくる!」の続編を読みたい。

昨日の夜から楽しみにしていたんだ。

今日は真っ直ぐ帰る。

誰に何を言われても帰る。


そう固く心に誓い、ようやく見えてきた校門を見て安堵の息をつく。


……あと数メートル。

あそこを抜ければ、この勧誘地獄ともおさらばだ。

勝った。

俺の高校生活は自由を勝ち取った――


「そこの新入生!」


またか。

もう聞こえないふりをして帰ろう。


「異世界研究部! 興味ない?」


……。

…………?

「異世界……、研究部?」


思わず足が止まる。

聞き間違いだろうか。

野球部でも、吹奏楽部でも、SF研究会でもない。


異世界研究部?


ゆっくり振り返ると、校門の脇で一人の女子生徒が段ボール製の手書き看板を掲げていた。


『異世界研究部 部員募集中!』


看板には剣と盾、ドラゴンらしき生き物、そしてなぜか「めざせ生還!」という物騒な文字まで描かれている。


……いや。

何を研究する部活なんだ、それ。


女子生徒は俺と目が合うなり、にやりと笑った。


「第一話、『異世界入門編』!」

「は?」


「異世界といえば、まずは中世風の剣と魔法世界っしょ!」


その一言が、俺の平穏な高校生活を根底からひっくり返すことになるとは、このときの俺はまだ知る由もなかった。




「ただいまー!」


ガララッ、と引き戸が開く。

俺の抗議など意に介さず、校舎の隅へ、隅へと連れて行かれ、たどり着いたのは特別教室棟の六畳ほどの狭い部屋だった。

古びた木製のプレートには、かすれた文字で『地学準備室』と書かれていた。


壁一面には本棚。

鉱石の標本や古びた地球儀、埃をかぶった天体模型が雑然と並び、その隙間を縫うように剣や木製の盾、ロープ、ランタン、地図、キャンプ用品らしき道具が押し込まれている。

何の部屋だ、ここ。

部屋の中央には折り畳み机が二つ繋げられ、その周りに数人の生徒が座っていた。


「連れてきたよー!」


女子生徒が得意げに宣言する。

すると窓際で本を読んでいた男子が顔を上げた。


「ナイスだ、部長。これで勧誘ノルマ達成。」

「いえーい!」


……部長?

あなた部長だったの?


「まだ入部するとは言ってませんけど。」


俺がすかさず訂正すると、部長はけろりと笑う。


「まあまあ座って座って!」


促されるまま空いている椅子に腰掛ける。


改めて部員たちを見回した。

窓際で文庫本を読んでいる、眼鏡の二年生らしき男子。

迷彩柄のリュックを黙々と整理している、筋肉質な三年生。

ノートに何やら細かい文字を書き込んでいる、おとなしそうな一年生の女子。

そして、俺をここまで連れてきた部長。


人数は……五人か。

どこにでもありそうな小さな文化部。


「さて。」

部長がパン、と手を叩く。

「新入生歓迎も兼ねて、今日の活動を始めます!」


ホワイトボードに大きく何かが書かれる。


──────────────


異世界入門編

~剣と魔法の世界へようこそ~


──────────────


「……。」

「……。」


思わず周囲を見回す。

誰か一人くらい笑うだろうと思った。


だが。

眼鏡の先輩は真剣な表情で本を閉じ、筋肉質の先輩は竹刀を手に取り、おとなしそうな一年生はキョロキョロと周りを見ながらノートをめくる。


誰一人として笑っていない。


……え。

もしかして、この人たち。

本気なのか?


「まずはこれ。」


部長が机の上から一冊の冊子を取り出し、俺の前へ差し出した。


表紙には金色の箔押し風に、堂々とこう書かれている。


==========

異世界研究部 活動用ガイドブック

     第七版

==========


「……。」


思わずページをめくる。


==========

■①ルフェ

世界名称:ルフェ

文明レベル:中世後期(火薬なし)

主要種族:人間・エルフ・ドワーフ・獣人

魔法体系:属性魔法・治癒魔法

転移方式:勇者召喚

言語:召喚時に自動翻訳付与

ステータス表示:あり

アイテムボックス:なし

蘇生:不可

死亡時:ゲームオーバー

==========


次のページ。


==========

**付近にゴブリン出没区域あり**


**推奨野営地点 三か所**


**危険度の高い魔物**


**現地住民との交易レート**


**宿代相場一覧**


==========


……。

…………。

何だこれ。

やけに凝ってる。


「いやいやいや!」

思わず冊子を閉じる。

「まず! 何の部活なんですか、ここ!」


部室が一瞬静まり返る。


「てっきり好きなラノベを持ち寄って、『この作品面白いよね』とか!語り合う部活かと……!」


すると眼鏡の先輩が、ため息混じりに顔を上げた。

「なんだ部長。また説明端折ったのか。」

「えへへ。」

「えへへ、じゃない。」

部長は悪びれる様子もなく頭をかいた。

「だって、その方が驚いてくれるし。」

「驚くっていうか困惑してますよ!」


眼鏡の先輩は、俺の方へ椅子を向けた。

「僕から説明しよう。」

その声音だけは、不思議なくらい真面目だった。


「ここは異世界研究部。」

「異世界へ行くことを前提に、知識と技術を学ぶ部活だ。」


「……。」

「……はい?」


「剣術、野営、異文化交流、経済、危険生物の対処法。」

先輩は指を一本ずつ折りながら数えていく。

「あとは作品ごとの設定を比較して、共通点を探す。」


「……。」


「どんな世界へ転移しても生還できる人材を育成する。」

「それが活動理念だ。」


沈黙が流れる。

俺はゆっくり部長の方を見る。


「……これ、本気で言ってます?」


部長は満面の笑みで頷いた。

「もちろん!」

「いつ異世界に行っても困らないようにね!」


……帰ろう。

今なら、まだ間に合う気がする。


「……帰ります。」

俺はガタッと椅子から立ち上がる。


「まあまあ、落ち着いて。」

「落ち着けませんよ! 異世界へ行くことを前提に部活やってるって何なんですか!」

「そこ?」

「そこです!」


部長は「あちゃー」とでも言いたげに肩をすくめたが、

何か閃いたようにぽんと手を叩いた。

「やっぱりラノベ読むんだ!」


「え?」

「ラノベを語り合う部活だと思って来てくれたんだよね!?」

「校門で見たとき、何となく同族の気配を感じたんだよね〜。」

同族?

「ねえねえ、何が好き?」

「え?」

「異世界もの? SF? 学園? 恋愛?」

「いや、その……」

「もしかして『きみくる!』読んでる?」


思わず固まった。

「……知ってるんですか?」

「知ってるも何も!」

部長の目がぱあっと輝く。

「続編! 今日発売だよね! 予約してる!!」

「えっ!?」

「あれで終わるわけないと思ってたんだよ〜! あそこで終わったら読者暴動でしょ!」

「分かります!」

思わず身を乗り出してしまう。

「終盤のあの伏線まだ残ってますよね!」

「でしょ! 私もそう思ってた!」

「主人公の能力もまだ全部明かされてないし!」

「そうそう!」

「あと、メリッサは絶対――」


「ストップ。」

眼鏡の先輩が制止する。

「まだ前作読み終わってないんだ。ネタバレは後にしてくれ。」

「あ、ごめん。」

「すみません。」


二人そろって頭を下げる。


……。

…………。

何だ、この空気。

さっきまで「異世界へ行く前提」とか本気で言っていた集団なのに、好きな作品の話になった途端、急に普通の高校生みたいになった。


いや、普通ではないのかもしれない。

でも。

少なくとも、嫌な人たちではなさそうだった。


「ほらね。」

部長がにやりと笑う。

「同族だった。」


「……。」

「とりあえず、今日は見学だけでいいからさ。」

「お茶とお菓子くらいは出すよ?」

ポテチの袋は開きっぱなし。

電気ケトルの横には紙コップ。

初対面の部室なのに、不思議と肩の力が抜けた。


……まあ。

見学だけなら。

『きみくる!』は、一時間くらい遅れて読んでもいいか。




「じゃあ入門編ルフェ!」

「……と、その前に!」

部長は勢いよく俺の前へ立った。

「私、白峰 千尋(しらみね ちさと)! 二年! いせけんの部長でーす!」

大げさにピースとウインクをする。


「で、あっちで本読んでたのが副部長の神崎 蓮(かんざき れん)。」

「よろしく。」

眼鏡を拭きながら、片手だけ軽く上げる。


「こっちでロープいじってるのが三年の桐生 豪(きりゅう ごう)先輩!」

「よろしく。」

短く頷く。


「そして!」

白峰部長が部屋の隅へ視線を向ける。

「期待の新人!」

「一年生の柊 栞(ひいらぎ しおり)ちゃん!」

静かに座っていた女子が、小さく会釈した。

「……よろしくお願いします。」

柔らかい声だった。


俺も慌てて頭を下げる。

「あ、朝倉 恒一(あさくら こういち)です。」


「よし!」

白峰部長が満足そうに手を叩く。

「これで自己紹介終了!」

「早っ。」

「じゃあ!」

ホワイトボードをバンッと叩く。


──────────────


異世界入門編

~剣と魔法の世界へようこそ~


──────────────


「活動を始めます!」

……本当に始めるんだ。

「今日の設定は、こちら。」


神崎副部長がガイドブックを開く。

「世界はルフェ。文明は中世後期。勇者召喚型異世界。言語は自動翻訳。ステータスあり。アイテムボックスなし。」


「つまり!」

白峰部長がホワイトボードをばん、と叩いた。

「地学準備室にいる私たちが!」

両手を広げる。

「急に召喚陣に囲まれるところからスタートです!」


「……。」

「……。」


部屋が静まり返る。

いや。

始めないで。


「……あ!」

白峰部長が柊さんの方を向く。

「栞ちゃんは参加でいいんだよね?」


柊さんは少しだけ緊張したように背筋を伸ばすと、

こくり。

小さく首を縦に振った。

「……参加します。」


「よし!」

白峰部長がにやりと笑う。

「じゃあ新入部員二人、異世界デビューだ!」


「いや待ってください。」

俺は思わず手を挙げた。

「俺、見学って……。」

「細かい!」

「そこ一番大事ですけど!?」

「しかも、俺まだ入部してません。」

「……あ。」

白峰部長が固まる。


数秒の沈黙。

「……じゃあ。」

にぱっと笑う。


白峰部長は満足そうに頷くと、パンッと手を叩いた。

「改めまして!」

「いせけん、本日の活動を開始します!」

部室の空気が一変する。


神崎副部長はガイドブックを閉じ、ホワイトボードの横へ。

桐生先輩は部屋の隅に立て掛けてあった木剣を二本取り出し、その一本を柊さんへ差し出した。


「使うか?」

柊さんは慌てて首を横に振る。

「い、いえ……。」

「じゃあまた今度だな。」

「は、はい。」

そのやり取りも、どこか部活動らしい。


いや。

部活動らしい……のか?


白峰部長が机の上に置かれたラジカセへ歩み寄る。

「それじゃあ、始めまーす!」

ガチャ。

カセットテープが差し込まれ、再生ボタンが押された。

少しだけノイズが走る。


『──ケース1。勇者召喚型異世界。中世・剣と魔法の世界。』


「大人の声……。」

思わず呟くと、神崎副部長が頷いた。

「顧問の高瀬先生だ。」

「これ先生が録音してるんですか?」

「そう。」


その間にもテープは流れ続ける。


『あなたたちは放課後、地学準備室で活動中だった。』

『突然、足元から眩い光が溢れ出す。』

『巨大な召喚陣が床いっぱいに展開された。』


白峰部長が部室の照明を消した。

床に淡い青色の魔法陣が映し出された。


「おお……。」

思わず声が漏れる。

意外と、それっぽい。


「ほらほら!」

白峰部長は嬉しそうに魔法陣の中心へ立つ。

柊さんも少し緊張した面持ちで、その隣へ。

桐生先輩は腕を組み、神崎副部長は静かに目を閉じる。


『身体が光に包まれていく。』

『目を開けると、そこは見知らぬ大広間だった。』

ラジカセから流れる声に合わせ、先輩たちがゆっくり目を開く。


「……ここは。」

まるで本当に初めて見る景色であるかのように、部屋を見回す。

柊さんも小さく息を呑んだ。


『玉座には白髭の王が座っている。』

『左右には騎士団。』

『豪華な赤い絨毯。』

『天井には巨大なシャンデリア。』

『そして王が口を開く。』


一拍置いて、声色が変わる。

『──おお、勇者よ。よくぞ参られた。』


先生。

完全にノリノリじゃないですか。


『我が王国は魔王軍の侵攻により滅亡の危機に瀕しておる。』

『どうか力を貸していただきたい。』


白峰部長は一歩前へ出た。

ガチャ。

ラジカセのノイズが止んだ。

「……さて、ここで作戦ターイム!」


すかさず神崎副部長がホワイトボードに何かを書き始める。


──────────────


異世界入門編

~剣と魔法の世界へようこそ~


召喚直後にするべき事!


──────────────




「ただいまー。」

返事はない。

両親は共働きで、この時間はいつも家にいない。

制服を適当に脱ぎ捨て、ベッドへ飛び込む。


手には、今日発売されたばかりの『きみくる!』続編。

「……よし。」

これを読むために、何が何でも帰宅部を貫くつもりだったんだ。

ページをめくる。

主人公が異世界へ召喚される。

王様が現れる。

魔王討伐を頼まれる。

主人公は王城を出て、冒険者ギルドへ向かう。


……。

…………。


ページを戻す。

「……いや。」

思わず本を閉じる。

「俺だったら……。」

口に出してから、はっとする。

「……。」


いや。

だから何なんだ。

あの部活に影響されすぎだろ。


「でも……。」

王様が「魔王を倒してくれ」と言ってきたら?

元の世界へ帰れる保証は?

召喚された理由は?

この国は信用できるのか?


「……。」

気付けば、主人公ではなく、自分ならどうするかを考えていた。

「俺だったら……。」

その呟きは、誰もいない部屋に静かに溶けていった。


ラノベ好きが集まって騒ぐだけの部活だと思っていた。

なのに、あの人たちは。


本気だった。

異世界を、

「生き抜く」つもりで……。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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